第五話 成果報告
錬金術師3人と合流して。
先に飛行船やらこの国について話をしたいが、ドワーフたちもいる。あまり彼らに飛行船の話を聞かれたくない。
ここは2人の成果を先に聞こう。
「ぜひとも聞かせてもらいたいな。シャルロッテは気体で、ライナーは金属だったか?」
「ええ!ぜひとも聞いていただきたい!まずは私から!」
「いえ、成果的には僕が先のほうがいいでしょう。シャルロッテが先では失望されて僕の成果も大したことがないと言われそうですから」
「ほう、つまり私が先に報告しては自分が霞むということか?」
「今の話を聞いてそう思うなら相当おめでたい頭をしていますね。気体同様、頭も軽いようです」
「なんだと!」
要するに2人そろって語りたくてたまらないようだ。
どっちを選んでも角が立ちそうなので、無難な理由でどちらが先か選ぶことにした。
「近い方から案内してくれ」
「では私からだな!隊長こちらだ!」
まずはシャルロッテか。
彼女はレオエイダンにある気体について研究しているようだが、どう活用しようとしているのだろうか。
彼女の研究部屋に俺とカーティス、ライナーで向かう。
うちの隊員はもちろんだが、何故か関係ないはずのドワーフたちまでついてきた。
煩わしいと思っているが、うちの技官たちも世話になっているため、あまり失礼なこともできない。
「あなた方は自分の研究に戻っていただいてもいいんだが?」
「よいではないか。我らとて貴殿たちの研究に興味があるのだ」
「あなた方は知っているのでは?同じ研究所でしょう」
「ある程度は知っているが詳しくなど知らぬ。故に」
心の中で舌打ちしながらも一緒に行くことになった。
シャルロッテの研究室に行くと、辺りにはボンベのような容器が数多くあり、バルブやパイプ、気球の模型もたくさんあった。
「ここが私の研究室です!いろいろあります!中でも一番気になっているのはこれです!」
そういってシャルロッテが見せたのは小さな気球の模型だった。バルーンには気体が入っているようでぷかぷか浮いている。天井まで登らないように紐でくくられているが相当浮力が強いようで紐が力強く張っている。
弾くと楽器のように音が鳴りそうだ。
「これがあればより重いものでも動かせるようになりますよ!計算上は熱気球よりも浮きます!他にもいろいろなメリットが……」
語りだしたシャルロッテの言いたいことは、簡単に言えば熱気球とガス気球の違いについて。
ガス気球としたときの利点を事細かに説明しだした。
なんでも俺がいた元の世界のガス気球より浮く上に、バルーン部分を錬金術で作る必要がないためにコストを抑えられる、熱を生み出す必要がないし、より重いものを運べるため、大型化しても大丈夫ということだった。
とはいえ、ただ浮くだけの気体なら水素がある。ただ水素を飛行船に使うことはできない。当然爆発するからだ。シャルロッテがここまで押すのだから大丈夫とは思うが、念のためこの気体が可燃性ではないか確認をする。
「確かにいいものだな。ちなみに燃えないよな?」
「燃えません!私も気になって少量のガスに火をつけてみましたがこのガスは燃えません!他の気体も試してみましたところ一部爆発はしましたが!」
意気揚々と語るシャルロッテに、俺は思わず額に手を当てため息を吐いた。
「お前ら爆発をデフォにするなよ」
「某たちも危険だから止めましたが、試してみたいと聞かんかったのです」
「お前らは馬鹿なのか?」
ドワーフの1人が教えてくれた。
この気体が安全なのはわかった。でもそんなことよりうちの技官が危険だ。
やっちゃいけないことがあることを彼女たちは知らないのか?
