俺の彼女の美少女JKは四字熟語が大好きで、日常会話にも四字熟語がしょっちゅう混ざる
授業と授業の合間の休み時間、俺はクラス委員長の机に向かう。
クラス委員長の名は九条貴美子、長い黒髪としっとりとした顔立ちが特徴的な、高校2年の女子高生。紺色のブレザーがよく似合う美少女でありながら成績も優秀だ。
「九条さーん!」
俺の声を聞くなり、九条さんはため息をついた。
「瀬田君、あなたは本当にいつも極楽蜻蛉ね」
俺は瀬田順也といい、彼女からは瀬田君と呼ばれている。
「極楽トンボ? 俺は昆虫じゃないぜ」
「あなたみたいな“うわついたのんき者”を極楽蜻蛉っていうのよ」
九条さんの冷たい視線が俺を射抜く。たまらない。
そして、俺はこんな彼女と今お付き合いさせてもらってるのである。
先日俺が告白したら、なんとOKをもらえた。つまり俺たちは出来立てほやほやのカップルってわけ。
「いいじゃん、俺たち付き合ってるんだから」
「大きな声で言わないの。顔厚忸怩な思いだわ」
「なにそれ?」
「“恥じ入る”って意味よ。恥ずかしいの」
九条さんが成績優秀なのはさっき言ったが、特に文系科目が得意で、国語なんかは大得意だ。だからなのかは知らないが、日常会話に四字熟語がよく混ざる。
「あなたと付き合うことは了承したけど、不即不離の関係をお願いしたいわ」
「えぇっと……?」
「“つかず離れずの関係”という意味よ」
「つれないなぁ」
「つれなくて結構」
九条さんは俺をあまり相手するつもりはないようなので、俺は意地でも気を引こうと思った。
「じゃあさ、今度の休みデートしない?」
「デ、デート!?」
お、こっちを振り向いてくれた。
「いきなり何を言うの! 軽挙妄動も程々になさい!」
軽挙妄動、“軽はずみな行動”みたいなことだよな。
「じゃあ、デートはダメ?」
「ダメとは言ってないわ。これでも付き合ってるんだし、デートぐらいしましょう」
はにかみながらOKしてくれた九条さんの横顔は本当に可愛い。
「やったぁぁぁぁぁ!」
「あまり有頂天外しないの」
「有頂天外……?」
「“この上なく大喜びする”ってことよ。もう少し四字熟語を勉強なさい」
「うん、そうするよ」
と言いつつ、今のところその予定はない。
そろそろ次の授業が始まるので俺は席に戻ろうとする。
「一日千秋な気分だわ」
九条さんがぼそりとつぶやいた。
「あ、それって“待ち遠しい”って意味の四字熟語だよね?」
「なんでこういう時だけちゃんと意味が分かるのよ!」
怒る九条さんもやはり可愛かった。
***
次の日曜日、俺はちょっと奮発したジャケットやジーンズを履いて、初デートに臨んだ。
待ち合わせ場所は俺たちが住む町の駅前広場。
普段は時間にルーズなところもある俺だが、今日ばかりはきちんと5分前に着くように心がけた。
待ち合わせ場所に九条さんは先に着いていた。
暖色系のファッションに身を包んでおり、下は気品漂うロングスカート。私服姿の九条さんもいいなぁ。
「遅いわよ」
九条さんは俺に言う。
「九条さんはどのぐらいに来てたの?」
「30分ぐらい前」
「30分!? なんでそんな早く……」
「一刻千金な気分だったから」
「一刻千金? 一攫千金じゃなくて?」
九条さんは意味を教えてくれなかった。
後で調べたら“時間が瞬く間に過ぎるのを惜しむ”という意味だった。つまりそれだけ楽しみにしてくれてたってことだろうな。それなのに俺は5分前なんてギリギリに来てしまった。
「スマホで連絡くれれば急いだのに」
「それも得手勝手だと思ったからね」
「えてかって?」
「“自分の都合ばかり考える”ってことよ」
早く来すぎちゃったけど、俺に連絡するのも悪いと考えモジモジする九条さんを想像すると、心の中でニヤついてしまった。
「それで? 今日はまず映画に行くんでしょ? どんな映画なの?」
今日のデートコースは俺が自分なりに決めたプランとなっている。
「剣の使い手である主人公が、魔法使いの女の子と一緒に、世界を脅かす魔物と戦う……みたいなストーリーかな」
「なるほど、単純明快で時代錯誤ささえ漂うストーリーね」
手厳しい言葉をいただく。
「だけど私も映画は変に難しいストーリーより、痛快無比な映画の方が好みだったりするの」
こう言って微笑む九条さんに、俺は惚れ直してしまう思いだった。
俺たちは映画館に入り、特にトラブルもなく映画を楽しんだ。
俺は時折横目で九条さんの方を見たが、九条さんは映画に熱中しているようだった。
剣で華麗に戦う主人公を見る目は輝いており、九条さんは案外こういう勇者や騎士みたいな男が好みなのかなと思った。
だったら俺も頑張らないとな。
映画が終わり、九条さんに感想を聞いてみた。
「どうだった?」
「勇猛果敢な主人公と純情可憐なヒロインが悲憤慷慨せずに悪鬼羅刹に立ち向かう姿に非常に胸を打たれたわ」
