第七話 かつての憧憬
さて、飛行船の仕様が決まったのはいいが、まだ問題は山積している。
操縦系統だ。分担してエンジンを制御するとはいっても、それだけで旋回とか着陸とかするわけじゃない。
翼を傾けたり、尾翼を動かしたりしなければならない。
ただそれに関しては意外とあっさり片付いた。
「その程度、悩むほどでもない」
そう言ったのは、煙草をくわえながら、眼鏡をくいと上げなおしたカーティスだ。
聞けばカーティス、大抵のことはなんでもできるらしい。
機械系の設計から、材料工学まで。
エンジンについてもある程度理解して作ることができるらしい。
レオエイダンに来るときに意味わからないほど高度な戦闘もしていたし、万能にもほどがある。
本当に優秀な副官で大助かりだ。
カーティスは何者なんだろうかと、気になってしまう。
とにかく、そんなわけでカーティスのおかげで、細かくはあるが、翼に改良を加えて、性能を上げることができそうだった。
あとはひたすら作って試す必要がある。根気と時間との勝負だがここまでくれば追加の予算を取ることも可能だろう。そうすれば人手を雇って検証をより効率化できる。
念のために、考えていることが失敗したときのために他にもいくつかの仕様を考案し、さらに細部を詰めるために詳しい形状の設計といくつかのプランを5人でひたすら議論した。
詰めていく中で、いくつもの問題や課題が出てきたけど、その都度全員で知恵を出し合って解決していった。
それが、とても楽しくて、面白かった。
この国に来てからイライラすることばかりだったが、この時だけは何もかもを忘れられた。
俺以外の3人とも、興奮したように時間を忘れて没頭した。
カーティスでさえ、わかりにくくも口元が緩んでいたように思う。
気づけば夜も更け、寝着いたのは日付も変わり空が白み始めていたころ。全員がそのまま部屋で思い思いの態勢で眠った。
俺もいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
だけどいつもの早起きの習慣のせいか、すぐに起きてしまった。
その時はまだ全員寝ていた。
はしゃぎすぎて、疲れてるんだな。
ヴェルナーは床に大の字になって、シャルロッテはソファに上品に座りながら、ライナーは机の上に突っ伏している。カーティスは見た目通り、渋い感じで椅子に座ったまま足を汲んでうつむいて眠っている。
ちなみに俺はシャルロッテとは別のソファに横になって眠った。一人でとりすぎかと思ったが隊長だし、これくらいは許してもらいたい。
彼らの顔を見ると、そのどれもがいい顔をしている。彼らは技官だ。研究して作るのが楽しいんだろう。
その気持ちは俺もわかる。
元の世界では、俺だって技術者になりたかったから。
そのための学校に通って、たくさん研究と勉強をしたから。
彼らのように研究をして、物を作って、それが人の役に立つことが夢だった。
それを実現している3人を見て、夢に向かってひた走っている3人を見て。
「お前たちが羨ましいよ……」
そんな言葉が口をついて出て行った。
今の俺にはそれがない。かつてあの世界で目指した将来を、夢を無くしてしまった。
あの世界で積み上げたものを、この世界に奪われてしまったから。
……だからこの世界で、前の世界で積み上げたものを使って、あの国に復讐をする。
失ったものを取り戻す。
机の上に置かれたいくつもの飛行船の図面を見て、嘆息する。
「自分の手で作りたかったな」
飛行船の図面に一言書き加える。
俺には別にやることがある。研究だけしていられない。
外で鍛錬をするために、俺は外に出た。
*
その後、数日間は研究所の一室に5人そろってずっといた。
もちろん、やることは飛行船開発についてだ。おおよその設計は決まったが、実際の建造をするまでには決めなくてはならないことが山ほどある。
この点について、非常に助かったのはまたしてもカーティスの存在だ。
俺は前の世界で学生だったから、実際の建設の現場にいたことなんてない。建設前にどの程度まで決めればいいのか、何を考えなければならないのかわからなかった。
「まず建造するにあたって何から作らなければならない?」
問題みたいに、カーティスからやらなければいけないことを聞かれる。
そういえば、カーティスと一緒に活動するようになってから、こんな感じの質問がよく飛んでくる気がする。
「エンジンはできてるから……外装?それから各部品を作って……」
俺がやらなければいけないことを列挙した。
でもそれをカーティスが言葉の一刀で切り捨てる。
「違う。まずはエンジンや各部品の製造方法、組み立て方からだ。その際の手順と使う道具、装置すべてちゃんと計画書にしろ」
その言葉に俺は疑問を覚えた。
「そこまでするのか?エンジンだってできてるし、ヴェルナーがいれば作れるだろう?」
「確かにヴェルナーがいればエンジンの問題は解決する。あくまで問題はな。ではエンジンは一つだけか?検証の際に破損した場合、誰が予備を用意する?ヴェルナー一人では手が回らん。他の技官でも作れるように手順書を作製せねばならん」
なるほど、確かに量産を考えれば、ヴェルナーだけでなく誰にでも作れるようにしなければならない。
でもそれって……
「うげ、すげぇ量じゃねぇか……」
エンジンだけじゃない。装甲だったり、内装の設計、兵器、倉庫、操舵、他にもあるそれぞれ全部に製作法や建造手順書を作製しなければいけないなんて……。
目がくらみそうだ。
数日前のやる気もどこへ行ったのか、まったくもってやりたくない。
一方でカーティスは平然としていた。
「建造とはそういうものだ。設計・開発はあくまで第一段階だ。ここが最も困難ではあるが、その後にも問題は山積している」
頭痛がしてきた。頭がオーバーヒートしそうだ。
「エンジン作成の手順書はヴェルナーにやらせた方がいいな。使う金属は……」
「複数種類の金属を使うつもりなら一つ一つの金属の特徴をしっかりまとめろ。でなければ加工時点で問題が起きる。金属の製造方法も当然だ」
「金属の特徴……ライナーに全任せだ。飛行船の検査項目は?」
製造や製作が終わっても、それでハイ、完成ではない。ちゃんと飛行船が実用に耐えうるか検査しなければならない。
その検査方法についても、漏れが一切ないように考えなければいけない。
これについてもカーティスが教えてくれた。
「すべて統一しろ。個別で設定するとヒューマンエラーの元だ。誰がどう見ても理解が一致するように記述しろ」
教えてくれる……ありがたいが、じゃあうれしいかと言われると少し違う。
だって俺は国語が苦手なんだよ!
