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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第四章《鉄火の国の王女》
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第十話 錬金術師の戦い方


 城に連れてこられた翌日。

 その日は技官たちが城に連れてこられた。


「隊長ォ、どうなってんだぁ?こりゃ」


 城に与えられた俺たち特務隊の部屋につながる廊下で、ヴェルナーが声を掛けてきた。


 彼もほぼ無理やりに研究所から城に移されてきたことが不満らしい。


「俺が聞きてぇよ。なんでもレオエイダン近海に高位の悪魔が出たから俺たちにも手伝ってほしいんだと」


 廊下の壁にもたれながら、投げやりに話す。

 ヴェルナーもめんどくさそうな感じだ。


「そんなもん、オレたちに頼むんじゃねぇよ。研究しに来たんだぞ?」

「言ったさ、すると本国にはすでに連絡済みだそうで、その連絡が来るまで城にいろだとさ。どうしても俺たちに参戦させたいらしい」


 話をしていると、自分の荷物を持ってきたライナーとシャルロッテがやってきた。


「あなた達には周囲に気を配るということができないのですか?丸聞こえです。手だけでなく顔の皮も分厚いんですね」

「他の人もいるかもしれないんだから、あまりこういうところで話さないでください」


 荷物の搬入ということで廊下にいたからか、今の会話が聞こえていたようだ。


 俺を含め技官たちには一つずつ、まとまった場所に部屋が与えられた。

 荷物を自分たちの部屋にいれた彼らは話を聞きに俺の部屋にやってきた。


 俺の部屋は階級に配慮したのか、他の部屋よりも幾分広い。ソファも大きなローテーブルもあり、会議にも適していそうだ。

 といっても、さすがに大人数で書類作業はできないので、ここで飛行船開発の仕事をまとまってするのは難しそうだ。


 俺は自分の椅子に座り、技官たちは俺に勧められてからソファに座った。この後にカーティスも来るはずなので、そこでまとまって話をする。

 それまでは3人から俺がいない間の進捗を聞いていた。とはいえ、空けたのは一日程度なので、連れてこられた以外には大した問題はなかったようだ。


 しばらく雑談をして待っているとカーティスがやってきたので、研究の指導にあたっている4人に城であったことを説明した。


「つまり、私たちはこれからその悪魔狩りに協力するということですね」


 シャルロッテが話した内容を簡潔にまとめてくれた。


「本国からの連絡待ちだがな。高位の悪魔、そして王族と元帥連名の頼みだ。同盟を結んでいるからそうそう断らないだろう」


 これは俺の予想だが、まあ十中八九間違いはない。

 するとライナーが片眉を上げて疑問を口にした。


「ですが僕たちは武官ではありません。戦えますが分類でいえば工兵、前線には出ないでしょう」


 それに対して、今度はヴェルナーが不満を漏らす。


「はぁ?どうせ戦うなら思いっきり戦場に出て兵器をぶっ放したかったぜ。せっかく面白いもん作ったってのによぉ」


 ライナーの考えは概ね俺と一致していた。

 ヴェルナーは戦えないことが不服なようだ。

 まあ、彼は性格からもわかる通り、技官にしてはかなり戦闘訓練に時間を割いていたらしく、実践慣れしているらしい。


 なんでも学生時代は、不良なのに優秀という嫌なタイプだったらしい。喧嘩ばかりしていたので戦いは得意ということだ。

 夢は自分が作ったものを戦いでぶっ放してすべてを破壊すること。


 イカれてやがる

 彼の言う“すべて”に俺たちが含まれていないことを祈るばかりだ。


 話は逸れたが、実際に後方に回される可能性はそう高くない。半々といったところだろう。


「ただ後方支援に回すのであれば我々が出張り、こうして城で待機する必要などあるまい。後方支援と行っても多種多様だ。あのまま研究所で軍に必要な物資の作成を手伝うこともできたはずだ」


