第九話 不穏な疑惑
王女と結婚しろ?
ガードしようと構えていたところとは、別のところを殴られた気分だった。それもクリーンヒット。
思わず素で聞き返してしまった。
正気かと疑い、全員を見渡すと王妃は変わらず笑っているし、ヴァルグリオ元帥は期待するような目で見てくる。
王は不機嫌そうな顔をさらにゆがめ、王女らしき少女は無表情なままだ。というか目が死んでいる。
この話は彼女の本意ではなく、まんま政略結婚なんだろう。
身分的には全く釣り合わないが、この国では聖人は尊敬の対象だから、おかしくはないんだろう。
「あなたが我らの一員となれば兵士たちの士気が上がります。それに聞くところによればあなたは類まれな知恵と知識、そして噂ですが不思議な力を有しているとか。この事態を打開し、我らの発展に寄与してくださると信じております」
王妃が娘と結婚させる理由を語り出した。
俺はそれに異を唱える。
「信じるだけで救われると?私の持っている知識など大したことはありませんし、そもそも他国のものがこの国の姫と結婚したところで士気など上がらないでしょう」
「大事なのは我が国に新たな聖人が現れたということなのです。確かにそれだけではここまでのことは致しませんが、研究所でのあなたの行動について報告を聞きました。なんでも我らドワーフが研究してもわからなかったものをたやすく理解し、多くの優秀な技官を従える優れた学識を治めるものだと」
「買いかぶりすぎです。私にそんな価値はありません」
「もうよい。はっきりと述べよ。貴様は我が娘と婚姻を結ぶ気はあるのか?」
王妃と問答を繰り返していると業を煮やしたのか、王が単刀直入に聞いてくる。
ずっと不機嫌そうに見えるのはいつものことか、それとも自分の娘をどこの馬の骨ともわからない輩に取られるからか。
どうでもいいがこの質問に対する答えは決まっている。
「お断りいたします」
「なんだと?」
「お断りすると申し上げました。私は王女と結婚する気はありません」
「それが何を意味するか分かっているのか?」
何を意味するのか?そんなもんは知らん。
そもそも他国の軍人を王族に迎え入れるなんて聞いたことがないから、断ればどうなるかなんて知らない。確かにアクセルベルクとレオエイダンは軍事協力しているから、2つの軍を人材が行き来することは少なくないし、アクセルベルクはドワーフの兵士が数多くいる。ただの兵士を引き抜くならアクセルベルクも文句を言わない。
だが聖人となれば話は別だし、自分で言うのも何だが俺にはそれ以上の価値がある。
そんな俺を無理やり自分のものにしようとすれば国際問題になる。断ってもなるかもしれないなら、断るに決まっている。
「我らは貴様が所属している隊への協力を取り消してもよいのだぞ」
「すでに最低限必要なことは学び終えております。やりたければご自由に。その際は私たちはこの国から出させていただきます」
煽るようにいうと国王が上体を前に出して威嚇してくる。
「それを認めると?」
「認めなければ戦争ですかね?私の行動は南部および西部の将軍たちが後ろ盾となっております。私とて、身勝手な行動をとるわけにもいかないので」
「……この場で貴様をひっとらえてもよいのだぞ」
その言葉に、俺はニヤリと笑う。
「脅迫ですか?……いいぞ。相手してやる。聖人が2人だろうが、簡単に勝てると思うな」
脅迫してくるならこちらもそれに応えてやろう。無理やり連れてこられて見世物のようにされ、挙句わけわからない問答に散々付き合わされたんだ。憂さ晴らしさせてもらいたいな。
俺と王、そして元帥も加わりにらみ合いが始まった。
動けば即座に沈められるように魔法の準備をして牽制し合う。
誰から動くか睨みあっていると、謁見の間に拍手の音が一つ響く。
見れば王妃が変わらぬ笑顔でこちらを見ている。
「そこまでにしてもらえますか?それにアーサー大佐?聖人と呼んではいますがいまだ不完全。それに対しこちらは完全な聖人が二人です。分が悪いでしょう?」