そんな言葉が口から飛び出そうなのを何とかこらえながら、次々と書類を作成していく。
「……次は船体か。ヴェルナーのエンジンの形状は設計しなおしてもらうから、結局後回しだな。船体の形状はまだ研究が必要か」
「研究に長期間専念できないだろう。それならばちゃんと素人が見てもわかるように船体設計の理論をまとめろ。それができれば俺が引き継いでおく」
こういった資料の作製にはかなりの時間がかかる。
数日では当然終わらない。
にもかかわらず、俺はいつまでも西部にいるわけにはいかない。ある程度飛行船開発に目途が立ったら、東部に赴かなければいけない。
まあ、幸いにも技官たちをまとめる副官であるカーティスがいるから、飛行船が飛ぶ原理だったり、求める目標値だったり、俺が考えているすべてをカーティスに伝えれば、あとは彼が勝手にやってくれる。
本当に人手が増えて大助かりだ。
だけど、それでも目の前の仕事が多すぎる。書類仕事は全部手書きなのが辛すぎる。
あぁ、パソコンが欲しい。キーボード叩きたい。ペンだこが痛い。
ため息が出そうになる。
「……あとは飛行船の内装か。ここはシャルロッテに頼もう。積める重量と大きさ、気体を積むのに必要な空間も知っているだろうからな」
「可能な限りすべて詳細に、一つ一つの手順を単純化して細分化しろ」
こんな具合に、俺ではめんどうくさがって平気だろ、と思ってしまうような細かいことまでカーティス指導の元進めていく。
彼がいなかったらどうなっていたことか。
とても助かる、でも一人でやる仕事量じゃない。
――というわけでヴェルナーを始めとした錬金術師技官3人、その下に追加で派遣されていた技官たちも総動員して、設計とその後の生産計画を立てていく。
だがどんなに技官を総動員しても二十人程度だ。どうしたって時間がかかる。
現に数時間しか経っていないのに、うちの隊の問題児はすでに音を上げていた。
「ウガァァァ!やってられっか!こんなの他の奴にやらせやがれ!エンジンの設計に入らせろォ!」
耐えられなくなったヴェルナーが積み上げられた書類をぶちまけ、叫ぶ。
それをシャルロッテが叱責する。
「ヴェルナー!私たちだってやってるんだ!一人だけ抜け出すのは許さんぞ!」
「うるせぇ!こんなちまちましたモンやってられっか!エンジンの形状見直すんだろ!?やってきてやるよぉ!」
立ち上がろうとしたヴェルナーを、ライナーが止める。
「それならまずは設計図を書くことから始めないといけないでしょう?結局机にかじりつくことになるんだからここでやってください。考えなしの野蛮人でもそれくらいはやってください」
「ガァ!」
まあ、確かにヴェルナーのエンジンは飛行船に合うように、改めて形状を設計しなおす必要がある。
だが効率を考えるならまずは図面で考える必要がある。
気の毒だがこの部屋でやってもらう。そうすれば今、全体の設計を担当している俺も形状の設計がしやすいし、他の技官たちの気分転換にもなるだろう。
ちなみに時々ドワーフたちが訪ねてくるが、内密な仕事だからと徹底的に断っている。
開発中の飛行船はかなりの性能を持つ見込みだ。国の予算で行っているのだから、国のためになるようにしなければならないために、安易に他国に教えるわけにはいかない。
そうしなければ、今までに大金をかけて作り上げたものが、ただでドワーフたちにわたってしまう。
しかし、いつまでこの仕事が続くだろうか。
西部でやることが終われば次は東部に行かなければならない。東部のコードフリード大将に招待の手紙をもらっておいて代理の者にずっと行かせている。
コードフリード大将も理解はしてくれると思うが、早く向かいたいもんだ。
そうだ、気分転換も兼ねて、こちらの近況でも手紙にして出そう。
書類仕事の合間ならばれることもない。
「これでいいんかよ!」
「ダメだ、素人どころか技官が読んでもわからん」
「んだとォ!!」
カーティスにダメ出しされて暴れるヴェルナーを見ながら、早く終わらないかなとひたすらペンを走らせた。
次回、「書類仕事からの脱出」




