第二十一話 英雄の誕生
悪魔討伐作戦の功労者の表彰式。
レオエイダンの王城ヴァンツォレルン城。
その大広間にて大勢のドワーフ、その中に幾人かの人間の姿があった。
誰もが豪華な衣服に身を包み、その顔を喜色が彩る。
広間の奥に設けられた玉座には、王と王妃。
王の御前には、ヴァルグリオ元帥を筆頭とした各艦の館長達。
その中、ひときわ目立つ位置に竜を模した仮面をつけた男の姿もあった。
「海軍元帥、聖ヴァルグリオ・ギロ・ギレスブイグ。前へ」
ヴァルグリオが呼ばれ、前へ進み、跪く。
「この者の功績。旗艦アラリケを無傷で守り抜き、的確な判断で被害を最小限に抑える。海竜相手にも善戦し、討伐に貢献」
ヴァルグリオの功績を端的に読み上げられる。功績を聞いた群衆からはざわめきと歓喜の声が上がる。
ドワーフの中でも最も優れた英傑を、その場にいた誰もが手を叩き、声を上げ称えた。
そして――
「アクセルベルク南部軍所属、特務隊隊長、聖ウィリアム・アーサー。前へ」
レオエイダンの軍人とは異なる、黒を基調とし、ところどころに青い装飾が施されたアクセルベルク南部軍の軍服を身にまとい、竜を模した仮面をつけた男。
その男が堂々と前へ躍り出る。
本来であれば、なぜここにいるのか誰もが不審に思うだろう。なぜここに仮面をつけた人間がいるのかと。
だが、もう誰もおかしいとは思わなかった。
「この者の功績。特務隊を率いて王女アグニータ・ルイ・レオエイダン殿下を悪魔の手から救出。悪魔の首領、高位悪魔バラキエルの討伐。ならびに海竜討伐」
功績を告げた瞬間――
広間を震わし崩さんかとばかりの大歓声が巻き起こる。
手を叩き、偉業を称える無骨な大声。
この日、聖ウィリアムという新たな英雄が誕生した。
その名は、その武勇は。
レオエイダンにとどまらず大陸中に広まることとなる――
*
表彰式が終わり、そのまま俺は大広間とは別のいつぞやの謁見の間に来ている。
大広間ではいまだに宴が続いており、酒好きのドワーフたちの騒ぐ声がわずかに聞こえてくる。
そんな中、なぜ俺がここに来たのかというと、食事が振舞われるタイミングでヴァルグリオ元帥に呼ばれたからだ。
この場には表彰式では群衆の中にいたヴェルナーとライナー、カーティスが来ている。
「しばし待たれよ。王と王妃に知らせを届ける」
ヴァルグリオ元帥が一言断り、王を呼びに行く。その間は4人だけになる。
「なげェ式典も終わって今度はなんだよ」
うんざりしたようなヴェルナーが肩を回しながら愚痴った。
「こんなところでそんなことを言わないでください。僕たちまでしょっ引かれるじゃないですか」
「そんときゃ隊長が責任取って腹切ってくれるよ」
「ふざけんな。てめぇの首を晒してやるよ」
「そんな隊長じゃあ、部下が付いてこないぜ?」
「隊長を売るような部下についてきてほしくないね」
ヴェルナーとも付き合いが長くなってきて、軽口も叩けるような関係になってきた。
ただあまりこういうところで物騒なことを言わないでほしい。これ以上の面倒ごとはごめんなんだ。
待っていると元帥が出てきて王と王妃を招いている。
王女の姿が見えないが、まだ怪我が治ってないのだろうか。
別に会いたいわけじゃないが、あの子の加護のおかげで助かった。礼の一つくらいは言っておくべきだ。
目線だけで王女を探す。
すると、いた。
袖の陰に、見覚えのある葡萄茶が見えた。
ひょこひょことこっちを覗き見ているから、このあと出てくるのか?
そう思って視線を外して王を見る。
あれ?なんか王が以前よりも不機嫌に見える。何か嫌なことがあったのか。
「皆様、この度は誠にご協力感謝いたします。特務隊の皆様の活躍無くして此度の完勝はあり得ませんでした」
「我からも礼を言わせていただきたい。皆様のおかげで姫様も無事に生還できました。我らの艦隊も悪魔が健在であれば、全滅もあり得たことでしょう。心から感謝を」
慇懃に頭を下げる王妃と元帥からの心からの感謝の言葉を受けて、こちらも頭を軽く下げる。
こういう場ではあまり謙遜をしてはいけない。
顔を上げた王妃が、笑顔でこちらに近づいてきた。
「私たちの無茶な要望にもかかわらず、多大な貢献をしていただいた皆様にわたしたちから報奨を贈りたいと思います。ただ、皆様はこの国所属ではありませんので、私たちの慣習に則ることはいたしませんでした。副官以下の方々は何かご希望はありますか?」
副官以下の方々?俺は?
