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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第四章《鉄火の国の王女》
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第八話 書類仕事からの脱出


 レオエイダンにきてしばらくが経過した。

 あれからひたすら開発計画書を作り続けている。


 複数パターンの飛行船を作るから、それぞれで計画書を立てなければならないので、かなりの量になる。うまくいかなかった場合の手順や対応マニュアルも安全面に考慮したものも作る。


 代替案の飛行船を作るときは、その時に作ればいいじゃないかと思ったが、第一案がうまくいっても、これはこれで別の用途があるために今のうちにやっておくべきだというカーティスの意見を得て、こうしてまとめて行っている。


 そんな手にペンだこができまくっていたある日のこと。


「ウィリアム・アーサー殿。ご同道願いたい」

「なぜ?」


 技官たちと共に部屋でひたすら計画書を作成しているときに、見慣れぬドワーフの一団が訪ねてきて開口一番に告げた。


「レオエイダン国王ヴェンリゲル・ロウル・レオエイダン陛下がお呼びである。拒否権はない」

「理由を聞いても?」

「それは国王が告げる。ただついてくればよい」


 ああ、久しぶりにドワーフと会話したから、イラっと来たのも久しぶりな気がするな。


 上から目線で、こっちの事情無視で一方的な通達をしてくるのには腹が立つ。


 ……ただ書類地獄であったのも事実。ついていっても面倒だろうが、ついていかなくてももっと面倒だろうし仕方ない。

 決して書類仕事が嫌だったわけじゃない。


「部下たちは?」

「ここの兵が監視をする。ついてくるのは貴様一人だ」


 貴様呼ばわりとはな。

 他国の、それもそれなりの立場のある人間に対してずいぶんな物言いだ。


 心配そうにこちらを見てくる隊員たちに大丈夫だからそのまま仕事をしろと告げ、おとなしくドワーフに連行される。


 手錠などはされなかったが、いったい何事だろうか。

 当然だが犯罪は犯していないし、国王の目に留まるようなことをした覚えもない。


 心当たりがあるとしたらやはり、俺が聖人であることだろうか。


 俺たちが来たのは2週間ほど前、入国が報告されて国の中核が会議をしてその結果がこれだとしたら妥当か、もしくは少し遅い気がするな。


 もしくはただ不審者がいるとかか?


