第3話 まさかの訪問者
私の目の前には、アンジーナが最も会ってはいけない存在がいる。
私は、なんでここにいるんだよと叫びたい気持ちを抑えて、目の前の人物に礼をする。
「帝国の太陽、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
私がそう言って、臣下の礼である両手でドレスの裾を掴み頭を下げる。
ほんと、なんでこうなったのか。
皇帝は、特に何も言わない。
臣下の礼をすると、主……皇帝の許可なく頭をあげられないので、私は頭を下げ続ける。
まだ、何も言わない。多分、もう一分は経っている。
いや、いつまで頭を下げさせるつもりだこの皇帝!勝手にやったのは私だけども!
「……いつまでその銀を見せつけるつもりだ。早く頭を上げろ」
おそらくは、不快という表情を隠しもせずに吐き捨てているだろう。
(なんだとこの皇帝!一言余計なんだよ!)
そう心の中では罵倒しながらも、私は「はい、陛下」と顔をあげる。
笑みはつけていない。こんな奴に笑みなんて向けたくないというのが大部分だけど、笑顔が気持ち悪いとか言われたら最悪だから。
「話がある。ついてこい」
「かしこまりました」
私は、歩き出した皇帝の後をついていく。
賢い人はなんとなく察しがつくだろうが、私は五歳児で、皇帝は二十歳は越える、成人した立派な大人。そのため、歩幅の違いがあり、私と皇帝の距離はどんどん広がっていく。
あの皇帝が、私に気遣って歩幅を合わせてくれたりはしない。時々後ろを振り返っては、少し止まり、私との距離が縮まってくると歩き出す。それだけだ。
でも、それも面倒になってきたのか、はぁとため息をつき、近くを通った使用人をおいと呼び止める。女の人だから、多分侍女だと思われる。
「あれが遅いから、お前が持ってこい」
軽く息切れしていた私は、はぁ!?と声を荒らげるところだった。
私を荷物みたいに言ってるんじゃねぇ!!そして、あれとはなんだあれとは!私にはアンジーナという名前があるんだよ!
さすがの使用人も、少し戸惑っているようだったけど、皇帝の命令には逆らえないのだろう。
私に小声で「失礼します」とかけて、おそるおそる私のほうに手を伸ばす。
私の脇の下に手をいれて、持ち上げる。そして、左腕を私のお尻の下辺りに手を入れて、体を支える。右腕は、私の腰に回して、落ちないようにしてくれた。
私は、使用人の女の人に抱っこされている状態だ。それも、まるで母親が子どもにするような優しい手つきで。ここの家族とは大違いだ。
私も、思わず女の人の首に手を回してしまう。ぴくんと体が反応したけど、特に抵抗するような素振りはなかった。この人が母親なら最高だったろうに。
私が首を回して、皇帝のほうを見ると、皇帝はすたすたと歩き始めている。
まぁ、この姿に何か思う奴ではないということはわかっていたけど、目の当たりにすると腹が立つ。そもそも、私がこの人に甘えていることにすら気づいていないかもしれない。
それどころか、早く来いとばかりに私たちのほうを睨んでくる。
使用人は、その目の睨みに気づいたのか、私に気を遣うような素振りは見せながらも、駆け足気味で皇帝のほうへと向かう。
使用人さんがしっかりと支えてくれているお陰で、私が落ちそうになることはない。むしろ、安定しすぎて、ゆらゆらと電車みたいな揺れが、眠気を誘ってくる。
でも、皇帝が側にいるということを認識すると、とたんにそれは吹き飛ぶ。安心できないからなんだろうな。
それから数分が経っただろう。皇帝が急に足を止めたので、使用人さんも足を止める。
「ここでいい。それを置いて、持ち場に戻れ」
私は、辺りをキョロキョロと見渡す。どう見てもただの廊下だ。
ここって言っても、何もありませんけど?
「は、はい。陛下」
私が戸惑っているうちに、使用人さんはそう言って私を降ろした。そして、静かに立ち去っていく。
使用人さんがいなくなったことで、ここには私と皇帝以外に人の気配はない。
ちょっと、ここで二人きりですか!?そんなの聞いてない!目撃者がいないから、ここで始末されたらジ・エンドなんだけど!
私が皇帝のほうを見ると、皇帝は何やら壁に向かって何かをしている。
一体何を?と思っていると、皇帝の何かの呟きと共に、ゴオオオという地響きのようなものが響く。思ったよりも音が大きくて、私が耳を塞いでいると、皇帝がこちらを向いた。
行くぞ
耳を塞いでいたからはっきりとは聞き取れなかったけど、そう言っていたように見える。現に、皇帝は奥のほうにすたすたと歩き始めてしまった。
私は、駆け足で皇帝の後を追っていく。一体、どこまで行こうというのか。
五分ほどで、廊下の突き当たりへと着いた。私は、駆け足だったのもあり、もうへとへとだ。
私は息切れしているけど、皇帝は壁に手をかざす。その瞬間、キラキラと壁が光り出した。
その光が止むと、さっきまでなかったドアが瞬く間に現れる。
隠し扉というやつか!?あれが、魔法というやつなの!?
私があわわと体を震わせていると、皇帝は私を冷たい目で見てくる。あれは、早く来いという目だ。
私は、震える体に鞭を打って、皇帝のほうへと駆け寄った。