第十九話 人払い
悪魔を無事に倒したところで周囲の状況を確認する。
王女は無事なようだ。見るとその体は緋色の光を帯びている。
先ほどの淡い光は自分の加護かと思ったが、どうやら彼女の加護によるものだったのか。
悪魔から世界を渡る方法があると聞いたからとてもうれしくて、それでついに俺の加護が発動したのかと思ったが、残念ながら違った。
船上ではまだ戦闘は続いている。
中位以下の悪魔もいるようだが、ドワーフたちに着々と打ち倒されているようだ。中位となると多少の魔法も使うが、ドワーフたちも錬金術がある。
簡単な魔法なら再現できるし、統率も取れているから殲滅するのは時間の問題だろう。
船はいまだに淡く輝いているから、ヴァルグリオ元帥も健在のようだ。随分長く戦っていた気がするが実際はそんなに長くない。精々が20分程度だ。
倒れこんでいるヴェルナーに手を貸して立たせる。
「立てるか?」
「なんとかな。それより隊長、さっきのはいったいなんだよ」
「どれのことを言ってるのかわからん。それより早く王女を退避させろ」
もうどこもかしこもボロボロだ。船も王女も。
するとまた王女が抗議の声をあげた。
「ま、待ってください。もう悪魔の親玉は倒したのですよね。なら退避しなくてもいいのでは?」
「自分の姿くらい見てくださいよ。そんな状態で戦場にいようとしないでください。死にたいんですか?」
この期に及んでまだ避難したがらない王女に対してライナーがきつく言う。
事実、彼女は加護があったから今立てているものの、加護が切れたら糸の切れた人形のように倒れてしまう。そんな人間を連れて戦うなんて正気じゃない。
「いいからとっとと避難しろ。心配なのはわかるがお前がいてどうなる。むしろ俺たちが自由に動けない分、足手まといだ」
「うっ」
「まだ元帥は無事なんだ。終わった後に元気な姿を見せろ。だから今は避難して休め」
「……わかりました」
納得したようなので、とっとと彼女を俺たちの船に避難させよう。
「それでどうやって船にいくのですか?もう脱出艇は――」
「俺たちがここに来た方法で行く」
「皆さんがですか。あれ?そういえば船がありませんけど、いったいどうやって――」
「これだ」
辺りを見回した彼女の前に浮かした盾を持ってくる。本当は魔法はあまり見せたくなかったが、見せなければあの悪魔には勝てなかったし今更だ。
ちゃんと口止めはする。
彼女は盾を見て困惑していた。さすがに不安なようだ。
「あ、あのこれで行くんですか?落ちないでしょうか?」
「大丈夫だろ。重くなければ」
「え!?重さ分かるんですか!?」
「いいからとっとと乗れ。大丈夫、気にしないから」
「ちょっと待ってください!え!?ホントに!?」
グダグダいう彼女に苛立ったのか、ライナーがひもを取り出した。
さすがにそれはとも思ったが、今もドワーフたちは戦っている。俺も早く陸に戻りたいし、協力することにした。
というかライナーはどうして紐なんて持っているのだろうか。
「ちょっと待ってください!縛るんですか!?」
顔を赤くした王女に俺とライナーがにじり寄る。
「向こうで解いてもらえ。ほら、じっとしろ!」
嫌がる彼女をライナーと二人で押さえつけて、ひもで盾に縛り付けた。
……ひもで縛っている時に少しだけ興奮したのは秘密だ。
彼女も諦めたのか、途中からは何も言わなくなった。おとなしくなった彼女ごと盾を浮かして、俺たちの船に向けて飛ばす。
「あ、おもっ」
「キッ!」
浮かした瞬間、ちょっとしたいたずら心で重いと呟いたら睨まれた。太ってないんだからいいじゃないか別に。重さよりも見た目だろ。
ちなみに俺たちの船にも何体か悪魔が向かっていたようだが、カーティスが守ってくれているから無事だ。シャルロッテは活躍できただろうか。
