第七話 ウィリアムの実力
朝、目が覚めると自分の部屋じゃないことに違和感を覚えながら起床する。
オスカーはまだ寝ている。少し早く起きたようで日が出たばかりだ。この国は大陸最南端だからか、朝早くてもそう気温が下がらない。
せっかく目が覚めたので、普段休息日にやっている素振りや型の練習をみんなが起きだす前に済ませてしまおう。
宿の横に開けた場所があったので、道具を持ってそこで素振りをする。
武器に振り回されないように、ゆっくりとした動き、速い動きを繰り返してキレのある動作を意識する。素振りや型の練習はひどくシンプルだからより力強く、速い動作を追及できる。単純な動作でベストと呼ばれる動きを無意識にできるようになって、ようやく実践で使えるレベルになる。だから何度も形を意識して振り続ける。
そうして軽く汗をかいたところで太陽の位置から、ちょうどいい時間になっていたことに気づく。
「ふう」
「あの、手拭いはいりますか?」
ふいに背中から声をかけられた。集中していたせいか周りにだれかいるのに気づかなかったらしい。
振り返ると、そこにいたのはアメリアさんだった。汗を拭くための手拭いを受け取る。そういえばオスカーから聞いた、こういう時はチップを渡すんだっけ。
「ありがとうございます」
「いや、私からの厚意ですので結構ですよ。」
「それはとても嬉しいですね。ありがとうございます」
チップを渡そうとすると厚意だからと断られる。オスカーの前の世界の話だからここでは通じないのかなと思っていると、アメリアさんがじっと見ている。
「ウィリアムさんは強いうえに礼儀正しいのですね」
どこか興味深そうなその視線に、僕は少し居心地悪く感じた。
だって僕は強くない。
「いえ、僕は全然強くないですよ。あの二人には敵いませんから」
「そうなんですか?でも私はハンターの方を見かけることは多いですがウィリアムさんほどの人はなかなか見ませんよ」
「ただの素振りだけで強さは図れませんよ。僕は人より力が強いだけですから」
年の近い女の子に褒められて舞い上がりそうになるが、彼女は別に武術などに長けているわけではないから調子に乗るわけにはいかない。事実、僕は人よりはかなりの膂力を持つがそれだけだ。力だけで勝てるほど世の中甘くないのだ。
「ウィリアムさんっておいくつなんですか?」
アメリアの何気ない質問に、僕は顎に手を当てて唸る。
「年かー。いくつなんだろうね。実は1年半前までの記憶が全くないんだ。だから自分の年もいまいちわからないんだよね。あの二人より下かもしれないけど、そう離れてもいなそうだし」
「じゃあ私とも近いですね。私のことはアメリアって呼んでください!私もウィリアムって呼びます!いいですか?」
距離を詰めようとしているのか、互いに呼びすてにしようと提案される。確かに年も近いだろうし、いつまでもさん付けじゃあ他人行儀だし問題ない。
「わかった。じゃあ敬語もなしね。よろしくアメリア」
「はい!」
笑顔を浮かべるアメリアをみて、少し自分の顔が熱を帯びていくのを感じる。鍛錬のせいだな、きっと。
今日は朝からいいことがあった。だから今日は1日いい日になることを願いながら、二人に会いに部屋に戻る。
*
「やるな、ウィリアム」
「やるわね、ウィリアム」
「何がさ、2人とも」
部屋に戻るとオスカーのほか、ソフィアもやってきていて揃っておかしなことを言ってくる。寝ぼけているのかな。
「とぼけるなよ、昨日会ったばかりのアメリアちゃんと仲良くなりやがって。もうすでに呼び捨てで呼び合う仲か!手が早いなこの野郎!」
「いや、何もしてないし。素振りしてたら気を使ってくれただけだよ。呼び捨てするのだって年が近いからだろうし。」
「ふふっ、アメリアは強い人が好きなのよ。でも粗暴なのは嫌いだから私がウィリアムのことを話したら会いたがっていたわ。今回連れてきたのはアメリアのためだし」
「え!」
「彼女のためなの!?」
僕とそろってオスカーもおどろく。
今回、僕たちを連れてくるきっかけは彼女のためだったらしい。それを聞かされて嬉しいやら恥ずかしいやら。
そんな僕の横でオスカーがわめいている。
「なあ、俺は?俺、一応ウィリアムより強いんだけど?粗暴でもないし?」
「強さで少し勝ってても礼儀と真面目さで完敗してるもの。だからついでよ」
