第二十話 咲き誇る連爆の華
振り下ろされる、大木のような海竜の腕を避けながら、事前に決めておいた作戦通りに動く。
俺の浮かす盾に乗ったライナーとヴェルナーが、ショットガンのような形をしたレールガンを構える。
「フッハッハーー!いっくぜぇー!」
「フッ!」
ヴェルナーは大声で叫び、ライナーは小さく息を吐きながら引き金を引く。
するとレールガンから一筋の閃光が迸る。目にも止まらない二つの光が海竜の腕を貫いた。
『ヴァファアアアアッッ!!』
海竜が空に向かって唾液をまき散らしながら大きく吼える。
うまいこと肩の健を断つことに成功したようだ。
2人とも射撃の腕は優秀で大変よろしい。
これで海竜の攻撃手段はほぼ封じた。
海竜は魔物。当然魔法を使うが、その魔法は海中で利用される。海上では限定されるし、よしんば使われたとしても俺の魔法で防げる。
だがこれで今使ったレールガンは使えない。電気がないのもあるが、それ以上に砲身が問題だ。プラズマ化してしまって使えない。
腕が思うように上がらなくなり、苛立った海竜は胴ごと振るうことで腕を振り回していた。
海竜の動きが激しくなったことで船は大きく揺れる。
盾に乗っている二人は、乱暴に振り回される海竜の巨大な腕を回避するために射撃を一時中断した。回避と行っても盾を動かしているのは俺だから、二人はしがみついているだけだ。
その間に2人は使えなくなった銃を背中のコンテナにしまい、次の武器を取り出す。
「ヴェルナー!」
「爆ぜろぉぉ!」
ヴェルナーに声をかけ、海竜の顔付近に動かすとヴェルナーは両手に二つの銃を構え、海竜の顔面に向けて連射する。
精密な射撃。
二つの銃から放たれた弾丸が同じ箇所に着弾すると、そこで大爆発が巻き起こる。
海竜の咆哮にも負けないほどの大音量。空気の塊が次々と俺の体にぶつかっていく。
もくもくと海竜の顔付近に黒煙が舞うが、構わずにヴェルナーは持っていた銃を放り捨て、コンテナからまた新たな銃を取り出す。
次に取り出したものは大きく、バズーカのような形状をしていた。ただ砲身が短く、代わりに後ろ側がかなりごつくなっている。
「ハッハハハハ!ぶっ飛びやがれぇ!」
放たれた弾丸は目にもとまらぬほどの弾速だった。
だがまだ精度が甘いのか、弾丸は顔ではなく胸のところで着弾し、爆発した。
「外してるじゃないですか。へたくそですね」
「うるせぇ!まだ調整が必要なんだよ!てめぇも攻撃しろや!」
ヴェルナーに応じてライナーも二丁取り出したが、その色は青と赤で塗分けられている。先に青い銃を連射し、海竜に着弾するとその辺りに氷塊が出来上がる。
海竜の全身を凍結させていく。
次に赤い銃を構え――
「隊長!近づけて!」
ライナーの指示通りに着弾した近くに盾を移動させる。
そしてライナーが氷塊に向けて引き金を引く。
銃からは真っ赤に赤熱した弾丸がいくつも発射され、氷結した部分に着弾するとそこでも爆発が巻き起こる。
海竜の全身を覆う氷が急激に熱されて、連鎖的に爆発が起きる。
ただ近づいていたライナーも爆風にあおられてしまっていた。
だが盾と体を紐でくくっていたのでギリギリ落ちずに済んだ。
「危なっかしい野郎だなぁ!」
「うるさいですね!僕は君と違って火力より技巧派なんです!」
ライナーもヴェルナーも最大火力を放ったようだ。次の銃を準備する様子がない。
海竜の周りには煙が漂っている。だが倒れた様子がないことからまだ生きている。
魔法で風を起こして煙を払う。
そこにはいまだ健在の海竜がいた。
だがさすがに弱っているようで咆哮にも力がなく、腕もだらんと垂れ下がっている。
これでも逃げないのか。たいした竜だ。
「どうすんだよ隊長。最後の一丁使うか?」
「いや、せっかくだから俺も試してみたいものがある。2人とも交代だ」
盾に乗った二人を上空から地上に下げる。そして今度は俺が上空に登り、牽制として顔付近に魔法で爆発を何度も起こす。
「さすがにこれじゃだめか」
ただの爆発では衝撃は与えられても満足なダメージは与えられない。
となれば方法は一つ。
飛竜や地竜と同じ、いつもと同じやり方だ。やわらかい部分を探してそこを穿つ。
ただ海竜は巨大すぎるからただ穿つだけでは倒せない。だからそこは魔法で補う。
とはいえ俺は銃を持ってない。ならばどうするか。
「カーティスはやっぱり気が利くな。海竜には必要だと思ったのかな」
手に持った槍を構える。
先ほど王女を届けて、盾を手元に戻す際にカーティスは俺の槍を届けてくれた。その槍を今回使う。
さあ、新技の餌食になってもらうぞ。
条件を整えるために、海竜の頭上で何度か爆発を起こす。
鬱陶しく思ったのか、海竜は爆発源である頭上を見上げ、そこにいた俺に対して大きな口を開けて咆哮を放った。
『ヴォアアアアアアア!!』
この時を待っていた。
海竜が口を開け、上を向くことで口と腹までが一直線になり、身体の奥まで攻撃が届くようになるこのときを。
「種を植えてやる――《種子槍》」
心の底から湧きあがる高揚感に身を任せて、槍を思いっきり海竜の口に向けて上から投擲する。