安全に関しては今一度あとで念押しするとして、研究成果は大したものだ。
シャルロッテから、実験結果をまとめた資料を渡されたが、既存のものとの比較、単位体積当たりの積載重量や性質を一通り見るとかなりいい気体のようだ。
ヘリウムガスかと思ったが微妙に違うようで、さらに軽い。もしかしたらマナが気体にも宿って特性が変化しているのだろうか。
正直、もともと作る飛行船は飛行船というよりも飛行機を想定していたので気体を利用する気はなかった。ここでいうと彼女は落ち込みそうなので言わないが。
ただ、飛行機を作るには操縦系統などを見直さないといけないが、これはとても難しそうだ。だからおそらく飛行機は作れない。
この世界の文明レベルに合うレベルに落とし込むとなると、彼女の気体を利用することは必須になるかもしれない。
「どうでしょうか!隊長殿のお眼鏡にかないますか?」
シャルロッテが期待した目で見てきた。
頷き、労う。
「期待以上にいい気体だな。資料もとても分かりやすいな。どう利用するかは他の研究とも相談して決めるが、これなら使い道はたくさんあるだろ」
「はい!ありがとうございます!」
褒めると、シャルロッテが凛々しい顔を綻ばせた。
「ほう、シャルロッテ殿の隊長殿はユーモアも兼ね備えているのだな。気体と期待をかけているのか」
「違う。やめろ」
褒めたら、今度はドワーフが変なことを言いだした。
寒い奴みたいになるので、やめてもらいたい。
誰か爆発で俺を温めてくれ。
シャルロッテの成果は他にもあり、可燃性のガスを使った爆弾やリラックス効果のある気体もあった。
あと驚いたのが、俺たちが使っていた水素や酸素以外にもっと可燃性と助燃性の高い気体があったことだ。
正直、とても驚いた。
もっとも、水素はともかく酸素は飛行船に積まないといけないのは変わらない。
飛行船は空気の薄い上空を飛ぶ。
飛行船内の密封度が低くなり、酸素が足りないということが起こりうるからだ。
「あと気体とは少し異なりますが、いくつかの金属を燃やしたら色が付きました。これはどうでしょうか」
シャルロッテが何かの粉末に火をつけると、炎の色が緑色になった。
「炎色反応か。別に珍しくないだろ」
「え、そうなのですか?」
「え、違うのか?」
不思議に思ってカーティスを見るが首を振っていた。つまりあまり知られていないのか。
あれ、もしかして俺やっちまった?
詳しく聞くと、いくつかの金属の粉末が色をつくのはドワーフたちは経験則として知っていたが、あくまで錬金術による影響だと考えていたそう。
そもそも金属は燃えないと思っていたそうだ。確かに鍛冶などをやる上で金属粉末はさほど使わないのかもしれない。いや、詳しくは知らないが。
これについても資料を受け取り見てみると、いくつかの金属粉末を燃焼させた結果があった。そこには中学で習ったような7色の炎色反応以外にもいくつかの色の反応が挙げられていた。
青や茶色なんてものもあり、それにはさすがに驚いた。
「知らないものもあるな。へぇ、これは面白いな」
俺がそういうと、シャルロッテががっかりしたように肩を落としていた。
「むしろ隊長が炎色反応を知っていたのが驚きです。ドワーフたちくらいしか知らないと思っておりました。カーティス中佐は?」
「俺は知っていた。この国にも何度も来ているからな。だが無論メジャーではない」
「なぜこの国に来たことのない隊長が知っているのか知りたいですね。もしかして隊長はなぜこんなことが起きるのかお分かりですか?」
「……まあ」
「「「おお!」」」
もうやらかしたことくらいはわかっているから、諦め半分で頷いた。
炎色反応の原理なんてそう難しいものではない。原子について理解する必要があるが、それを知らないこの世界の住人には難しいかもしれない。
俺が知っているというとシャルロッテよりもドワーフたちが驚いていた。俺を見る目がおかしくなってきている気がする。
……本当に口が滑ったな。
1人で反省していると、シャルロッテがうかがうようにこちらをみてきた。
視線で何か問う。
「参考までに原理を教えていただけますか?」
「あとでな。これで全部か?」
「はい、そうです」
「では次は僕ですね。隊長、こちらへどうぞ」
俺のせいか、気落ちした様子のシャルロッテをおいてライナーがそそくさと自分の研究室に向かっていく。
彼女には悪いことをしたかな。
思った以上にこの世界の技術レベルが低いんだ。
考えてみれば、今は星歴948年。
つまり千年前まで碌な文明もなかったのだから、そんなものかもしれない。むしろ魔法や錬金術を使ってここまで便利な世の中になっているのが凄いことだろう。年号でいえば、前の世界の平安時代だ。
炎色反応を使った花火ができたのが室町時代だったかな?もうちょっと前だったかな。とりあえずそのくらいだから、炎色反応はまだメジャーじゃない。
平安時代に比べればこの世界は発展しているほうだと思う。いや、平安時代を良く知らないけど。
それに軍事や生活に密接にかかわる部分を優先して開発しているから、技術研究などしている余裕ができたのはつい最近のことなのかもしれない。
千年間の間、種族同士での戦いがあまり起きなかったために、技術の発展や文明の進化が地球よりも早くなったと考えると、悪魔やかつての悪しきものどもは皮肉にも彼らのためになっていたようだ。
