第十三話 特務隊出撃
レオエイダンから20隻近くの戦艦が出港した。
この世界の船、というかレオエイダンの船は、錬金術で作られたエンジンが積んであり、帆を張っていない。
見た目的には地球で見たイージス艦のようだった。外装も金属だし強そうに見える。
ただ大砲は横についているため、正面からの攻撃には弱そうだった。
俺たちが乗っているのは護衛艦で、全長はおよそ100m。驚いたことにエンジンが前後に二つずつ、計4基ついているため高速で、転身せずに後退と前進が切り替えられることだ。
本当に錬金術っていうのは便利だなぁおい。
それだけでも驚異的なのに、俺たちの船の隣を行く旗艦は桁が違った。
旗艦『アラリケ』。
全長は300m級でエンジンが8基搭載されている。前後二つずつのほかに、前方と後方側面にエンジンが付いており、迅速な旋回を可能としていた。正面にも少ないながら大砲が備えられており、機動力、火力共に最高のものだろう。見た目も豪華だ。
まあ、元帥や王女が乗っているのだから、これくらいはするだろうな。
この船を見てると、まじでこの世界の文明レベルが訳が分からない。生活のレベルはかなり低いのに、戦争に関してだけは近代国家並みだ。
これも錬金術や魔法のせいなんだろう。
前の世界で言う、石油や電気といった資源が、この世界ではマナという形でより万能になり、ほぼ無尽蔵かつ容易に扱えるんだ。
前の世界と全然違うのは当然か。
旗艦と並ぶと、俺たちの船は随分とみすぼらしく見えるがそれはもう仕方ない。
今は港から出て数時間が経過した。
俺は今、旗艦真横に位置する護衛艦のブリッジ、そこにある艦長席にふんぞり返って海図を手に取っていた。
「もうすぐ目的の海域に着く。悪魔の姿は確認できず、か」
「そう焦るな。指揮官たるもの堂々としていろ」
俺の横にいる副官であるカーティスがたしなめてくる。
それに対して、めんどくさいという感情を隠すことなく、海図をすぐ横の机の上に放り投げる。
「慌てちゃいねぇよ。早く出て来いと思ってるだけだ」
「それを焦るというのだ」
「仕方ないだろ。こんなめんどくさいもん、早く終わってほしいんだから」
取り繕ってはいるが、どうやら俺も初の指揮官としての実戦に上がってしまっているようだ。目をつぶって深呼吸をして落ち着こうとするがどうにも身体が熱い。
昔、部活の全国大会の時とかを思い出す。あのときも緊張か興奮か、体が熱かったな。
懐かしい記憶を思い出すと少しばかり落ち着けた。
「目的の海域に到着しましたぞ。大佐殿」
「陣の展開状況は?」
「北と南は完了しています。東西は旋回があるために少々遅れておりますが、じきに所定の位置に到着しますな」
軍の状況を知らせてくれるのは、この船に派遣されてきたドワーフのハルヴァルだ。ドワーフにしては珍しくひげを短く切りそろえている。
彼は旗艦の指示を知っているため、軍の状況や指示を聞くには彼を介するしかない。
人柄自体は好々爺然としていて親しみやすい。
「技官たちはどうしている?」
「ヴェルナーは甲板にて待機、ライナーは後方、シャルロッテは……」
カーティスに部下の様子を確認すると、なぜかシャルロッテのところで言葉に詰まった。
何かあったのかと、腰を浮かしかける。
「どうした?何かあったのか」
「船酔い中だそうだ」
「あのバカは……」
浮かしかけた腰を再び下ろす。
シャルロッテは普段はキリっとして真面目なくせに、いざというときは締まらないやつだ。
船酔い中ということは外に出ているのだろう。吐くときは海と事前に伝えていたからな。
彼女には非戦闘員のフォローといざというときの代打をしてもらわないといけないのでブリッジにいて欲しい。一通りすっきりしたら戻ってきてもらう。
というか百メートル級の船で酔うなよ。そんなんじゃ飛行船なんか乗れないぞ。
