ちっぽけな才能。
今回、少し長いです。
「ボクが、賢者になるよ。」
そう言ったボクの胸に抱きしめられていたヒルデは声を上げる。
「皆んな、皆んなワタシのせいでいなくなっちゃったのに、ニールまで、そんなの嫌よ。嫌、絶対に嫌。」
ヒルデは許さないとばかりにボクの胸元をギュッと掴む。
でも違うんだよ、ヒルデ。
「君のせいじゃない、"君のために" だ。」
「同じじゃない。どっちにしろ皆んながいなくなっちゃった事には変わりないじゃない!」
「同じな訳ないよ。 」
その証拠だってある。とボクは続ける
「どうして魔族は村の中をあれだけ探し回っていると思う? 君は裏山にいたって言うのに。」
「それは、魔族が私が裏山にいた事を知らなかったから......」
「そうだ、魔族は君が裏山にいた事を知らないんだ。」
魔族は元々は村の中にヒルデがいないという事を知るよしもなかった。それは当たり前のことだ。
だからといって今も魔族がその事実を知らない事には繋がらない。
「村の皆んなは、君が裏山にいた事を知っていたはずだ。 だって、君の誕生日にボク達が裏山へ行くのは毎年の事なんだから。」
今も魔族が村の中を探し回っているのは、決して当たり前なんかじゃないんだ。
「でも、魔族は知らなかった。あれだけ殺す直前に賢者の居場所を聞いて回っていた魔族は!君がどこにいるのかを知らなかったんだ!!」
ボク達が呑気に山菜採りなんて出来ていたのも当たり前なんかじゃなかったんだ。
「村の皆んなは、誰も君の居場所を言わなかった。目の前に死が迫っていても、どれだけ怖くても、君を守ろうとしたんだ。」
ボク達がまだここで生きていられるのも、決して偶然なんかじゃなかったんだ。
「もし、皆んなが"ヒルデのせいで"なんて思っていたなら とっくに裏山まで魔族が来ていた筈だ。」
でも、魔族は来なかった。今でも魔族はヒルデが村の中にいると思って探し回っている筈だ。
「皆んな、皆んな、"ヒルデのため"に戦ったんだ。」
驚きに目を見張るヒルデの肩を持ち、その目を見つめる。
「そして、いつかヒルデが魔王を倒すと信じて死んでいったんだ。」
だから君は生きなきゃいけないんだ。
ボクはヒルデに笑いかける。
そしてヒルデが固く握り締めている手を解き、その手に握られていたネックレスを受け取る。
「ヒルデ、少し頭を下げて。」
頭を下げたヒルデの首元にネックレスかける。
「このネックレスはね、邪悪なモノからヒルデを守ってくれるんだ。」
そんな言い伝えなんて微塵もないネックレスだけど、ボクがそう決めた。
「ボクがいなくなっても、このネックレスが君を守ってくれる。」
いや、守ってみせる。
ヒルデの目から涙が溢れる
「だからヒルデ、泣かないで。」
そう言ったボクの目からもまた、涙が溢れ出す。
こんな時なのに、あのクソ勇者にボコボコにされた日々を思い出す。
ヒルデが応援してくれたから、ボクは勇者にだって立ち向かえたんだ。
そして地獄だったあの日々も、ボクに何も残さなかった訳じゃない。
役に立つ魔法も神聖力も何も身に付かなかったボクだが、ひとつだけ身に付けた魔法がある。
それはとてもちっぽけで、頼りない、火の魔法。
握り拳の大きさにも満たない火は吹いたら消えてしまいそうなくらいだが、魔法は魔法だ。
こんなど田舎で魔法を使える9歳なんて それだけ聞けば天才だって思われるかもしれないだろ?
こんなちっぽけな火でもボクの才能だ。
やっぱり、ボクにはヒルデを幸せにする才能があるね。
ボクは手のひらの上に灯った火を握りしめるように掻き消す。
そして解いた手をヒルデの頭にのせる。
ほら、暖かいでしょ?
