第27話 パーティーに参加してみる 4
私としては、どう動いたっていい。別に断っても受け入れても、私の評価は下がらないだろう。
でも……この子の評価を下げるのに、私を利用しているのは腹が立つ。強制されているのを見るに、この子の家柄は、決して高くはない。
私が少し観察していると、ドレスについているブローチに、家紋らしきものがあった。
……そういえば、あの家紋の紋様、資料でチラッと見たような気がするな。確か、名前はーー
「私で良ければ構いませんよ。クレナ・アリヒンスさま」
「わ、私のことをご存じだったのですか……?」
「陛下からお送りされた貴族名簿に、家紋と名が乗っておりましたから」
時代が時代なので、この国には顔写真というものはない。さすがに、伯爵家以上の高位な家柄だと、絵が添えられていたりするけど、子爵や男爵はそれなりの数がいるので、全員の顔が載っているわけではない。
そのため、私は下級貴族は家紋で判断している。
このような皇族主催のパーティーでは、家を示すために、衣装のどこかに、家紋が入っていることが多い。上級貴族や、欲を言えば皇族にでも、自分の家の家紋を覚えて貰うためだ。
現に、先ほどクレイルと一緒に挨拶していた下級貴族は、ほとんどが家紋入りのネクタイピンやブローチなどを着けていた。
この子の着けている家紋は、アリヒンス家の家紋だった。アリヒンス家の子どもで女の子なのは、クレナという子しかいない。
「そ、それだけで……ですか?」
「私、アリヒンス家のヤシスは好きなんです。なので、家紋は覚えていたんですよ」
ヤシスというのは、地球で言うヒヤシンスに似た花だ。ヒヤシンスよりも、色素が薄いのが多い。
ここは、日本で書かれた小説なので、地球と共通している花も多いのだけど、異世界というのを強調するためか、オリジナルの花も多い。
ドゥーエのシェンレイも、オリジナルの花の一つだ。見た目はパンジーみたいだけど、シェンレイのほうが色味が深く、大きさもシェンレイのほうが大きい。
私は、シェンレイのような、けばけばしい花よりは、ヤシスのような、小ぶりで落ち着いた色合いの花のほうが好きだ。
同じ理由で、薔薇もあまり好きではない。
「そ、そうだったのですか」
「では、踊りましょうか、クレナさま」
「は、はい!」
私は、クレナの手を引いて、会場で踊り始める。
失礼だけど、そこで意外に思ったのは、クレナがダンスが上手というところだ。
最初は動揺していたのか、たどたどしいところがあったけど、すぐに慣れてきたようで、むしろ私に合わせているかのようだった。ステップも、ターンも、普通に私よりも上のように思える。
こんなに素敵なダンスが踊れるのに、なんであんなに邪険にされるんだ?と思ったけど、お陰で余裕ができた私は、先ほど笑っていた人たちがいたほうを見る。
すると、私と目があった人は、瞬時に目をそらす。私が見ているのに気づいていない人は、ただぽかんと呆けているだけだ。
どうやら、ダンスが上手いのは知られていなかったらしい。
それならと思い、私はステップを速めてみる。
クレナは、いきなりのことだったためか、少し動揺して、バランスを崩しかけたものの、すぐにこちらに合わせてきた。
「あ、あの……急にどうしたんですか?」
私がステップを速めたのに疑問を持ったのだろう。慣れてきたタイミングで尋ねてきた。
「あなたの上手なダンスを見せつけてやろうと思って。まだ行けますか?」
私が挑戦的に尋ねると、それとは反対に、クレナは遠慮がちに言う。
「そ、そんな……私なんか、大したものでは……」
ああ、そういうことか。理由はわからないけど、自分に自信がないせいで、この子は臆病者になっている。
そんな子ども、貴族の子どもたちが虐める相手としては、この上ないだろう。
なら、この子に自信をつけてあげればいいかもしれない。
「私、教師にもダンスが上手いと褒められるんです。ダメなところを指摘されたことがありません」
ダンスを教えてくれた教師は、生粋の帝国貴族だったからか、私が一度でマスターしてしまうと、すごい悔しそうだったのを覚えている。
完璧皇女を舐めてはいけない。わざと間違えたやり方を教えても良かったものを、ばか正直に教えてしまうからこうなるんだ。
「その私がいきなりステップを速めたのに、ついていけているのですから、クレナさまはかなりの実力者ですよ。皇女の名にかけて保証いたします」
「で、でも……」
私が褒めても、まだ自信はつけられないようで、少し戸惑っている。
う~む……難しいところだ。
「では、もう少し複雑にしましょう。私の期待を裏切らないでくださいね」
ちょうど曲が転換するところで、私はフィナーレとばかりに、ステップを複雑にする。これは、体を大きく動かしたり、足運びが複雑なので、相手もかなりの実力者でなければ、空回りしてしまうステップだ。
クレナは、またもや戸惑ってはいたけど、戸惑いながらも、私に合わせてきている。動揺は浮かべているものの。そこに焦りはなかった。余裕そうだ。
さすがに私は余裕がないので、周りをチラッとだけ見ると、ほとんどの人たちが私たちだけを見ていた。曲の始めとは違って、かなり動き回っているから、よく目立つので、無理もないな。
曲が終わり、ダンスが終わると、私たちは互いに礼をとる。
転換してからなので、一分ほどだったけど、激しく動いたので、少し疲れた。
一息つくと、私に誰かがグラスを差し出してくる。グラスを持った手を追うと、そこにはクレイルがいた。
持っているのは一つだけ。私のために持ってきてくれたのだろうか。
「美しいダンスだったぞ。やはりアンジーナは上手いな」
「ありがとうございます、殿下。クレナさまが私に合わせてくれたお陰ですわ」
私は、さりげなくクレナを持ち上げる。
私に合わせてくれたというのは、クレナのほうが実力があるよというのを暗に伝えているも同然だ。
クレナはあわわと慌てているけど、私は自分が間違っているとは思えない。本当に上手だもん、クレナ。
私がクレナを持ち上げたからか、クレイルもクレナのほうを見て、クレナを持ち上げる。
「アンジーナと踊ってくれて感謝する。そなたのダンスも見事だった」
「あ、ありがとうございます、皇太子殿下!」
クレナは、慌てて頭を下げた。その瞬間、会場はざわめく。もちろん、悪い意味ではない。
クレイルのことは計算外ではあったけど、これで変な噂は立たないだろう。
早速、クレイルから褒められたクレナに、ダンスの誘いが殺到している。貴族は本当にわかりやすい。
私は、離れたところで、水分補給をしようとグラスを傾けたーーその時。
少しだけ、中身のジュースが口に入ったところで、私は慌てて口を離す。
「殿下。このジュースは、どのように貰いましたか?」
私が真剣な目でクレイルのほうを見ると、クレイルは戸惑いながらも教えてくれる。
「水分補給に冷たいものをと頼んだが……」
「その給仕の顔は、覚えていますか」
「あ、ああ……」
どうしたんだとでも言いたげな目を向けてくるクレイルに、私は、ただ一言、こう告げた。
「陛下の元へ戻りましょう」