第六話 再びの悪魔
アイリスの実家に泊めてもらった日から数日後に、東部軍の司令官兼領主コードフリード大将の元へ訪れる。
数日空いたのは大将が忙しく、予定が合わなかったからだ。
今日は空いているとのことで、今は応接室で大将と向かい合っている。
「すまないね。ここ数日は忙しかったんだ」
大将が予定が合わなかったことを、申し訳なさそうに詫びる。
「何かあったのですか?」
「なに、ちょっと調査目的の軍艦を増やそうと思ってね。そのために各所を納得させるために奔走してたのさ」
「調査目的ですか。何か異常でも?」
「それを調べるための調査さ」
うまくはぐらかされた気がするな。
何の異常も確認されていないのに調査船を増やすのは不自然だ。だからその理由を聞こうとしたのだが、答えることはできないのか。
「それより二人の話を聞かせてほしいな。ルチナベルタ家の説得はどうだった?」
「うまくいきましたよ。無事にユベールへ渡れそうです」
「それはよかった。じゃあすぐにでも発つのかい?」
「そうですね。ただ一つ伺いたいことが」
「なんだい?」
コードフリード大将はニコニコした顔をしている。
初対面の時も思ったが、この男は優男で外面がいい。
……だがどうにも胡散臭い。
異常なしとアイリスに伝えているのもそうだし、先ほども俺の質問をはぐらかした。
俺が疑心暗鬼になってしまっているのか、もしくはずっとニヤついているから何を考えているかわかりづらいからかもしれない。
「ルチナベルタ家の当主から、この海域で危険な魔物が出たと聞きました。軍がルチナベルタ家に交易を制限させているとか。なぜ教えてくださらなかったのですか?」
「彼がアイリス中佐を止めていたのは僕の意志じゃないよ。実際に制限はさせたけど、君の部下2人はちゃんとユベールについているのだし。結局、君たちがユベールに行くには彼を説得しなければならなかっただろう?」
「そういうことではないのです。そもそもアイリスが止められていたのは軍に交易を制限されていたから、危険な魔物が出ると聞き、娘を心配したから止めていました。あなたが事前に教えてくれれば、こんな面倒なことをする必要はなかった」
「僕に問題があるとでも?」
その言葉と同時、コードフリード大将の目が鋭くなる。口は笑ったままだが、目は明らかに笑っていない。
何か気に食わない聞き方でもしたか?
今掘り下げてもいいが、厄介なことになりそうだ。ここは引くしかない。
「問題にしたいわけではありません。単に聞きたいだけです。海で何が起きているのですか?異常はないとは言わせません」
「君は話している相手が大将だという自覚はあるのかい?……まあいいけどね。お察しの通り、海に危険なものがいる。飛び切りね」
「それはいったい?」
「高位の悪魔さ。君も戦ったことのあるね。とはいえ東部は今までずっと平和だった。そのせいか、東部軍はほかの領の軍よりも精強さに欠けてしまっていてね。勝算もない中で討伐に踏み切れないのさ。混乱を起こすわけにもいかないから、黙っていたんだ。秘密にしていたことは申し訳ないと思っているよ。すまなかったね」
コードフリード大将が謝罪の言葉と共に少しだけ目を伏せる。
大将なんて立場だから、あまり大っぴらに頭は下げられないんだろう。
「君達にも黙っていたのは、東部軍じゃないからさ。僕に君たちに命令する権利はない。逆に言えば、君たちが取った行動の責任を取る義理もない。もし君たちが高位の悪魔がいると情報を漏らして混乱が起きても、責任を取るのは僕じゃない。だから最悪君たちを軍事裁判に掛けなくてはいけないなんてことになる。理解してもらえると嬉しいな」
肩をすくめながら大将が言った。まあ確かに、俺達南部軍の行ったことを東部軍の大将が責任を取るなんておかしな話だ。
それを危惧しての行為なのだから責められないな。
それにしてもまた高位の悪魔か。縁があるな。
いや、ルチナベルタ家で聞いた話から察するに、レオエイダンの悪魔と現れたのはほぼ同時期だ。これは縁があるというより必然だろう。