「どうでしょうね。あいにく私は聖人であることを武器にしているわけではないので。侮るつもりはありませんが、だからと言って一方的に負けるとも思いません」
「それは噂に聞く不思議な力のことでしょうか?」
「その噂を知らないのでなんとも」
ドワーフたちには魔法を使えると伝わってはいないようだ。俺が魔法を使えることを知っているのは特務隊とディアークだけ。他の各将軍と宰相は精霊術だと思っている。多い気もするが全員に秘密にするように言ってある。ヒルダとアルドリエにもちゃんと伝えて、漏らしたら講師をやめると言ってからちゃんと守ってくれている。
だから不思議な力が魔法を指しているのかどうかわからないから答えようがない。
「そうですか。仮面と言い、その自信と言い。不思議な方」
「もういいですか?皆さんもお忙しいでしょう。この辺りで私は失礼させていただきたい」
「まあ、待ってください。まだ娘とお話ししていないでしょう」
「結婚はしないと申し上げたはず。必要ないでしょう」
「そうおっしゃらずに。それに結婚はせずともあなたにお願いしたいことがあります」
「お願い?」
そういうと王妃は目線をヴァルグリオ元帥に合わせると、元帥が俺の前にきて真面目な声で言った。
「アーサー殿率いる特務隊に高位の悪魔討伐にご協力願いたい。聖人であり、優れた技術をもつ特務隊であれば、高位の悪魔討伐の道が開けるやもしれませぬ」
随分と買いかぶられたものだ。ドワーフの国に特務隊はどう伝わっているんだ。
俺たちはあまり目立った戦果はあげていない。功績として言えるとしたら技術的な物ばかりだろう。にもかかわらずなぜ俺たちならば打開できると考えたのだろうか。
「本当に買いかぶりすぎです。確かに私は聖人ですが元帥だって聖人ですし、経験も豊富です。私が協力しても状況はさほど変わらないのでは?」
「相手は魔法を使う。我が高位の悪魔の相手をするにしても、魔物どもや中位の悪魔どもが邪魔して思うように倒せぬのだ。中位の悪魔であれば部下たちが連携すれば倒せるが、高位の悪魔に対しては我しか相手にできぬ。そして我でも決定打に欠けるのだ」
「それで聖人の私に手伝ってほしいと?」
「然り。無論報酬も出す。貴国にも既に連絡はしている。返事はまだであるが」
「なら本国から連絡が来た時にまたお伺いします」
「そうおっしゃらずに。本国から連絡が来るまで城でお過ごしください」
ヴァルグリオ元帥と話をしていると王妃が口をはさむ。
そうまでして俺をこの城に引き留めたいのか。そもそも俺が協力して悪魔たちを退治すれば、脅威は去り、それこそ俺が王女と結婚する必要はないはずだ。
そうまでして聖人が欲しいのか?欲しいんだろうな。
「そうはいきません。こうしている間にも部下たちはせっせと働いているのです。私だけここでさぼるわけにはいきません」
「でも特務隊の皆さんは最近、お部屋に閉じこもってずっと書き物をしているのでしょう?それなら城でやってもいいと思いませんか?」
どうやら調査済みのようだ。研究内容までは知られていないようだが、研究所での俺たちの様子は逐一報告されていたようだ。
確かに城でも仕事はできるが、ヴェルナーたちはエンジンを触っていたいだろう。なんとしてでも帰りたいので、理由を探して断ろうとするが王妃に先回りされた。
「とはいっても実験だってしなければいけませんものね?ちゃんと必要なものはすべて運ばせます。衣食住も我が国が負担しますし、研究費も私が出します。わがままを言って滞在していただくんですもの。このくらい当然よね?」
「……一度持ち帰って部下と相談させていただく」
「なら使いのものを出します。それまでお待ちくださいな」
もうどうあっても帰してくれなさそうだった。というかさっきから王妃しか喋ってない。
おいこら王、仕事しろ。喋れや、王妃を止めろ。
娘、お前の母親だろう。お前の結婚の話だぞ、何か言え、文句を言え。
元帥、やれやれみたいな顔をするな、止めろ。この中でちゃんと話が通じるのは唯一あんただけなんだから。
ここにいる一堂に恨みがましく目線を向けるが、誰も答えてくれない。
