第十六話 参戦
――少し前。
海竜が出たという報告を聞いて、戦うそぶりは見せなくてはと旗艦アラリケに前に出るという連絡をしたら、王女を連れて逃げろという指示が来た。
ようし、これで堂々と帰れる。
そう思って意気揚々と王女の受け入れ準備を整えて逃げる準備をしていたのだが、いつまでたっても王女が来ない。
それどころか、旗艦のすぐ横に巨大な海竜の姿が見えるわ、立て続けに爆音が聞こえるわで、何かが起きていることは明白だった。
旗艦からの連絡がない上に、ヴァルグリオ元帥のものと思われる巨大な旗艦を覆う加護が発生したので、このままではいつまで経っても帰れないと思い、ひとまず王女の安否を確認するために旗艦に移ることにした。
「一度、旗艦に移り、状況を確認する。幸い受け入れのためにかなり近づいているからすぐに行けそうだ」
「隊長だけで行くのか?」
「ヴェルナーとライナーを連れていく。カーティス、お前はこの艦と乗組員を守ることを最優先にしろ。シャルロッテは好きに使え」
「了解した」
そういってブリッジから出ようとしたところ、この艦に派遣されてきたドワーフのハルヴァルが声をかけてきた。
「ウィリアム殿、どうか……姫様をどうか」
俯き、声は震えていた。
随分とあの姫様は慕われているようだ。
ハルヴァルは姫が乗る旗艦が心配で仕方がないようで、今にも飛び出したいみたいだ。
それを職務だからと必死にこらえているのだろう。
俺は王族に対する忠誠なんてわからないので、彼の気持ちを理解できはしない。する気もない。
とはいえ、大事な通信兵である彼が冷静でないと大事に至るかもしれない。
だから彼を落ち着かせるために軽く肩をたたいてからブリッジをでた。
甲板に出ると、コンテナのようなバックパックを背負ったヴェルナーとライナーがすでに待機していた。カーティスがすぐに伝えてくれたのだろう。優秀な副官で大助かりだ。
「旗艦に移る。王女の安否を確認したら脱出する。質問は?」
「戦闘はしねぇんかよ」
「必要ならする。だが海竜がでて高位の悪魔がいるとなれば、旗艦が沈むのも時間の問題だ。おそらく元帥のものと思われる加護がこの船を守っているが、悪魔と海竜の二つの相手は厳しいだろう」
「僕たちが参戦すれば状況は好転するのでは?」
「俺たちに課せられた任務は王女を連れて退避することだ。第一にそれを考えろ。事態を打開できるようならその都度指示を出す」
「「了解」」
指示を伝え終わると、すぐさま俺たちは船の縁の柵を飛び越える。
接近しているとはいえ、旗艦との距離は100m近くある。飛び移れはしない。
ならどうするか。
俺の魔法で浮かした盾に乗るのだ。ここにきてようやくできた空を飛ぶ魔法が大活躍だ。
高度が上がると危ないが、海面近くなら問題ない。
2人も事前に聞いており、乗る練習もしていたので慌てることなく乗っている。
今回の作戦が決まり、準備ができてから俺たちは連携の訓練をひたすら行った。新しく作った装備の具合も試したから、準備万端だ。
俺たちはそれぞれが作った鎧に身を包み、その上からクロスと言われる布をかぶって鎧を覆っている。クロスは青を基調とし、前後に特務隊を表す太陽と月、そして竜の紋章が刻まれている。
そして旗艦に乗り移り、周囲の状況を確認すると――
「こりゃまた酷いな」
思わずつぶやいた。
ブリッジを見るとそこは吹き飛んでいるし、あちこちで爆発が起きたのか黒く煤けている。幸い元帥の加護のおかげで船に大したダメージはなさそうだ。
それはさておき王女はどこにいる?