 カーティスが俺の代わりに、後方に回されない可能性を明らかにした。


「そうだな。結局、俺たちがここまでの扱いをされているのは俺が聖人だからだろう」


 そう、結局俺が聖人だからこうなっている。

 ほんの少しだけ隊員たちに申し訳ないとも思うが、レオエイダンがもう少し寛容だったらこんなことにはならなかった。


「レオエイダンが聖人を欲しがってるのは知ってるけどよぉ。なんでこんなまだるっこしいことすんだよ」

「最初はもっと直接的だった。王女と結婚しないかと言われたしな」

「結婚!?」


 結婚という言葉に反応したのはシャルロッテだ。彼女も女だし、やはりそういうことには興味があるのだろうか。

 俺は少なくともこの世界では、結婚なんて興味がない。

 だからこのあたりの説明は適当だ。


「当然だが断った。どうしてそんなことをするのかと聞いたらさっき言った悪魔がいるからだと。なんでも聖人のヴァルグリオ元帥だけでは高位の悪魔との海上戦は分が悪いとのことで俺が欲しいんだとさ」

「それなら結婚せずとも今回だけ協力して打ち取ればいいのでは?」

「彼らには息子がいる。アルヴェリクというらしい。いい歳だがまだ聖人に至れていないらしくてな。焦った王族が娘の婿に聖人を迎えたいらしい。悪魔を打ち取るのは俺をここに引き留める口実みたいなもんだ」


 カーティスが眉を顰め、露骨に嫌そうな顔をした。


「なんとも迷惑な話だ。だがその話が本当ならば今頃は王女との面会が予定されてるはずだが?」

「俺もそうだと思った。実際、俺が部屋を出るまでは王妃が娘と仲良く、なんて言ってきたからな。だがふたを開ければ何もない」


 この辺りが少し不気味だ。

 俺が退出した後に何か話でもしたんだろうが、急に話を変えるようなことをするのか。

 別に王女に会いたいわけではないが、国としての対応と王族たちの対応に差があることに違和感を覚える。


「つまり、俺たちが前線に出るか後方に出るかは半々といったところか」

「中佐、なぜです?僕たちは技官です。後方に回るのでは?」


 カーティスのつぶやきをライナーが拾う。


「隊長は聖人、高位の悪魔に対して攻めあぐねているこの国はその力を借りたいはずだ」

「……つまり隊長には前線に出る可能性があると?」

「可能性はな」


 そこまで話したところで、俺は投げやりに手をひらひらと振ってまとめる。


「結局のところ、本国からの連絡次第なのさ。協力はすることになるが、だからといって技官を前線に出すようなことはアクセルベルク軍部もしない。そして俺だけ前線に出るなんて部隊としての活動ができなくなるような運用の仕方も普通はしないだろう。カーティスがいれば不可能じゃないが、それなら俺だけに協力させるだろうしな」