 仮面をつけているから、普通に生活していたらありえない話ではないが、ここ最近はずっと引きこもっていたしそれもない。


 路面電車のような乗り物に乗らされるが、中には乗客が一人もいなかった。

 公共交通機関だと思ったが、完全にそういうわけではないのだろうか。それとも王族の権力によるものか。


 路面電車に乗っている間は兵士とは一言も話すことはなかった。随分と訓練されているようで動きに乱れはなく、無駄話も隙を見せることもなかった。


 おとなしく路面電車に揺られていると、窓からレオエイダンの王城が見えた。


 レオエイダンはいくつもの鉱山を中心に発展した国で、王城も鉱山に作られている。

 現在は採掘し尽して廃鉱になっており、それを再利用して、中から広げるように城を建築したらしい。

 今はもう鉱山内の8割が城になっているらしい。


 城の近くの駅に止まると、そこで降ろされて、ドワーフたちに囲まれながら城門前まで歩いていく。


 山のふもとには、非常に巨大で立派な石造りの門があり、ところどころに金や銀といった装飾と何かを称える文言や絵が彫られていた。


 この門1つにもかなりの技術と手間、金をかけていることがありありとわかる。


 見るものが見れば、この門に使われている技術の高さに舌を巻くに違いない。単なる見栄えだけじゃない。

 この国の技術力、資源の豊富さがこの門1つで十分すぎるほどに、否応なく理解させられる。


 俺が門を観察していると、俺を囲うドワーフたち、その先頭にいる者が叫んだ。


「開門!」

「「かいもーん!」」


 兵士が開門と叫ぶと、どこからともなく輪唱するようにそこかしこから大きな声が聞こえてきた。


 するとゆっくりと石造りの重厚な門が開かれる。


 開いた瞬間に、門の内側から、鳥肌が立つほどの冷たい空気が肌を撫でた。


 門の先は僅かに蝋台に照らされているだけの廊下がどこまでも続く。奥は暗くて見えない。

 まるで巨大な蛇が、こちらを呑み込まんと口を開けているようだ。



 この国が俺を飲み込もうというなら受けてたとう。


 その時は、この国もろとも潰してやるぞ。



 *



 レオエイダンの城の名前はヴァンツォレルン城というらしい。


 確かに立派で超巨大な凄い城だ。こんな状況じゃなければゆっくり観光したいくらいだ。


 西部に来てから、ドワーフと関わってから。

 俺の腹には、ずっと静かに煮えたぎるマグマのような怒りがわいてくる。


 中でも今は、本当に気分が悪い。


 何故かって?


 この国の王に、頭を下げさせられているからだ。


「これがウィリアム・アーサーか。確かに聖人に近いようではあるな」

「そうですね。ですが国王陛下やヴァルグリオ将軍には劣るようですな」

「然り、しかしあの雰囲気から察するにまだ若いはず。有望では?」


 そして近くにいる背の小さなドワーフたちから、品定めするような視線を穴が開くほど向けられている。


 俺は今、上座にふんぞり返る国王より少し離れた部屋の中央で、背の低いドワーフよりも頭が下にくるように跪き、頭を下げている。


 こうしているのはこの部屋に入る前に、王と視線を合わせずに中央に着いたら、跪き、頭を垂れろと、偉そうな兵士に言われたからだ。


 したくはないが、問題にするわけにもいかないから従っている。

 だが内心は穏やかではない。

 しかも用件を告げずに勝手にこっちを評価し始めた。


 仮面の奥、ばれないように周囲に視線を走らせる。


 目の前には国王、その両端には王妃と思われる人とまだ若い女が座っていた。たしか国王の名前はヴェンリゲル、王妃の名前はフェルナンダといったか。

 そしてこの部屋の両端に並ぶように、上質な服を着たドワーフたちが所狭しと並んでいる。


 この謁見の間に入って、王を視界に収めた瞬間に気づき、そして思い出したことがある。


 この国の王は聖人であり、この国の将軍も聖人であるということ。


「ウィリアム・アーサー。面を上げよ」


 仮面をつけたままの顔を上げる。


 ようやくじっくりと王族の顔を拝めた。

 黒髪で立派な髭を編み込んだ国王は不機嫌そうな顔。

 一方で王妃と思われる葡萄茶色の髪の女性は笑顔で、その王妃によく似た娘は無表情だ。


 ……一体どういう状況だ?


「歳は?」

「25」

「どこから来た?」

「アクセルベルク南部ロイヒトゥルム」


 国王から淡々と質問を投げかけられる。

 極力変わった情報は出さないように無難に答える。まさかグラノリュースから来たとは言えない。

 歳に関しては特に隠す必要もない。


「如何にして聖人へと至った?」


 この質問には少しだけ詰まった。


「……わかりません。気づけばなっていたもので」

「妙だな。南部は戦争が多いとは聞いておらぬ。尋常ではあるまい。如何?」

「ただひたすらに鍛錬、ただそれだけです」

「誠か?」

「誠です」


 俺自身聖人になったのがいつかわからない。天上人は全員聖人に近いが、なぜか俺はその中でもとびきりだ。だからどう過ごしていたか聞かれても鍛錬していたとしか答えられない。


