第26話 パーティーに参加してみる 3
なんとか乗りきるぞ!
そう思っていた時が、私にもありました。クレイルと話したい人は大勢いるみたいで、クレイルもなんとか皇太子らしく振る舞っているんだけど、私のことはガン無視という人が多い。
いや、正確には、私にも話しかけてはいる。でも、おめでとうございますというお祝いの言葉をかけた後は、クレイルのほうしか見ていない。
クレイルも問題なく接しているみたいだから、別に無理に割り込んだりもしていないけど、周りの私を見下すような視線には腹が立つ。皇后には絶対にこんなことできないくせに。
しばらくクレイルの側に立っていると、会場に音楽が響き出す。
どうやら、もうダンスの時間になってしまったらしい。
「どうします?踊りますか?」
社交界デビューなら、皇太子は踊らないといけないかと思い、念のためにダンスも復習はしておいたので、踊ることはできる。
でも、この後の展開を考えると、あまり早くに踊るのも、と思っている自分もいる。
クレイルは、少し戸惑っているようだったけど、割りとすぐに手を伸ばしてきた。
「なら、相手をして貰えるか」
「はい、殿下」
私たちは、会場の中央のほうに移動して、ダンスを始める。
天才型のアンジーナは、軽く復習するだけで、何の問題もなく動けているけど……クレイルは及第点といった感じか。
小説では、もう少し上達していたような気がするけど……年齢もあるのかな。
「アンジーナは、ダンスも上手いんだな」
ちょうど私がターンをしたタイミングで声をかけてくる。
「三日ほど前から復習しておきましたから。そのまま挑んでいたら、目も当てられなかったと思いますよ」
なるべく、クレイルのコンプレックスを刺激しないような言葉を選んでいるけど、何も嘘は言っていない。
復習をした時に、所々忘れている部分もあり、思い出すのに時間を要したからだ。ぶっつけ本番で挑んでいたら、へろへろになっていたに違いない。
「だが、それでもすごいだろう」
「ありがとうございます」
言葉を選んだお陰か、クレイルも不機嫌にはならなかった。
こんな関係になれるとは、ぶっちゃけ、思っていなかった。クレイルが一番アンジーナを憎んでいたと言っても過言ではないし、実際に以前までは妹としてなんて見ていなかっただろう。兄と呼ぶなと怒鳴るほどなのだから。
……もう、兄と呼んだとしても、私としては問題ないのかなと思っている。でも、アンジーナの中の心の傷は癒えておらず、私が兄と口にしようとすると、途端に言葉が紡げなくなってしまう。
これは、時間が解決するのを待つしかないので、私にはどうにもできない。う~ん、難しい問題だ。
いろいろと考え事をしているうちに、ダンスが終わり、私たちは互いに礼をする。
その瞬間に、待ってましたとばかりに、貴族のご令嬢たちがクレイルに詰め寄った。
ダンスは、パートナーと最初に踊らなければならないという暗黙の了解がある。別に、パートナー以外と踊ったとしても、罰があったりするわけではないけど、外聞は確実に悪くなるだろう。
でも、逆に言えば、パートナーと踊ってしまえば、その後は誰と踊ってもいいのである。そのために、獲物を狙う捕食者の目をしながら、令嬢たちが皇太子に詰め寄っているわけだ。
私がダンスを少し躊躇ったのもそれが理由。別に、クレイルに何か特別な感情を持っているわけではないけど、さすがに今にも補食されそうな様子を見ていると、同情してしまう。
その点は、嫌われ皇女で良かったと思う点だ。下手をすれば、私もクレイルと同じ末路を辿っていたかもしれない。
クレイルが助けを求めるような目でこちらを見ているけど、私は眩しいくらいの笑顔を返しておいた。これくらい、一人で対応しなければ、皇帝なんてやってられないし、私が下手に口を出せば、クレイルの代わりに、私が別の意味で犠牲になるだけだ。そんなのはごめん。
そりゃあ、本当にピンチだったら助けるくらいはするけど、これくらいならクレイルでも乗りきれるはずだ。
困り顔のクレイルを見ていると、どこかモヤモヤしてしまう……。う~ん……家族を求めていたアンジーナの感情が、まだ強く残っているみたいだ。私の中のアンジーナが、早く助けろと囁いている気がする。
「あ、あの……皇女殿下」
「はい、私に何か用ですか?」
声をかけられてしまったので、私は外聞用の笑顔を見せる。
声をかけてきたのは、私よりは年上かなと思うけど、大して変わらないくらいの女の子。社交界デビューか?だとしても、私になんの用だ?
「わ、私と……その……踊って、くれませんか……?」
帝国では、女性同士が踊るのは別に珍しくない。女性同士で踊ることを前提としている曲もあるくらいだ。
でも……皇女を誘うことの、意味がわかっているのか?
私は、チラリと周りを見てみる。
すると、周りはなにやらひそひそとしていたり、クスクスと笑っている者たちがいる。
あ~……これはあれだな。この子に恥でもかかせようとしているのか。しかも、私が断ろうが受けようが、この子にとっては程度の違いはあれど、恥になる。
私が断れば、この子は身の程もわきまえずに皇女にダンスを申し込んで断れたというレッテルを貼られる。
仮に私が引き受けたとしても、銀髪の皇女にダンスを申し込んだという事実は変わらない。
私がドゥーエの特徴を持った皇女だからできるというか、利用してやれと思われてしまうのだろう。
さて、どうするかなぁ……