その言葉を聞いてオスカーが項垂れる。それを見てソフィアが楽しそうにしている。相変わらず仲が良いこって。
ソフィアは言わなかったが、オスカーがアメリアの目に留まらなかったのはソフィアがいたからだろう。彼女はなんだかんだ言ってオスカーと仲が良く、よく面倒を見ている。きっとオスカーのことを話すソフィアを見てアメリアが気を利かせたんだろう。
「それよりもこの後はギルドに行くんでしょ?いつ出る?」
「そうね、朝食をとったら出ましょうか。ほらオスカー、行くわよ」
そうして3人で朝食をとった後、準備をしてソフィアの案内でギルドに行く。
最初はしょげた雰囲気を出していたオスカーだったが、ギルドが近づき、ハンターらしき人が増えてくるとだんだんとテンションが上がっていった。今はもうギルドの目の前にいる。テンションぶちあげだ。僕もだけど。
「おおぉ!ここがギルドか!」
「すごーい!大きい!人がいっぱい!」
「ちょっと二人ともやめてよ恥ずかしい!」
初めて見るギルドは今まで中層で見たどんな建物よりも大きかった。訓練場らしきものや工房のような建物も併設されており、全体的に横長の印象を受ける。
ギルドは緊急の避難場所としての役目もあるらしく、大勢を収容できるように堅牢なつくりをして、広くなっているらしい。
テンションの上がった二人をなだめて、ソフィアが先導してギルドの中に入っていく。僕らもワクワクしながら中に入る。
大きく開閉しやすい扉を開けて中に入ると雑多な感じのする空間でそこそこの人がいた。
広い部屋の中央には円形の机に受付があり、放射状に列が伸びている。受付は円卓の入口側に何か所もあり、入口から見えない奥側は酒場になっているらしく、酒が並んでいる。
「なんていうか、変わってるな。酒場とギルドが一緒になってるのか」
「依頼を終えてそのまま飲む人もいるし、依頼主と話をすることもあるから食事場と併設しているのよ。酒場っぽいと思うかもしれないけど奥にはちゃんと食事を出す人がいるし、メインはお酒じゃなくて食事のほうなのよ?」
「そうなのか、いろいろ理由があるんだな」
オスカーの疑問に答えるソフィアの話を聞いて僕もなるほどと思う。依頼と言っていたがどこを見ればわかるのだろうか。
「依頼ってどこを見ればわかるの?」
「依頼はあそこに冊子があるでしょ?あの冊子に依頼を書いた羊皮紙が挟んであるからそこから選んでいくの。大体ランク別と種類別に分けられているの。指名依頼とか特殊な依頼とかはあそこには出されないから受付の人に尋ねると教えてくれるわ」
「指名依頼はなんとなくわかるけど、特殊な依頼って?」
「特殊は特殊よ。政治的な理由と依頼に変な条件が付いたりとかかしら。私も見たことないのよね。滅多にないんじゃないかしら。それよりも早く登録しましょう」
あの壁際に大量にある冊子が依頼か。たくさんあるなと思ったけど背表紙をよく見ると同じ表記のものがあるから、多くのハンターが一度に見れるように同じものが用意してあるんだろう。そのため数が多いんだ。
ギルドに登録するために僕たちは受付に行く。ソフィアが行くと有名なのか、多くの人が見ており、小声で話をしている。
「あれがAランクのハンターの『妖精』か。思ったより華奢だな」
「何言ってんだ。めちゃくちゃだからな。絶対に喧嘩売るなよ?」
「売らねぇよ、例え見た目通りでも信用にかかわるだろうが」
「後ろの二人は誰だ?『妖精』の男か?」
結構恐れられているようだ。確かに見た目だけならソフィアは華奢な女性で戦いそうには見えない。それがAランクなのだからギャップがあって余計目を引くんだろう。にしても『妖精』か。2つ名持ちとはすごい、かっこいい。
受付ではソフィアが話をしてくれている。
「後ろの2名の登録ですか?」
「ええ、ハンターとして今後、時々顔を出すから登録しておこうと思って。実力は保証するわよ」
「そうですか、ソフィアさんの紹介なら喜んで受けさせていただきます。ではお二方、身分を証明できるものはお持ちですか?」
「身分を証明?そんなのが必要なのか」
「はい。ギルドの証明書を発行するのに必要になります。ハンターは場合によっては国を跨いで活動することもございますので、その時、ハンターとしての証明書が身分証明書として使うことができます。身分が確認できるものがないと国や町を跨ぐような依頼は信用できずに任せることができませんので」