戸惑っている俺を差し置いて、カーティス達が次々と要望を出していく。
「ふむ、ではレオエイダンでしか手に入らない鉱石や金属、宝石をいくつか用立ててもらいたい」
「オレも金属だな。気体もいくつか分けてもらいてぇな」
「では僕は宝石と金貨を。錬金術の本もいくつかいただきたいですね」
副官以下の方々で、このメンツに入れられていないシャルロッテがかわいそうだ。
確かに活躍できなかったが、カーティスがいるのだから入れてあげて欲しい。
仕方ない、俺からはシャルロッテが欲しそうなものをお願いしよう。
あ、駄目だ。俺は俺で欲しいものがあるんだった。
全員の要望をまとめ、元帥がまとめる。一通り終わると王妃が続ける。
「それでは準備が出来次第、皆様の元へお届けします。それで次はウィリアムさんですが――」
お、来たな。ようし、俺は吹っ掛けてやるぞ。
と思ったら、王妃からまた驚きの言葉が出てきた。
「ウィリアムさんへの褒賞ですがこちらで決めさせていただきました。気に入っていただけると嬉しく思います」
勝手に決めた、だと?
「え……なぜ俺だけ?他の者達には要望を尋ねたではないですか」
「ぜひ受け取っていただきたいものがあります。ちなみにこれは私たち個人の気持ちです。国としての褒賞とは別になります」
「?」
「入ってきなさい」
まさかと思うが、またあれか?もうすでに断ったはずだ。
嫌な予感がしつつも、出てきた人物を見る。
――予想通り王女だった。
緊張しているのか、以前謁見したときよりも挙動不審だ。
というか今思えば俺は王女としか知らない。彼女の名前を聞いてない。
国王の名前はこの国に入るときに調べたから知っている。王妃もだ。
だが娘の王女とは関わることもないと思っていたから、調べなかった。
王女の顔をしっかり見るのさえ、初めてかもしれない。前は遠目だったし、船上では悪魔がいたからのんびり顔なんて見ていられなかった。
こうして落ち着いてみると、なるほど、王女は可憐な顔立ちをしている。
ドワーフ女性にしては背が高く、身長は150㎝くらいか。鍛えているのか、すらっとしたスタイルで、アイリスほどではないがメリハリのある体をしている。
なぜここまでわかるかって?
王女が以前とは異なり、身体のラインがわかりやすい服を着ているからだ。表情も無表情ではなく、化粧をしているのか赤みがさしており色っぽく見える。
随分と気合の入った格好をしてるな。さっきの表彰式のような公の場では姿を現さなかったのに、この場でこんなに着飾ってどうする気だ?
いや、次に何を言うかはだいたいわかっているが。
「ウィリアムさんには私たちの自慢の娘、アグニータをもらっていただきたく存じます」
「「はっ?」」
後ろにいたヴェルナーとライナーが驚きの声を上げた。俺も頭痛がしてきた。
痛む頭を押さえながら疑問を呈す。
「その話は以前もお断りしたはず。それに発端となった悪魔たちも討伐しました。もう結婚なんて必要ないでしょう?」
「それは以前までのお話です。今は別の理由でこうしてお願いしています」
「別の理由とは?」
「それは本人にお聞きください」
王妃がはぐらかすので、本人に聞こうと王女に一歩近づくと、彼女は一歩後退る。
嫌われてるのか?まあ紐で縛るなんてしたし、仕方ない。
少し離れたところで話しかける。
「よろしければ理由をお聞かせ願いたいのですが?」
「は、はい!あ、でもここでは少々言いにくいので、別室でお願いしてもよろしいでしょうか」
「?わかりました。では後ほど移動して伺いましょう」
「え、後ほどですか?」
「ええ、国としての褒賞があると聞いたのでそちらを済ませてからと思いまして」
「わかりました……」
王女云々は王妃の個人的な褒賞で国としては別と言っていた。そっちはヴェルナーたちと同じでまともだと思うから、先に済ませておきたい。
「国からの褒賞というのはこちらで選んでいいのですか?」
「ええ、いいですよ。ですがウィリアムさん。ちゃんとアグニータの話を聞いてあげてくださいね」
「ええ、ちゃんと聞きますよ」
「それでは褒賞は何がよろしいですか?悪魔と海竜討伐者ですからどうぞ遠慮なく」
俺が欲しいもの。
それは俺の疑問から来るものだ。その疑問は――
「海竜の死体を下さい」
――海竜、うまいのかな、と。
海竜が姿を現した時、真っ先に思ったことがこれだった。
俺の要望を聞くと全員が少し意外そうにした。他3人が錬金術関係だったから、隊長の俺も似たようなものを頼むと思ったのだろうか。
王妃が困惑したように問う。
「海竜の死体ですか?巨大ですがどうするのですか?」
「全部でなくて結構です。肉を分けてもらいたいのです。以前飛竜と地竜を食べたことがあるのですが、美味だったもので。海竜はどうか試してみたいんです。鱗や爪もいい素材になりそうですし」
「そ、そうですか。わかりました。解体したものがあるので後ほどご案内します」
あの巨大な海竜を解体して、欲しい部分は分けてくれるのだから大助かりだ。海竜は今までの竜種よりも手ごわかったし、期待していいかな。
さて、これで海竜を倒した甲斐があったってもんだ。悪魔からもいいことが聞けたし、終わってみれば、討伐作戦に参加してよかったと思う。
あとはレオエイダンでやることはいつも通り、飛行船開発に戻るだけだ。あの書類地獄に戻るのは憂鬱だが、平和なだけましだ。
何はともあれ、しばらくはゆっくりしたい。
王女との話が一段落したら、しばらく休暇を取ろうかな。
次回、「あなたが愛した故郷を」