向こうは俺が倒したがこちらは倒せるものがいない。かといって被害が出ているわけではないから今は入念に準備しているといったところか。
確かに、高位の悪魔といえば一国を上げて討伐するような存在だ。東部だけでは心許ないし、国に要請するなら時間がかかるだろう。
「とはいっても近頃、悪魔たちの動きが活発になっているからね。広まるのは時間の問題だし、国も対応に追われているから東部に援軍が来るのは時間がかかりそうなんだ。だからせめてもということで調査船を増やしたところなんだ」
「なるほど。わかりました。先ほどは失礼をしました」
「いいさ、君も大変だろうからね。伝えなかったこっちにも落ち度がある」
しかし、高位の悪魔か。バラキエルは積極的にドワーフの艦を襲っていた。こちらでは特にそういった話は聞かないな。バラキエルは悪魔と一口に言ってもいろいろな力を持つと言っていた。なら今回の悪魔は積極的に戦うタイプではないのだろうか。
俺が少し考え込んでいると、俺の斜め後ろに立っていたアイリスが一歩前に出て、大将に質問をする。
「質問をよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「悪魔が活発化しているとのことですが、他の地域でも高位の悪魔が出ているのですか?」
アイリスの質問にはすぐには答えず、机の上に会った書類を一枚手に取って、見ながら答える。
「現在報告された高位の悪魔は西と東に一体ずつ、そして北に二体だ。西はすでに倒されているから残りは三体。南部は高位の悪魔こそいないものの中位の悪魔が結構な数が確認されている。こんなことは初めてだね。大陸の一大事だ」
「そ、そんなに!?」
「ああ、大変なことだよ。現状で東部は動きがない。北は陸続きで、丈夫な防壁とアクセルベルク最強のロフリーヴェス大将がいるとはいえ二体もいる。倒せるだろうけど片付くまでは東部への支援は難しいかもしれない。おっと、もちろんこれも絶対に他言無用だよ」
「はい。心得ております」
アイリスが一礼をして一歩下がり、元の位置へ着く。それを見てからコードフリード大将が俺を見て変わらず笑顔な顔で聞いてくる。
「さて、これで僕から話せることは全部かな。どうする?准将はこのままユベールへ行くかい?」
「……そうですね。国が動くというなら私など不要でしょう。コードフリード大将もいますし、安心です。それでは私たちはユベールへ向かうとします」
「そうか、わかった。それじゃあ、航路はここを進むといい。直線的に進むと悪魔がいる場所だ。少し北に行ってから渡ったほうがいいね」
「何から何までありがとうございます。それでは失礼します」
悪魔の位置が記された航路図を受け取り、大将に頭を下げて俺たちは退出する。
去り際に大将の顔を見たが、いつも通り柔和な笑顔を浮かべていた。
*
領主館からルチナベルタ家に向かう道の途中。
アイリスには先ほどのコードフリード大将との会話で引っかかることがあったようだ。
「ねぇ、隊長どう思う?」
「何がだ?」
「さっきの大将の言っていたことさ。大陸全土で悪魔が活発化しているって話」
悪魔が活発化してるのは本当だろう。
事実高位の悪魔がこんなにも出ているのだから。
聞いた話では高位の悪魔は数十年に一度現れるかどうからしい。そんな大物が一度に少なくとも4体出たんだ。かなりの大事だろう。
だが俺は特に驚かなかった。高位の悪魔バラキエルと戦った時に言っていたからだ。
『我らが通ってくる門は!貴様ら人間が開けてくれる!何も知らない人間どもがな!』
『如何にも。異界に伝わる門である。はは!そして聞くが良い!我ら悪魔の王が、ついにこの世界に降臨なさる!直にこの世は地獄に変わる!はるか昔より続きし、因果!次の戦で終わりにしてくれよう!』
あの時、とどめを刺す直前にあいつはそう言った。
疑問だらけの中でも、わかっているのはじきに悪魔たちの王がこの世界に現れるということ。ついに降臨ということはまだ降臨していないんだろう。