なるほど、ギルドは各国を跨いで運営しているから、下手なハンターに任せて問題を起こされると責任問題や外交問題になるということか。確かに怪しい人物を雇ってはギルド自身の信用問題にもなりかねない。
ただ今はこの国以外は悪魔に滅ぼされているはずなので国家間の問題は心配いらないと思う。多分信用を大事にしているということなのだろう。
オスカーも僕ももっと手軽に登録できると思っていたので、少し驚きつつ、身分証明書を出す。
この証明書は僕たちが城に入るのに必要なものだ。これを提示すると休息日などで城下に出かけた後に城に入ることができる。
受付が証明書を確認すると少し驚く。ただソフィアと知り合いということで納得したのかその後はテキパキと手続きを進めていく。
「確認しました。ではしばらく預からせていただきます。あとはこれらの書類に必要事項を記入していただいて、ギルド長と面接していただいた後に、実力確認試験を行わせていただきます」
受け取った書類にはハンターとして活動する際の注意事項と問題を起こした時の対処法と責任の在処、ギルドはハンターの個人情報を必ず秘匿するといった事が書かれ、最後に同意する旨の署名欄がある。あとは名前をはじめとした個人情報と武器や得意とする役割を記入する。
注意事項の欄でオスカーがうんうん唸りながら読んでいるので、時折解説しながら進める。逆に役割や武器といった欄ではオスカーに教わりながら埋めていく。
2人ともすべて埋めたところで、先ほどの受付の人からお呼びがかかる。
「オスカー・アンドレアスさん、ウィリアムさん。奥の部屋へどうぞ」
呼ばれたので、立ち上がった。ただ座ったままのオスカーが何か言いだした。
「なんかこの感じ、前の世界の就活を思い出すよ」
「就活?今みたいに面接をうけるの?」
「そう、面接と称してボコボコにされるんだ。俺はもうトラウマだぜ」
「オスカーがボコボコに!?一体どんな相手がいるのさ!?」
「そりゃもう恐ろしい相手さ。こっちの自尊心を完膚なきまで叩き折ってくるからな。しかも相手はギルド長だろ?どんな恐ろしい手を使ってくるか……」
「嘘だろ、そんなところに今から向かうのか……心していかないと!」
「馬鹿なこと言ってないで早く行ってきなさいよ」
オスカーに恐ろしい話を聞いたので、武器を持って臨戦態勢で臨もうとすると2人してソフィアに叩かれた。こっちは準備していこうとしているだけなのに!
案内されていった部屋にはすでに2人の男性と1人の女性が座っていた。
「よく来た。座り給え」
真ん中に座るよく鍛えられた体に眉の部分に傷がある迫力のある男性が席を勧めてきた。
言われるがまま向かいの空いている席に二人で座る。
面接官は挨拶もそこそこに本題に入る。
「さて、ハンターギルドに所属するということだが、ハンターについてはどれくらい知っているのかね」
「ハンターには主に3つの仕事があり、調査、討伐、採取に分類されること。ほかにも指名依頼や特殊依頼などがあることなどですかね」
「ハンターの主な仕事に関しては概ね合っている。具体的な内容は依頼によって異なるため、一概には言えんがな」
「では次にあなた達の身分についてなのですが」
次に質問してきたのは、眼鏡をかけ、少し長い前髪をあげた男性。先ほどの男性よりも無愛想な印象を受けるが、いかにも仕事ができそうな人だ。
「上層の城に駐在する騎士というのは本当ですか?」
「はい、事実です」
「ソフィアさんが来た時も思いましたが、あなたたちは天上部隊所属なのですか?」
「はい」
「あなたたちは上層の住民のはず。なぜ中層に来ているのですか?ちゃんと許可は得ているのでしょうか」
「それは……」
「本日は休息日ということで中層には初めて来ました。許可は得ていません」
オスカーが言い淀んだので僕が答える。ここは強気だ。ソフィアも一度通った道だし、俺たちがあの身分証を見せても彼女は特に何も言わなかった。ということは見せても問題ないはずだ。もしかしたら許可なく中層に来ているとは言ってないかもしれないが、だとしてもすでに彼女は中層に勝手に来て仕事をしているのだ。信用を大事にしているギルドなら、今更ソフィアが問題のあるハンターといって切り捨てることはできないだろうし、そもそもギルドは国とは独立しているため、国の問題とは関わらない方針なので僕たちを告発するようなことはしないだろう。