強引に帰ってやろうかとも思ったが、本国に連絡が行っており、もし協力しろと言われたときにここで暴れては支障が出る。
仮面の奥で溜息と舌打ちをばれないようにかましながら答える。
「わかりました。本国から連絡が来るまで、よろしくお願いいたします」
「ええ!こちらこそよろしくお願いしますね。娘とも仲良くしてやってください」
それだけは絶対に断る。
*
ウィリアムが兵士に案内されて謁見の間から退出した後。
「どう思いますか?」
「不気味な小僧だ。何を考えているのかわからぬ」
「そうですか?私には顔に出やすい素直な子に見えましたが」
4人しかいない謁見の間で王妃フェルナンダと王ヴェンリゲルがウィリアムについて評価する。
「腹のうちなど碌に見せておらぬ。本当に我ら二人と戦って勝つつもりだったであろう」
「まさか、勝てるとは思えません」
「我とてそうだ。しかしあの小僧の態度、蛮勇から来るものではない」
「まあ」
王妃から見ればウィリアムは仮面をしているにもかかわらず、表情に感情が出やすいようでわかりやすかった。本人に感情を隠す気がないからかわからないが、先ほどの聖人2人にも勝てると啖呵を切ったのはまだ若い故の言動だろうと感じていた。
しかし、王であるヴェンリゲルはそう思わなかった。
「彼については随分と調べたのだけれど、まだわからないことが多すぎるわね」
「特務隊と言っていたが、何を目的にしている部隊なのかわからぬ。明かされているのもいくつかの隊員と隊長が聖人であるという情報だけ。出身も経歴も何もわからぬ」
「明かされている隊員はすべて技官です。しかしどれも優秀な者ばかり」
特務隊について明かされている情報は多くない。秘密の部隊というわけでもないのにろくに情報が明かされていない。
明かされている情報も技官たちの名前と経歴程度でどれも優秀。明らかに隊員の数が少なく、存在すら明らかになっていない隊員もいる。
さらに、情報が明かされている隊員の中で、王族たちの注目を集める者がいた。
「カーティス・グリゴラード……まさかあの者までいるとは」
「それほど特務隊には何かがあるということなのでしょうか」
王と王妃が揃って口にしたのはカーティスだった。彼はウィリアムとは異なり、その活躍がすでにレオエイダンに知れ渡っていた。
優れた才を持ち、腕の立つ錬金術師だと。
何度かレオエイダンでも勧誘したものの首を縦に振ることはなかった。しかしそんな人物が特務隊にいる。
これだけあれば特務隊がいかに異常かわかるというもの。ただ、怪しいですと言っているような隠し方から害意はないともとれる。
「部下からの報告ではここにいるのは技官のみだそうです。工作部隊であればおかしくはありませんが、それでは隊長に聖人がいるのは不自然です」
元帥が特務隊の状況を知らせる。
その報告を聞いて、王妃は笑みを深めた。
「となれば少数精鋭の部隊と考えたほうが良さそうですね。っふふ!先進的な技術開発も行え、腕も立つ聖人。ぜひとも欲しいですわね」
「……我は賛成しかねる。我が娘を差し出すなど」
一方で、王は不機嫌を通り越して、苛立った顔を浮かべる。
王妃は毅然と答えた。
「でなければあの人をこの国に呼ぶなんてできません。今はまだ経歴が浅くて大佐ですがすぐに将官になります。それでは手遅れです」
「……まだアルヴェリクがいる。あやつが聖人になれば無用よ」
「まだ聖人に近付いてもいません。私としてもあの子には期待していますが、今は一刻も争うのです。何より聖人はいくらいてもよいではないですか」
王妃と王の間にはもう1人の子供がいる。
長男のアルヴェリクで、聖人である国王の直系の息子であるために他のドワーフよりも聖人に近いが、いまだに完全な聖人には至っていない。それでも十分に力強く、寿命も長いが完全な聖人にはいまだ遠い。
王が王妃相手では分が悪いと思ったのか、娘にも話を振る。
「……アグニータ、お前はどう思うのだ?結婚などしたくはあるまい」
王が横に座る少女に声をかける。
