第十一話 作戦会議
会議室のような場所。
そこでヴァルグリオ元帥を始めとしたレオエイダンの軍人が複数人、そして俺とカーティス、ヴェルナーが円卓を囲んでいた。
フェアディという名の白髭を短く生やしたドワーフが悪魔討伐作戦について説明してくれた。どうやら彼は参謀長らしい。
「4隻からなる艦隊を四つ編成する。それらの艦隊を十字上に編隊を組み、中央には旗艦と護衛艦2隻を配置する。貴殿たちには中央の護衛艦の一隻を預ける。操船に必要な人員は配置しているため、後ほど顔合わせをしてもらいたい」
初となる海上艦隊戦だ。
正直不安はぬぐい切れない。せめてこの作戦会議で不安要素はすべて潰しておきたい。
「俺たちのほとんどは技官だ。戦闘できるものは多くない」
「だが錬金術師がいるのだろう?アクセルベルクは技官にも戦闘訓練を行うと聞いている。戦うことはできるだろう」
フェアディ参謀長の言う通り、アクセルベルクは技官であろうと最低限の戦闘訓練は必修だ。だから一般の技官でも最低限は戦える。
ましてや錬金術師に関しては、装備次第では一般的な歩兵よりも戦える。
だがそれでも武官というわけではない。
「錬金術師は確かに戦えるかもしれないが、戦いが専門というわけじゃない。彼らを前面に出すのは危険だ」
「何も彼らに戦わせろと言っているわけではない。兵が必要なら申請してもらう。戦えない技官たちには操船の手伝いやフォローさせても、参加させなくてもよい」
ふむ、それならまあいいか。
説明された作戦自体は問題なさそうだが、一つの船を丸々俺たちに預けるとはどういうことだろうか。
俺たちはレオエイダンの正規艦隊ではない。
連携が取れないから、四方を固める部隊に配属されないのはわかる。
しかしだからといって、旗艦の真横の護衛艦一つ任せるとは、随分と信頼されているようだ。
旗艦から指示が出しやすいということもあるのかもしれないし、安全を考慮しているのかもしれないな。
「旗艦には誰が乗る?」
特に何の意図もない質問。ただ気になっただけだ。
だがこの質問の答えは、俺の予想を超えてきた。
「我が乗る。そして姫様もだ」
ヴァルグリオ元帥が乗る。それはいいが、姫様もだと?
姫様とは謁見の時、王の横に座っていた少女だろうが、あれでも戦士なのか?
「姫が?なぜ?危険だろうに」
「姫様といえどドワーフの王族。国のために戦うが定め」
当然というようにヴァルグリオ元帥が言った。
てっきり、王族は最後まで城に引きこもっているものだと思っていた。
だけどこの国では王族は率先して前に出るのだろうか。確かにそうすれば士気は上がるかもしれないが、頭が死んだらどうする気だ?
気になったので聞いてみると、いざというときには、王族は軍を率いなければいけないという。ヴァルグリオ元帥がいるじゃないかと思ったが、その元帥に命令できるのは王族だけ。
軍の最高司令官に命令するなら、当然戦場を知っていなければならないということで、王族である王女も今のうちに戦場を経験させる、とのことだった。
不安になったが、王女自体は既に何度か艦隊の指揮経験があるらしかった。
元帥と共に戦場に出て、元帥の下で学びながら指揮を執ったらしい。
まあ、それならいいか。
もし変な指揮をとるようなら、ヴァルグリオ元帥が止めるだろうし。
王女は見た感じかなり若かった気がするが、ヴァルグリオ元帥は聖人。正確な年齢はドワーフということもあって、まったく想像できないが、おそらく100近く生きているだろう。
それなら少なくとも俺よりは経験豊富だし、安心できる。
説明は続き、悪魔の捜索についての話になった。
「陣形は十字。目的地はレオエイダン北部の海。そこで悪魔どもの姿を見たとの目撃があった」
「悪魔は魔物を利用していると聞くが、どんな魔物だ?」
「黒いクジラ型の魔物だ。頭部が大きく、歯は鋭利。悪魔どもはこの魔物の背中に乗ってくる」
背中に乗る、か。
クジラだからかなり大きいはずだ。それに乗るということは、悪魔はかなりの大群ということになる。
もっとも、この世界のクジラと前の世界のクジラが同じサイズかどうかは知らない。
次に攻略法について。
「まずは魔物を仕留める。悪魔どもが沈めばよし。そうでなければ……」
「?」
フェアディ参謀長が言い淀む。
作戦について詳しく聞いていたが、魔物を討伐した後、どうするかがまだ具体的に決まっていないようだった。
なんでも今までは魔物を仕留めることができなかったようで、大砲で仕留めようにも高位の悪魔による魔法で防がれ、致命打を入れられなかったらしい。
ただ以前は高位の悪魔がいるとわからなかったため、散発的な船による攻撃だった。そこで今回は計19隻動員して物量で仕留めるつもりのようだ。
多いのか少ないのかよくわからないな。
まあ数だけ比べれば、悪魔より多い。確認されている悪魔の手勢は艦隊に換えれば一隻分だけ。それでこの数なら単純な物量で圧倒できると考えているのだろう。
