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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第四章《鉄火の国の王女》
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エピローグ~赤く染まる~


 悪魔との戦いから一か月が経過した。

 特務隊はいまだにレオエイダンに滞在しており、飛行船建造に向けた建設計画やエンジンや形状の最適化にひたすら時間を費やしていた。

 その間は特に問題もなく、平穏に業務に集中できたために計画は順調に進んだ。


 ただ一つだけ変わったことがある。

 レオエイダンとの関係が入国時よりも改善されたからか、飛行船開発を王家が一丸となって支援してくれたこと。

 人手が増えて、資金もかなり潤沢に使えるようになった。

 そのおかげで、書類地獄も割とあっさりと終わり、予定よりも大分早く飛行船建造のめどが立った。


 共同開発にすることで俺達の技術の一部がレオエイダンに流れることになるが、まあ飛行船に関する技術だけなら問題ない。

 一応技術の流出と管理については、カーティスとともに厳重に管理している。


 ああ、それとあともう一つ、問題というほどではないが困ったことがある。

 それはレオエイダン王家から、時折イベントの誘いがくること。


 興味がないから、大した行事でなければ大抵は断っていたが、あまりに断っていると王女が研究所までやってくるので、カーティスに行けと叱られた。


 研究は王城ではなく、前にいた研究所に戻って行っているから断っても何もしてこないと思ったのに当てが外れた。


 まったく、手伝ってくれるのはいいが、それならイベントに誘わないで研究に専念させてほしい。


 まあ、平和なだけマシか。


 そんな忙しくも穏やかな日々を過ごしていたある日、手紙が届いた。


「アイリスからか、そういえばすっかり東部のことを忘れていたな」

「隊長、それは決して忘れてはいけません。しっかりしてください。私を副官に昇格してくれれば管理しますよ」

「却下だ。お前は技官のまま頑張れ」

「うぅ、活躍できない……」


 表彰式にすら呼ばれなかったことを気にしているシャルロッテが手紙を届けてくれた。

 差出人は東部にいる俺のもう一人の副官であるアイリスで、近況について書かれていた。


「今度は東部か。まあ飛行船計画も軌道に乗ったから俺が離れても平気だろう。なあ?シャルロッテ」

「はい!隊長がいなくても残りは私たちがしっかりと仕上げて見せます!というか私が仕上げます!」

「カーティスにちゃんと伝えないとな」

「隊長!私!私を!カーティス殿は万能すぎて私の出番がないのです!」


 机をバンバン叩きながらシャルロッテが訴えてくる。


 カーティスはなんでもできる本当に万能な奴だ。

 一方でシャルロッテも優等生で大抵のことは人並以上にこなせるがどうにも頭が固い。

 能力的にも年季の差で、カーティスの方が優秀で気が利くから、完全にシャルロッテの上位互換だ。活躍はしづらいだろう。


 仕方ないので、あの一件からシャルロッテはカーティスの下に付けて学ばせている。

 本人が必死に役立とうとするのが面白くて、最近は小間使いとしても使っている。


 今もシャルロッテに他の技官を呼んできてもらうことにした。

 その間にアイリスからの手紙を読む。


「あぁ?公務かと思ったら私用か?実家に連れ戻されそう?自分で何とかしてくれよ」


 分厚い手紙には、アイリスが実家から連れ戻されそうなので説得に協力してくれという内容があった。


 いや、知るかよ。


 そう思ったが、アイリスが有能なのも事実。

 東部の文化的なやり取りを熟知しているのは助かるからだ。残念ながら特務隊には脳筋や爆発馬鹿、研究馬鹿みたいな問題児ばっかりで文化人がいない。


 ……改めて考えると頭が痛い。


 ただ頭が痛い分、彼らは替えが利かない。

 一方でアイリスは代わりが確保できないほどでもないから、様子見て適当にあしらうことにしよう。


 手紙にはまだ続きがあった。


 エルフの国ユベールに先にベルとマリナが入国したようだ。入国の際には東部の大将の紹介もあり、スムーズに入れたらしい。


「アイリス以外は順調か。一番ベルが問題を起こしそうだと思ったが、意外にアイリスだったか」


 そこまで読んだところで技官たち4人が入ってきた。席に着いたところで手紙の内容を説明する。

 すると男3人が少しばかりの不満を吐露した。


「公私混同とはいただけませんね」

「どォでもいいだろ?特務隊に問題があるなら隊長の仕事だが、そうじゃねぇなら無視すりゃいいんだ。ガキじゃねぇんだからよ」

「それよりも東部に二人が入ったということだが別で動いて何をしている?」

「みんな冷たいな。彼女だって仲間だろうに」


 シャルロッテ以外はアイリスの手紙には非協力的だ。

 公務の手紙と私用の手紙を一緒にしているからだろう。

