第11話 変わった皇女
アンジーナが部屋を出ていったとき、その場には皇后であるレティシアと、レーファだけが残された。
「まさか、あのドレスを選ばれるとは思いませんでした」
「今のあの子なら、あり得ない話ではないわ」
レティシアは、皇女宮の使用人や予算管理を行っている現状、幼い頃から皇女のことはよく知っていた。
髪はドゥーエの象徴の銀を引き継いでいるが、皇女のあの瞳が、あの皇帝の血を引いているというのを思い知らされる。
皇女に何の罪もないことはわかっている。だからこそ、皇女としての勉強をさせているし、ドレスなども与えている。
(……まさか、横領なんてね)
横領を行うと思わなかったわけではない。皇帝も滅多に顔を出さないし、自分も予算の配分を行っているだけで、ちゃんと皇女の元に届いているかどうかはわざわざ確認していない。
だからこそ、皇女宮の装飾品がなくなっても、指示したものより安いのを購入して、余ったのを懐に入れられてもしても、気づかないだろうとは思う。
だが、皇女は、わざわざ自分に許可取りという名の報告に来た。
普段なら、近くを通れば、物陰からじっと見てくるだけで、自分に話しかけたりはしなかった。
レティシアとしても、あの瞳を見て話したいとは思わなかったため、自分から声をかけることもなかった。
そんな皇女が、扉越しだったので、はっきりと断言できるわけではないが、堂々としているように思えた。
ドレスの購入を求めてきたのが不思議だったので、皇女宮に人を送って調べさせたが、ドレスやアクセサリーが購入されていないことがわかった。
ドレスを求めてきた理由はわかったが、わざわざ半年も待ってから報告した理由がわからなかった。
レティシアはあまり自覚していなかったが、それから皇女という存在が気になり始めていた。
その翌日に皇帝が皇女の元を訪ねたと、皇女宮の使用人から報告があった。
皇帝と皇后の不仲は有名な話だ。使用人の雇用や解雇権限が皇后にあるため、皇后の不興を買わぬようにと、皇后にとって不都合な何かがあれば、自分が命令しなくても報告してくる者が多い。
別に自分の息がかかっているわけではないが、彼らは皇后の手先も同然だった。
だが、あの皇帝のことだ。皇女にではなく、自分のほうに息のかかった使用人を送り込んでいたのだろうと考えたレティシアは、すぐに皇后宮の使用人を入れ換えた。
皇帝が皇女の元に向かった理由は想像ついている。皇女が自分に接触したので、その考えを聞くためだろう。自分だって、皇女が皇帝に接触したら同じことをするはずだ。
なので、皇帝の行動に、そのときは疑問を抱かなかった。
問題は、その後だ。
皇女から不正の疑いを聞いたのだろう皇帝が、皇女宮を調べ始めた。それを感じ取ったのだろう。使用人が皇女に嘆願しに行った。
だが、それを皇女は退け、ある男に連行されたという。
その使用人と仲の良かった者が、皇后にその報告をして、慈悲を下さるように頼みに来たことがあった。それは適当にあしらったが、問題はその男だ。
話を聞く限りは、皇帝が信頼を置いている数少ない人間である、ダリウス・アーウィンだろう。
それは、皇帝が皇女に信頼の置ける人間を送ったということに他ならない。
レティシアは、今までにないくらいに焦った。皇子だけでなく、皇女まで向こうにつくことがあれば、自分の立場が危うくなる。
なんとか理由をつけて、皇女の動向を図ろうとしたところ、皇女のほうからお茶会をしないかという提案をされた。
自分の考えが見透かされている気がしたが、レティシアにとっても都合が良かったので、書かれていなかった日時や場所を指定して返した。
そのときに、皇女の思惑を探ろうとしたのだが……
皇女は、それを晒すことはなかった。
レティシアも、当たり障りないように聞いていたが、皇女も必要以上に語らなかった。自分が皇帝についていることも、ついていないということも、アピールすることがなかった。
そのために、皇女の考えがわからない。ただ、以前とはちがって、打算から行動しているのはわかった。皇女のあの表向きの顔が、それをわからせる。
自分が不快を隠さなくても、怯えることはなく、自分の望むような答えを返してきた。
そのため、レティシアは、最後に確かめたくなった。皇帝につくつもりがなくても、皇后の敵にはならないかと。
その確認に、ドレスの購入を利用したのだが……
「皇女殿下は、藍色の意味をわかっておられたのでしょうか?」
「知らなければ、あんな真逆のものを選んだりしないでしょう」
藍色の染料であるシェンレイは、美しい藍色を出せることで有名で、主な産地はドゥーエだ。ドゥーエ以外では栽培されることはほとんどないと言っても過言ではない。
その藍色を選ぶということは、皇后を選んでいるも同然だった。だからこそ、レティシアも機嫌をよくした。
「では、皇女殿下は皇后陛下にーー」
「いえ、それはないわ。デザインに文句を言うのが証拠よ。私に気に入られたいのなら、デザインも甘んじて受け入れるほうが得だもの」
あれは、自分が中立であるのを示したのだろう。藍色を選び、敵対することはないことを示しつつ、デザインに文句を言うことで、なんでも素直に従う気はないということも示した。
単に、藍色が好きだったとか、デザインが気に入らなかったとか、いかにも五歳児らしい、そんな理由があるかもしれないというのに、皇后は、それ以外の理由を思いつかなかった。
「ですが、そんな、両陛下の不興を買いかねないようなことをーー」
恐る恐るながらもレーファがそう言うが、レティシアはクスッと笑う。
「むしろ、今の状況では賢い行動よ。中立に立つというのは」
レーファは、皇后の言っていることがわからなかった。
中立を示すなんて、皇帝と皇后の両方に常に警戒されるのだから、それこそ危険ではないか。
それなのに、何が賢いというのか。
「まぁ、あなたもいずれわかるわ。それじゃあ、皇女のドレスを仕立ててちょうだい」
「は、はい!では、失礼いたします」
レーファは、慌てて頭を下げて、皇后宮を後にした。
一人になったレティシアは、皇女のことを思い浮かべる。
自分はしばらく放っておいてあげてもいいが、皇帝や皇子が放置しておくとは思えない。いろいろと接触を図ってくるはずだ。
皇女が、それをどう対処してくるのか。それが、レティシアには気になって仕方ない。
(さて、アンジーナ。あなたは、これからどう動くのかしらね)
レティシアは、笑みを浮かべて、紅茶を一口飲んだ。