「にしてもライナー、なんで紐なんて持ってたんだよ」
「あの盾は小さいから危ないじゃないですか。だから落ちないように紐で体をくくるのに使っていたんですよ。決して隊長のように女性を縛る趣味はありませんよ」
「……そんな趣味あるわけないだろ!」
「え?まさか図星ですか?冗談のつもりだったんですが」
「そ、そんなわけないだろ!」
この時、王女が乗っている盾がぐらぐらになって何度か海に落ちたらしい。紳士なカーティスがあまり見ないように紐を切った後は、同じ女性のシャルロッテに任せたと後になって聞いた。
申し訳ないと思いつつも、大半はライナーのせいだ。俺のせいじゃない。
ちなみにヴェルナーは王女を紐でくくるというくだりには一切参加しなかった。変なところで紳士な奴だ。
*
「で?隊長、どうするんだよ。王女を連れて避難するんじゃなかったんかよ」
王女を乗せた盾を再び回収したところで、旗艦アラリケの船上を3人で駆ける。ヴェルナーの問いは当然だ。すでに当初の目的の王女を連れて退却は可能だ。
にもかかわらずこうしてアラリケに残っているのには理由がある。
「高位の悪魔は倒した。遠くから東の艦隊と思われる汽笛もなっている。向こうも討伐し終わったんだろう」
「それがどうした?ここはいまだに海竜がいついてやがる。危険なのには変わりねぇぜ」
「それが疑問だ。高位の悪魔はいない。操られていたと思った海竜が離れないなら倒すしかない」
悪魔を倒せば海竜にかかっている魔法は解けるはず。にもかかわらずこの船を襲っているということは、まだ混乱しているのか、それとも攻撃を加えたこの船を目の敵にしているのか。
俺が海竜について頭を悩ませていると、ライナーが疑問を呈した。
「それはヴァルグリオ元帥が考えることでは?現に西艦隊が挟撃するはずでしょう?」
「だからといって西艦隊が来ても何も変わらない。海竜はこの船に接している。そんな状態で砲撃なんて怖くてできない。かといって乗り込んできても海竜に致命打なんて与えられない」
この船に取りついている海竜に対して砲撃すれば、旗艦にあたる可能性がある。ヴァルグリオ元帥の加護が効いているとはいえ、味方艦に砲撃なんてとてもできない。
だからといって乗り込んできても、元帥が海竜をどうにもできていない以上、倒す方法はないだろう。
「ではどうするのですか?我々で倒すのですか?」
「いけんのかよ?隊長でも難しいんじゃねぇのか?」
「一人じゃ厳しいな。地竜とは桁が違うデカさ。頑丈さだ。元帥が倒せないなら生半可な攻撃じゃだめだ」
前に地竜を相手にしたことがあったが、海竜はそれ以上のデカさだ。まるで山を相手にしているようだ。
海は食べ物が豊富だからって、こんなに大きくなるなんて反則だろう。
地竜の相手も大変だったのに、海竜の相手なんてできるのか。
「では我々がいても仕方ないではありませんか」
「ところがそうでもない」
確かに頑丈な鱗を貫いて攻撃なんて相当だ。
だがそもそも貫く必要はない。
それに何かあったときのために、作っておいたものがある。あれを使えば十分に勝機はある。見られたくはないが仕方ない。後で少し苦労すればいいだけだ。何よりあの海竜を倒したい理由がある。
「ヴェルナー。持ってきているよな?」
「!フッハー!あれ使うんかよ!いいぜぇ、俄然やる気が出てきたってもんだ!」
ヴェルナーに1丁、俺が1丁持っている。ライナーにはないので俺の分を渡す。
受け取ったライナーが納得したような顔をした。
「これは、レールガンですか」
「そうだ、試し打ちにはちょうどいいデカさだ。充電はもうしてある。指示を出したら撃て」
レールガンだけで仕留められればいいが、海竜がでかすぎる。これだけじゃまだ足らないかもしれない。
まあ、このほかにも試したい新技があるから、しぶとい方がちょうどいいかもな。