壊れたブリッジにはいないだろうし、かといって海竜がいる方にいるとは思えない。
王女を探していたところ、海竜とは違う場所に船を揺らすほどの大きな爆発音が聞こえた。
向かうとそこに、ボロボロになった王女がいた。
今にもとどめと言わんばかりの悪魔がいたので、盾を先行させて攻撃を防ぎ、その隙にぶん殴って吹っ飛ばした。
「ウィリアム、さんッ……」
そして現在、俺の後ろでボロボロになった王女が、涙を僅かに浮かべながらこちらを見上げている。
随分と手ひどくやられたもんだ。
衣服はところどころ破れ、顔は煤で汚れて、口元は血を吐いたのか、赤く染まっている。
葡萄茶というのだろうか、王妃と同じワインレッドの髪が一部赤く染まっていた。
「生きていて何よりだ。脱出艇は……無理そうか。すぐに俺たちの船に送る」
近くには脱出艇として使うはずだった小型ボートがあったが、先ほどの爆発のせいか大破していた。
「ま、待ってください!まだヴァルグリオが!」
王女がフラフラになりながらも立ち上がり、声を上げる。
「元帥は海竜を引き留めてくれている。彼が逃げればたちまちこの船は沈んで俺たちを追ってくる」
この王女は元帥を見捨てたくないのだろうが、そもそも彼女が避難しなければ全員が危ない。
なんとかして連れて行こうと思っていると、先ほど吹っ飛ばした悪魔が歩いてやってきた。
悠然と身の丈ほどの大剣を担ぎながら。
「人族か、人の戦いに割り込むとは無礼な奴がいたものだ」
「あいにくと礼儀は人間に対するものしか知らないんでね。それも少し怪しいけどな。それにしても頑丈じゃないか。かなり強めに殴ったってのに」
「なかなかに効いたとも。私でなければ倒されていただろうな」
悪魔が殴られた頬をさする。
口では言っているが大して効いてなさそうだ。新調した小手はかなり頑丈に作ってあるから、これで殴ればかなりのダメージが入ると思ったんだが。
「気をつけてください!高位の悪魔です!」
王女が叫ぶ。
大物だと思っていたが、まさかいきなり高位の悪魔と出会うとは。ついているのかついていないのかよくわからないな。
先に走った俺にやっと追いついたヴェルナーとライナーが状況を確認する。
高位の悪魔を見て、ヴェルナーが口笛を吹いた。
「こいつぁ、すげぇのが出てきたもんだな。いきなり親玉とは隊長もついてるじゃねぇか」
「どうでしょうね。高位の悪魔が相手では王女を逃がすのも一苦労では?」
高位の悪魔が相手でも普段と変わらない彼らは肝が据わっているな。
だがライナーの言う通り、高位の悪魔が相手では王女を逃がすのは難しい。
3人で相手をして王女に逃げてもらう方法もあるが、もし彼女が別の悪魔と出くわせば危険だ。
「ほう?その女は王女か。なら必ず殺さないとな」
ライナーの言葉が聞こえたのか、悪魔が王女を見やる。
「おいこらライナー。てめぇのせいでばれたじゃねぇかよ」
「すいませんね。あなたと違って単細胞ではないので任務を気にしてしまいました」
ライナーを責める気は無いが、これで王女を逃がすのが少し難しくなった。
と思ったら、悪魔が次に俺を見た。
「よく見れば、その仮面の男。聖人ではないか。レオエイダンに国王と元帥以外の聖人がいるとは聞いていないが」
「悪魔にしてはよく喋る。随分とこちらを調べてるみたいだな?」
悪魔とは位が上がれば知性も上がるとは聞いていたが、流暢にしゃべるようになるとは思わなかった。
まあこちらとしては会話ができるのはそれだけ情報を引き出せるということなので悪いことだけではない。知性がある時点で厄介なので、馬鹿なほうが助かるが。
周囲を見るがドワーフたちは海竜と雑魚悪魔の相手で手一杯なようだ。中位の悪魔もそれなりにいるようだし、あまりゆっくりしていられない。
「隊長どうすんだ?」
「練習通りだ。ただし俺は地上からだ。王女を避難させなきゃいけないからな」
「待ってください!私も戦います!」
「そんな体で戦う気か?足手まといだ、とっとと逃げろ」
王女はもう限界だ。満足に立つこともできないなら足手まといにしかならない。
死なれても困るからとっとと避難させたい。
「させると思うか?貴様らまとめて始末してやる」
悪魔がこちらに手を向けて魔法を放つ。
4つもの火球が勢いよく燃え盛りながら向かってきた。
それに対し、俺は盾を3つ浮かせて3人を守る。盾に火球が触れた瞬間に、鼓膜が破れそうなほどの爆発が立て続けに巻きおこるが、全員無事だ。
俺のところに向かってくる残り1つを、マナを纏わせた剣で切り裂く。
火球が2つに別れて爆発した。威力は弱い、なんの驚異にもならない。
武器にマナを纏わせるのは、魔法使いとしては基本的な戦い方。
しかし悪魔は、火球をすべて防がれたことに驚いていた。
「貴様!魔法使いか!?」
「自分が常に一方的に戦えると思うなよ」
相手にとっても俺が魔法を使えることは予想外のようだ。
だがこれで俺が優位に立ったわけでもない。相手は体も頑強で魔法も使えて知性もある。
魔法に至っては海竜を使役するほどだ。俺よりも優れた魔法使いだろう。
それでも相手は俺を警戒している。情報にない俺のことを警戒しているのなら、最大限に警戒させて身動き取れなくしてやろう。
仮面の下の顔を不敵に歪ませながら、愉快な声で宣戦布告をしてやる。
「さぁ、かかってこいよ。殺してやるぞ」
次回、「魔法戦」