第十八話 鉄火の加護を
(どうなっているの?高位の悪魔と対等に戦えるなんて!?)
ウィリアムが高位の悪魔バラキエルと対等に戦っている。
さきほどまでバラキエルが優勢だったように思えたが、今となっては、自らの必殺の魔法を防がれたバラキエルが今まで以上に警戒の色を濃くしている。たいしてウィリアムは不敵に笑ったまま。
王女アグニータは目の前の光景に驚愕していた。
彼女にとって最強の存在は、今までヴァルグリオか父のヴェンリゲル王だった。そしてヴァルグリオは魔法を使う高位の悪魔に対して不利だとも語っていた。
そんな悪魔にいまだ聖人になり切れていない、加護を発動してもいないウィリアムが対等に戦っていることが信じられなかった。
それとは別に、アグニータはどこか納得してもいた。
ヴァルグリオがウィリアムから感じた高位の悪魔と似た気配。
それを今はアグニータも感じている。
それが目の前で起きている加護とは違う時折現れる青白い光、不思議な力によるものだと理解した。
「これが……魔法?ヴァルグリオが感じたのはこれだったのね」
アグニータが小さくつぶやく。そしてそれが自分たちにとってどれだけ僥倖であることか、同時に彼を疑った自分たちがどれだけ愚かだったか悟る。
(聖人になるほど努力して、魔法も使える人を、私たちのために戦ってくれる人を……私は疑っていたのね)
彼女は先ほど、ウィリアムがそんな自分を助けてくれたことを思い出した。
そして死を覚悟した瞬間に思い出した、母が語ってくれた祖国の建国の話。
聖人が少女を助け、少女は聖人と共に戦うお話。
その話を子供のころは夢中になって聞いた。母に何度もせがんだほどに、自分が少女のように聖人に救われて結ばれることを夢見ていた。
そして最後に母が伝えたあの言葉。
聖人に救われた少女が聖人のために何をするべきなのか。
(いや、物語なんてどうでもいい!私を助けてくれた、あの聖人様の力になれればそれでいい!)
アグニータは思う。
必死に戦っている聖人を疑い、足を引っ張ってしまった自分でも、ウィリアムの力になりたいと心の底から願った。
すると、思考が途端にクリアになる感覚に襲われた。
今までたつこともままならなかった体が、不思議と動くようになった。
身体の奥底から力が湧いて来るようだった。
「王女様!?」
「なんだぁ!?」
ライナーとヴェルナーが驚く。
アグニータの身体は淡く緋色に輝き始める。
この時、彼女は生まれて初めて加護を発現した。
*
悪魔の大技を防ごうとした瞬間、ついにわかった。
俺はずっと悪魔が魔法を使って、俺の魔法を阻害しているのかと考えていたが、なんてことはない、あいつは魔力で直接俺がマナを操作するのを阻害している。タネがわかったから魔法を使って悪魔の攻撃だって防げたし、やりようはいくらでもある。
「おらぁ!」
「何!?」
俺がフェイントであるマナを使おうとすると、悪魔はそれを邪魔しようとそのマナに干渉してくる。
ならばと別のマナに即座に干渉して魔法を発動させようとすると、悪魔は反応が遅れた。
悪魔に向かって紫電が走る。
発声した電撃が悪魔の脇腹に突き刺さり、動きを鈍らせる。
仮面の下でニヤリと笑う。
「やっとわかったよ。魔法使いの戦い方ってのがな」
悪魔が忌々し気に顔をゆがめる。
「頭も回るようだな。この短時間で理解するとはな」
「頭がついてりゃこのくらいできる」
「ならばその頭、すぐさま無くしてくれようぞ」
「こっちの台詞だ、クソ野郎!」
そしてまたぶつかる。
もうすでに何度も繰り返した攻防。だが少しずつ俺が近距離で魔法が使えるようになると相手も焦りだしたのか、今までつかってこなかったような魔法や武器を使ってくる。
盾で大剣を防ぎ、返す刀で首を切り落とそうとすると今度は爆発ではなく、風の刃で攻撃してきた。風は攻撃範囲がわかりづらいために大げさによける。
その隙に悪魔は大剣を再度横なぎにふるう。今度は受け流し損ねたので盾が当たった瞬間に攻撃の勢いを利用して後ろに下がる。
またお互いの距離が空き、にらみ合いが始まる。
「高位の悪魔といってもこの程度か。これならもう少し修練すれば、俺一人で勝てそうだな」
「馬鹿め、お前よりも強いものなどいくらでもいる」
俺の挑発に悪魔は不快げに顔をゆがめる。それを見て、俺はなおさら声をあげて笑う。
「ハッ、高位の中ではお前が最弱ってか?程度が知れらぁ」
「わかっていないな。我らの軍は、各々目的が違う。私は生物を統べる力を持つ、私の力はあの海竜だ。他の悪魔はそれぞれの力を持っているのだよ」
軍?
