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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第五章 《東の大地に光がさして》
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第一話 東部の大将


 アクセルベルク東部エアファルト。

 馬車から降りて伸びをする。

 西部から東部までは大陸の正反対だ。馬車に乗っての移動とはいえかなり遠い。移動だけで二か月近くかかった。もう季節はすっかり夏だ。


 夏は仮面が蒸れて嫌になる。日本よりカラッとして過ごしやすいとはいえ、エアコンなんてないから、暑いものは暑い。


 それでもこの世界では、刻むだけで半永久的に動作する魔法陣というものがあるから、部屋の中を涼しくするくらいは実はできる。科学力の割には過ごしやすい世界だ。


「ふぅ、荷物が多いな。装備を持ち運ぶのは骨が折れる」


 馬車から自分の荷物を降ろす。

 他の客と比べて俺の荷物は非常に多い。

 東部には、レオエイダンで作った装備も持ってきているから、全身防具と槍や盾などがあって、かさばって仕方がない。


 他にも仕事道具やお土産も大量にある。台車を牽いていきたいレベルの荷物だ。

 移動はだいたい馬車だったから、荷物は荷台に置けたし、背負う時間は短かったから楽だったが、街中でこれを背負っていくのは少しばかり恥ずかしい。


 といってもまあ、目的地はすぐそこだ。


 馬車から降りてすぐに、一際立派な庭園と門を構えた立派な屋敷がある。

 そこが今回の目的地。

 東部軍最高司令官兼東部領主、クローヴィス・デア・コードフリード大将のいる屋敷だ。


 東部は文化や芸術に優れた土地。

 その看板である領主の屋敷も、これまた芸術性の高い造形をしている。


 まるで本物と見紛う植物のツタのような彫刻が、大理石のような硬くとも艶のある高級感あふれる門に刻まれており、ドアノブ1つとっても雄々しき獅子の威容をありありと再現したものだ。


 そんな重厚な門を抜けた来客を出迎えるのは、色鮮やかな花が彩る華やかな庭園。

 かぐわしくもしつこくない、すっと鼻を通るような香りが辺りを満たしており、太陽の光を反射してキラキラ輝く噴水が見る者の心を癒してくれる。


 芸術に明るくない俺でもこれほど素晴らしいものは他にないと言えるほどの見事な庭園だ。


 門から屋敷の玄関までを綺麗に舗装された石畳の道が繋いでいる。

 その道を大荷物背負った仮面の男が通ると景観が乱れてしまいそうだ。


 ま、呼んだのは向こうだし、そんな細かいことを気にするほど、この仮面は薄くない。


 立派な屋敷の玄関をくぐる。するとそこには既に何人かの人が俺を出迎えてくれた。


 俺と同じ、黒を基調とした機能的な服。違うのはところどころに、所属が東部であることを示す緑色の装飾が施されていること。


 彼らは東部軍所属の軍人だ。


 ちなみにアクセルベルクの軍服は全体のデザインは同じで、黒を基調としている。ただ国土を東西南北に大きく分けており、それぞれで軍が組織されていることから、所属を明確にするために細部に色分けがなされている。

 南部は青、東部は緑で西部は赤、そして北部は白だ。


 周囲が緑の軍服なのに、一人だけ青の軍服だから悪目出ちしてしまいそうだ。ましてや大荷物だし。


 現に俺の姿を見た途端に、東部の軍人は少しばかり顔をしかめた。


「南部軍所属特務隊のウィリアム・アーサー大佐だ」

「お待ちしておりました。奥でコードフリード大将閣下がお待ちです。どうぞ」


 それでもしっかりと挨拶をして対応してくれる。

 荷物を預けて、案内してくれる軍人についていく。


 屋敷の廊下には赤い絨毯が敷かれており、豪華な壺や像、絵画が飾られていた。


 どこもかしこも金がかかっているな。

 西部の領主館はひたすら武骨で効率を求めたような屋敷だし、南部は金がないから飾り気のない質素な屋敷だ。


 屋敷一つとっても、どの領も全く違うのは、見ていて少し面白い。


 廊下を歩いていると、そこに飾られている一つの像が目に入った。


「クローヴィス・デア・コードフリード……」


 その像はこの東部軍の大将を象ったものだった。

 剣を抜き、精悍な顔つきをした英雄そのものといった感じの像。


「見事なものでしょう?我が東部軍の英雄であり誇りです」


 俺がコードフリード大将の像を見ていることに気づいたのか、案内してくれていた軍人が俺の傍に来て語ってくれた。


「コードフリード大将閣下は、何もない東部を文化と芸術の都として大いに栄えさせました。閣下のおかげでこの領はほかのどの領よりも平和で、教養と文化にあふれ、誰もが幸せな生活を送れているのです」


