第十七話 魔法戦
「ヴェルナー、ライナー、動けるな」
「おうよ」
「当然です」
ウィリアムの掛け声とともに2人は近くにあった盾に飛び乗った。
2人が乗った盾が浮き上がり、三次元的に悪魔を包囲するように動き回る。
「ハッハッハハハー!!悪魔退治の時間だぜぇーー!!」
ヴェルナーが狂乱にも似た笑い声をあげながら、背中に背負ったコンテナのようなバックパックから銃を取り出して、バラキエルに向かって乱射する。
いくつもの弾丸が炎を纏いながらバラキエルに殺到していった。
「小賢しいッ!」
バラキエルは向かってきた弾丸を、ヴェルナーに向けて大きく跳躍することで回避し、手に持った大剣を振るう。
「ハッハァ!」
自身の首めがけて振るわれた剣を、ヴェルナーは後ろへ倒れこむように回避した。
だがそんなことをすれば盾から落ちるのは必定、しかしヴェルナーはまるで軽業師のように、盾から落ちそうになった瞬間に盾の縁に手をかけて、剣が通り過ぎた瞬間に再び盾の上に乗った。
「後ろが留守ですよ」
バラキエルがヴェルナーに気をとられている隙を突いて、ライナーが両手に持った銃を連射する。
甲板に落下していくバラキエルはとっさに大剣を盾に弾丸を防ぐも、着弾した場所が徐々に凍り付く。
「錬金術かッ、魔法もろくに使えぬ分際で!」
バラキエルが凍り付いた剣にマナを纏わせて、距離があるにもかかわらず氷ごとライナーに向けて振り下ろす。
すると剣にまとっていたマナが氷を破壊し、鋭い剣筋に従って勢いよくライナーに飛来した。
迫りくるマナの刃。しかしライナーは避けることはしない。
なぜなら、もう一つの盾が勝手に彼を守ってくれるから。
突如、誰も乗っていない盾がライナーの前に鳥のように現れ、攻撃を防ぐ。
バラキエルはそれを忌々し気ににらみつける。
「うっとうしい盾だ!」
「そうですか?僕にはとてもかわいい盾に見えますね」
防御を気にしなくていいライナーが再び銃を連射する。今度はバラキエルは受けることはせずに回避した。
甲板に雨のように降り注ぐ弾丸はバラキエルが避けたことで、そこに氷の地面を発生させる。
徐々に足場の悪くなっていくバラキエルは追い詰められる。
「どうした高位の悪魔さんよ。逃げてばかりじゃ勝てないぞ?」
防戦一方の悪魔に声を掛けるのは、悠然と佇む一人の男。鎧を覆うクロスに刻まれた竜と同じ仮面をしたウィリアムだった。
「人間にしてはやるようだ!だがすぐにその顔が――」
「ハッハァーー!弾けて消えろぉ!」
挑発したウィリアムに腹を立てたバラキエル。
逡巡気がそれたその隙に――
ヴェルナーの特大級の銃弾が直撃した。
旗艦アラリケの一角で耳を劈き、腹にどしんと衝撃を与えるような重厚な爆発音が鳴り響く。
「ったく、こんな派手な爆発したら、アブねぇだろうに」
目の前の爆発を見て、ウィリアムは仮面の下の目を細め、笑っていた。
そんなウィリアムの後ろで、アグニータはずっと恍惚とした表情を浮かべていた。
目の前で起きている現象が、何より悪魔と戦っている三人が信じられなかった。
「こ、これが……特務隊?」
まるで空を飛び回る砲台。
放たれる弾丸1つ1つが従来の物と一線を画す威力。
それが自由自在に、三次元的に敵に嵐のように降りかかる。魔法による迎撃も、宙を自在に舞う盾によって回避され、防がれる。
危険であり、通常であれば相手にすることもできない高位の悪魔に対して一方的ともいえる戦い方。
アグニータは一縷の望みを見た気がした。
――しかし、すぐにその望みを消し去る声と爆発が巻き起こる。
「――チ!」
「んだぁ!?」
「ぐっ!?」
ヴェルナーが引き起こした爆炎、それを中から吹き飛ばすように爆炎の中心からさらに強力な爆発が発生した。
あまりの威力に、盾の上にいた2人は煽られ、盾にしがみつく。
最も近くにいたウィリアムも思わず顔を爆発から逸らす。
「この程度か!!」
「なっ!?」
そしてその爆発の中心からバラキエルが姿を現し、瞬く間にウィリアムに詰め寄った。
振り下ろされた長大な大剣を、その大剣の半分ほどしかない剣で防ぎきる。
しかし距離を作ることができずに、至近距離でウィリアムとバラキエルのにらみ合いが始まった。
「これほど近づけば、四方からの攻撃は無理だな?仮面の男よ」
「そんなにあいつらの攻撃はいやか?魔法も使えない人間なんて恐れるに足りないんじゃなかったのか?」
「ほざくがいい。魔法を使えるのは貴様だけ。ならば貴様を殺せば烏合の衆になり下がるだろうな」
ウィリアムはバラキエルと距離を取ろうと、力任せに押し飛ばそうとした。
しかし、バラキエルの膂力はウィリアムに引けを取らない。わずかに上体をそらした程度、すぐに立て直し、再びウィリアムに切りかかる。
ウィリアムは船上ということもあって、使い慣れた槍ではなく、剣で戦っていた。そのせいか、大剣を持ち、リーチに優れるバラキエルに対して攻めあぐねていた。
ヴェルナーとライナーの支援を受けようにも、悪魔との距離が近すぎて銃撃できない。
ウィリアムは先ほどとは一転して、不機嫌そうに舌打ちをかます。
