第10話 ドレスを購入してみる
ついに、商人が城へとやってくる日になった。私は、ドレスを購入するために、皇后宮の元へと向かっている。
今日、きっちりとドレスを購入するために来るようにという呼び出しをされたから。自分の目の届くところで購入してもらいたいみたいだ。
私も、特に不都合はないので、了承して向かっている。むしろ、見ていてくれるなんて、私の無実を証明してくれるようなものだから、私からすればもっとこいといった感じだ。
ちなみに、使用人がいなくなった理由を、戻ってきたダリウスに聞いたところ、やはり皇帝の元に連行したらしい。その使用人たちはまだ帰ってきていないが……まぁ、末路は予想できている。
ダリウスには、皇后の元へドレスを購入するために向かうことを伝えたので、皇帝に怒られたりはしないはずだ。
変わりといってはなんだけど、あの時、ダリウスの紹介でやってきたルークという男がついてきている。私を一人にする気はないらしい。
私が何を購入したとかも、皇帝に筒抜けになると思うと、皇帝に対する嫌悪感が何倍にも膨れ上がる。
プライバシーとかないのか!
下着とかもなくなっているけど、今回は絶対に買わない。道中ではそう誓った。
皇后宮に着いて、私は指定された部屋で待機する。その指定された部屋というのは、以前にお茶会をした場所だ。どうやら、私が来たときは、ここに招くらしい。
お茶会の時は、目の前の相手に集中していて、じっくりと見ていなかったけれど、壁は豪華ではないものの、品を感じさせ、美しい高級品といった感じだ。この部屋は、グレードが高いほうではあるだろう。
皇后宮に限らず、皇族や上級貴族のような、身分が自分より下の存在が多い者は、複数の客室をつけて、それぞれ差をつける。
あまり重要ではない客には、質素な部屋に、要人には豪華な客室を使わせるのだ。
つまりは、どこに招かれるかで、相手にどう思われているのかわかる。皇后は、私を皇女と認めてはいるのだろう。だからこそ、それなりの部屋に招いている。
まぁ、皇后を訪ねる存在なんて、商人以外には上級貴族ばかりなので、一番グレードが低い部屋でも、それなりの豪華さではあるのだが。
部屋の観察を終えた頃、ドアが開く。そこには、皇后と、一人の女性がいた。あの女性が商人だろうかと見てしまったが、私は、ハッとなって立ち上がる。
「ごきげんよう、皇后陛下」
私は、右手を胸に当て、軽く頭を下げる。これは令嬢が家族などに行う作法だ。
本来なら、皇后はこれに機嫌を悪くするが、今日は何も言えないだろう。いくら皇后が気に入っている商人とはいえ、隣にいるのは、皇宮の事情などまったく知らない赤の他人だ。
皇帝からのスパイにも見張られている以上、臣下の礼や言葉遣いは相応しくない。
それを皇后もわかっているのだろう。不快などを表情に出すことはなかった。
「待たせてしまってごめんなさいね。こちらが私のお抱えの商人よ」
皇后に紹介された商人は、私が行ったのとは違い、スカートの裾を両手で軽くつまみ、私に深く頭を下げる臣下の礼を行う。
「私は、アリーシュ商会を運営しております、商会長のレーファと申します」
「よろしくね、レーファ。楽にしてかまいませんよ」
今は、臣下の礼は私に向けられている。なので、私が許可を出さないと、レーファはいつまで経っても頭を上げられない。
「皇女殿下は、ドレスをお望みということですので、いくつかサンプルをお持ちしました」
レーファがドレスのサンプルを持ってくるように指示すると、レーファの部下と思われる人たちと、皇后宮の使用人が様々なドレスを中に運んでくる。
ドレスはどれも、私の体型には少し大きめのように感じた。
それは、いかにもなフリルだらけのドレスもあれば、最低限の装飾しかされていないものもありと、多岐に渡る。
「最後の購入から半年も経っているのでしたら、採寸せねばなりませんから、すぐにお渡しすることは難しいのですが、どれか気に入るものがあれば、皇女殿下に合わせて仕立て直すことは可能です」
「何か気に入るものはありましたか?」
皇后は、今日一番の笑みを見せる。
これは……試されてるな。
ルークのほうをちらりと見ても、特に反応を示したりしないということは、皇帝も了承済みか、止める気はないということだろう。
それならと、私は皇后に尋ねる。
「陛下。ドレスの側まで行ってもよいでしょうか」
「ええ、かまいませんよ」
皇后の許可も降りたので、私はドレスの近くまで歩く。
レーファは驚いていたけど、そんなのは気にせずに、手を伸ばせば触れられるという距離まで来た。
そして、それぞれのドレスを、ひとまずくるりと周りを歩き、全体を見る。そして、ドレスの裾を軽く触った。
そして私は、ひっそりと置かれていた、売れ残りのような一番地味なドレスと、フリルやリボンだらけの痛々しいドレスを手に取る。どちらも、深い藍色だ。
そして、レーファに手渡した。
「こちらの二着が気に入りました。これを仕立て直してもらいたいですわ。残りはオーダーメイドでもよろしいでしょうか」
レーファにそう言うと、レーファはニヤリと笑う。それに、私も笑みを返しておいた。
「かしこまりました。なるべく急がせてもらいますが、仕立て直しには一週間、オーダーメイドには三週間ほど時間を頂くかと思います。それでよろしいでしょうか」
「それはかまいませんが……」
私は、わざとらしく、う~んと考える。
レーファは、私の態度が気になったのか、焦ったように聞く。
「な、何かご不満でも……」
不安そうなその顔に、今度は私が焦るように弁明する。
「いえ、ただ、ドレスを仕立て直すなら、少しデザインが……と思っただけですわ。お気になさらず、その日までに仕立ててくださいませ」
「あら、気に入らないのなら、変えてもらえばいいでしょう?」
皇后が、さも当然のようにそう言った。その顔は、なんでそうしないんだとでも言いたげな表情だけど、あれが作られたものなのを見抜けない私ではない。
皇后は、私がなんでこんな正反対のドレスを選んだのか、きっとわかっている。わかっている上で、このようなことを言ってくるのだ。
「それでは、手間をかけさせてしまって、余計に遅くなってしまいますもの。皇女として、ずっと粗末なドレスを着ているわけにはいかないでしょう?」
私が困ったようにそう言うと、皇后は私をじっと見てくる。
わざわざ粗末と言ったところが癪に触ったのかもしれない。でも、自分で言った言葉だし、皇后もそう思っているだろう。
皇后は、軽くため息をつくものの、「それもそうね」と言い、レーファに指示する。
「では、ここで採寸をして、三着ほど仕立てた時点で、一度ここへ持ってきなさい。皇女はその時までに、新たなデザインを考えておけばいいでしょう」
「か、かしこまりました」
「素敵な提案をありがとうございます、皇后陛下」
私が満面の笑みでお礼を言うと、皇后も笑顔で、「気にすることはありません」と言った。
皇后は、いつも以上に機嫌がよさそうだ。それもそうだろう。私があのドレスを選んだのだから。
「では、皇女は採寸の後、宮へお戻りなさい。デザインを考えねばならないでしょう」
「はい。かしこまりました」
私は、皇后宮の侍女に採寸をしてもらった後、皇后に一礼をして、部屋を後にした。
(さて、今度はデザインか)
せっかく、皇后の機嫌が少しとはいえ、良くなったのだから、ここで失敗するわけにはいかない。
私は、最後まで気を引き締めて、皇后宮を後にした。