第15話 またお前か
私は、事前に決めた通り、皇女宮でおとなしくしていた。
あの後に、アニーが持ってきてくれた使用人の名簿を見たりもした。
見覚えのある名前が一つもないので、本当に総入れ替えされたんだというのを実感した。
あれから、使用人に舐めた態度を取られなくなったので、それはよかったのかなと思う。
後は、のんびりと紅茶を飲んだり、図書室の本を読んだりしているうちに、三日の時が過ぎていた。
ドレスは、当然ながら届いていない。まぁ、オーダーメイドと仕立て直しとなると、時間がかかるのは当たり前だろうから、あまり気にしてはいない。
むしろ、仕立て直しのほうは、デザインも変えてしまったので、実質オーダーメイドのようなものだ。手間をかけさせて申し訳なさはあるものの、あのデザインは無理だ。
そして、引きこもってのんびりしているうちに、気づいたことがある。
皇女は、体も特別製だということに。
薬を発明したりするのだから、頭が良いことはわかっていた。でも、頭が良いなどのレベルを越えている。
一度見聞きしたものは、絶対に忘れない。いつまでも覚えているわけではないけど、思い出そうとすれば、なんでも思い出せる。
地球でも似たようなことを聞いたことがあるけど、そんなのとは比にならないだろう。私の頭には日記でもあるのかというくらい、その日の天気や、いつ、何をしていたかもはっきりと覚えている。
そして、皇女は舌も敏感だった。
紅茶は、色々な茶葉を入れてもらったが、一口飲んだだけで、茶葉や蒸らした時間までわかってしまう。
二日目に飲んだお茶が、少し渋かったような気がして、「茶葉を変えたの?」とアニーに聞いたら、えっ?というような顔をされたから気がついた。
その日は、少し使用人の間でミスがあり、蒸らし時間が一分ほど長くなってしまったらしい。でも、一分くらいでは、大して味に差は出ないので、気づかないだろうと思って出したのだとか。
その後、厳重注意してからは、そういうミスもなくなったけど。蒸らし時間が長くなってしまっただけだからよかったけど、毒とかだったら洒落にならなかったから、それはもう、すごい説教が、アニーによって行われた。
演技かもしれないけど、アニーは私のことを心配はしているらしい。
その結果、なんか、私が味にうるさい皇女という扱いをされつつあるけど、不都合はないので、とりあえずは放っている。
そんな日々を過ごしていたのだけど、どうやら小説は、どうしても私を破滅に追いやりたいらしい。
突然、皇子が訪ねてきた。皇太子というべきか?まぁ、どちらでもいい。当然ながら、アポイントはない。せめて今から行くくらいは言って貰いたい。
「お前に聞きたいことがある」
またお前かよと思いながら、笑みを浮かべて、「なんでしょう」と聞いてみた。
「ドレスが購入されていなかったと聞くが……まことか?」
あの後、皇帝にでも聞いたのか。
「はい、事実です。半年ほど前から、購入された形跡はありませんでした」
「アクセサリーもと聞いたぞ」
「アクセサリーは一年ほど前から……」
「なぜもっと早くに言わないのだ!」
そう声を荒らげる皇子に、私はうん?と思う。
なんで怒られているのかわからなかった。別に、ドレスが購入されていなくても、皇子にはそんな不都合はないように思う。
むしろ、小説の皇子の性格なら、あの皇女にはそれくらいの扱いが合っているくらいには思いそうだ。
ーーもしかしたら、今の皇子は、そんなに悪い奴じゃない?嫉妬のような感情は生まれているかもしれないけど、まだこじれていないのか?
「訴えたところで……私のような立場の者の声は、上まで届かないと思いましたので」
もしかしたらという期待を込めて、私の惨めな立場を訴えてみる。
一番の理由は、両親に嫌われたくないという理由だろうけど、これも本心と言えば本心だろう。訴えれば通ると思っていたのなら、アンジーナはとっくに行動を起こしているはずだ。
「…………」
皇子は、黙って俯いてしまった。返す言葉が見つからないのか?そうかでも返せばいいのに。
皇子は、それから、私を憐れむような目で見る。その時、私は本当の意味で惨めになった。
なんで……何も言わないんだ。
「お話はそれだけのようですね。もう用がないのでしたら、どうぞ宮までお戻りください」
「……わかった。だが……また、来てもいいか」
「来られるというのなら、事前に仰っていただければ、もてなさせていただきます」
「ああ。知らせは入れよう」
皇子は、以前とはちがって、静かに立ち去った。
私は、皇子の出ていったドアを、静かに閉めた。