第十二話 空を駆ける竜の紋
一日かけて、特務隊の紋章をいくつか考えた。
その中で満足のいく紋章を選んだ。
特務隊といえば飛行船、飛行船といえば空だ。というわけで太陽と月、その上に空を駆ける竜をあしらった。
「隊長にしてはいいセンスですね。竜を入れているのは自分が大好きだからですか?」
「かっこよくていいじゃねぇか!」
「空を駆ける竜、特務隊ということを表していて実にわかりやすいですね!」
技官三人からも概ね好評だった。
よかった、寝ずに考えた甲斐があった。
途中、自分が何を考えているのかわからなくなって、意味不明なイラストが描かれた紙が部屋中に散らばったが問題ない。精神異常にはかかってない。
今は俺の部屋に技官三人とカーティスがいる。ちょうどいい機会だから、4人の戦い方を聞いて作戦を練ることにした。
「オレはとにかく撃ちまくるぜ。こう見えて射撃の腕には自信があんだよ」
ヴェルナーがいつも通りの不気味な笑顔を浮かべていた。
「いくら射撃に自信があっても君が作っている武器じゃ、細かい狙いなんて意味ないでしょうに」
「わかってねぇなぁ、派手だからこそちゃんと狙わねぇといけねぇんだよ。でないとちゃんと壊せねぇだろうが」
「壊すことよりも仲間に被害がでないようにしてくれ、頼むから」
ライナーがあきれ、シャルロッテが頭を抱えた。
技官三人は放っておくと、すぐに漫才を始めて面白いので基本放置だ。
今の会話だけでヴェルナーの戦い方はおおよそ予想がつく。
つまり大火力の遠距離攻撃でごり押しするタイプだろう。最近はエンジンの研究の応用で、かなりの爆発力を持つ銃を開発したようだ。試したくてたまらないようで、今回の一件を聞いてからずっとテンションが高い。
「私は剣と銃を使います。遠近両方とも対応できます。今回は海上戦なのでいまいちどう戦えばいいのかわかりかねていますが……」
シャルロッテが淡々と語ったが、最後の方は少し自信がないのか、しりすぼみになっていった。
「シャルロッテは相変わらず器用貧乏ですね」
「海上戦だろうがぶっ放せばいいんだよ。敵が吹っ飛べば終わりだろうが」
自信のないシャルロッテに男たちが追い打ちをかけた。
心当たりがあるのか、シャルロッテはムキになって反論し始めた。面白いのでスルーだ。
確かにライナーの言う通り、シャルロッテは器用貧乏というか、万能タイプで特出したことがないから、特殊な戦場では活躍の幅が狭まりそうだ。
だがもちろん何もできないわけではないし、万能ということは誰のフォローにでも入れるということ。
そもそも錬金術師だから道具があれば戦える。誰かが負傷すれば彼女が代わりを務めることができる。
彼女は十分に戦力に足る。
次はライナーだ。
「僕もヴェルナーと同じく銃ですね。ヴェルナーと違って派手なのではなく、各属性を宿した銃になっています。強力なのは風と水を宿した銃で、氷を発生させられますね」
「地味だな」
「地味だ」
「失礼ですね。子供みたいな感覚しかない君たちにはわかりませんよ」
ライナーの風や水、それらからなる氷の効果を持つ銃は確かに地味だが興味はある。見てみないとわからないが海ではきっと役に立つだろう。
そして最後はカーティスだ。
「とくに決まった戦い方はない。近接では各属性を利用した道具を組み合わせて戦う。遠距離では属性攻撃と時間差で爆発する弾丸に、防御では敵の攻撃を防ぎ、傷の再生を促す効果のある結界を張れる。」
「「「……」」」
お、おう。
俺も言葉に詰まった。
思った以上にカーティスは凄腕だ。
技官たちの反応からも通常の錬金術よりもかなり応用の利いたもののようだ。
実際、回復効果を併せ持つシールドなんてどんな材料を使ってどんな道具を作ったのやら。
魔法が使える俺でも再現できるかわからない。
ただ遠距離の破壊力で言えば、ヴェルナーには劣るようだった。
まあヴェルナーは破壊力だけに全振りしているような奴だから仕方ないかもしれない。
カーティスは俺よりも戦場では活躍するかもしれない。というかするだろう。
だがこれで安全性が格段に向上したし、取れる作戦の選択肢も広がった。
「わかった。ならば作戦はこうだ。俺たちの乗る船近くに悪魔が現れた場合。ヴェルナーとライナーで魔物を攻撃しろ。カーティスは船の防衛、シャルロッテは非戦闘員のフォローに回ってもらう。また誰かが負傷した場合、シャルロッテに代わってもらうから、全員の道具の使い方を覚えてくれ」
作戦を説明する。するとシャルロッテが若干引きつった顔で質問してきた。
「……全員分の道具を、ですか?」
「3人分全部だ」
「わ、わかりました」