「ヒルデ、行ってくるよ。」
そう言って走り出す
......直前、クラウチングスタート一歩手前(四つん這い)のボクの手をヒルデが足払いする。つまりは顔面から床にダイブ!!
......ってなにすんねんっ!!!!
「ちょっと!ヒルデ!!今はそういう時じゃないでしょーが!!!」
男が好きな女の子を守る為に命かけようっていうんだよ!? カッコつけさせてよ!!!
「カッコつけたいなら、こんな時にクラウチングスタートなんかするんじゃないわよ......」
え?クラウチングスタートがカッコよくない......?
「カッコいいと思ってやってたのねそれ......」
とにかく少し待ちなさい。そう言って涙を拭って立ち上がるヒルデ。
「あんた程度の魔法で魔族が騙されると思ってるの?どうせやるならしっかり囮になりなさい!」
囮って...... 確かにそうだけど、もう少し言い方というかなんというか......
「でもどうしろって言うのさ」
「私の魔力をあなたに付与するわ。そしたら魔力感知に優れた魔族だって騙せるはずよ。」
あらやだ、やっぱり天才じゃないのこの子。
「カッコつけたいんじゃなかったの.....?」
えへへ、こういうやり取りも最後になっちゃうんだと思うと名残惜しくてさ。
「そう言う事なら、よし!やってくれ!!」
ええ、少し動くんじゃないわよ。
ボクの身体に触れ、魔力を送り込むヒルデの顔は少し、微笑んでいるように見えた。
「ほんとに、最後までアンタは......」
ーーー馬鹿ニールなんだから。
そう言ったヒルデの声にしかめっ面になっていたボクの視界が突如として光に包まれる。
そして眩しさに閉じた目を開くとそこには、
とても大きなヒルデの顔があった。(可愛い)
「......え?どう言う事?ヒルデ、大きくなっちゃったの???」
まったく状況が掴めず、焦るボク。
「馬鹿ね、アンタが小さくなったのよ。」
......え? ホントだ。ヒルデだけじゃなく、周りの景色全てが大きいや。
それに今、ヒルデの掌の上にいるのかボク。なんか新感覚だなこれ。
ん、というか四足歩行してるなこれ。尻尾もある。
この姿は、トカゲ......?
「でも、どうしてこんな事をするのさ!トカゲになって遊んでる時間なんてないんだよヒルデ!!」
「トカゲ?失礼ね。 これ、人をドラゴンに変える魔法なのよ? 私の力が足りなくて小さくなっちゃったけど......」
「そんなもんどっちでもええわいっっ!!」
実はドラゴン??だからなんだって言うんだ。見た目は完全にトカゲじゃないか!!
「別に火を吐いたりはできないけどね」
ほなほんまにただのトカゲやないかいっ!!!
「とにかく!!ヒルデ!!今すぐ戻して!!」
小さな身体でボクは必死に訴えかける。
「嫌よ。」
なんで!?!?
だいたいボクに魔力を付与してくれるって話だったじゃないか!!
「ニール、私はね3年前 あの予言があった日から賢者だなんだって周りに期待されて、それに応えられるよう、必死に努力をしてきた。」
知ってるさ。誰よりも近くでそれを見て来たんだ。
「だから、その力で将来魔王を倒すんだろ?その為にボクが......」
「でもね、ニール 私の事は私が1番分かってる。 私の才能はね、もう頭打ちなの。 一年前くらいからかな? どの魔法も伸びなくなっちゃった。」
自嘲気味にヒルデが笑う。
「そ、そんなの今だけかもしれないじゃないか!だって予言にはこの村に魔王を倒す魔法使いがいるって......!」
「それもきっと、私じゃないわよ。その証拠にあなたをトカゲにしかできなかったでしょ?」
この魔法、実は初歩の初歩なのよ?