「仮面を取れ」

「……」

「聞こえぬか、仮面を取れ」


 国王に仮面を取れと言われたが、それをする気はない。

 この世界の人間に顔を見せたくない。信用に値しないから。


 記憶を取り戻す前にさんざん見られてはいるがそれとこれとは別だ。


 俺はこいつらと顔を突き合わせて話したくない。

 もし外せば、抑えきれないほどのこの世界への憎悪が、あふれ出しそうになる。


「取りません。この仮面を取る気はありません」

「貴様!我らが王の言葉を聞けぬか!?」


 はっきりと拒絶する。


 すると国王の近くにいた軍服らしきものを着た兵士が怒り、こちらに向かってきたが周囲は止める気配がない。


 止める気がないなら、俺ももう止めない。


 膝をついている俺に対して、胸倉をつかもうと手を伸ばしてきた。

 その手をつかみ、引き込みながらねじり、相手のドワーフを力任せに地面に叩きつける。

 合気道に似た動きも、かつて防御術の鍛錬でいやというほど叩き込まれた。多少態勢が悪くても、この程度の相手に遅れはとらない。


「がはっ!?」


 叩きつけられ、肺から飛び出た酸素を求めてあえぐ兵士。


「貴様!?」


 周囲の兵士がざわつき、敵意を露わにする。


 ――俺は笑った。


「そういえば謁見の途中でしたね」


 後ろ手に地面に押さえつけているドワーフを、王に向かって跪くような形で膝で押さえつける。


 体重をかける。兵士は小さく呻きだす。


 一連の出来事を見て、周囲の人間は騒ぎ出す。

 その顔に浮かんでいたのは、怒り、困惑、驚愕。


 国王は変わらず不機嫌そうな顔をしていた。横の王妃は笑みを深め、恐らく娘であろう少女は口を開けてこちらを見ていた。


 ざわつく広間でも聞こえるように、少しだけ声を張り上げる。


「申し訳ありませんがこの仮面を取れぬ理由があります。アクセルベルクの重鎮にも見せていません。決して陛下を軽んじているわけではありません」


 王は不機嫌さを隠そうともしない。声は低く、怒りがこもっていた。


「今のを見てそれを理解しろと?」


 でも、怒っているのはドワーフだけじゃない。


「……はっきり申し上げましょう。私はこの国の人間じゃない。故にあなたに従う理由もない。陛下が素晴らしいお人なのは知っておりますが、だからといって私が無条件で従う理由にはなりません」


 はっきりと断言する。


 先ほどよりも大きな騒ぎが起こった。中には無礼者と叫ぶ声やひっとらえろと叫ぶ声も聞こえる。言い過ぎたかもしれないが、これは本心だ。



 正直な話、この国とアクセルベルクの関係が悪化しようがどうでもいい。

 すでにこの国で学ぶことは学んだ。

 アクセルベルクに戻れさえすれば、飛行船は作れる。


 そうすればグラノリュース侵攻で俺は元の世界に帰る。


 二国間の関係が悪化した影響がどうなるかわからないが、今の俺には南部と西部の将軍の後ろ盾がある。その二人は聖人で相手もそう強く出れない。そもそも先に失礼を働いたのは向こうだ。


