第19話 皇子と意見交換をしてみる 1
新しいデザインのドレスを貰ってから数日、オーダーメイドのドレスも届いた。これで、ドレスはもう問題がない。やっと片づいたのだ。
私は、自分がデザインしたドレスを着て、ごろりとベッドに横になる。
アニーには難しい顔をされているけどこれはシュミーズ……つまりは、パジャマに近い素材なので、寝転がったとしても、そこまでの問題ではない。
私がごろごろとしながら考えるのは、今後のことだ。皇后は、機嫌を損ねることさえしなければ、もうほぼ問題ないと見ていい。皇子も大丈夫だろう。……と、なると、やはり問題は皇帝か。
皇帝は、服は興味ないだろうから意味ないな。何か始末するには損だと思われるような手柄を立てないと。
そう悩みながらも数日過ごしたところで、落ち着きを見せていた日常が変わる。
「アンジーナ……」
「何かご用ですか?皇太子殿下」
事前に連絡をくれていたから、特に気にしてはいないのだけど、あの時に半ば無理やり追い出したからか、皇子は私の様子を伺うようにやってきた。
その様子は、あの傍若無人な姿の面影も感じさせない。
「アンジーナが……ここに来るなら、勉強をしろと言っただろう」
そんなことは言ってないような気がするけど……私の言葉を、皇子はそう取ったのかもしれない。
それなら、話を合わせよう。
「では、ここで勉強をするのですか?それでしたら、私は本を読んでいますので、別室にーー」
「ち、違う。そうではなくて……」
皇子は、もごもごと言葉を濁す。
「ではなんですか?」
結局、勉強するの?しないの?
「お、お前と……」
「……お前と、なんですか?」
私が冷たい目をしながら聞き返すと、皇子はむっとしながらも言う。
「ア、アンジーナと一緒に勉強したいんだ!」
「そう、申されましても……」
私としては、一緒に勉強しても構わない。断って悪印象を持たれるよりはましだ。
でも、私と皇子の勉強の差は歴然。お世辞にも、私の勉強についていけるとは思えなかった。
「あ、あのーー皇女殿下は……皇太子殿下とは、勉強する事柄が違いますので……」
教師もそう感じているようで、なんとか避けられないかと模索しているようだ。
まぁ、以前までの私たち兄妹の関係を見ていた教師たちからしてみれば、皇女が自分よりも優秀なのを間近で見れば、皇太子が癇癪を起こすと思っているのだろう。
今の皇子なら、そこまでではないと思うけど……断言はできない。
「それなら問題ない。アロス・マーシャの理論生物学について話したいだけだ。そなたに教えを乞うことはない」
「あの、書物を……?」
教師は、言葉が出なくなっている。この教師は、神学について教える教師だ。そして、アロス・マーシャのことを異端視している。
アロス・マーシャは、地球で例えるなら、誰もが知っている、進化論を発表した某生物学者だ。
その時まで、人間は神が作りたもうた存在と言われていたので、その人も異端視されていた。
その人にそっくりなのがアロス。
さすがのアロスも、猿から進化したなどと言うことはない。でも、人間を特別なものとして見ず、他の生物と同等のように扱っているのは、その人に似ていると言えるだろう。
理論生物学にも、人間は知能を持っているから魔法を使えるのであって、人間と同等の知能があれば、そこらの虫でも使えるといったこの世界独自の考え方や、鳥は魔法を使わずとも空を飛べるといった地球で生きてきた人からしてみれば当たり前のことまで、小難しくつらつらと書き連ねられている。
そして、神学は、とにかく人間を神聖なものとして扱っている。直接的に表現することはないが、言葉の節々からそう感じ取れる。
「そ、そうでございますか。で、では、どうぞお二人で……」
教師は、その場にいたくなかったのだろう。そそくさと立ち去った。
「教師としての職務を放棄するのか……?」
皇子はあまり理由がわかっていなさそうな顔をしているけど、原因はお前だからな?お前がそれを言う資格はないぞ。
「それで、その理論生物学について話し合うのでしょう?」
「あ、ああ。そうだな」
こうなったら、とことん付き合ってやろうじゃないか。アンジーナの記憶には、あの本の隅から隅まで入っているから、何でも話せるぞ。
まぁ、あんな内容を六歳児が完全に理解しているとも思えないから、教えながらになりそうな気がするけど。
「話し合う……と言ったが、完璧に理解できているわけではないから、少しだけになるが構わないだろうか」
「は、はい。かまいませんが」
あの小難しい内容を、少しとはいえ理解したのか!
もしかしたら、皇子は秀才型かもしれない。アンジーナは天才型のため、一度習えばほぼ完璧にマスターしてしまうが、何度も繰り返すわけではないので、欠点に気づかなかったり、深く理解できるわけではないことが多い。
反対に秀才型は、時間はかかるものの、物事の理解が深かったり、欠点に気づいて、自分で独自に直したりもするので、昇華しやすい。皇子は、このタイプかもしれないな。
この時、皇子の意外な一面に気づいた瞬間だった。