オスカーが驚いてこちらを見ているが、こちらは堂々としていればいいのだ。
「なるほど、ソフィアさんと同じ事情ということですね。」
「はい」
この人は無愛想だからきつく見えるが、別に頑固でも話が通じないわけでもないらしい。
むしろ人の意見を聞いて、有効ならすぐに実行しようとするのではないだろうか。
「こちらとしては身分的に信頼のできるハンターは現状少ないため、あなたたちのような騎士は欲しい存在です。ですが国のルールを守れない人が、ギルドの一員としてルールを守れるとは到底思えません」
「とはいえ、惜しい人材でもある。それに身分証明書がないものがハンターになることも珍しくはない。証明できる者とはスタートが異なるがな」
ゆえに、とギルド長が続ける。
「ソフィア同様、最初は研修として依頼を受けてもらう。この依頼を失敗、あるいは問題を起こせば我々は君らをハンターとは認めず、国に追及されても君らを保護しない。逆に言えば、研修期間を無事に終え、信用に足ると我々が判断した場合。国が君らを追求し身柄を確保しようとしても我々が君らを保護しよう。これは先ほどの書類にも書いてある通り、ハンターの情報を秘匿する義務があるからだ。無論君らが望むならだが」
つまり、研修と称して僕らには試験期間があるらしい。この試験に合格すれば晴れてハンターになれ、失敗すればハンターにはなれないという。事情を考えれば破格の条件だ。国が僕らの行動をどこまで重要視するかわからないが、最悪の場合、国とやらかすことになるからだ。
……考えていて思ったが、そんなことがあり得るのだろうか。国と衝突する可能性があるのに、僕たち個人を匿うほどにハンターは人手が足りていないのだろうか。
「わかりました。ありがとうございます。研修期間はどれほどでしょうか」
「こちらが指定している依頼をこなしていくか、あとは失敗しても問題ない依頼をこなすかだ。前者なら危険を伴う上に失敗したときの賠償なども必要になる。その分、貢献度は大きいため、研修は早く終わることになる。無論一度の依頼で終わるほどではない。」
「後者は失敗しても問題ない依頼を決められた期間内に規定回数こなしてもらいます。この方法は失敗しても特に罰則はありませんし、一度失敗した程度ではハンター失格とはなりません。何回も失敗すれば別ですがね。」
「そして研修が終わるかどうかは我々が君たちの依頼をすべて確認し、信頼に足るかどうかで判断する。先ほど規定回数といったがこれは通常、証明書を持たないが問題もないハンター見習いに課されるものだが君たちは違う。事情が事情なので我々が判断して決める。異論はないな?」
「「はい」」
僕たちの扱いは少々特殊になった。だがハンターとして活動できないわけではないし、上出来だ。あとは問題を起こさずに地道にやっていけば何とでもなるだろう。
「さて次は私の番さね。この後は二人に実力を見せてもらう。ハンターは危険な仕事だ。能力がなければやっていけない。だからどのくらい戦えるのか見せてもらおう」
老齢の女性がそう言い、席を立つ。
そういえば先ほど、受付の人がいっていたな。この後実力を確認する試験があると。この人がその担当なのか。
案内されてついた場所は長方形の広い部屋で床はなく、地面がむき出しになっていた。横には長椅子が部屋の広場の長さ分だけ設置してある。そこにはすでに何人かが座っており、こちらに気が付くと2人が武器を持って近づいてきた。
「皆さん準備はできておりますか?では二人にはこれからここにいる者たちと戦っていただきます。武器はこちらが用意したものを使ってください。いくつ使っていただいても結構です。あくまで実力を見るだけですので必要以上の攻撃は禁止します。たとえ勝てなくても失格というわけではありませんが、手を抜かれるのも困りますので全力で挑んでください」
話を聞きながらオスカーと二人で武器を選んでいく。武器は木製のものでお互いに防具をつけているのだし、よほど当たり所が悪くなければ死にはしないだろう。
オスカーは刃渡り30㎝ほどの短剣を2つ、僕は槍を持ち、盾、剣をそれぞれ背中と腰に下げる。木剣だと僕には軽すぎて、少々心許ない。ちょっと力を入れると折れてしまいそうだ。
「まずは俺から行こう、ウィリアム。俺の雄姿をとくと見ていろよ?」
「頼むよオスカー。オスカーが負けるようじゃ僕には勝てないよ」
