第29話 思ったよりも
大分、間が空いてしまいました。これからはのんびりと更新していきます。
パーティーから皇女宮に戻った私は、ベッドで横になっていた。
体調が優れないというのは、パーティーから抜け出す建前にしか過ぎなかったけど、皇女宮に戻ってきた頃から、本当に体調が悪くなってしまった。
私が思っていたよりも多く飲んでしまったらしく、私はゴホゴホと咳をしている。それだけではなく、発熱や頭痛もある。
皇后が手配した医者の話では、命に危険はないだろうが、症状がなくなるまでは安静にするようにとのことだった。
でも、むしろ風邪症状で済んでいるのだからましだろう。あの毒なら、下手をすれば命に関わる。現に、一度、これを口にした時は、アンジーナは血を吐いていたから。
家族だけでなく、帝国の貴族や他国からも疎まれているアンジーナには、敵が多く、必然的に命を狙われることも多かった。
小説でも、それはよく描写されている。それを、アンジーナは持ち前のハイスペックな肉体と運で生き残っている。
暗殺者が送り込まれる時は、その気配に気づき、独学の武術で返り討ち。
毒を飲まされた時は、味覚で判別できるし、そもそも致死量を飲んでも、アンジーナは死なない。毒への耐性も強く、回復力が高いからだ。
これは、小説のご都合主義というやつだろう。
アンジーナは小説の悪役だ。主人公たちの邪魔をして、挙げ句には断罪される。逆に言えば、その結末を辿るまで死ぬことはないとも言える。
恋愛小説というものには、恋のスパイスとして、様々な障壁が必要で、その中でも悪役は必要不可欠だからだ。そんなものなくても、勝手に恋愛していればいいのに。
アンジーナは、とにかく皆に嫌われる哀れな皇女という演出のために、いろんな方法で命を狙われている。でも、悪役が死なれたら困る。だから、主人公や皇帝たちが関与すること以外では死なない。
そんなあまりにもご都合主義過ぎる理由で、何度命を狙われようとも生き残っているのだ。
本当に、駄作も駄作だ。あの小説は。
でも、そんなご都合主義のお陰で生き残ったから、少しは感謝するべきか。
「皇女殿下。入ってもよろしいでしょうか」
私がベッドで寝ていると、コンコンというノックと共に声が聞こえる。
アニーだ。
「いいわよ」
私が返事をすると、静かにドアが開く。私が視線だけをそちらのほうに向けると、アニーがこちらに近づいてきた。
「皇帝陛下より、皇女殿下に言伝を預かって参りました」
「陛下から?……なんと?」
「医者からの安静の指示が解けたら知らせるようにと」
「……そう。わかったわ」
私はなんてことないように言ったけど、内心はかなり驚いていた。
以前までの皇帝なら、アンジーナが毒を盛られても、寝ていろとか、早く治せとか、すごく腹立つ言葉を届けることはあったけど、そんな言葉が届かずに、こんな優しい言い方をしてくるなんて。
皇帝の言伝は、万が一があってはならないので、例えどんな汚い口調であろうとも、皇帝が伝えるように指示した言葉通りに伝える。なので、アニーが気遣って言葉を変えたわけではない。
単純に、私のことを心配してくれているのかもしれない。でも、私は、何か裏があるのではと考えてしまう。アンジーナは、それだけの扱いを受けてきたのだから。
わざわざ私が元気になった頃に知らせろということは、おそらくはこの事件のことを話したいのだろう。心配なら、それこそお見舞いにくればいいし、それができなくても、人を送ったりすればいい。
だから、きっと、心配はしていない。生きていたら話を聞くし、死んだらそっかで済ませそうだ。
どうせ暇だし、皇帝が訪ねてくるか、呼び出されるかはわからないけど、今のうちに対応を考えておこう。
今回は、私が犯人と疑われるようなことはないだろう。毒を盛るように指示した本人が、対象の代わりに毒を飲み、しかもそれを報告するようなアホな真似は、メリットがない。
そもそも、あのジュースを盛ってきたのはクレイルだ。だからこそ、クレイルが私を害そうとしたとは思われても、その逆はないだろう。
その点は心配しなくていいとしても、問題は、犯人の動機だ。
ソルディノ帝国は、この大陸でも一番の大国だし、皇帝がクレイルを可愛がっているのは、帝国の貴族なら全員が知っている話だ。
だからこそ、気に入られようとパーティーでもクレイルに話しかけてきていた。
あの皇帝なら、息子を狙われたとなると、問答無用で斬胴してもおかしくないし、証拠はなくても、適当にでっち上げればいいだけだ。不敬罪っていう、とても便利なものがあるし。
だから、貴族がクレイルを狙う利点というのは、あまりないように思える。ハイリスクローリターンは誰もやらない。
それなら、可能性があるのが、皇后、皇妃、他国の三つだ。一番に疑わしいのは皇后だろう。銀髪の皇女を女帝としたかったのなら、それは立派な理由だ。最近は、皇后との関係も少しはましになってきたのも、その理由に拍車をかける。
でも……皇后が、あんな雑なやり方をするだろうか。ドレスを買う時に、何度も話していたけど、皇后なら……やるなら、もっと確実にやるような気がする。
今回のジュースの件も、他の誰かに渡してしまう可能性なんて、皇后は当然、視野に入れていたはずだ。パーティーで、パートナー同士が交換することや、友好関係を築こうと、グラスを持っていくことなんて、帝国の社交ではありふれている。
だからといって、皇妃は、クレイルを殺そうとする理由がない。今のところ、皇子や皇女は、皇后しか生んでいない。子どもがいるならともかく、いないのに殺そうとすることはないだろう。
まぁ、妊娠している可能性もないとは言えないけど……。
逆に他国は、皇太子を狙う理由なんて、山ほどある。帝国と表向きは友好関係を築いていても、裏では敵対しているも同然だからだ。でも、皇宮で行われたパーティー会場に忍び込めた刺客は、相当な手慣れだ。
そんな存在を雇えるのなんて、それなりの国だろう。可能性としては……ドゥーエ。ドゥーエなら、あの皇太子を殺す理由なんて充分だ。金髪に金の瞳という、帝国の象徴の具現化よりも、髪だけとはいえ、銀を引き継いでいる私を上に立てたいだろう。
(ドゥーエ……か)
よりにもよって、犯人に絞ったのが、ドゥーエ関係者だ。
自分の推理が間違っているとは思えない。思えない、が……
(なんか、引っかかるわね……)
もし、仮に皇后や、ドゥーエの王家や重鎮が犯人だとしたら、なんであのパーティーを、しかも給仕を使ったのか。
ただ城に、暗殺者を送り込んだりするのとは訳が違う。城に侵入して、成り済ますことができるほどの人材が雇える存在となると、皇后や、ドゥーエが真っ先に疑われることなんて、本人たちが一番よくわかっているだろうに。
思ったよりも、この事件は複雑かもしれない
私は、そう思えて仕方なかった。