聞いた話では、まだまともに高位悪魔と正面切ってかち合ったことはないらしい。不明な部分が多いのは納得というものだ。
これだけで勝てるかといわれれば、まあ結果はわかり切っている。
*
その後もドワーフたちの作戦会議は終わった。出発は十日後だ。
その間に船に荷物を積んだり、大砲の準備、食料といったものを準備する。
会議室を出て、カーティス、ヴェルナーと共にまっすぐに俺の部屋に集まった。
俺たちも装備の作成やら準備を引き続き行う。だがあの作戦で気になることがある。
「カーティス、魔物討伐、できると思うか?」
経験豊富であろうカーティスの意見が聞きたい。
カーティスは煙草を取り出して、火をつけた。
「難しいだろうが不可能ではあるまい。悪魔の魔法がどれほどのものかによるだろう」
カーティスも高位悪魔の魔法に関しては十全には理解していないらしい。
それだけ高位悪魔は珍しい上に脅威ということか。
2人に俺の考えを正直に伝える。
「俺の予想じゃ無理だ。高位の悪魔は強力な魔法を使う。それこそ爆破だったり、弾除けだったりな。それが船よりも早い魔物に乗ってるんだ。大砲の射線をくぐるくらいできるだろうな」
ただのクジラの魔物なら倒せるかもしれないが、今回は悪魔がいる。魔法があれば大砲を防ぐことくらいはできるだろう。
この世界の大砲の水準も先ほど聞いた。グラノリュースのマドリアドでの戦いで使われた大砲とは違って普通の大砲だ。錬金術によってかなり強力になってはいるが、それでも常識の範疇内だ。これではとらえられない。
わかっていたのか、たいして動揺することなくカーティスが紫煙を上に吐き出した。
「ではどうする。何もしないわけにはいくまい」
解決策ならあるが、正直あまり気が進まない。
「俺に思いつくのは敵が防ぐ間もないほどの速さと威力で仕留めることだ」
「それができれば苦労はするまい」
そう、それができれば苦労はしない。でも俺達にはそれができるものがある。
「ヴェルナー」
「あぁ?」
「レールガンを準備しろ」
その単語に、ヴェルナーが目を剥いた。
「へぇ!いいんかよ。前は危険だからやめろって言ったのによぉ」
目を爛々と輝かせるヴェルナーのいうことも最もだ。危険すぎる。ことさらにドワーフたちの前では。
でもそれでも、今目の前にいるこいつらを失うわけにはいかない。
「命には代えられない。カーティス、いいな?」
レールガンの危険性を俺以上に警戒しているカーティスは、煙草を消して、眼鏡を直す。
少しばかり悩んだ様子だったが、むっつりと答えた。
「……みだりに使用しないのならばいいだろう。緊急事態のみだ」
その言葉に、俺は笑った。
「聞いたな?ヴェルナー、使っていいのはこの三人だけだ。一つずつ持て」
「フッハ!了解したぜ!楽しい戦いになりそうだな!」
ヴェルナーに準備してもらうものと個数を伝えると、彼は意気揚々と自室に戻り準備をする。
残ったカーティスが、心情を吐露した。
いつも以上に険しい顔と低い声で。
「あまりあの技術をドワーフに見せることに賛成できん」
「わかっているさ。でも多少見られた程度で再現できるほど甘くない。それに使うタイミングも指定する。好き放題使わせるようなことはしない」
レールガンは、俺が作ったものの中で、もっともこの世界に合わない危険なものだ。
そんなものがこの世界にあればどうなるか、想像に難くない。
カーティスはドワーフたちに目を付けられることを憂いている。
「再現できなければなおさらだ。余計にドワーフたちは隊長を我が物にしようとする。人間の欲望とは凄まじい、ドワーフならばなおさらだ」
「お前の危惧はわかる。俺だってできることなら使いたくはない。だが相手は魔法を使う高位の悪魔、俺たちには不利な海上戦、準備はしておくべきだ」
そう、使いたくない。
でも使わずに勝てるかと言われれば難しいかもしれない。
俺も高位の悪魔と戦ったこともないし、ドワーフも本当の意味での魔法の怖さを知らない。
相手は海の魔物を利用しているから、海中も海上も自由自在、神出鬼没で強力な魔法を使う。魔法使いに数を当てても無意味だから、今回の作戦のように物量を増やしてもきっと勝てない。
「ならば終わった後の準備もしておけ。あれを使ったなら面倒なことになる」
カーティスの言葉にうなずく。使うなら終わった後まで考えなければ、また戦わなきゃいけない羽目になる。
「そうだな。頭の痛い話だ……ん?頭が痛い?」
……あ、そうだった。
そういえばドワーフたちに見られてもなかったことにできる方法を忘れていた。
ソフィアからもらった記憶魔法があれば、目撃者を消せるじゃないか。
とはいえ、簡単じゃないから目撃者はできるだけ少なくしなければならない。
それに記憶を消すには相手に触れなければいけないし、時間がかかる。
……いっそドワーフの数が減るのを待つか?