悪魔が徒党を組むのは知っているが、軍として活動しているとは知らなかった。
それならなんらかの目的があるはずだ。
「そもそもお前らはなんなんだ。なぜこんなことをする」
「フッ、お前もあの王女も何も知らないな。矮小な人間らしい」
「その矮小な人間に負けそうな野郎がよくいう」
「わかっていないようだ」
俺の挑発に対して、今度は悪魔は嘲るように笑った。
「たとえ私をこの場で殺しても私という存在は消えない。我ら悪魔は異界より来たりし者。ここにいる我は我にあらず。故に門があれば何度でもこの世界に舞い降りる」
――その言葉には、いくつもの気になることがあった。
悪魔は異界の写し身。ここで殺しても本当の意味では殺せない。
だがそれ以上に気になることがある。
「門だと?たとえそんなものがあったとしても限界はある。現に高位の連中は大した頻度で来てない」
「確かにその通り。強大な力を持つものはそれだけ巨大な門が必要となる。しかしその問題はもうない」
悪魔は言いたくてたまらないとばかりに大仰に手を広げ、高らかに叫ぶ。
「我らが通ってくる門は!貴様ら人間が開けてくれる!何も知らない人間どもがな!」
「何を言っている?門とはなんだ。普通の門じゃないみたいだが」
「如何にも。異界に伝わる門である。はは!そして聞くが良い!我ら悪魔の王が、ついにこの世界に降臨なさる!直にこの世は地獄に変わる!はるか昔より続きし、因果!次の戦で終わりにしてくれよう!」
誇らしげに叫ぶ悪魔。
その話を聞いて、俺は構えていた剣を下ろした。
先ほどの悪魔の言葉に聞き捨てならないことがあったから。
「異界の門。そこからお前たちは来た。名から察するに他の世界に渡る門だな?」
「その通りだとも。なんだ臆したか?先ほどの威勢はどうした?」
確認のために聞いた質問に、悪魔ははっきりと答えてくれた。
いい悪魔だな。
知りたいことを教えてくれるなんて、なんていい奴なんだ。
ぜひとも友達になりたい。
俺は湧き上がる喜びを抑えられず、大声で笑ってしまう。
「何がおかしい?」
「いやいやいや、嬉しくてうれしくて堪らないのさ。ずっと探していた、あるかどうかもわからなかったものが今、あるとわかったんだから」
「……何を言っている?」
大口を開けて笑う。
仮面の口が割れて、俺の歪に横に広がった口が露になる。
その様子に怯えたのか、悪魔が一歩後ずさった。
醜悪な姿をした悪魔に引かれるとは、俺も変わったな。
でもそんなことはこの際気にならなかった。それほどまでに嬉しかった。
「あぁ、もういいよ。お前はここで死んでくれていい。王が来るんだろ?そいつに聞けばわかるかもしれないなぁ?」
「何がおかしい!?なぜ笑える!?」
うろたえだした悪魔がおかしくて、俺は腹を抱えて笑い出す。
「おかしいさ!俺の味方が、まさかこの世界の敵とはなぁ!」
一頻り笑う。
いや、よく考えればおかしくはないか。俺はこの世界を憎んでいる。俺からすべてを奪ったこの世界が憎い。そして悪魔たちはこの世界を滅ぼそうとしているのだから、似たもの同士だ。
だが悪魔と手を組むことは絶対にない。
なぜって?
こいつらも信用できないからだ。
「さあ、終わらせよう。いい加減その顔も見飽きた……殺してやるぞ」
そのタイミングで、突如俺の身体が仄かに淡く赤く輝いた。
よくわからないが、これが悪い物ではないことが不思議とわかった。
なんだかすべてがうまくいく気がしてくる。マナの感触も体の動きも、指先からつま先まですべてが思い通りに動く感覚に襲われた。
悪魔も異変を察したのか、大剣を構え、魔法の準備をし始める。
笑みを浮かべたまま、湧き上がる高揚感と万能感に身を任せる。盾を2つ、足元に配置する。
「これで終わりにしてやる!」
わかる。
悪魔が大技を出すために、さきほどの一撃にも劣らない量のマナをその両手に収束させている。
それでも今の状態なら行ける気がする。だから突っ込むことにした。
足元に配置した盾を、二つとも同じ極性の磁気を帯びさせる。
「はじけ飛べ!《爆発砲》!」
そのタイミングで、悪魔が魔法を放つ。
視界全部を真っ赤な爆炎が染め上げた。
構わずに足元に配置した盾を思いっきり踏む。
すると同一の磁気によって盾が大きく反発するのを利用して、思いっきり悪魔の放った魔法に向かって飛び込んだ。
迫りくる爆炎を残った盾で防ぎながら、ものすごい勢いで突破する。
体が熱い、肌が焼けるようだ。
だけど、その感覚はまるでスイッチが切れた電球のように唐突に途切れる。
爆炎の壁を抜けた瞬間に見えたのは、驚愕に満ちた悪魔の顔。
――そしてその顔は、すでに宙に舞っていた。
次回、「人払い」