 本国がどういった形でレオエイダンに協力するか。

 もし自由に特務隊を使っていいなんて言われれば全員戦場に出ることもありえなくはないし、俺と技官たちを分けることもできる。

 だがこういうのは大抵、部隊の運用に制限が付くのが普通だ。工兵を戦場に連れていくことはさせないだろうし、指揮官を雑用のように扱うこともさせない。


「はてさて、どうなることか」



 *



 その後、ウィリアムたちの時間はしばらく研究所から必要なものや機材を城に持ってくるのに費やされた。

 この間も特に王族やヴァルグリオ元帥からの接触は何もない。

 そのことを疑問に思いながらも、彼らは空いた時間に鍛錬や魔法の研究、飛行船の仕事を続けていた。


 そして最近、ウィリアムの魔法の修練に進展があった。


「おお!飛べる!」


 誰もいない城の中の実験室。

 そこで気分を良くしたウィリアムの声が響く。

 天井の高い部屋で、一人で宙に浮く魔法の練習をしていたところ、ついに高く飛ぶができた。


「ベルみたいにはいかないな。やっぱり物に乗ると安定するが、戦うとなると厳しいか」


 空を飛ぶ魔法といっても実は飛び方にはいくつか方法がある。


 一つは自分自身を浮遊させる方法。

 これは周囲のマナを使って自分を支えて飛ぶ方法で、身一つで自在に飛ぶことができるという利点がある。欠点は思うように動けるまでにかなりの練習が必要なこと。

 そしてこの練習が大変で浮遊する以上、落下の危険が伴う。

 低い地点で飛ぶのは簡単だが、高度が増すたびに周囲のマナが少なくなり、自在に動くことが難しくなる。


 もう一つは物体を浮かし、それに自分が乗る方法。

 この方法の一番の長所は扱いやすいということ。

 物体にもよるが、基本的にはシンプルな形状のものを選ぶ。

 ソフィアの絨毯然り、ウィルベルの箒然り。人体は動くたびに支える力やバランス、重心が複雑に変わるため、自在に動くのは難しい。

 しかし、この方法はシンプルな物体を動かすだけであり、あとは物に乗って自身でバランスを調整すればいいために簡単だ。

 バランスをとるのが容易な上、魔力も少なくて済むために速度を出すことに集中できる。


 以上のことから、ほとんどの魔法使いが物に乗って空を飛ぶ。


 ウィリアムは今、物体に乗って飛ぶ方法を試している。

 箒がないので盾に乗っているが、浮いている高さは4mほど。これ以上高くすると思うように移動することがまだできないため、現状で乗って移動するとなると、これが限界の高さとなった。


「まだまだ練習が必要か。まあ飛べるようにはなったしな。それに盾もいくつも同時に動かせるようになった」


 満足そうにひとり呟く。


 ウィリアムは盾から降りて、そばにあった2つの盾を浮かす。


 この盾はライナーに頼んで作ってもらった特別製。

 電気を良く通し、かつ強磁性体の金属を使っているため、ウィリアムの使う電気及び磁気魔法と相性が良い。

 物を動かす念力魔法と電気による磁気魔法を使うことで、遠くには飛ばせない分、ちょっとやそっとの衝撃では揺らがない動きを実現することができた。


 ウィルベルから魔法について教わり、グラノリュースからアクセルベルクに着いた時からこの魔法はずっと練習していた。なぜこの魔法を練習していたのか。


(また飛竜に襲われてベルが落ちても、これなら何とかなるだろう)


 ウィリアムは離れたところで仲間が危機に陥った場合に何とかできないかを思案していた。その解決策がこの魔法だった。


 これにより自分から離れた仲間に攻撃が向かっても盾を飛ばして防ぐことができるし、飛行船から誰か落ちても助けることもできる。


 そんな盾の魔法を彼はいま同時に3つ操作することができる。数が増えると難しくなるがウィリアムには対策があった。


(ソフィアは脳科学者。脳の構造や働きはかなり詳しく知っていた。だから記憶の魔法を完成させられた。なら思考力も反射神経、身体能力もあげられるはずだ)