一瞬浮かんだ考えを頭を振って追い出した。
ドワーフが死んだところで今更何も思わないが、下手な指揮をして部下の信用を失うわけにはいかない。
部下の記憶も消せばいいと思うかもしれないが、記憶を消し過ぎればまた新たな疑念を生む。ましてやそれが俺に身近な相手となれば尚更だ。
結局、正攻法で見られないようにするのが一番か。
今回は俺にとっても未知の戦いだ。不利な状況で強力な敵との戦い、もしかしたらここで死ぬかもしれない。
だから今のうちにできる準備をすべてやらないとな。
必要なことを伝えて、カーティスとは別れる。
俺は本格的にライナーにすべての装備を作ってもらうべく、工房に向かった。
*
「鎧は細かいパーツを組み合わせることで作製します。どの程度細かくするかで鎧の価値は決まると言ってもいいですが、量産性を考慮した場合、細かくせずに一つのパーツで終わらせることもあります」
ライナーの工房で防具について改めて説明を受ける。
地球の世界で鎧といえば、剣道の防具のように一つで胸や腹を覆うようなイメージしかなかった。
ただこの世界では、鎧は細かい金属板を組み合わせることで、胸や腹部を覆う一つの鎧を作り上げるらしい。
なぜこのようにするかというと、衝撃を受けて破損した場合、破損した部分のみの交換で済むこと、また接合部が多いために動きやすくなり、衝撃が分散するといった利点がある。
欠点としてはもちろん、着用と製作に手間がかかることが挙げられる。耐久性自体は高い。
鎖帷子のようなものに引っ掛けて着用するからだ。
もう一つ追加で言うと、アクセルベルクでは鎧の上に布をかぶり、鎧を見えないようにするらしい。
これは鎧の隙間をついて攻撃することを防ぐためであり、細かい部品で構成された鎧と相まって、体まで剣や槍といった刃物が届く確率をぐっと下げることができる。
「我々の隊長ですからいい鎧を着用してもらわなければ我々の格を疑われます。ちゃんとしたものを考えてください。できますよね?」
「どうせ上から布をかぶるんだ。別にいいだろ」
「ダメです。布をかぶっても簡単に破れます。まあ、破れたときに恥ずかしい思いをしたい変態であれば止めませんが」
「言ってくれるな。変態は爆発魔だけで十分だ」
ライナーが小言を言ってくるが、もとより妥協するつもりは一切ない。むしろライナーに迷惑をかけないか不安なくらいだ。
「いろいろと注文を付けるが構わないか?」
そういうと、ライナーは困るどころか少し嬉しそうだった。
「構いませんよ。そもそも作るべきものはそう多くありません。僕たち技官は基本自分の装備は自分で調達しますから、僕が作るのは自分の以外は隊長のものだけです。部下ができることを隊長ができない気分はどうですか?」
「最高の気分だね。全員がやっていることを俺はやらなくていいんだからな」
「物はいいようですね」
ライナーのずけずけいう話し方にもだいぶ慣れてきた。むしろお互い気を使わなくていい分楽なくらいだ。
ライナーに作ってほしい鎧の性能と効果を伝えてできるかどうか確認をする。
「とにかく多少重くてもいいから鎧は頑丈かつ動きやすくしてくれ。武器のホルダーは短剣4つと剣が1つ。短剣2つは腰に、残りは脇下だ」
「脇下ですか?随分と変わった場所に着けますね。邪魔になりませんか?」
ライナーに平気だと伝える。
この辺りに関しては、俺の戦い方に起因する。
俺の戦い方は防御からのカウンターだ。だから敵の攻撃を防いだ後に、素早く攻撃しなければならない。
だから俺の武器は、鞘から素早く抜けるように工夫がしてあるし、手の位置なんて常に変わるから、いろいろなところに短剣を仕込んでおきたい。
「鎧だが、身体の正中線は頑丈に、脇腹部分は動きやすさ重視で細かくしてくれ。小手はそうだな、手首をしっかり動かせることを重視だ。手の甲の部分はとにかく頑丈にしてくれ。殴りたい」