 他国の軍人を問答無用で連行し、不躾な質問をした挙句、手を出したのだ。抵抗しても問題ない。


 ざわつく間の中で、国王だけは静かだった。やがて王が右手を上げると騒いでいたドワーフたちが静かになる。


 静かになったのを見計らい、下にいたドワーフを開放して元の位置に戻らせる。


 ドワーフが戻ったタイミングで王が厳かな声で告げる。


「先ほどの無礼は不問に処す」

「……はっ」

「ヴァルグリオ将軍以外は退出せよ」


 罪が許されたところで、なぜか王が将軍以外のものを退出させる。


 退出していくドワーフの中には不満そうにこちらを睨んでくるものがいたが、王の言葉には従うようで何も言わずに退出していった。


 全員が退出し、残ったのは国王と王妃、王女。

 そして、立派な黒ひげを胸元まで伸ばした、背が低くとも頑強な体つきをした将軍と思しき聖人だ。


 群衆に紛れて見えていなかったが、この将軍はかなり強い。


 身のこなしから、純粋な白兵戦では俺より強いかもしれない。魔法を含めれば分は俺にあると思うが、相手は錬金術の総本山の将軍だ。装備に関しては相手が上だろう。


 そもそも今の俺は丸腰だ。


 この部屋には俺を含め合計五人。


 おそらくここからが本題なんだろう。ヴァルグリオと呼ばれた将軍が、俺の近くに来て立ち上がらせる。


「先ほどは部下が失礼した。立ちたまえ」


 少しだけこちらに対する態度が軟化したので、俺も少しだけ正す。


「こちらこそ失礼した」

「我はヴァルグリオ・ギロ・ギレスブイグ。レオエイダン王国軍元帥である」

「アクセルベルク南部特務隊隊長ウィリアム・アーサーだ」

「貴殿と知己になれたこと、光栄に思う」


 見上げるようにして、手を差し出してくるので、こちらも手を出して握手を交わす。


 口周りが髭だらけでわかりづらいが、目元にはしわができている。笑みを浮かべているようだ。

 他のドワーフ兵士はいけ好かなかったが、この元帥なら落ち着いて話せそうだ。


「そりゃどうも。それでなんで俺をここに?」

「国王陛下がおっしゃられる」


 将軍が言うので国王を見るが、しゃべりだしたのは王妃だった。


「あなたを呼んだのは他でもありません。この国に3人目の聖人として迎えたいのです」


 ――はっ?

 のどまで出かかったその音を何とかこらえる。


 急に何言ってんだ?


 こんなことしておいて、何言いやがるんだこの人は。


「どうしてですか?聖人ならここにお二人いるではないですか」


 お二人とはもちろん、国王と元帥だ。

 十分だと思ったが、王妃は首を横に振る。


「レオエイダンに、聖人が二人しかいないのです。今までは新たな聖人が国内から現れるのを待っていましたが、悠長なことを言っていられない状況になりました」


 状況?一体何が起きているのか。


「レオエイダン近海に高位の悪魔が現れました」

「っ!」


 呼吸を忘れて王妃を凝視した。

 その言葉は十分すぎるほどの威力を持っていた。


 高位の悪魔。

 それは高レベルな魔法も使いこなし、優れた知性と武勇を兼ね備えた悪魔。


 以前、俺たちが出会ったのは中位の悪魔であり、魔法も使い、下位の悪魔より優れた身体能力を持つが、それとは一線を画す存在だ。


 今までレオエイダン近傍に悪魔があまり現れなかったのは、悪魔たちに海を渡る術がないからだ。たまに有翼系の悪魔が来ることはあるが、中位が精々で軍で対処ができた。

 しかし、高位の悪魔が現れたとなれば話は違う。


 高位の悪魔は高い知性と魔法を使う。そもそも魔法を使うものに使えないものが勝つことは非常に難しい。

 まず飛べるからだ。

 自在に空を飛べるなら攻撃手段は限られる。こちらは攻撃できない一方で、向こうはほぼノーモーションで射程無視、強力な攻撃が撃ち放題だ。

 勝てるわけがない。


 そして高い知性を持つということは、中位以下の悪魔どもを率いることができるということ。中位の悪魔も下位を率いることはあるが、その統率力の高さはけた違いだ。


「現在、対処にあたっていますが、奴らは巨大な海の魔物に乗って、こちらの海上戦力を襲撃しています。魔物だけでも対応が困難なほどです」


 聞くだけでも大変そうだ。それならなおさらこんなことをしている暇はないのでは?

 俺の考えを王妃は否定した。


 だからこそ、こうしなければならないと。


 理解ができなくて、首をかしげる。


 俺に手伝えというつもりか?


 ならばまずは国に連絡をするべきだろう。

 この国にいる俺たち特務隊は戦闘準備をしていない。

 ここにいるのはほとんどが技官で、戦闘を得意とする面々はそろってユベールだ。錬金術師であるカーティスやヴェルナーたちは戦えはするが、海上を想定した訓練はしていないし、そもそも数が少ない。

 支援するとしても後方に回るしかない


「私に手伝えと?」

「今だけの話ではありません」

「?」


 今だけの話ではないということは、この国にアクセルベルクの兵士を常駐させるということか?


 どちらもわざわざ俺を呼ぶ必要もない。この国にだって、普通のアクセルベルク軍人が少ないが常駐している。

 となるとやはり俺にこの国に帰属しろということか。


 それなら断固として断ろう。

 決意を固め、断る準備をした。


 ――だが王妃の口から出てきたのは、俺の予想の斜め上を行くものだった。


「あなたには私の娘と結婚していただきたいのです」

「はぁ!?」



次回、「不穏な疑惑」

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