 聞いてもいないのによく喋る。

 それだけ自慢なんだろう。


 まあ確かに、この屋敷一つとっても芸術に優れていることは嫌でもわかる。聞いた話では東部では悪魔の被害が少ないらしい。西部には高位の悪魔なんてものが出たがここではそんな話は聞いていない。

 平和だからその分、文化の発展に力を注ぐことができる。ユベールとの交易もあるから、なおのこと文化と芸術の町として栄えているんだろう。


 悪魔が出ない理由を俺は知らないが、軍人たちはコードフリード大将のおかげだと思っているらしい。


「コードフリード大将閣下は類まれな剣の腕を持ち、最年少で聖人になられ、この東部の領主となられました。南部軍のディアーク・レン・アインハード中将とも古くからのお知り合いらしいですが、聖人になった年齢が違うので、見た目はとても同期とは思えませんね」

「南部の将軍は東部に劣ると?」

「いえまさか、滅相もない」


 知らなかったな。東部の大将とディアークは同期なのか。

 それに最年少で聖人になった、か。聖人になる方法をもしかしたら知っているのかもしれないな。

 俺もまだ完全な聖人とはいいがたい。何か知っていれば教えて欲しいな。


 まあそれができれば、東部はもっと聖人を輩出して精強になっているだろうから、望み薄だな。


「そこの男」


 ふと、声をかけられた。

 背後からかけられた声に、像から目を離して振り向く。


 そこにいたのは――


「オーディエル少将閣下!失礼いたしました!」

「よい、閣下のご指示のもと動いているのだろう。それを最優先にするのは当然だ」


 鍛えられた体躯に短く切りそろえられた金髪に褐色の肌。


 俺と同じ、半聖人の男だった。


 俺の案内をしていた軍人が声をかけてきた相手を見るや、即座に最敬礼の形をとった。

 男も返礼をして一言話してから、その視線を俺に向ける。


「貴官は――」

「南部軍所属特務隊のウィリアム・アーサー大佐です」

「そうか、トーマン・オーディエル。少将である」


 俺より階級が上だから、こちらから敬礼をする。

 トーマンと名乗った男は返礼をしながら、俺の頭からつま先までを一瞥した。


「南部の英雄か。よくぞ東部に来てくれた。歓迎しよう」


 そして右手を差し出してきた。

 俺も答えて右手を差し出し握手をする。


 その手はとても硬く、握っただけでも俺と同じく相当な腕前を持っていることが即座に分かった。


「いろいろ話を聞きたいところだが、私の挨拶はこれくらいにしておこう。大将閣下をお待たせするわけにはいかないからな」

「はっ!それでは失礼いたします!」


 案内人に倣い、敬礼を再度してからその場を後にする。


 俺達が去った後も、トーマンは俺をじっと見ていた。


 ……聖人に半聖人。東部軍、侮れないかもしれないな。



 *


 

 案内されて入った部屋。


 そこには1人の優男が、立派な椅子に座っていた。


 軍人にしては線が細く、しかし弱そうには見えない、柔和な笑顔を浮かべた人物。

 しかしてその身にまとう軍服は他の軍人とは異なり、一際立派な装飾といくつもの勲章が着けられていた。

 背が高く美形、流麗な金髪。


 まるで絵画から飛び出してきたかのようなこの男こそ、東部軍大将クローヴィス・デア・コードフリードだ。


「よく来たね。ウィリアム・アーサー君」

「お初にお目にかかります。閣下」


 慇懃に頭を下げる。

 東部は文化に富んでいるために、礼儀礼節にこだわる。礼一つとっても丁寧にやらなければいけない。


 俺の慣れていない挨拶、しかしコードフリード大将は変わらず柔和な笑顔を浮かべたまま、砕けた感じで話しかけてきた。


「あまり礼儀にこだわらなくてもいいよ。南部の君に東部の風は合わないだろう」


 といわれたので、俺は遠慮なくいつも通りにすることにした。もっとも最低限の礼儀はわきまえたままだけど。


 人のよさそうなこの大将に挨拶をしたところで、特務隊として派遣した隊員たちの話を聞いた。


 コードフリード大将が特務隊を招待したかった理由は、特務隊の技術について知りたかったかららしい。どうやらそれについてはすでに先に来たベルとマリナがある程度説明していたようで、大将は既に満足していたらしい。