ライナーの研究室に向かう途中だが、相変わらずドワーフたちはついてくる。軍に関係することだからあまり聞かれたくはない。大事なことは言わないようにしているがいつ漏れるかわかったものではない。
だからといって無理に追い返すと反発してくるし、関係が悪化しても困る。
まあ、報告の後の飛行船計画のときには強引にでも退出してもらうが。
ライナーの研究室に着くと、そこはかなり広かった。扉を開いた途端に蒸し暑い重い空気が全身を包んだ。
中には鍛冶屋のような設備があり、いくつもの金属が種類別にたくさん積まれていた。
「ここで僕は金属の研究をしています。ヴェルナーのエンジンに使われている金属は僕が開発したんですよ」
「そうか、それはいいな。エンジンの出力もかなり高くなったようだ」
「ええ、もちろんそれだけではありません」
そう言ってライナーは資料を渡してきた。俺たちがそれを読んでいる間にライナーはいくつかの金属とそれで作られた武器や防具、製品を机に並べる。
「これがヴェルナーのエンジンにも使われている金属です。あの爆発魔の要求にこたえるためにたくさんの頑丈な金属を等分に配合してみたところ、重さは増しましたがそれ以上に高い熱耐性と頑丈性を獲得しました」
「凄いな。融点が数千度か。頑丈さもある。十分に使えるな」
「当然です。すでにあるものを明らかにしただけのシャルロッテとは違い、いくつもの新合金を作りましたから」
見てみると、どうやら五種類以上の金属を等比で混ぜたらしい。すると多くの金属を上回る特性を取得したそうだ。ちなみにここは錬金術ではなくただの合金化だ。
つまり錬金術をこの合金で適用すればかなりの特性が見込めるそうだ。
他にも新たな金属が紹介される。
「こちらはマナ親和性が非常に高い金属です。ミスリルよりも高いです。ただ重量は増していますが」
「用途によっては使えるな」
「こちらは耐久性はそうでもないですが、強力な磁気を帯びています。電気もよく通します」
「へえ!興味深いな!」
強力な磁気、それも導電性も高い。
これはいろいろ使い道があるな。俺の盾にも導電性が高いものを使いたい。
俺の声が少し高くなったからか、ライナーが僅かに胸を張って誇らしそうにして報告を続ける。
「隊長が気に入ると思いました。汎用的な金属もありますよ。軽くて丈夫な金属です。これは数種類しか混ぜていませんがその分、錬金術で金剛石を少量添加しているので、軽量にもかかわらず非常に頑丈です。見た目も映えますね」
金剛石とはダイヤのことか。もっとも硬い鉱物だ。
「さすがだな。難しかったろう」
「確かに何度か失敗しましたが、僕にも意地がありますからね。それに一度マリナさんの武器で作っていましたから」
「そうだったな」
他にもいくつも面白そうな金属があった。金剛石を錬金術で金属に付与するのは俺が提案したものだがかなり難しいものだったらしく、いくつもの中間材料を経て、金属に付与しなければならない。
錬金術は他の物質に、ある物質の特性を付与することができるが、何でもできるわけではない。材料の質もあるし、相性もある。金剛石はどれに対しても相性が良くないために、硬度といった特性を十分に付与するのが難しい。
それをライナーは何とかして金属に付与してくれた。おかげで重量の増加を抑えながらに非常に高い硬度を得ることができた。見た目も角度によっては光の反射具合が変わりきれいに見える。
でもダイヤのあれってカットの仕方で反射具合が変わってキラキラするんじゃなかったかな。カットしてないただの金属塊がキラキラするとはこれいかに。
以前にもマリナの武器で作ったが、今回の金属はその時のものより優秀だった。
ただ今回は金属の開発だけでどんなものに使えるかまでは時間が足らなかったらしい。
それでも十分すぎる成果に、俺は十分満足していた。
しかしそんな俺を尻目に、ライナーにシャルロッテが絡んだ。
「なんだ、偉そうなことを言っていたがどのように応用できるかいまだに不透明じゃないか!」
「先ばかり見て、足元見れない人に言われたくありませんね。基礎を固めてこそですよ」
「お前のは基礎というよりあちこち手を出しているだけじゃないか」
「一つのことに集中して成果が上がらないことを考えればこれがベストです。あなたとは違うんですよ」
「いい加減にしろ。2人とも十分にいい成果だ」
言い争いをする2人を諫める。
落ち着いたところで、ライナーの残りの報告を聞く。
聞き終わったところで、窓の外を見ると、既に日がだいぶ落ちかけていた。
「今後のことを考えるには今日はもう遅い。ひとまず解散だ。ドワーフの皆さんもさあ、お帰りに」
今日のところはひとまず終了とさせることにした。
このあとはみんなで風呂にでも入ってゆっくり……というのは嘘で、あくまでそれは建前だ。この後も少し続ける。
嘘をついたのはドワーフたちに帰ってもらいたいからだ。
なおも渋る者がいたが、久しぶりの再会だから積もる話がしたいと言って帰ってもらった。
不機嫌そうな顔をする者もいたがこれ以上は本当に邪魔だ。というかむしろ向こうが失礼にあたるから遠慮はせずに退出してもらった。
次回、「成長する雛鳥」