「注文が多いですね。まあ考えろと言われるよりはましですが。残りの防具は下半身ですね」
「下半身ね。なら面白そうだから大腿の部分は任せる。ただグリーブは前と同じく溶断できるようにしてくれ」
お任せといわれると困ると言われたので困らせてやろう。もっとも太もも部分だけならそんなに自由度が高くない。
ちなみにグリーブ、つまりすね当てには以前作った溶断ブレードを仕込んでもらう。
今使っているすね当てにも仕込んであるが、あれは使うとすぐに脛が熱くなるからあまり使えない。
溶断ブレードをつけてくれというと、ライナーはなぜか呆れたような顔をした。
「ああ、あれですね。あんな変な武器をよく付けますね」
「便利だよ。両手埋まっても殺せるからな。ただあまり使いすぎると熱くなる。耐熱性の高いものにしてくれ」
ライナーが顎に手を当て、少しの間考え込んだ。
「となるとかなり重くなりますが、大丈夫ですか?隊長が脳まで筋肉でできていることは知っていますが、普通の人が履いたら動けなくなりますよ」
「脳筋とは言ってくれるじゃないか。そんな俺より階級が下のお前らの脳みそは何でできてるんだろうな」
「隊長は筋肉で思考するので脳筋でも大丈夫ですよ」
冗談を言って笑い合った。
さて、これで鎧の類は全部決まった。デザインはライナーに任せる。俺にはあまりデザインのセンスがない。
地球にいたときもあまりかっこいい服がわからなくて、友人に選んでもらったものを着ていたくらいだ。
ついでに上からかぶる布――クロスというらしい――のデザインも考えなければいけないらしい。
それもライナーに決めてもらおう。
……と思ったら断られた。
「ダメです。クロスはその隊の所属を表すものです。紋章を刻むので、こればかりは隊長に決めてもらわなければなりません。というかまだ決まっていなかったのですか?」
告げられた話に、俺は固まった。
「……初耳なんだが?」
今度はライナーが固まった。
「……呆れてものが言えません。ではとにかく大急ぎで隊の紋章と一緒にクロスのデザインも決めてください。でなければ我が隊は全員鎧むき出しで戦うことになります。隊長ほど厚顔無恥ではないのですよ」
「わかったよ。明日までに何とかするよ」
思わぬ仕事が増えてしまったが、仕方ない。
装備の類はライナーにしてもらえるのだから、これくらいはしなければならないだろう。
それはそうと次は武具だ。これも新調したい。
「次は武具だが、間に合うか?」
「隊長は武器を持ちすぎです。全部は間に合いません。半分に絞ってください」
半分か。俺がいつも使っているのは槍と剣、短剣3つと盾だ。
この中で必要なものといえば――
「なら盾を全部新調する。3つだ。材質は導電性の高いもので効果も付与してもらいたい。頑丈か範囲拡大だ」
盾の材質は磁気魔法と相性がいいものにする。
さらに錬金術で作った道具は、材料が持つ効果以外にもいろいろな効果を持たせることができる。
盾に付与するのは、頑丈性向上と防御範囲が拡大する効果だ。
「範囲拡大となると材料が高価になります。平気ですか?」
「嬉しいことに今はこの国持ちだ。気にするな。あとは剣、切れ味よりも頑丈さ重視だ」
「この国持ちですか、それはいいですね。では僕も最高級の装備を仕上げましょう」
王妃が俺をこの城にとどめる際に、研究に関する費用はすべて出してくれると言っていた。
せっかくだから思う存分甘えてやろう。
とにかく、これで必要なものはすべて揃えられる。短剣は間に合いそうにないが数打ちのものがいくつもある。当座はしのげるだろう。
他の奴らがどんな装備を作っているのか気になるが、まだできていないだろうし、それは後回しだ。先に特務隊を示す紋章を決めるとしよう。
次回、「空を駆ける竜の紋」