そう言ってヒルデは笑った
「村の皆んなには悪いけど、私はこんな私のちっぽけな才能なんかより 幼馴染を、好きな人を守りたい。」
先ほど自分で考えていた事をそのまま言われ唖然とする。
「だめだ!ボクは、ボクは君を幸せにするって!そう決めて......」
必死に訴えかけるボクの言葉をヒルデは聞いてなんてくれない。
「ニール。私の幸せはね、あなたと一緒にいる事だったの。」
そんなのボクだって一緒だ。君がいればそれだけで.......
「だからね、魔王を倒す旅に出るなんかよりずっとこの村で一緒に過ごせればそれで良かった。」
それはいつだって夢に見る光景、でもそれは叶わないと諦めた光景。
「もう勇者もいなければ、元より私に魔王を倒す才能なんてなかった。」
「でもね、そんな私にも譲れないモノはあるの。」
ヒルデはボクの目を力強く見つめる。
「あなたの幸せ。それだけは譲れない。」
「私が旅に出れば、この村でニールは幸せに暮らせる。 そう思えたから才能がないって分かってからも頑張れた。」
「でも、あなたがいなくなるのだけはダメ。」
「それだけは、譲れない。」
そう言ったヒルデは窓を開け放つ。
「だ、だめだヒルデ。お願いだ、聞いてくれ。」
小さい身体を必死に動かして抵抗しようとするも、ヒルデの手から抜け出す事はできない。
「あら、同じ事をしようとしてたのに 私の時は止めるの?それは都合が良すぎるんじゃない?」
そんなボクを見てヒルデは笑う。
「ニール、私の大好きな人。 あなたがいたからずっと頑張ってこれた。 あなたがいたからずっと、ずっと楽しかった。 あなたがいたから私は笑っていられた。」
笑いかけるヒルデの目元から涙がこぼれる。
ヒルデはボクを持ち上げ、トカゲの口元に口付けをする。
「いつかファーストキスくらいはあげようと思ってたけど、まさかトカゲの姿だとまでは思わなかったわね」
そう言ってはにかむヒルデ。
その魔法、ありったけ魔力をこめたから1日くらいは持つと思うわ。
「そしてその魔法を感知した魔族がいつやって来てもおかしくないわ。」
もたもたしてられない。と言ってヒルデはボクを握りしめた手を大きく振りかぶる。
そして、別れの言葉を告げる。
「じゃあね、ニール。幸せになりなさい。」
こうしてトカゲの小さな身体のまま、力強く窓の外に放り投げられる。
「ヒルデ、ボクも、ボクも君がいたから......」
そう叫んだボクの声はヒルデに届いたのだろうか。
ーーー直後、後頭部に衝撃を感じると共にボクは意識を手放した。
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「......ん?ここは?」
いつのまに眠っていたんだろう。
「痛っ......」
後頭部に痛みが走る
「というか、なんで庭の木に頭を預けて寝てたんだよボクは。」
そう言って見渡した村は記憶にある村とは違っていた。
火こそ上がっていないものの、あちこちから煙が立ち込めて、みるも無惨な光景がそこには広がっていた。
「村が......」
そして、思い出す。
大好きな人、ボクを大好きだと言ってくれた人。
「......ヒルデ」
最後にヒルデが言っていた事を思い出す。
"その魔法、ありったけ魔力をこめたから1日くらいは持つと思うわ"
自分の身体を見る。
「間違いなく人間の身体だ。」
と言う事は、あれから1日以上眠っていたのか。
あれだけ村を恐怖に陥れた魔族の姿は見当たらない。
「もう、目的を果たしたっていうのかよ......」
それでも諦め切れないボクは、歩いて村を見て回る。 走り出したいのは山々だったが、後頭部の痛みがそれをさせてはくれない。
そして、広場にたどり着く
そこに山はなく、ただただ燃え盛ったような跡があった。
「骨も残してくれなかったのかよ......」