 その話を聞いて、内心ほっと胸をなでおろす。

 心配していたが杞憂に終わってくれてよかった。


 さて、これでコードフリード大将が特務隊を招待した理由は分かったし、それは無事に完了した。

 ならあとはユベールの巨大図書館に赴くだけのはず。


 そう思ったとき、コードフリード大将からある頼みごとを受けることになった。


「ルチナベルタ家の説得?」

「そうだ。君の副官のアイリス中佐だけどね。実は東部でユベールとの交易で名を挙げた名門の家なんだよ。彼女の家のおかげで僕たち東部は栄えていると言ってもいい」

「それはまた凄いですね。その名門のいったい何を説得しろと?」


 それは手紙に書かれていたアイリスの相談にもつながることだった。


 アイリスの実家はルチナベルタ家というらしい。

 もともと大陸極東部に位置していて、アクセルベルクが大きくなる前から、エルフと交易を行っていた由緒正しい家柄だそう。


 なるほど、アイリスが手紙で俺に実家を説得するのに協力してほしいと書いていたのは、私用ではなく公務だったのか。


 しかし、そんな国とか家の事情なんて知らない俺にいったい何をどう説得しろというのか。


「もともと交易や文官を生業としている家でね。野蛮なことが嫌いなんだよ。東部にはそういう考えの人は多いよ」


 大将がルチナベルタ家がアイリスを連れ戻そうとしている理由をそう考察していた。


 その内容に俺は呆れた。


「この悪魔や魔物蔓延る世界で、悠長なことを言いますね」

「東部は古くから人々の生息圏があって、ほとんどが開拓されているからね。他の領に比べて凄い平和なんだよ。この領から出たことがない人は戦いに対して懐疑的なんだ」


 大将の言葉に俺は声も出なかった。

 戦いに懐疑的?

 俺はこの世界に来てからずっと戦いっぱなしだ。それにもかかわらずこの世界の住人が戦ったことが無い?


「無知は罪ですね」


 いらだちを隠そうともせずに、戦いに反対する無知な住人をそういった。

 するとコードフリード大将は困ったように肩をすくめる。


「あまり東部ではその言葉は使わないほうがいいよ。この領は文化だけなら大陸随一なんだ。当然教養のある人は多い。そんな人達にそんなことを言ったら、争いの元だよ」

「教養があっても現実を見えてないなら意味などありません。教養を馬鹿にする気は一切ありませんが、それだけで満足するなら馬鹿にもします」


 知識や知恵をいくら身に着けたところで、現実を見ずに間違った方向に使えばまさしく無意味だ。むしろ生半可な教養を身に着けて間違った方向へ人を導かれでもしたら、余計な被害の元だ。


 ここは平和な世界じゃない。戦いにあふれる危険な世界なのだから。


 言うと大将が肩をすくめた。


「さすが、この短期間で出世し続ける英雄はいうことが違うね。とても頼もしいよ」

「出世?私の立場は変わっておりませんが?」

「ああ、聞く前にこっちに向かったのかな?僕のところにはウィリアム・アーサー准将をお迎えするようにとの連絡を受けたから、准将に昇進したとばかり思っていたよ」


 小さく息を吐く。一年半で准将なんて早すぎるだろう。

 ただ今回の昇進については心当たりがある。


「高位の悪魔を倒したからでしょうね」

「確実にそうだろうね。この国はその話題で持ちきりだよ。高位の悪魔なんて普通、国を挙げて討伐するような大物だ。実際、レオエイダンは精鋭部隊を派遣したんだろう?」

「そうですね。王国軍元帥という大物を動かしていますからね。数を当てても無意味と精鋭を集めたようです」

「その精鋭の中に混じって参加したわけだ。そして報告によればほぼ単独で悪魔を討伐。特務隊で海竜を撃破。これ以上ないような戦果だ。昇進しないほうがおかしいよ」


 高位の悪魔は強敵だった。

 やはり魔法があるのとないのとでは大きな差がある。

 その差はたとえ聖人になっても覆しがたいほどだ。加護を発動した聖人ならば勝てるだろうが、相性によっては勝てないかもしれない。それほどまで魔法使いとは強力なのだ。


「高位の悪魔単独撃破ができるような人間は世界広しといえど、アクセルベルクには北方のロフリーヴェス将軍だけだろう。それを考えれば准将なんてまだまだ足りないと思うけどね」