「ではこのまま海竜討伐に向けて動きますか?」
「いや、まずは人払いだ。元帥と合流する」
元帥がいるところはわかりやすい。神気が一番濃いところに行けばいい。
俺たちは急いで元帥の元へ向かった。
*
「元帥!」
「ウィリアム殿!?なぜここへ!姫様は!?」
ヴァルグリオ元帥は広い甲板の上に出て海竜を相手にしていた。聖人としての膂力を活かして、身の丈ほどの大盾を使って襲い掛かる海竜の攻撃を防ぎ、槌で攻撃していたが、デカすぎる海竜に有効打を与えられていないようだった。
元帥に王女を無事に確保し、船に避難させていることを伝えるとほっとしたようだが、すぐに顔を険しくした。
「姫様を確保したなら退却しろと伝えたはず。なぜここにいるのだ!?」
振り下ろされた海竜の腕をよけながら、元帥と会話をする。
「急ぎ伝えることがありましたのでこうして参りました」
「なんだ!?」
「高位の悪魔を撃破しました。東の艦隊も魔物を撃破したようです」
「高位の悪魔!倒したのか!?」
「まさか!?あれは聖人であるヴァルグリオ元帥ですら苦戦する相手であるぞ!」
元帥の他、もう1人戦っていたドワーフも反応する。確か参謀長のフェアディといったか。信じられないかもしれないが事実だ。
高位の悪魔に王女が襲われたこと、悪魔を倒して避難させたことを伝える。
「つまり残りはあの海竜だけです」
「むう、にわかには信じがたいが」
「だが高位の悪魔の姿が見えないのも事実。とかく海竜を退けようぞ」
納得したのか、2人は海竜に向きなおる。その顔は少しばかりほころんでいた。
「お手伝いしましょう」
「無用である。海竜は巨大かつ危険な相手。数が増えても余計な被害を増やすだけよ」
「ですがずっとこのままでは?決定打に欠けるのでは?」
戦闘が始まってからずっと海竜は健在だ。海竜から船を守っていると言えば聞こえはいいが、いつまでたっても撃退できていないなら、2人が戦っても仕方ない。
そういうと、フェアディ参謀長が露骨に顔をしかめ、にらみつけるようにこちらを見た。
「自分たちならいけると申すか」
「少なくともこのままで行くよりは。たとえ失敗しても、お二人が休憩する時間稼ぎにはなるでしょう。俺たちに任せてもらいたい」
高位悪魔を倒したんだから、それなりに説得力が生まれたのか、2人は器用に海竜の攻撃をよけながら話し出した。
それにしてもこの頭の固いドワーフたちは説得に苦労するな。丁寧な口調で話すのも疲れるんだぞ。
俺が丁寧に根気強く説明すると納得してくれたのか、一時的に任せてくれる気になったようだ。
「そこまで言うなら信じよう。だが決して油断するな。何かあればすぐに呼ぶのだぞ」
「若いからと言って無茶をするでない。よいか、無理をするのは老骨のみで十分である」
そう言って元帥と参謀長は下がっていった。
ただ去り際に――
「我が『堅牢』の加護がある。船のことは心配無用であるぞ」
そう言って肩を叩いてきた。
どうやらヴァルグリオ元帥の加護は『堅牢』と呼ばれているらしい。まあ確かにこれだけ巨大な船を守り切れるくらいだ。堅牢というのも納得だ。
それはさておき、ようやくだ。
海竜に向きなおる。
海竜は代わりにやってきた俺達に向けて、ものすごい大音量の咆哮を向けてくる。
俺達はまた戦う準備をする。
「やれやれ、お年寄りは説得に苦労しますね」
「お前何もしてないじゃないか」
「聞いてるだけでイライラしますよ。耳が遠いのか頭が固いのかわかりませんね」
「どォでもいいだろうよ!いい加減ぶっ放したくてうずうずしてんだ!」
「そうだな。いい具合にあの二人が去って人払いもできた。始めよう」
周囲にはドワーフの姿はない。これなら診られた後の心配はいらなそうだな。
さあ、思う存分、的にしてやるとしようか。
次回、「咲き誇る連爆の華」