オスカーが笑いながら手を振って広間の中央、相手のいるところに向かう。
試験相手はオスカーと同じくらいガタイがよく、髪を短く刈り込んでいるので城にいる軍人に似た雰囲気の相手だ。獲物に大剣を持っている。
双剣で速い攻撃を繰り出すオスカーとは反対の一撃に威力を込めるタイプだろうから、比較的相性はいいはずだ。
先ほどの老齢の女性が二人の間に立ち、はじめの合図を出す。
「はじめ!」
「フッ!」
「ムン!」
オスカーが一気に距離を詰める。初速から最高速までほとんど差がなく、一瞬消えたのかと思ったが、すでに相手の懐に潜り込んでいる。
そのまま短剣を相手に突き刺そうとすると相手は大剣を盾に防ぐ。しかしすでに大剣の間合いに入られてしまった。オスカーは相手の視界が大剣で見えなくなるよう死角に入りこんで、かく乱しながら次々と攻撃を仕掛ける。相手も大剣を振り回し応戦するが、オスカーの速さについてこられていない。
「おのれ!」
「甘いぜ!」
オスカーが攻め立て、相手が焦ったのか、オスカーを遠ざけるために大剣を大きく横なぎに振る。オスカーは冷静に大剣の根元を狙い打って短剣を二本ともぶつける。それで大剣の勢いを完全に殺し、大剣を引かれる前に相手の喉元に短剣を突きつけた。
「勝負あり!」
「ありがとう、いい勝負だった」
「……何者だ?」
「ソフィアの知り合いさ」
勝敗が告げられ、オスカーが挨拶をすると、相手は不思議に思ったのか何者か問う。あまりみだりに身分を明かすのはよくないと思ったのか、あいまいにごまかす。
相手もそれを察したのか、それともソフィアの知り合いとだけで通じたのかはわからないがそれで納得したらしい。握手をして二人は戻った。
「よっ。勝ってきたぜ」
「さすがだね、見ててひやひやしなかったよ」
「なんだよそれ」
「オスカーにしては小奇麗でちょっとつまらなかったわね」
「ひでぇな!」
いつの間にか来ていたソフィアが皮肉を言い、みんなで笑う。さて次は僕の番だ。オスカーのせいでハードルが上がったが、正面から超えてやろう。
「さあ、次は僕の番!」
「行ってこい、絶対殺すなよ」
「ちゃんと手加減するのよ!」
そんなに不器用に見えるだろうか、それとも乱暴者だろうか。
広場の中央に向かうと相手の準備もできたようで向かってくる。
「次の相手は僕だよ、優男くん」
対戦相手の人が柔和に微笑みながら声を掛けてきた。随分と物腰柔らかな人だな。武器は盾と片手剣で僕と似ている。細身に見えるが、体が分厚い。相当鍛えられているみたいだ。
「よろしくお願いします。僕よりはあなたのほうが優しそうですよ」
「はは、ありがとう。でも君のほうが男前だ」
「いえ、あなたのほうが男前で気品と自信にあふれていますよ」
「いやいや君のほうが……」
「いえいえあなたのほうが……」
先ほどのオスカーの一戦も感じたがどうやら戦い方は違うが体格などが同じようなタイプの人を選んでいるようだ。彼らはギルド内の実力的にはどれくらいに位置しているのだろうか、気になる。
お互いに褒めあっていると立会人の女性がイラついたのか語気を少し強めて宣告する。
「準備はいいか!はじめ!」
「じゃあ、行く……え!?」
始めの合図とともに口をつぐみ、槍を構え、一気に飛び込む。
防御術で最近学んだのは、ただ相手の攻撃を待つだけではなく、あえてわかりやすい攻撃を繰り出して、相手の攻撃を誘導するといったものがある。
それを狙ったつもりだったが、相手は驚いたのか攻撃してこずにとっさに盾を構えて踏ん張る態勢をとる。そのまま僕の槍の一突きは盾で防がれた。そしてここで驚きの出来事がおきた。
槍が中ほどで折れてしまった。そして同時に防いだはずの盾が完全に割れてしまったのだ。
少し驚いたが武器の破損は戦闘中では常に考慮しなければならない。ここまで早く折れるとは思わなかったため、驚いたが、日々の訓練のたまものか、対処はとっさに行えた。
盾が破壊されるほどの攻撃を受けたためか、踏ん張る姿勢であったにもかかわらず、相手はたたらを踏み、胴ががら空きになった。空いた左手で腰の左側にある剣を逆手で抜きそのまま胴を切りつける。相手も反応しとっさに剣で防ごうとしたが不完全な態勢であったため、多少勢いを削いだだけでまともに木剣を胴に食らった。
「ぐあっ!!」
しまった。力加減を間違えて木剣が壊れてしまった。あの二人が言っていたのはこういうことか!