彼女の名はアグニータ・ルイ・レオエイダン。
先ほどの会談中からずっと無表情であったが、今は家族と元帥しかいないからか無表情を崩して、不満そうな顔をする。
「聖人と結婚するのは知っていましたし、憧れてましたけどあれはちょっと……顔も見せてくれませんし、父上の話では完全な聖人ではないんでしょう?」
「その通りだ。いまだ我や元帥には及ぶまい」
「ですが、あの若さでほぼ聖人というのは異例ですよ?それに先ほどあなたも彼の啖呵を蛮勇ではないと言っていたではありませんか」
「だが聖人としての技量は歴然だ」
「聖人になるのも時間の問題でしょう?あの状態ならそう歳もとらないでしょうし」
王が玉座のひじ掛けに肘をつき、額に手を当てて考え込む。
答えは出ない。そこでもう一人の信頼できる男に意見を求めた。
「……ヴァルグリオ、どう考える」
問われたヴァルグリオ元帥は、王に負けないほどに眉間のしわを深くした。
「小官としても彼には得体のしれないものを感じます……はっきりとはわかりませんがただの聖人とは違います」
「ただの聖人とは違う?どう違うのだ?」
ヴァルグリオ元帥が言い淀む。彼はウィリアムと相対した際に似た感覚をどこかで抱いたようだった。
「アーサー殿が一度我らとやりあおうとしたときに漠然とした、何とも言えない力を感じ申した」
「何とも言えない力とは?」
「わかりませぬ。ただ……」
「ただ?」
元帥がとても言いづらそうにしている。いや、どちらかというとあり得るのかと疑問に思っているようだった。
王も王妃もそれを察し、話し出すのをじっと待つ。
そして意を決し、話した元帥から出た言葉は、信じられないものだった。
「彼から感じた力は、高位の悪魔と対峙した際に感じたものと非常に酷似しておりました」
その言葉を聞いた王家3人は大いに困惑した。
「どういうことだ!?悪魔の手先ということか!?」
「ちょっと待ってください!そんな人と結婚なんて絶対いやです!」
王と王女が椅子から立ち上がり、声を荒げる。王妃ですら困惑しているようだが、引っかかることがあるようだ。
「それだけではわかりません。他に感じたことは?」
「申し訳ありませぬ。この程度であります」
「フェルナンダ。あの男は危険だ。強き力を持つ海の悪魔も脅威だが、国に巣食う悪魔はもっと手に負えぬ。今のうちに始末するべきだ」
「アクセルベルクは気づいているのでしょうか。まずはそれを問わねばなりません」
「今この城にいるのだぞ!?先ほど帰ろうとしていたのは悪魔の手先とバレるからではないか?」
「だからと言ってこれだけで断じるのは危険です。聞けば彼はアクセルベルクで技術的に貢献しているのです。悪魔にそんなことができるとは思えません。現に海の悪魔は船ではなく、魔物を利用しています」
「内と外から攻める魂胆かもしれぬ」
「ならばそれを確かめましょうぞ」
王族の言い争いに元帥が割って入る。元帥の言葉に興味を持った二人は具体的な方法を尋ねる。
「確かめる方法などあるのか?」
「簡単なこと。彼に海の悪魔退治を直接させましょう。彼とて部隊を率いる者。技官ばかりということで後方支援に回すつもりでありましたが、ことここに至っては前線に出てもらいます」
「……なるほど、確かにそれなら可能でしょう。悪魔に与するものならば戦えず、そうでなければ悪魔を討伐できる。ですが了承するでしょうか」
「させてみせましょう」
ヴァルグリオ元帥が力強くうなずくのを見て、2人はこの件を元帥に一任することにした。
これにより、ウィリアム及び特務隊は高位の悪魔たちとの戦闘に先陣を切って参戦することになる。
ヴェンリゲル王はイスに深く座り、溜息を吐きながら考える。
「悪魔どもの不穏な動き、そして特務隊……何かが起きようとしているのか」
変化し、絡まっていく状況に王はこれからの国の行く末に思いをはせた。
「結局、結婚はなしってことでいいんですよね?」
悪魔を見たことがなく、いまいち危機感のない王女が独り呟いたが拾うものは誰もいなかった。
次回、「錬金術師の戦い方」