「私には指揮の経験がないので准将でも荷が重いですね。特務隊一つで十分です」

「その特務隊を大きくしようと国は積極的に昇進させようとしているんじゃないかな?現時点でかなりの成果を准将は出しているし、そのうち特務師団とかになるんじゃないかな?」

「……まあ、本来の目的を考えれば、それくらいあってもおかしくはありませんがね」


 特務隊の目的はグラノリュース侵攻だ。

 現在はまずその足掛かりを作ることに奔走している。準備が整えば当然侵攻するが、さすがに特務隊だけでは攻められない。そうなると最低でも師団規模の軍隊がいくつも必要だが、そうなれば指揮するのは将官クラスだ。佐官では荷が重い。


 それを考慮したうえでこんなにも早いペースで昇進させているのか。

 それとも俺が思った以上に、侵攻のための地盤固めが順調だから、慌てているのかもしれない。軍上層部が考えていることはよくわからない。


「さて、話は戻すけど、ルチナベルタ家はエルフとの交易で名を上げ、地位を上げた家系だ。戦いが野蛮と思っているのか、娘が心配なのかわからないけど、アイリス中佐が軍に身を置いていることが不満らしい。それが元でアイリス中佐はユベールへ渡航できずに、ウィルベル嬢とマリナ嬢が先にユベールへ入ったというわけさ」

「なるほど、理解しました……しかし、それなら彼女を置いて行った方が早いかもしれませんね」


 事情は分かったが、まあユベールに行く際にアイリスがいなければいけないわけじゃない。

 俺単身なら渡れるなら、その方が簡単だ。


 コードフリード大将は苦笑いを浮かべる。


「あまり部下を想っていないんだね。そんなあっさり置いて行くだなんて」

「その方が部隊として有益だからです」

「そうかもしれないけどね。まあ最終的にどうするかは任せるけど、一度でもいいから説得に行って欲しいな。彼女はもともと僕の部下だからね。彼女が無駄飯食らいになるのも見ていられないからさ」


 随分とお優しいこって。

 まあどのみち俺がユベールに行くために彼女の実家に訪れなければいけない。その際に説得すればいい。


「わかりました。アイリスの上官として、ルチナベルタ家を説得してきましょう」

「よろしく頼むよ。特務隊隊長として、正々堂々説得してきてくれ」

「了解しました。ユベールの巨大図書館への紹介状は、書いてもらえれば利用はさせてもらえるんですよね?」

「ああ、それなんだけどね……」


 説得した後、本題の図書館だ。折角行ったのに図書館を使えませんではただの観光だ。

 確認するとコードフリード大将が困ったように眉間にしわを寄せた。


「ユベールの巨大図書館。まあこの呼び方は俗称なんだけどね。正式名称はミネルヴァ館。世界最大の図書館でここにしかない本が山ほどある。世界に回っている本はすべてあの図書館から出てきていると言われるほどだね」

「それは知っています。何か問題があるのですか?」

「そもそもその図書館は一般人は入れないんだ。エルフの中でも一握り、上のエルフのみが入れると言われている。実際は上のエルフ以外のエルフも入っているらしいから、もう少し緩いんだろうけどね」

「つまり俺たちは入れないと?」

「僕が決めることじゃないってことさ。紹介状は書く。ミネルヴァに入れるかは君達次第だよ」


 正直、してやられた気分だった。

 これで俺たちが図書館に入れなければ、特務隊の技術をただで渡したあげく、アイリスの実家の説得に行かされただけだ。


 東部軍としてはアイリスの実家がへそを曲げたままなのは面倒だから、娘が所属する俺たち特務隊に押し付けようとしたのかとさえ思えてくる。


 自分じゃ行けないから俺に押し付けたのだろうか。

 だが俺が行くより東部大将が言ったほうが向こうも納得するだろうに。


 何を考えているのだろうか。それとも何も考えていないのだろうか。

 各領を統べる将軍は全員曲者と聞いてはいたが、さすが文化的な東部、腹芸をしてくるタイプか。


「わかりました。とにかくやってみましょう。我が隊のアイリスはどこへ?」

「彼女なら兵舎にいる。後ほど案内させよう」


 こうして領主館から出て、案内してくれる使用人の後について兵舎に向かう。


 とにもかくにも、まずはルチナベルタ家の説得からだ。

 そのためにも情報を集めなければならない。




次回、「合流」

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