第9話 つかの間の休息……のはずが
皇后とのお茶会を終えた私は、わずか三日の安息を堪能していた。
むしろ、この一週間でいろいろありすぎたのだ。最初の予定では、皇后からゆっくりと攻略していくはずが、皇帝がフライングでやってきて、そのせいで皇后にも変な目のつけられ方をされて……
まぁ、当初の予定とはかなり変わってしまったが、一週間で皇帝と皇后の問題をある程度片付けられたのはでかい。
……そう思ってないと、ここではやっていられない。
(……そういえば、今日はやけに静かだな)
いつもは、廊下から誰かの歩く足音や、会話が聞こえてきたものだけど、今日は全然聞こえてこない。
会話が聞こえないのはそこまでおかしなことではなくても、足音が聞こえないのはおかしい。いきなり、誰も歩かなくなるということがあるのだろうか。
放っておいてもいいのだが、一度それが気になってしまうと、本当の意味での休息が取れない。もしかしたら、こんな小さな違和感も、私の死亡フラグに繋がっているかもしれないと思うと。
私は、廊下に出てみる。いつもなら、遠目でも使用人が視界に入るが、まったく視界に入らない。
う~ん……やっぱりおかしい。誰かに一斉に連行でもされたのか?と冗談半分で思い浮かべてみたがーー案外、あり得るかもしれない。
だって、皇帝に不正をほのめかしてから、もう三日は経っている。それくらいの時間が経っているなら、裏付けが取れていてもおかしくない。あのプライドの高い皇帝が、自分の名誉を汚すような行いをした奴を見逃すわけがない。
普通なら、予算を横領した者や、それを知っていて黙認した者が罰せられるだろう。でも、皇帝はちがう。私を世話した者全員を処罰しかねない。
皇帝なら、『ドレスが古いことに気づかないわけがない』とか平気で言ってのける。まぁ、私もそう思うからそのことは軽蔑したりはしない。
だが、全員を呼び出されてしまうと、この宮の雑務を行うのがいなくなる。あのドレスは、自分で着替えるのは難しいし、あの皇帝が、皇女が家事をやるのをよしとするわけがないし……
呼び出すんなら、せめて他に誰かを送っておいてくれよと思ってしまう。
そうは思っても、私にできることなどない。
私が湯浴みをするまでに帰ってくるように祈るしかないか。
ーーそう、思っていたのだが。
私は目の前の人物に礼を取る。
「帝国の若き太陽、皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
「お前一人か?」
「はい」
私は、できる限りの笑みを向けて頷く。
よりにもよって、なんで皇子がここに来るんだよ!こっちにも事情とかあるんだから、事前連絡を寄越せ!
いきなりやってくるところは、父親似だな。
「私に何かご用でしょうか?」
「話したいことがある。入るぞ」
皇子はそう言って、私を押し退けるように部屋に入った。そして、目についた椅子に腰かけている。
……あの、ここは私の私室なんですけど。私の許可なく入らないでくれません?あと、それも私の椅子です。
そう言葉にしたかったが、私はベッドに腰かけて行動で意見するに留めておいた。
でも、この皇子には伝わらなかったらしく、用件を話し始める。
「なぜ父上がお前のところを訪ねたのだ?」
皇子は、ストレートに聞いてきた。この人、もしや不敬罪になるのを知らないのか?それとも、知ってて私を嵌めようとしているの?
どちらにしても、話すわけにはいかない。
「申し訳ございませんが、陛下から他言の許可を頂いておりませんので、殿下にもお話はできません。陛下に許可を頂ければお話ができるのですが……」
「……!」
私が断ると、皇子は顔を赤くする。怒りを隠しもしていない。
でも、皇子は何か言ってきたりはしない。私の言葉を否定するようなことをすれば、私に皇帝を裏切れと言っているようなものだ。皇帝から息子として可愛がられている皇子が、たとえ憎い皇女相手にもそのようなことは言えないだろう。
それに、皇帝に許可を取れるのなら、最初から皇帝に話を聞いているはずだ。おそらく、皇帝になんで私の元に向かったのかと聞いたが教えてくれず、私のところまで来たというところだろう。
それが顔に出るところは、皇帝や皇后に比べればやりやすい。
「そ、それに、皇后と何か話したと聞いたぞ!何を話していたのだ!」
私に言い負かされたくらいで、あまりにもわかりやすく話題を変えて、感情的に話すところは、やはり子どもだな。
「皇后陛下も同じです。皇帝陛下も皇后陛下も、私よりも身分が上。勝手に話すことはできません。皇太子殿下が命令をなさっても、答えは変えません」
皇帝とはともかく、皇后とはそんな大した話はしていないので、話してもあまり問題はないだろうけど……自己判断で法を破るわけにもいかないしね。
特に、皇后はあまり好印象を与えているとは思えないし、慎重すぎて悪いことはない。
「な、なら、なぜ皇后の元へ向かったのだ?それくらいなら話してもかまわんだろう」
「ドレスが足りなくなってしまったので、皇后陛下に購入の許可を頂きに参った次第でございます。皇帝陛下に確認して頂いてもかまいませんよ」
「なぜドレスが足りないのだ。父上が充分に購入なさっているはずだろう!」
言葉に、嘘や誘導は感じない。どうやら、皇帝からは何も聞かされていないみたいだ。なぜ皇帝が話さなかったのかはわからないけど……こんなめんどくさいのを野放しにはしないで欲しい。
さっさと返還しようと、私は笑みを消して、皇子に真剣な表情で言う。
「だから陛下がいらしたのではありませんか」
「それは、どういう意味だ……?」
「これ以上は、不敬罪と取られる可能性がございますので、お話しできません。気になるのでしたら、どうぞ陛下に直接」
私は部屋の扉を示しながらそう言う。
何度も皇帝に聞けと言っているのは、皇帝への文句のようなものだ。
私に話させないでお前が話せという訴え。
ここまで私にこけにされて悔しくなったのか、ただ単純に皇帝に聞くことにしたのか、駆け足で部屋を出ていった。
私は、皇子が立ち去ったのを確認すると、そのままベッドに倒れ込む。
はぁ~……なんか、どっと疲れた。