 そのくらいで怒るわけではないが、そうなると特務隊としてアイリスの実家を説得することになる。個人的ならまだしもそんなことはできない。


 そして気になるのはベルとマリナだ。あの二人はユベールで何をしているのだろうか。手紙を出したのはアイリスでベルとマリナのことは詳しく書かれていない。

 あの2人だけにすると何が起こるかわからない。問題が起きること確定だ。


 だからお目付け役として東部に詳しいアイリスをつけたのに、別行動をとっては意味がない。


 ため息が出そうになるのをこらえる。

 まあ、アイリスも今がまずいということが理解できているようで、できれば早く来てほしいという願いが東部の大将と連名で届いている。


「こっちも軌道に乗ってきた。アイリスだけじゃなく、東部の大将からも呼ばれてるから、あとはお前らに任せて向かおうと思うがどうか?」

「構わん。理論や方向は大方把握した。あとは俺たちの仕事だ」


 技官を代表してカーティスが答える。その回答は満足のいくものだった。


 この滞在期間中、俺はカーティスから飛行船建造にあたって足りなかった考えを吸収することができたが、カーティスは逆に俺から飛行船に使われている技術や理論をすべて吸収した。お互いにとって実に実りある期間だったと言える。


 俺がいなければいけないような研究開発、設計は終わった。

 あとのことはここにいる者達に任せるとしよう。

 彼らもプロだ。心強い。


 俺は椅子から立ち上がる。


「よし!ではこれから飛行船建造はお前たちに一任する。無事に仕上げて見せろ。俺は東部に行く。朗報を待っているぞ」

『はっ!』


 俺が姿勢を正し、告げる。

 4人も応えるように姿勢を正し、了解の敬礼を取る。



 こうして、レオエイダンでの飛行船研究は一段落ついた。

 この国を発つのももうすぐだ。



 *



 この国を発つという知らせを西部の大将に前もって手紙で送った。

 一応礼儀としてレオエイダン軍部にも連絡をしておいた。


 すると城から挨拶ということで招待されたので、そこで王と王妃に挨拶をした。王妃は変わらずよく喋るし、王は不機嫌そうだった。

 結局、王が不機嫌な理由はずっとわからずじまいだったな。


「ウィリアムさん!」


 そして城から出るというところで後ろから声がかかる。

 振り返ると、王女が早歩きで俺のもとまでやってきた。


「ああ、姫様か。世話になったな」

「もう行かれるんですか?」

「ああ、もうずいぶんとこの国にいるからな。次は東に行かないといけない」

「そうですか……いつでも来てください!お待ちしています」


 元気に挨拶をしてくる。

 ずいぶんと慕われたな。一か月も経てば多少は冷めるかと思ったのに、何も変わらない。

 ま、彼女に会うのは今日で最後だ。

 再会するかどうかはわからない。


「ああ、じゃあな。姫様」

「あの!最後に一ついいですか?」

「?」


 背中を向けて帰ろうとしたところでまた呼び止められた。

 今いるところは城門前だから人目がある。あまり王女と懇意にしているところを見られるのは、誤解を生みそうだ。

 最後の願いをさっさと聞いて去ろう。


「最後に名前を呼んでください」

「名前?誰の」

「私のです。ウィリアムさん、ずっと私のこと王女とか姫としか呼んでくれないじゃないですか」


 そういえば呼んでいなかった。

 出会った当初は名前を知らなかったし、聞いた後も慣れてしまったから王女呼びで済ませていた。


「別にいいじゃないか。わかるんだし」

「ダメです!私は自分の名前を気に入ってるんですから」

「わかったよ。アグニータ。これでいいか」

「アグニって呼んでください」

「アグニ。またな」


 アグニータだから愛称でアグニか。火の神様みたいだし、短いからこちらの方が呼びやすいな。

 さあ、もう名前も呼んだし、もういいだろう。


 ――振り返ろうとした、その時だった。


「名前を呼んでくれたお礼です」

「そんなのいらな――!?」


 ふいに視界が塞がった。

 アグニの手で視界を急にふさがれて、口元に何かが触れた感触があった。


「ドワーフは受けた恩は決して忘れません。どうかお元気で」

「あ、ああ……」


 頬を染めたアグニがそう言って、振り返って走り去っていった。


 残された俺はしばし、呆然としてその場に立ち尽くした。

 唇に触れようと、自分の口に手を伸ばす。


 そこはもう閉まっていた仮面に阻まれた。



 ……強引だなぁおい。



 耳まで真っ赤だった彼女は、かなり頑張ったんだろう。


「馬鹿なことを……」


 仮面をしていて本当に良かった。

 でないと周囲にきっと囃し立てられただろうから。


 踵を返し、城に背を向けて歩き出す。

 城門から出た途端に、いっぱいに広がる西の空。


 ――見渡す世界は、沈む夕日に照らされて、きれいな緋色に染まっていた。





次回、第五章《東の大地に光がさして》

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