魔法を付与した槍が海竜の巨大な口に飲まれていく。
口に異物が放り込まれ、海竜が吐き出そうと頭を振るが、槍の感触は海竜の腹の中に僅かだがある。
腹の中なら海竜の硬い鱗の鎧はない。
マナを通じて僅かに手に残る槍の感触を通して、槍に仕込んだ魔法を起動させる。
「咲け――《開華槍》」
魔法を発動する。
その瞬間――
海竜の腹から重低音が響き渡った。
海竜が声にならない咆哮を上げると、口からは大量の黒い煙が刺激臭と共にあたりにまき散らされる。
やがて海竜はついに立っていられなくなり、旗艦アラリケにもたれかかるように倒れこんだ。
どしんと重く大きな音を立てて。
海竜の体重が乗り、船が大きく傾き揺れる。だが、幸いにも沈没までは至らずに済んだ。
「ハハッ!最ッ高だなッ!」
思わず歓喜の声を上げる。
ふとした思い付きで出来上がった新技だが、想像以上に強力だった。課題は多いが、いくらでも改善の余地がありそうだ。
そのまましばらく様子を見て、海竜が動かないことを確認する。どうやら無事に仕留めることができたようだ。
船に降り、2人と合流する。
「何したんだァ、隊長」
「中で爆発させたんですか?ですが時間差で爆発なんて何を投げ込んだんです?」
「槍」
「はぁ?はぁ、隊長の魔法とは本当に便利ですね。欲しいくらいですよ」
「オレとしちゃあ地味だったから、今のは別にいらねぇや」
とにかく海竜は倒した。周囲を見ると船上の悪魔もひとしきり倒したようで戦いの音が聞こえてこなかった。
「向こうも終わったみたいだな。元帥たちと合流するか」
「どうやら向こうから来たみたいですよ」
ライナーが顔を向けている方向を見ると、そこには元帥と参謀長が走って駆け寄ってきた。その顔は驚愕に満ちていた。
「ほんとうに倒したのか!?」
「一体どうやって!?」
口々に声をあげながら、倒れている海竜と俺たちを交互に見る。
そして徐々に危機が去ったという実感がやってきたのか――
浮かぶ顔と声には、抑えきれないほどの歓喜があった
「貴殿達!よくぞ倒してくれた!」
「これは我が海軍史上屈指の功績である!」
2人して手放しで喜んでくれていた。
俺たちに任せる前は、あんなに不安というか、不信な感じを出していたのに、なんだこの手のひら返しは。
2人はテキパキと動けるドワーフたちを集め、状況を整理する。参謀長は指揮があるため、急ぎブリッジに戻り、汽笛とライトで合図を出す。
残った元帥はドワーフたちに指示を出しながら俺たちと話をする。
「特務隊諸君、心より感謝を。高位の悪魔を討ち果たし、海竜をも仕留めた貴官らは間違いなく我が国の英雄である」
それはどうも。英雄云々よりも俺にも欲しいものがあるんだけどそっちが欲しいな。
元帥が喋っているので遮ることなく、内心だけで思う。
「本国に戻れば褒賞が得られる。希望については後ほど尋ねるが、ウィリアム殿。姫様は無事か?」
「無事です。後ほど移送しましょう」
王女も無事だし、こうして旗艦も無事となれば、彼女もこっちの方がゆっくり休めるだろう。
そう思って、王女をこっちに送ろうとしたら、元帥が首を横に振った。
「いや、それには及ばぬ。何度も移動する必要もない。何より旗艦はこの状態故、貴官のそばにいたほうが安全というもの」
「……そうですか、まあわかりました」
婚約だなんだっていう話があって、あまり王女と一緒にはいたくなかったが、仕方ない。
確かに王女も今は俺の船で休んでるだろうし、この船もぼろぼろだ。元帥の加護で何とか浮いているものの、加護が切れたらどうなるかはわからない。
とにかく、無事に戦闘はすべて終わった。
被害を確認してこの後はおしまいだ。もっとも俺たちに被害は皆無だ。精々俺の身体が多少傷んだだけ。すぐに治るレベルだ。
悪魔と海竜の二つと戦ってこれなら完勝といってもいいな。
特務隊の初陣としては、これ以上ない戦果だ。
そう思って、一人悦に入りながら自分たちの船に戻ろうとしたとき――
「……ウィリアム殿。少し待ってもらえるか」
ヴァルグリオ元帥に呼び止められた。
ヴェルナーとライナーに先に戻っていろと伝えて、俺は元帥と向かい合う。
周囲には誰もいない。
「貴官に謝らなければならないことがある」
「謝らなければならないこと?」
――突如、元帥が膝をついて頭を垂れた。
「我らは貴官を疑っていた。悪魔の手先、我らの裏切り者であると」
「……え?」
「聡明な貴官であれば、気づいただろう。どうして貴官らに護衛艦一隻を預けたのか、会談ののちに姫様と予定が何も入らなかったのか」
何を言っているのか、一瞬理解ができなかった。
だけど、頭を下げながら告げられた言葉の内容に、俺はどこか、引っかかっていたものがすとんと、腑に落ちる思いだった。
確かに疑問だった。
王族との会談の後、縁談を持ちかける割に何一つ王女と会う予定がなかったこと、一部隊でしかない特務隊に船一隻を預けること。
その理由は俺を悪魔の手先だと疑っていたから。
おかしいとは思っていた。
でもどうして?俺が悪魔の手先?