そうして歩いて行った先の地面に太陽の光を反射してキラっと光るモノを見つける。
ーーーネックレスだ。
あの時ヒルデの首元に掛けたはずのネックレスがそこにはあった。
膝を折り、そのネックレスを拾い上げる。
ネックレスを抱きしめるように胸にかかえ、膝をついたボクはしばらくそこから動けなかった。
そしてネックレスを自分の首元に掛け、誓うのだった。
必ず、必ず魔族に復讐する。
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ーーー10年後
魔王率いる魔族の侵攻が始まって5年が経つ頃。
オレことニールは仲間達と共に魔王を倒す旅に出ていた。
あの時、魔族への復讐を誓ったオレは何か、何か自分に出来る事はないかと探していた時に 魔族の襲撃を聞きつけ駆けつけた剣聖と呼ばれる老人に出会っていた。
間に合わなかった事を詫びられると同時に何かしてあげられる事はないかと聞かれたオレは迷いなく、弟子入りを懇願した。
間に合わなかったという負目からか弟子入りを快諾した剣聖の元、オレは10年の修行を経て オレ自身も"剣聖"と呼ばれるまでに成長していた。
先に断っておくが、オレには剣の才能なんてものはなかった。
でもオレには努力する才能もその理由もあったんだ。
そんなオレの姿に心を打たれた剣聖は才能がないとオレを見限らずに、余す事なく剣聖としての技術を教え込んでくれた。
そうして剣聖と呼ばれ始めたのが2年前、新たな勇者とやらに連れそって旅に出始めたのが1年前だ。
新しい勇者と言っても、予言により選ばれていたシグルとは違って 王都の偉いさん方が勝手に決めた勇者だ。
あとのメンバーは、熟練の老魔法使いと教会から派遣された聖女の2人だ。
予言によって定められた訳ではないが、今人類が用意できる個人としては最高峰の4人が揃っている事は間違いない。
あれから5年、予言通り始まった魔族の侵攻は苛烈を極めていた。
今まで人間の軍を相手にしていた武器も戦略も、魔族相手には歯が立たたず、
北の最果てのみだった魔族の領域も 今となっては大陸の大半を飲み込み、人間の住む場所は 侵攻が始まる前の半分以下にまでなっていた。
そして、軍同士の戦いでは敵わないと身に染みて思い知らされた人間達は、少数精鋭で魔族の王を討つ事を考えた。
元々、魔族は魔王さえいなければ結束なんてしないと言われてきた種族だ。
その魔王を人類が狙うのは当然と言えば当然だろう。
そうして結成され、旅立ったのがオレたち勇者御一行という訳だ。
人類の最高戦力と言っても、正面から軍相手に戦うのは多勢に無勢。
旅は基本的に逃げ隠れを中心とし、北の果ての魔王城を目指すモノとなった。
そうして、1年が経った今。
魔王城は、目前に迫っていた。
次回予告
<<次回、ついに竜になります。 >>
そして、次回で序章は終わりになります。
長かったような短かったような......
ヒルデは元々こういう風に舞台を去る事を想定して生まれたキャラだったのですが、どうせなら愛着を持って貰えるようなキャラにしたいな〜 なんて思っていたら、作者がめっちゃ愛着を持ってしまい最後の最後まで生かすか迷ってしまいました......
でも、ヒルデちゃんなら好きな人が死にに行くのを黙って見てる訳ないな という結論に達した結果が今回のお話でした。
少しでも彼女の死を哀しんでくれる方、彼女の勇姿に少しでも心を動かされた方がいるならそれは作者冥利に尽きるというものです。
評価、ブクマ、感想、とても励みになります。よろしければ何卒......!
次回の更新は作者がよう実の新巻をよみ終わってからを予定しております。
(序章の最終局面ということで、今まで以上に力を入れたいので少しお待たせするかもしれません。)