プロローグ
父との約束を、俺は守れなかった
帰るって言ったのに
ウィリアム・アーサー
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西部から東部へ向かう馬車の中、これまでの記録を読み返しながらウィリアムは思う。
(随分とこの世界に情が湧いてしまったな。あまり良くないな)
レオエイダンの王女との一件で、ウィリアムは自分の意志が揺らいでいるのを感じていた。王女と懇意になり、彼女の思いをぶつけられて、少しだけ動揺していた。
(ちょっと女に言い寄られただけでこれとは、加護がでないのも納得だな)
意志薄弱な自分に辟易する。
ウィリアムはいまだ一度も加護が発動していない。
ひたすら自身の目的のために行動しているにもかかわらず。
どうしてなのか、本人にもわからなかったが、こうして今悩んでいる自分を鑑みれば単純に意志が弱いのだと予想する。
記録を読み直したのは、意思や目的を再確認するためだった。かつての感情を思い出して、これ以上、意思が揺らがないようにしたかったのだ。
(戦いばかりで嫌になる。こんな世界はやっぱり嫌いだ)
ウィリアムは前の世界の記憶を取り戻した時を思い出し、この世界に対する憎悪と嫌悪を再び心に刻む。
自分から家族と人生を奪ったこの世界を許さないと。
1人であれば声に出していたところだったが、この馬車は相乗りであり、知らない人が何人か乗っているので心の中で反芻するに留める。
馬車の中は静かだった。
ウィリアムが仮面をつけており、不気味だったから、もしくは全員知り合いじゃないかは彼にはわからなかったし、興味もなかった。
(そういえば、こうして一人で行動するのは久しぶりな気がするな。最後に一人で活動したのはセビリアの時以来か)
特務隊は現在別れて行動をしている。
技官たちはレオエイダン、武官たちは東部にいる。それぞれ飛行船建造と東部軍大将からの招待だ。ウィリアムはレオエイダンで飛行船建造が軌道に乗ったことを確認したため、現在は東部へ向かっている。
懐に自らの記録をしまい、代わりに一通の手紙を取り出す。
それは東部に先に派遣していた自らの副官であるアイリスからの手紙。
その手紙には、すでにウィルベルとマリナがユベールに渡っていること、しかし副官であるアイリス自身は東部にある自らの実家に足止めを食らい、別行動をとらざるを得なくなってしまったという状況報告がつづられていた。
アイリスの実家がなぜ彼女を引き留めているのか、なぜ2人と別行動をとったのか。
聞きたいことはいくつもあった。
そもそもウィリアムがウィルベルとマリナにアイリスを付けたのは、東部出身だからという以上に、2人のお目付け役も兼ねているからだった。
ウィルベルとマリナ。
この2人は軍人として正規の訓練を受けたわけではなく、その力や出自が特殊であるために、扱いが難しい。
なによりも2人の性格では、規律に厳しい軍の中では問題が起こることは明確だと考えていた。
ウィリアムは3人が別行動をとっている時点で、今回も苦労しそうな予感がしていた。
(アイリスの用件は簡単に済むなら協力してもいいが、時間がかかりそうならパスだな。ベルとマリナはユベールのどこにいるんだ?)
手紙を懐にしまい、肘掛けに頬杖を突く。
(もしアイリスへ協力をしない場合は、東部のコードフリード大将に頼んで、さっさとユベールへ紹介状を書いてもらうか。まあ、その前にある程度コードフリード大将の頼みを聞いておく必要があるだろうな。コードフリード大将がなぜ俺たちを招待したのかは知らないけど、紹介状を書くのもただじゃないだろうし)
頭の中でこれからの予定を列挙して整理していく。
レオエイダン以上に予定外の問題ばかりが起きている。
(あいつら、ちゃんと仕事してるんだろうな?)
東部の街並みが映る馬車の外の景色を見ながら、銀髪と黒髪の少女を思い出して、ウィリアムは息を吐く。
――馬車の中には話し声が聞こえ始めていた。
次回、「東部の大将」