シャルロッテは当日よりもそれまでに全員分の道具の使い方を覚えることに苦労しそうだ。だが彼女のようなオールラウンダーがいれば安心して戦える。誰も負傷しなければ彼女は活躍できないかもしれないが、それは彼女が役立たずというわけではない。
「それで?隊長はどうすんだ?」
シャルロッテは他4人の代わりができるが、俺の代わりはできない。そこでヴェルナーが俺がどうするのか聞いて来た。
「基本は指揮に回る。2人の射撃で魔物を倒せればよし、倒せなければ……」
「倒せなければ?」
「俺が直接、魔物と悪魔どもに殴り込みをかける。ただ一人で全員倒すことは当然無理だ。高位の悪魔と他を引きはがすから、お前たちは残ったほうをやれ」
ここにいない乗組員は、操船に必要なドワーフたちと錬金術師以外の技官たちだ。
彼らには船に積んである大砲や操船の技術を学んでもらっている。
彼らも最低限の戦闘訓練は受けているが、基本的に戦いには参加しない予定だ。最悪、悪魔が船に取りつかれた場合には戦ってもらうことになるが。
ただ勝てそうにないと思った場合には、すぐさま離脱するように徹底する。高位はともかくそれ以外ならば俺が相手できるからだ。無傷で勝てるのに、変に意地を張って死人が出るのはあほらしい。
幸いにもカーティスの結界があるから、簡単に取りつかれはしないだろう。もしそうなれば取りつかれる前に俺が乗り込む。
「あくまでこれは俺たちの船に悪魔が襲い掛かってきたときの話だ。他の船が襲われていたりした場合、旗艦の指示を仰ぐことになる。そこは念頭に置いておくように」
「「「「了解」」」」
俺の指示に、4人が敬礼を返す。
幸い、旗艦は真横だ。指示を聞き逃すことはないだろう。この世界には無線がないので指揮には汽笛であったり、光であったりすることが多い。あらかじめサインが決められているので、指揮官の俺は本来であればそのサインを覚えなければならない。
だが結局は俺たちは他国の軍人、サインのわかる人間を派遣してくれるようで、その辺りは一任することにした。もうすでに派遣され、一緒の船に乗るドワーフたちとは顔合わせが済んでいる。
俺が戦いに出ても彼らがいれば旗艦の指示通りに動いてくれるだろうから助かる。ただし、一応は俺が指揮官なのであまり自由にすることもできないことはあらかじめ言っておく。
さあ、もう事前に言える指示は出し終わった。あとは気合を入れるだけだ。
「さぁ、いよいよ特務隊の初陣だ。初っ端から国外、それも海上というのは驚きだが、まさか戦場で迷子になるような奴はいないよな?」
「シャルロッテはよく迷子になりまーす」
「こらヴェルナー!余計なことを言うな!」
シャルロッテとヴェルナーがじゃれているが、ここは気を引き締めるところだ。俺たちがこれから行くのは間違いなく戦場だ。それもかなり危険な戦場だ。
全員が生きて帰れる保証はない。
だが生きて帰れないわけでもない。
だからその可能性を少しでも上げるために、ここで楽観的な考えは捨ててもらわなければならない。
「ヴェルナー、シャルロッテ。戦場で迷子になれば確実に死ぬ。それは弾に撃たれて死ぬかもしれないし、爆発に巻き込まれて死ぬかもしれない。よしんば死ななかったとしても、動けなかった自分のせいで他の誰かが死ぬ」
脅すように言うと、2人は気を引き締めた。
「特務隊全員が生きて帰れる保証はない。ここにいる者も例外じゃない」
カーティスは落ち着いている。彼は経験豊富でたくさんの戦いを経験しているのだろう。
だが3人は違う。
現実をここで教えておかなければならない。
――だが現実とは、何も悪いことしか起きないわけでもないのだ。
「だが全員が生きて帰れないという保証もない。お前たちがいれば悪魔たちを完封できる……だから恐れるな、見くびるな」
そうだ、悪魔たちを完封できる可能性もある。
俺が悪魔を打ち取り、彼らが守ってくれれば、十分に可能だ。
「お前たちは一人じゃない。仲間がいることを忘れるな。仲間のために動け……仲間のために必死に生き残れ」
「「「……はっ!」」」
不安そうな顔をした3人の顔は先ほどとは違い覚悟が決まったようだった。気合が入った返事を聞いて、これなら大丈夫だと安心した。
最後に士気を上げるために、挑発的に、野心的に。
仮面の口を開き、口をゆがめて笑って言った。
「さぁ、始めるとしようか!特務隊の初陣だ!華々しく飾ってやろうじゃないか!」
「フッハー!やぁってやるぜ!」
「絶対に生きて帰るんだぞ!」
「まだやりたいことがたくさんあります。こんなところで死ねませんからねッ」
大丈夫、彼らは強い。侮らなければ十分に戦える。
ならあとは俺の仕事だ。
さあ、厄介ごとを持ち込んできた悪魔どもに、目に物を見せてやろう。
次回、「特務隊出撃」