相手はうめき声をあげながら数メートル転がったところで止まり、立ち上がろうとしていた。しかしうまくいっていない。
「そこまで!」
「……え?」
これで終わり?あっけないな……。
というか二つも武器を壊してしまった。
やりすぎないようにと事前に言われていたがこれはどうだろうか。打ち所が悪く、あの人が再起不能となったら僕は失格になるのだろうか。
不安になってオスカーとソフィアを見ると2人は唖然としていた。あ、これはほんとにまずいやつかな。
ますます不安になり、とにかく治療をと相手に駆け寄るとなんとか大丈夫そうだった。
「大丈夫ですか!?」
「かはっ、な、なんとかね。とんだ馬鹿力だ。武器がいくつもダメになった」
「申し訳ありません」
ますます申し訳なってくる。
何人かが治療のためか、僕たちのもとにやってきて彼に肩を貸して退出していく。それを見送っていると立会の女性に声を掛けられる。
「こ、これでひとまず終了です。あとは証明書を発行するだけなので退出して受付の近くでお待ちください」
そういって女性も退出していく。残った僕たちも受付のあった広間に向かいながら先ほどの戦いの話をする。
「やりすぎちゃったかな、ちゃんと失格とかならない?大丈夫?」
「全くだ、やりすぎだろ。相手がかわいそうだろ!失格にはならないだろうが目を付けられるかもしれないぞ?」
「ええ!困るよ!絡まれたくなんかないよ!」
困る!荒っぽいのは苦手なんだけど……
そう思っていると、ソフィアが呆れたような息を吐き出した。
「何言ってるのよ。試験相手を一方的にボコボコにした挙句、武器をほぼ全滅させたような人に絡むわけないでしょ。というかウィリアムってあんなに怪力だったの?あの木剣だって丈夫な素材でできてるはずなのに」
それは僕も気になっていたことだ。僕は確かに天上人の中でも力が強い。でもここまで強かったかな?
先生やオスカーには当然だけど、力のごり押しなんてできない。どんなに力を込めて剣を振るってもまともに一撃入れられない。
ただこれにはオスカーも肩をすくめる。
「そりゃそうだよ。俺たち天上人は全員、この世界の一般より力が強いのにこいつはその中でもとびきりだ。もともと強かったのに、今はバカみたいな鍛錬積んでるせいでアホみたいな力だ。普通に打ち合って勝てるわけねぇ。俺だってウィリアムと試合するとき、すごい苦労するんだからな!」
オスカーの話を聞いて認識の違いを思い知った。天上人か教官たちしか知り合いがいないから、力の基準からそもそも間違っていたのか。オスカーですら苦労するほどなのか。嬉しいけどこれからは気を付けよう。
「ウィリアムの怪力伝説にまた一つ、追加されたわね」
「なにその伝説、問題が起きたのは今回だけだよ」
「いやいや、自分が気づいてないだけでみんな噂してるぜ。ウィリアムの腕力やばいってな」
おかしい。そんなに城内で問題を起こした覚えがないのに伝説があるなんて。そんなものがあるならこんな事態になる前に自分の異常さに気づいたはずだ。そもそも城の兵士の中で僕は出来損ない扱いだ。だからきっとオスカーの冗談だ。
「またまたオスカーったら、そんな伝説あるわけないじゃないか。些細な出来事を大事みたいに言わないでくれよ」
「……わかってないなこいつは」
「……そうね、一度頭含め解剖したほうがいいんじゃないかしら」
脳科学者であるソフィアがいうと笑えない。今の言葉ちょっと本気だった気がするのは気のせいだろうか。
次回、「贈り物」
次回更新は昼頃になります。