「えぇっと……」
「悲憤慷慨は“世や自分の運命を悲しみ嘆くこと”ね」
とにかく面白かったようだ。確かに主人公とヒロインは常に前向きで、とても好感が持てた。
ちょうど昼時になった。
どこかでご飯にしたいが、正直予算はあまりない。俺はよく行くファストフード店を指差す。
「あそこでいい……?」
「いいわよ」
九条さんは快くうなずいてくれた。
俺たちは店に入る。
すると九条さんは――
「どうやって注文するの?」
「レジにいる人に注文して会計して、商品をもらうスタイルだね」
「なるほど……」
九条さんはファストフード店に来るのは初めてのようだ。でもお嬢様育ちだとそういうこともあるよな。
「私もまだまだ浅学寡聞だわ」
浅学寡聞とは知識や経験が少ないことを言うらしい。大げさだとは思うが、九条さんらしいとも思った。
しかし、九条さんはあっさり注文を決める。対して俺はちょっと悩んでしまった。
「優柔不断ね」
クスリと笑う九条さんがたまらなかった。
俺たちは席について、俺はビッグハンバーガー、九条さんは白身魚が挟んであるフィッシュバーガーを食べる。
「どう?」と俺が聞く。
「珍味佳肴ってわけにはいかないけど、美味しいわ」
珍味佳肴とは“めったに食べられないご馳走”という意味とのこと。
とにかく喜んでくれて何よりだ。
ちなみに俺はやっぱりビッグハンバーガー一つでは物足りず、もう一つ追加してしまった。
「牛飲馬食にならないようにね」
九条さんにはこうたしなめられた。
店を出たら、いよいよメインイベント。
九条さんには大ファンといえる大昔の文豪がいて、近くの博物館でその文豪の特別展示会が開かれてるという情報を俺は掴んでいた。
ネットに疎い九条さんは全く知らなかったという。
かなり大々的な展示とのことなので、九条さんも嬉しそうだ。俺まで嬉しくなる。
入館料を払って博物館に入ると、その文豪の使っていたペンや原稿、机などはもちろん、多くの日用品が並べられている。
他にも写真や資料など、さまざまなものが展示されている。
あまり本を読まない俺からすると「昔の偉い人の品々」程度の感想にしかならないが、九条さんは目を輝かせていた。
「じっくり見させてもらっていい?」
「もちろんだよ。そのために来たんだから」
完全に九条さんの趣味に付き合う格好となったが、全然苦じゃなかった。文豪の品々を見たり、人生を知ると柄にもなく「俺もこの人の作品読んでみようかな」なんて気になってくる。
「どう? 九条さん」
「一往深情、感慨無量といったところね」
「えっと……」
「どちらも“とても感動する”という意味だわ」
ここまで言われたら、俺としても嬉しい。ネットであれこれ検索したかいがあったってものだ。
「あなたは興味索然でしょうけど」
「どういう意味?」
「“関心がなくなっていく”という意味。ごめんなさいね、こんなのんびり見ちゃって」
「そんなことないよ。俺も楽しんでるよ。それに……」
「それに?」
「この博物館に来てからの九条さんは特に美しく感じるよ」
「巧言令色はやめてちょうだい」
九条さんは頬を赤らめる。
「巧言令色って?」
「“口先だけのお世辞”ってこと」
俺はすかさずこう返す。
「お世辞なんかじゃないよ。本当に綺麗だと思ったんだ」
「……もう!」
九条さんは顔を背けてしまった。
その後も丁寧に展示品を巡り、九条さんは憧れの文豪の人生をこうまとめた。
「とても博学多才で博覧強記で、波乱万丈の人生を送っている人だったわ」
博物館を出た俺たちはカフェに寄った。
もうすぐ夕方。所詮は高校生のデートなので、ここがデートの締めくくりとなる。
俺はコーヒー、九条さんは紅茶を飲みつつ、今日のデートを振り返るなどして会話に花を咲かせる。
話題は来年の受験の話になり、俺は弱音を吐く。
「でもこうして楽しんでられるのも今のうちか。受験、嫌だなぁ」
「愚公移山よ、お互い頑張りましょう」
「愚公移山って?」
「“努力を続ければ大きな事業を成し遂げられる”って意味よ。つまり受験もね」
「そうだね!」
九条さんにこう言われると、勉強しようって気になってくるから不思議なものだ。
今日のデートは本当に楽しかった。
デートの最後に、九条さんにお返しをしようと思いついた。
「九条さん」
「なに?」
「俺もたまには九条さんに四字熟語をプレゼントしようと思うんだけど」
「あら、面白いわね。やってみて」
「じゃあ俺たち二人に相応しい四字熟語を言うね」
「どうぞ」
九条さんは俺の腕前を試すような目つきである。
俺は自信満々にこう言い放った。
「俺たちって……相思相愛だよね!」
「……!」
九条さんは今日一番と言えるくらい顔を真っ赤にしてしまった。
その姿は驚くほど可愛かった。
おわり
何かありましたら感想等頂けると嬉しいです。