「なぜ俺が悪魔の手先だと?」
「会談で貴官とにらみ合った時、悪魔と対峙したときと同じ不思議な雰囲気を感じた。常人にはない何かを」
会談でにらみ合った時?
……ああ、そうか、そういうことか。
あの時、俺は魔法を使おうとした。
周囲のマナを操っていたが、それが高位の悪魔の使う魔法と同じだから、マナの違和感を漠然と感じて誤認したのか。
ある意味で、それは間違っていない。俺も悪魔も同じ力を使うのだから。
……なにも言わなければよかったものを。
でなければ俺は何も思わずに、いい気分で船に戻れたのに。
「それで謝罪ということですか」
「然り。このようなことをしておきながら、貴殿は姫様を救ってくれた。それどころか、我らの命すらも。そのような方に何もせずにいられるものか」
無理やり連れてこられた挙句、俺を疑っていた?
あまつさえ、いつでも沈められるように俺たちに常に砲門を向けていたと?
俺はこぶしを握り締める。
目の前で跪くドワーフに、俺は怒りを……覚えることはなかった。
感じたのは、ただの呆れ。
疑われたのかもしれないが、結果的に作戦中はのんびりできたし、何より旗艦の砲が向けられていたとしても、魔法が使える俺に大砲なんて効かない。
船が沈められたとしても盾に乗って脱出できる。
そもそも俺は元々ドワーフを信用なんてしていない。疑われていようが、どうでもよかった。
それなのに、こうして律儀に謝ってくる最高司令官。
ふと、カーティスが言っていた言葉を思い出した。
――ドワーフたちはどうしようもないほどに頑固者でわからず屋だ。疑い深く気難しい。礼儀の欠片もないが、その反面、人間やエルフよりも誠実で忠実、何よりも勇敢だ。
仮面の下で少し、笑ってしまった。
「元帥閣下」
背の小さな元帥に合わせて俺は片膝立てて座る。
元帥が顔を上げる。
「確かに疑われたのはいい気分ではありません」
「では――」
「でも、そのおかげで全員生きている。それでいいじゃないですか。帰ればたくさん報酬もらえるんでしょう?」
「――!」
俺たちは楽ができたし、どうでもいい。それに詫びなら報酬で返せと。
そのつもりで言った。
ヴァルグリオ元帥が目を見開く。そして徐々に髭に覆われた口の端を釣り上げた。
「ハハッ!そうであるな。帰れば望むものを用意させていただこう。陛下たちには我からも口添えをさせていただく」
「ああ、それで十分――っ!?」
唐突に全身を軽い衝撃が襲った。
次に感じたのは、汗臭く、どこか酒のようなにおいも含まれた、むさくるしい男の匂い。
ヴァルグリオ元帥が俺を抱きしめていた。
「貴殿を疑ったこと。我が一生の不覚、許してほしい。本当に申し訳ない……我が命、我が艦、我が国を。我らが姫を守ってくれたこと……心よりお礼申し上げる」
元帥が俺から離れる。再び鼻を海の潮風が通り抜ける。
しばし呆然とする俺を置いて、ヴァルグリオ元帥は再度礼を一度して、船の指揮に戻っていった。
「……本当に、馬鹿な種族だな」
意図せずに口をついて出た。
本当にドワーフは馬鹿だと思う。
……でも不思議と、今回はいやな気分にならなかったな。
俺は一つ伸びをして、自分の艦に足を向ける。
「それにしても、元帥もマナをおぼろげに感じられるのか。いや、魔法を使う時の普段との違いを違和感として感じているのか。気を付けないとな」
気になることも考えることもたくさんある。
でも今はいいや。
今回は本当に疲れた。早く戻って、しばらくはゆっくり休みたい。
次回、「英雄の誕生」
新技については、今はまだお楽しみに……