第2話 皇后に接触してみる
決意をしたはいいものの、具体的な生き残り案などは浮かんでいない。
一番は、この城から出ていくことだけど、それはまだ不可能だ。
私は五歳だ。お城から出るには、さすがに幼すぎる。
自立することはできるだろう。この世界には魔法というものがあり、人々は個々に魔力を持っている。でも、ほとんどは実用できるレベルではないのだが、私は一握りの実用できるレベルだからだ。
私に限らず、大抵の貴族なら使えるんだけども。
魔法が使えるというのは、日本で言えば国家資格を持っているも同じくらいに優遇されるので、食うに困ることはない。
でも、子どもとなると話は別になってしまう。魔法の使える子どもなんて、いかにも訳アリだ。誰も関わりたがらない。
だから、ここにいるしかないのだけど、どうやったらある程度の年齢まで生き残れるか。
だって、ここには、家族という名の、いつ爆発するかもわからない爆弾たちがいるからだ。
生き残るには、その爆弾の導火線を消さなければならないけど、その爆弾は、私の姿を視認しただけで起爆しかねない。下手に接触するのは危険すぎる。
だからといって、なにもしないでいるのも危険だ。私は、嫌われの皇女という立場。いつ適当な罪で殺されるかわかったものではない。
悪役令嬢の小説では、嫌がらせしなければいいという簡単な理由だが、私は存在だけで気に入られない。
現に、小説では用済みという理由で殺されている。私が嫌がらせをしようがしなかろうが、それはきっと変わらないだろう。
下手な接触は危険。なにもしないのも危険。
それならば、地道にやっていくしかない。いちばん私への扱いがましな、皇后の印象操作から始めてみるとしよう。
「皇后陛下。今、よろしいでしょうか」
私は、アポを取らずに訪ねている。やらなかったわけではなく、できないからだ。
ここには、私の願いを聞いてくれる使用人などいない。
私に粗雑な扱いをした者が処罰されるのも、世間体を気にしてのことだ。
外に漏れてしまったとしても、あまり問題にならないことは、黙認される。それが、私への扱いである。
「何の用ですか」
入室の許可は出さず、扉越しに用件を聞いてくる。
ここまでは予想通りだ。私の姿など見たくないのだから、部屋に入れてくれるわけはない。
「ドレスが足りなくなってしまったので、三着ほど、購入許可をいただけないかと」
ドレスがないのは本当だ。私のドレスは、もう古くなってしまったのがほとんどで、新品はまったくといっていいほどない。
これは、小説でも描写されていた。でも、アンジーナは両親に愛されたい、嫌われたくない一心から、何かを要求することはなかったため、この件も、皇女が死ぬまで明るみになることはなかった。
むしろ、何度も同じ服を着たというのも、皇帝に憎まれる要因の一つだったんだけどなぁ。
さて、小説の話は置いておいて、たかが服で購入許可を求めるのかと思われるかもしれないけど、私にはこれが大切だ。
私が買うつもりであるものを、さりげなく上に伝えておけば、私の周りでお金が動くのを、変に思われたりすることはない。
もちろん、そんなことは言われてないとか言われないためにも、事前に許可を求めるのが大切だ。事後報告では、言った言ってないの水掛け論になりやすい。
まぁ、事前に許可を求めたとしても、水掛け論になる可能性はあるけど、事後報告よりは低い。少しでも、可能性を少なくしておくことが大切だ。
ダメだと言われれば、素直に引き下がるつもりではある。ここで駄々をこねるのは悪手だ。
「ドレスくらい、好きになさい。皇女としての節度を守るように」
「かしこまりました」
私は、頭を下げて、自分の部屋へと戻る。
これだけで皇后の私に対する印象が変わったなんて思っていない。
でも、悪かった印象が少しは回復しただろう。気に入らない存在が気に入らない行動をしたら、当然、憎たらしく思う。行くところまで行くと、殺意を抱くこともあるだろう。
でも、気に入らない存在が、自分の気に入るような行動をしたらどうだろうか。
大好きとまではならなくても、そこまで悪い印象は抱かないはずだ。もちろん、演技と疑われる可能性だってある。それなら、監視の一つや二つでも寄越してくるだろう。むしろ、監視をつけてくれるほうがありがたい気もする。
そこで疑われるような行動を取ることがなければ、排除しようと動くことはなくなるはずだ。自分の言うことを聞く人形ならば、それこそ、自分のいいように利用すればいいだけだから。
私は、あの家族たちに好かれたいわけではない。自立できるまで生き残れたらそれでいいのである。そのためなら、都合のいい人形なんて、いくらでも演じてみせる。
生き残るためには、排除するのが損だと思わせなければならない。
ひとまず、今回の接触は、成功とは言いきれないけど、失敗でもなかっただろう。それだけで上々だ。欲張るのは身を滅ぼす。
(ふぅ……)
一仕事を終えると、体から力が抜ける。でも、気を抜いてはいけない。ここには私に死を運んでくる死神が三人もいるのだ。
だからこそ、一息ついても、それを声に出したりはしない。部屋に戻るまで……いや、一人になれる瞬間まで油断はできない。
私は、自分の生活圏まで戻ってきた。
廊下を通ると、すれ違う使用人たちは脇に逸れて、頭を下げて私に道を譲る。でも、視線だけその人たちのほうを向けて見てみると、私には欠片も敬意を示していないことを、その目が語っている。
『一応皇女だし、道は譲らないとなぁ』という思いが、透けているどころか丸見えだ。現に、私が通りすぎた瞬間に、すたすたと道の真ん中を歩き始めている。これが皇帝とか皇后相手なら、見えなくなるまで頭を下げるか、脇を通ろうとするだろう。
でも、それでいい。向こうが私の生死に関わらないのであれば、私からも関わるつもりはない。
とりあえずは、皇后からは許可を貰ったのだから、ドレスの注文をしなければ。ここの使用人は信用できないので、皇后の側つきに声をかけてみよう。ドレスの購入許可は皇后から聞いているだろうし、聞いてなかったとしても皇后に確認を取るときに聞いて貰えるはずだ。
(今日は疲れちゃったし、明日に頼もう)
そう後回しにしていたのがよくなかった。初日からうまく行きすぎて、私は無意識に油断してしまっていた。
翌日、とんでもない存在が私の部屋へと訪ねてきた。