門はすでに高位の悪魔が現れるほどに出来上がっていて、王が出てくるまであと少し。高位の悪魔が各地で行っているのはその準備か、はたまた戦の前哨戦か。
「活発化しているのは事実だろうな。現状から見ても明らかだ」
「隊長は勝てると思う?高位の悪魔と戦ったんでしょう?」
「この国の戦力がどのくらいのものかわからないから、予想なんてできない。ただ高位の悪魔でこれだけ右往左往しているんだ。正直厳しいだろうな」
「どういうこと?」
悪魔たちの階位は下中上とあり、最上に王がいる。それぞれの階位の間には越えられない壁があり、強さの次元が違う。
中位と高位ではレベルが違うのだ。以前、中位の悪魔をベルが軽くのしていたが、高位の悪魔に俺は苦戦した。魔法の腕はともかく、実戦なら俺とベルはそう離れてはいない。
ベルは空を飛べるが俺は盾を飛ばして宙を移動できる。あとは立ち回り方で勝負が決まる。立ち回りなら実戦経験の差で俺の方が上だという自負がある。それでも苦戦したのだから中位と高位の差は隔絶している。
「悪魔の親玉は高位の悪魔を従えている。つまりそいつらよりはるかに強いってことだ。だが俺たちは高位の悪魔で苦戦している。馬鹿正直にぶつかれば勝ち目は薄いだろう」
「そんな……」
高位の上の王位となれば、俺では勝てない。何かしら策が必要だ。アクセルベルク最強と言われるロフリーヴェス大将ならどうだろうか。
ちなみに悪魔の王が現れるという話はすでにレオエイダンやアクセルベルクに報告している。上層部は把握しているはずだ。
公開されないのは、先ほどコードフリード大将が俺たちに高位の悪魔の存在を教えなかったことと同様に、混乱させないためだ。
高位の悪魔が現れただけで大変なのにこの上、王が来ては暴動が起きるかもしれない。
この世界は地球とは異なり、情報を得る手段が極端に少ない。人によっては自殺やらするかもしれない。
アイリスですらかなりショックなようだ。
……まったく、見ていられない。
「そう落ち込むな。馬鹿正直にぶつかればの話だ」
「どういうこと?」
「奴らにだって限界はある。高位の悪魔はそう何体も現れない。現に今は四体だけ。内一体はすでに倒した。あとはそれを三回繰り返すだけだ」
「簡単に言うね。その一回だって普通の人じゃ無理だよ」
「なら普通じゃない人に任せればいいさ。そのための将軍たちだろう。それに悪魔たちの親玉はまだ現れない。その間に準備すれば十分勝ち目はある」
「本当に?」
「本当だよ。だからそう悩むな。今できることをやればいい」
「そっか……そうだよね。ボクより状況がわかっている隊長が言うなら大丈夫だね!」
少し空元気が入っているが、落ち込まれるよりマシだな。
元気になったアイリスを見て、ほっと息を吐く。
ほっといてもよかったが、落ち込んだ様子の彼女をそのままにルチナベルタ家へ帰るとまた彼女の父にどやされそうだ。別に彼氏でも何でもないのにな。
さて、まだ日は高いが、ルチナベルタ家に戻ってさっさと準備をしないと。
そう思っていると、アイリスが俺の腕をつかんできた。
「それはそうと隊長!東部はあまり観光していないでしょう?ボクが案内してあげるよ!」
「いや、いい。戻ってユベールへ渡る準備をしないと」
「そんなのすぐにできるじゃないか。それに船だってお父さんがいないと手配できないし、お父さんが帰ってくるのは夕方だよ?」
「なら帰って休む」
「だめだよ。お母さんに夕方まで帰らないって言ってしまったから、たぶん家にはだれもいないよ」
「使用人がいるだろ」
「もういいから来る!どうせユベールに行ったらやることたくさんあるんだし、食い意地の張ったウィルベルとマリナの二人が居たら、芸術に触れることもなく終わってしまうよ」
結局押し負けて引きずられるようにして、東部の町を観光することになった。
傍から見れば羨ましい光景なのかもしれないが、俺にとっては拷問だ。
この世界の人間と必要以上に仲良くすることは、俺の目的を考えるとあまり良くないことだから。
次回、「父との約束」