白兵戦でダメならばと、ウィリアムは電撃を発生させて隙を作ろうとした。
しかし――
「魔法が発動しない?」
ウィリアムは自分の魔法がうまく使えていないことに違和感を抱く。
急に魔法が使えなくなったことが理解できず、盾魔法によって周囲に飛んでいるヴェルナーたちが危険だと判断して、自らの背後にいる王女を守るような位置に降ろす。
その途中でも、バラキエルに盾が近づいた瞬間に、盾の制御が逡巡乱れた。
「うおっと!」
「ちょっと隊長!」
揺れた盾にしがみつきながら、転がり落ちるように2人はウィリアムの背後に着地する。
先ほどとは一転して連携が取れなくなった3人に対して、バラキエルは醜悪な笑みを浮かべた。
「どうした!?大口をたたいておきながらその程度か!?」
悪魔が笑い、大剣を振り下ろす。盾を使って受け流し、距離を作ろうと悪魔の腹を蹴り飛ばす。
ヴェルナーとライナーが盾から降りたことで警戒を解いたのか、バラキエルは素直に距離を取った。
ウィリアムは即座に魔法で追撃しようとしたが、またしても魔法が発動しなかった。しかしバラキエルの爆発魔法は正常に発動し、3人に襲い掛かる。
「チッ、どうなってんだ?」
なんとか盾魔法を用いて爆発から身を守る。
ここでウィリアムは違和感を覚えた。
悪魔と距離のある場所、自分の近い位置にあるマナは正常に動くが、悪魔の周囲にあるマナはうまく作用しないということに。
「何かしてやがるな」
その言葉に、バラキエルは笑う。
「はっはっは!これは傑作だ。魔法戦の基礎も理解していないとは。これは警戒して損したかな?」
バラキエルの挑発に苛立ち、仮面の奥の目を険しくするも頭は冷静だった。
ウィリアムは知らなかった。
魔法使い同士の戦いとは周囲のマナの奪い合い。
お互いの魔法は千差万別でも、使うマナは同じく周囲のマナを使う。つまり周囲のマナをいかに奪い、効率よく使うか、相手に魔法を使わせないかが魔法使いの戦い方だった。
その意味ではウィリアムはただ魔法を発生させて戦うのみで、その真髄を理解できていなかった。
(距離を取れば平気なのか。一定の距離なら相手を無効化できる魔法か?いや、近くてもマナを動かせる感覚はある。あいつが抑えつけているのか。ではどうやって?)
ウィリアムはどうにかして相手の魔法を破る方法を探す。
魔法がどうにか使えないかと試行錯誤しながら、バラキエルに切りかかる。だがもうすでに、バラキエルはウィリアムから興味が失せていた。
大剣に魔法を纏わせ、赤熱させる。
「魔法が使えないのであれば警戒するだけ損だったな……ではさらばだ!」
マナを感じられるものであれば、その量に震え上がるほどのマナを剣にまとわせ、大上段から振り下ろす。
ウィリアムは必殺ともいえるその一撃を放たせまいと、バラキエルの近くのマナを操り、電撃を放とうとした。
しかし、寸前に間に合わないと判断し、盾を構えながらすぐさま自身の近くのマナで魔法を発生させようとする。
(たとえ発動できなくても、やらないよりマシ――え?)
剣が振り下ろされる。
大剣の刃をギリギリで回避したウィリアム、しかしその刃が甲板に触れた瞬間に――
巨大な旗艦を揺るがし、一角を大きく破壊するほどの大爆発が巻き起こった。
真っ赤な炎が吹き荒れ、上空には真っ黒い煙が舞い上がり、爆風により海面が荒れる。
近くにいたヴェルナーとライナー、アグニータは、宙に浮く盾に守られているにもかかわらず、あまりの爆風にその場に立っていられなくなり、数メートル後ろへ吹き飛ばされる。
ぱらぱらと巻き上げられた船の残骸が船の上に、あるいは海に落ちていく。
ヴァルグリオの加護によって頑丈になっていたはずのアラリケが、大きく破壊されていた。
黒煙がもうもうとあたりを埋め尽くす中、悪魔の声だけが3人のもとに届く。
「フッ、やりすぎてしまったか――なにッ!?」
しかし、その悪魔の言葉は、驚愕によって止められることになった。
黒煙から姿を現したウィリアムが爆発などもろともせずに、バラキエルに切りかかったから。
これにはバラキエルも驚き、その場から大きく退避した。ウィリアムは追撃することなく、その場に佇む。
徐々に黒煙が晴れたことで、ヴェルナーたち3人もウィリアムを確認した。
「隊長!無事なんかよ!?」
「どんな体してるんですか!?」
「高位の悪魔と、まともにやり合えるなんて……」
爆発を至近距離で食らったにもかかわらず平然としているウィリアムに対して、口々に驚愕を露わにする。
ウィリアムは無傷とまではいかないものの、いまだ戦闘不能には到底陥っていない。
鎧の上から被ったクロスが破れているだけで、その下にあるライナーが作った鎧はいまだに健在だった。
悪魔はどうやってウィリアムが攻撃を防いだのか気になった.
「お前,どうやってあの攻撃から抜け出した?」
その問いにウィリアムは不敵に笑う。
「あんな芸のない技なら抜け出すのは簡単だよ.もっとちゃんと勉強するんだな」
「ほざけ!」
今度は悪魔側から仕掛ける.
再び剣戟の音が鳴り響く。ただ先ほどと違うのは、時折空気を焼く紫電が2人の周りに現れることだった。
次回、「鉄火の加護を」