船内であれば、糸電話みたいな有線式の通信機で、その場で具体的な指示が出せる。通信担当の技官に、シャルロッテへの指示を伝えてもらった。
一通りやることが終わったところで、軽い息を吐く。
「しばらくはこのまま前進か。奴らはいつ出てくるかな」
「この海域にはいないかもしれん。数日はこのままということも十分考えられる」
数日か。海は広い。数日どころか数週間このままってこともあり得るな。
「しばらく海の男になるのはいいが、シャルロッテが持つか不安だな」
あまり長期戦になるとシャルロッテの体力が削られていきそうだ。疲れた状態で遭遇すれば危険性が高まる。念のため彼女には開戦したら他の技官についてもらおう。
今後の人員配置について考えていたところで旗艦から汽笛と光が点滅する。ドワーフのハルヴァルが意味を説明してくれる。
「全艦、所定の位置に着きました。このままの陣形を維持して前進するそうです」
「了解。理解と伝達の合図を鳴らせ」
「了解しました」
海では旗艦からの知らせを理解したという意味と、自分の艦より離れた艦にも伝える意味を込めて、旗艦からの合図をもう一度繰り返すものらしい。
そのせいか、実際の戦場ではたくさんの合図が鳴り響くので、艦隊を組む際は近くに多くても4隻までという縛りがあるそうだ。
それ以上多くなると汽笛の返礼などで指示が通らなくなる。
ひとまずこれでファーストフェイズは終了した。次は悪魔の捜索というセカンドフェイズだ。
ここからは護衛艦は少しだけゆっくりできる。四方を固める艦隊は見張りも兼ねており、乗船人数も多いが、護衛艦は旗艦直掩だ。最初に接敵するわけではないため、遭遇してから若干の猶予が発生する。
この間に乗組員を順番に休ませなければならない。
「全員にローテーション通りに休憩を取れと伝えろ。カーティス、お前も休め」
「了解した。交代は6時間後だったな」
「ああ、しっかり休め」
カーティスは俺が休んでいる間に指揮をしてもらうために、俺とは交互に休むことになる。仮眠もとれるように6時間交代だ。
無論、何かあればたたき起こすし、俺もたたき起こされるだろう。
できればさっさと出てきてもらいたいものだ。
*
出港してから数日が経過した。
いまだに悪魔は姿を現さない。
現在は旗艦にて、各艦の長が集合し、会議を行っていた。
ウィリアムもその中の一人として参加していた。
「いまだ悪魔は姿を現さず。すでに三日目だ」
「もうこの辺りの海域にはいないのではないか?」
「だが他の海域に現れたという連絡もない。もしや悪魔どもはこの海域から去ったのか?」
一切姿を見せない悪魔たちに痺れを切らし始めたのか、各艦長たちが悪魔たちがすでにこの辺りにはいないと考え始める。
だが他の海域で悪魔が現れたという情報もない。何かあれば本国からの高速連絡艦がきて状況を伝えてくれる手筈になっている。
それが来ないということは被害がまだ出ていないということか、または連絡艦が襲われたかの二つに絞られる。
だが連絡艦がこの艦隊までくる道のりは当然、この艦隊も通っており、悪魔が近辺にいないことは確認済みだ。
判断に困っていたドワーフたちの考えを聞きながらも、レオエイダン王国軍元帥ヴァルグリオはウィリアムを見た。
ヴァルグリオは一度相対した高位の悪魔と似た雰囲気を放っていたウィリアムを警戒している。だからこそ監視のしやすい旗艦のすぐ横の護衛艦の艦長にした。
だが今のところ、ウィリアムに不自然な行動は見られない。それどころか海軍として適切な人員の使い方をしているという報告が入っている。
だがそれがフェイクである可能性もまた彼は捨てていなかった。
もしかしたら彼が何らかの方法で悪魔どもとつながっており、艦隊の位置を教えているからこそ、悪魔と接触しない可能性があるとも考えていた。
それゆえ元帥がウィリアムに意見を求めるのは必然だった。
「ウィリアム殿。貴殿はどう考える?」
