第17話 さすがに多いです
確かに、私は来てもいいとは言った。事前に連絡をくれればと。
でも……それでも。
「それはなんだ?」
「昨日も言いましたが、アロス・マーシャの理論生物学です。昨日の続きですよ」
「一昨日のは読み終わったのか?」
「はい、一応……」
三日連続で来るとは思わなかったわ!しかも、よりにもよって、私の勉強時間に!まぁ、勉強時間と言っても、私は大したことはやっていない。
アンジーナの頭が優秀すぎて、転生する前から、教師陣から教えることがないとさじを投げられてしまったので、私は勉強時間に読書をしている。
一応、この場に教師はいるのだけど、空気も同然だ。私も、習っていない表記があったら質問するくらいしか、教師と会話することはない。
「あの……皇太子殿下もこの時刻は勉学に勤しんでいらっしゃるはずですが……」
お前の勉強はどうしたんだよと聞いてみると、さも当然のように言い放つ。
「ここで学べば良いだろう?そこに教師もいるではないか」
何を言っているんだという目を向ける皇子に、私は動揺する。
私がおかしいのか?普通は、自分の部屋で勉強するものなんじゃないの?兄妹は一緒にやるのがこの国では常識なの?
認めたくはないが、仮にそれが常識だったとしよう。でもこいつは、まったく勉強なんてしていない。私が読書をしている横から、好き勝手に話しかけてくるだけだ。
相手が皇太子という立場である以上、無視することができないのも腹立たしい。この皇子の相手をしていたから、これを昨日のうちに読みきることができなかったというのに。だからといって、話しかけるなと命令するのも無理だ。
教師が止めるのも、もっと不可能だろう。
今のところ、この皇子を追い出す手段がない。なんのつもりかは知らないけど、私のことは放っておいて欲しい。
「先生、皇太子殿下が私と同じ勉強したいそうですわ。私は教えるのがうまくありませんから、先生が皇太子殿下にお教えくださるかしら」
勉強しに来たというのなら、勉強して貰おうじゃないか。まぁ、私と同じ勉強となると、この国では学者と同レベルになると思うがな!
「えっ……あっ、いや……」
皇子は、わかりやすいように狼狽えている。まぁ、当然だろう。皇太子はまだ六歳だ。いくら英才教育を受けているとはいえ、下手したら大学に入れるレベルは難しいだろうな。
それを当たり前のように終えているアンジーナがおかしいだけであって。
「あら、勉強をしに来たのではないのですか?」
「そ、それはそうなのだが……さすがにアンジーナには、ついていけないというか、私には難しいというか……」
言い訳がだんだんと小さくなっていっている。これは、あれか。サボりの言い訳にでも使われたのか。
もしそうだとしたら、もっと腹立たしい。
「皇太子殿下は、いずれ皇帝となられるお方ですわ。勉学に励まれ、優秀な成績を出しませんとーー」
「そんなことはわかっている!!」
皇子は、バンと机を叩いて立ち上がった。
やはり、皇子は私に勉強について口出しはされたくないらしい。
あの時から、皇子は私と向き合おうとしているのだろうなとは感じた。サボりのためだとしても、私となんとか話そうとしているのは。
現に先ほどから少し生意気な口を聞いても、怒り出したりはしない。
でも、コンプレックスやわだかまりというのは、簡単には消えてくれない。
私の中のアンジーナは、いまだに兄に拒絶された悲しみを拭えていない。同じく皇子も、私に対する嫉妬心が、完全に消えてはいないんだろう。
だからこそ、私から勉強について指摘されると、こんなにも感情的になる。
皇子は、ハッとした表情になり、私のほうを見た。
「お分かりになっているのでしたら、勉学に励まれてはいかがでしょう。私も皇女として、ふさわしい学を身につけねばならないのです」
なんとか笑みを浮かべて言ってみたが、きっと視線は冷たいだろう。
もう兄には……何も期待しなくなっている。
「ここで勉強するなとは申しません。私には、その権限はありませんので」
「……わかった。部屋に戻ろう」
皇子は、またもや静かに部屋を出ていく。邪魔なようなら、今後はこのように追い出してみるのはどうだろう。
私は、自分が生き残るために必死なのだ。皇子の道楽に付き合っているような暇はない。
なのにーーなんでこんなにも、胸が締め付けられるんだろう……。
私は、これ以上本を読む気にはなれず、教師といろいろと話し合ってみた。教師の興味のある分野について話していたからか、教師もいつも以上に白熱した様子で語っていた。
それは、有意義な時間ではあった。
でも、私はーー心から楽しむことはできなかった。