 ここにきて、彼がソフィアからもらった記憶が大いに役立つことになった。

 ソフィアは脳について非常に詳しく、その知識をもとにウィリアムが持つ記憶の魔法を完成させた。


 そして記憶の魔法を正しく使うために、脳に関する知識も一緒にウィリアムに渡していた。

 その記憶をもとに、ウィリアムは自分の脳の思考速度や反射神経を向上させようと考えた。

 そしてそれが実現できることを彼は身をもって知っている。


「ソフィアはそれをやっていたんだね。だから『僕』とオスカーは彼女に勝てなかったんだ」


 昔、ソフィアに挑んだ時のことを思い出す。

 あの時はまだ天上人になったばかりで未熟だったこともあるが、それでも彼の身体は聖人並みでかなり速かった。

 にもかかわらず、それほど武術の鍛錬を積んでいないはずのソフィアには簡単に躱され、反撃を食らい一方的に負けた。


 ウィリアムは当時、まるで動きをすべて読まれているようで、振ろうとした瞬間にはすでに避けられているような感覚だった。


 今思えば脳を魔法でいじっていたからだろうと。


 たった五年、されど思考加速ができるソフィアにとって、五年は十分すぎる時間だった。


 今のウィリアムにその技術がないのは、ソフィアからもらった記憶の中に、その魔法に関するものがなかったから。

 ソフィアからもらった記憶は記憶魔法に関することのみで、それ以外ではオスカーと三人で過ごした思い出がいくつかある程度だった。


「できるなら、やろう。知識も理解もできているなら可能なはずだ」


 記憶をもらうということは、その人が得た経験や知識を自分のものにできるということ。

 だからウィリアムは、ソフィアが持っていた知識や魔法を使った時の経験を、そのまま自分のものにしている。

 もちろんもらった記憶は限定的なために得た知識や経験も限定的だ。


「もうすぐ、戦いになるかもしれない。使えるのは……電撃に簡単な4属性、盾魔法。あと新技が一個。浮遊は使えるか?装備の方は間に合うか微妙だな」


 ウィリアムは自分の今使える魔法や装備を確認する。

 理由としてはもちろん、これから高位の悪魔と戦うことになるかもしれないからだ。

 中位の悪魔とは経験があるが、高位の悪魔となると経験がない。魔法使いと戦うのも初めてだ。一応ウィルベルと模擬戦を行うことがあるために、どういった戦いになるかは知っているが、彼にとって実戦はまだない。


「……脳はいじるのは危険だな。まずは身体強化か」


 初の高位の悪魔との実践で、ウィリアムは不安を抱えていた。

 念力と磁気魔法を組み合わせた盾魔法を会得しても、それでもぬぐえない。

 だからこそ、また新たな魔法に取り組むことを決心するのだった。


「さて、あいつらはちゃんと準備してんのかな」


 魔法の修練を終え、盾を三つ背負って自室に戻る準備をする。


 ウィリアムは特務隊員全員に対して、戦いに備えるように通達した。後方に回るかもしれないが準備しておいて損はないと判断したからだ。


 カーティスやヴェルナー、ライナー、シャルロッテが中心となって、技官たちの装備を用意している。彼らは錬金術師だから通常の装備とは異なり、強力な武器や防具を作ることができる。それさえあれば十分に戦える。


 ウィリアムは錬金術師も魔法を使う悪魔相手に大いに活躍できると判断した。

 理由としてはレオエイダンに来るときのカーティスの戦いを見たからだ。あの時、カーティスは炎や氷を操りながら戦い、時には目に見えないようなシールドを発生させたりしていた。

 ウィリアムはマナを知覚することができる。それにより、カーティスの使った錬金術が魔法に近いと理解し、実践に対応できると判断した。


「まあ、あくまで錬金術師だからな。戦うのが専門でもない」


 誰もいない実験室でつぶやく。

 むなしく響く。

 それを気にすることなく、ウィリアムは実験室を後にして、すぐ近くにある自室に帰る。


 ウィリアムは技官たちに率先して戦えというつもりはない。

 前線に出ろと言われたとしても、高位の悪魔の討伐よりも部下の命を優先するつもりでいた。

 その理由は――


「ここまで来て、あいつらが死んだら飛行船計画が滞る。死んでもいいがそれはダメだ」


 単に自分の目的が滞るのが嫌だから。

 本当にそれだけか、彼自身、それ以上深く考えることはしなかった。


「後方支援なら楽でいいんだがな」


 そう願うウィリアムのつぶやきを否定するかのように、彼が進む廊下の前に一人の人物が現れる。


 それはウィリアムの部屋の前に佇んだ、ヴァルグリオ元帥。


 次の作戦の最高司令官だった。




次回、「作戦会議」

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