「この広い海では数日、接敵しないなどそうおかしな話ではないでしょう。もうしばらく様子を見てはいかがか」
「つまり何もしないと?」
「随分な言い方をする。それは我々が出港してから何もしていないと言っているようなもんです。何もしないのではなく索敵を続けるという話です」
ヴァルグリオにはウィリアムが時間稼ぎをしようとしているとも感じられた。
だがウィリアムの言う通り、広い海で数日接敵しないなど珍しくない。彼の言い分は至極まっとうだともいえる。
他の艦長たちが痺れを切らすのは、戦う敵がいまだ未知の高位の悪魔だから緊迫した空気を常に持っているからだろう。だから不安になり、すでに敵が本国に向かっているのではないかと悪い方向に考えてしまう。
ヴァルグリオ元帥に至っては杯中の蛇影もプラスだ。ウィリアムを疑うあまり、なんでもないことでも疑ってかかってしまう。
だがそれでも元帥は正しい判断を取った。
「確かにいまだ海に出て三日。本国を信じ、悪魔を捜索する」
元帥は立ち上がり、艦長たち全員の前で今後の方針を伝える。ウィリアムを含め全員がそれに対し返礼をして答えた。
こうしてもうしばらく、悪魔の捜索に時間を費やすこととなった。
*
「ヴァルグリオ、どうでしたか?」
「依然、動きはありません。悪魔にも、ウィリアム殿にも」
ヴァルグリオが会議から戻り、旗艦のブリッジに戻ると、そこには1人の少女が座っていた。
やや紫味を帯びた暗い赤色の髪を顎のあたりで切り揃え、赤系統の衣服に身を包んだその少女は、レオエイダンの王女アグニータだった。
今回彼女が同行しているのは、実戦経験を積むことと、ウィリアムがどういった人間か見極めるため。
ヴァルグリオだけでは艦隊の指揮があり、ウィリアム一人に注視していられない。もしウィリアムが悪魔側であれば、旗艦の横という絶好の位置で沈めることができる。
ウィリアムの乗る護衛艦に派遣されたドワーフたちは監視の役目も持っていた。ウィリアムたちに汽笛の意味を教えなかったのは、派遣したドワーフたちが脱出できるようにするためだった。
一方で、もし悪魔側ではなかったとしても彼の能力を知ることができる。それはいまだ結婚を視野に入れた王妃の判断だった。
「そうですか。願わくば彼が悪魔の仲間でないといいのですけれど」
「可能性としては半々といったところでしょう」
アグニータの呟きに、ヴァルグリオは険しい顔を浮かべる。
「半々、つまり全く分からないということですか?」
「怪しいと言えば怪しい、怪しくないと言えば怪しくないのです。全く分からないというのもあながち間違いではありませんが」
ウィリアムが言っていることは正しいが、それは彼が悪魔の手先だったとしても同じことだと。
「結局のところ、悪魔どもを見つけなければいけません。姫様、今しばらくご辛抱を」
「ええ、わかっております。苦労を掛けます。ヴァルグリオ」
ヴァルグリオは立派な聖人、つまり長い時を生きている。聖人に至ったのは老齢になってからだがそこから肉体年齢はさほど変わっていない。数十年前のままだった。
そしてアグニータが生まれたときから彼は元帥として存在し、彼女の幼少からずっと見守ってきた。
アグニータにとってもヴァルグリオはとても気の置けない大切な家族のようなものだった。
アグニータはブリッジから見える隣の護衛艦を見て溜息をつく。
「前門の虎か後門の狼か。いえ、獅子身中の虫といったほうがよろしいかしら」
物憂げな呟きに、ヴァルグリオは胸に手を当て、意気軒昂に笑った。
「ならば我らは獅子として、虫ごと虎と狼をかみ殺して見せましょう。それにもしかすれば前門の虎は我らの子となるかもしれませんしな」
「虎の子ってことかしら?うまいわね、ヴァルグリオ」
アグニータが笑い、ヴァルグリオは微笑む。
和やかな空気がブリッジに漂う。
その穏やかな光景が崩れるまで、あと少し。
次回、「脅威」