第四話 ほっと一息
ドワーフの国、鉄と火の国レオエイダン。
錬金術と鍛冶の総本山であり、数多くの武器や道具がここで作られている。
そんな国に俺とカーティスは無事に入国した。
入国審査で何かあるかと思ったが、特に止められることもなく、国に入ることができた。
ただ港の衛兵が入国の際に騒ぎ、どこかに連絡していたように思えたのに、何事もないのが少々不気味だった。
とはいえ、無事に入ることができた。これはいいことだな。
そして今は、古い古い形式の路面電車のような乗り物に乗って、ヴェルナーたちのいる研究所に向かっている。
「錬金術でエンジンといえばロケットエンジンが主流なのか?」
気になったことを隣に立っているカーティスに尋ねる。
彼はこのレオエイダンに来たことがあるということで、この路面電車のような乗り物にも詳しいらしい。
この乗り物だが、どうやって動いているのかというと、これもまたロケットエンジンによってだ。
直方体の車体の後部にいくつもの火や風の魔法陣が刻まれており、そこから炎を噴射して推進力を得ている。
しかし、魔法陣は基本的にずっと効果が発動するから、どうやって止まるのかと気になって、カーティスに聞いてみたのだ。
「他にもいくつかの方法はあげられているがな。実用化されているのはシンプルで安定しているロケットエンジンだ。魔法陣を組めばそれだけでできる。形や材質を変えれば容易に出力も変えられる」
仏頂面で一見して不機嫌そうにも見えるカーティスだが、彼はこれが普通だ。愛想が悪いのは俺もだから特に気にならない。
「魔法陣では常に効果が出てるだろ?停止できないんじゃないのか?」
「周囲のマナを遮断すれば、しばらくして止まる」
魔法陣は、陣が刻まれた物にマナが通い、陣によってマナが共鳴ないし刺激を受けて効果が発動する。故に周囲にマナが存在し、陣にマナが通う限り効果が発動し続ける。
そのためオンオフができないという理由で、グラノリュースでは魔法陣はあまり実用化されていなかったが、レオエイダンでは魔法陣をオンオフする機能を見つけたようだ。
確かにそれができれば魔法陣は応用の幅が広がる。
「なるほどな、これはアクセルベルクでは作られていないのか?」
「計画はある。北部では軍事に転用するために道の整備を進めている。コストや時間がかかるために他の都市では見送られているがな」
たしかにロケットエンジンなんてものを積んだ乗り物を走らせるならレールは必須だ。車のように細かい進路切り替えなんてできないから、あらかじめ敷設された線路の上を走るようにしなければ安全の確保ができない。
そうなるとこの路面電車のような形になるが、製造する技術のないアクセルベルクには外部に委託することになり、コストは馬鹿にならない。利用するのも軍だけでは、北部くらいしか収益と釣り合わないだろう。
この世界は前の世界とは違い、観光は贅沢だ。一般人で気軽にあちこちに行けるのはよほど裕福な家庭でないとできない。
これが普及されないのがとても残念だ。移動の時間がかなり短縮できるのにな。
工業都市で資源から技術まで独占しているレオエイダンだからこそ普及しているんだろうな。
そうして電車に揺られていると、目的の駅に止まった。
降りると目の前には広大な敷地と巨大な体育館のような建物があった。建物に阻まれてよく見えないが、建物を挟んだ反対側には、いくつもの大型の気球のような乗り物がいくつもある。
ここはヴェルナーたちが研究を行っている場所。
事前に手紙で場所と行き方が丁寧に書いてあった。ヴェルナーにそんな気はまわらないだろうから、几帳面なシャルロッテのおかげだろう。
「意外とすんなり着いたな」
この国が聖人を重要視していると聞いていたから少し警戒したが、今のところ何の問題もなく最優先の研究所に到着した。
「このまま何もなければいいがな」
「そういうことは言うな。縁起が悪い」
カーティスがフラグともとれるようなことを言うので、伝わらないと思いながらも注意した。カーティスは一瞬怪訝な顔をしたが、特に何か言うでもなかった。
研究所の入り口にいるドワーフの衛兵に、ヴェルナーからの手紙を見せて中に入る。入る際に驚かれたが、特に問題はなかった。
「さすがにちゃんと常識はわきまえているようだ」
「いいことだな。警戒して損したかもな」
「するに越したことはない。気を抜くな」
「へいへい」
存外、ドワーフはちゃんとしているから杞憂だと思ったが、カーティスは変わらず警戒するように言ってくる。
聖人に近いから、ドワーフに会うたびにいちいち驚かれるのはうざったいが、慣れている。そもそも聖人ではなくともこの仮面で十分目立つ。
アクセルベルクでも道行く人にはよく見られる。最近は周囲の人も慣れたのか、普通にしているが初対面ならこんなものだ。
ていうか、カーティスは常識はあるようだとか言っていたが、よくよく考えれば仮面を四六時中つけている俺の方が常識がない気がしてきたな……。
いや、気のせいだ。カーティスが何も言わないから何も問題ないはずだ、うん。
研究所の奥に進んでいくと、だんだんと振動や音が大きくなってくる。
聞いた話では、この研究所は気球や先ほどの路面電車のような大型の乗り物の研究をしているらしい。
ヴェルナーたちはここでエンジンの研究と他の飛行船に必要な分野の勉強をしている。
最近では特務隊のエンジンが注目を集め、複数グループが協力して開発しているそうだ。
耳がおかしくなりそうな振動と音が響き渡る廊下を歩いていると、手紙に記された部屋の前に到着した。
ノックをするも、この騒音の中だから聞こえていないのか、返事がなかった。
恐る恐る扉を開け、中を覗き見る。
――そこには幾人ものドワーフに囲まれる、一人の懐かしい姿が見えた。
「フッハー!まだあがったぜぇ!いったいどれだけやればぶっ飛ぶんだぁ!?」
相変わらずの乱暴なしゃべり方。狂ったように爆発させたがるあの白髪の男。
「まだまだいけそうですな!ヴェルナー殿!では次は私たちの研究と組み合わせて……」
「いやいやここは我らの研究が先であろう!今の結果を見れば、効率よく推力を得ることができ……」
「何を言うておる!某の番であろうに!」
「うるせぇなぁ!てめぇらは自分の研究やってろや!」
『ヴェルナー殿!?』
しばらく見ない間でも、何も変わらない部下を見て少し安心した。
彼らは国をまたいでもいつも通りのようだ。
騒いでいる集団のもとに行き、声をかける。
「ヴェルナー」
「ああ?今度はなんだよ!――って隊長じゃねぇか!それと後ろは……誰だぁ?」
「副官だ。カーティス・グリゴラード中佐。お前より階級は上だ。ちゃんと礼儀は正せ」
俺が副官であるカーティスを紹介すると、ヴェルナーは思い出したようで、渋々ながら敬礼と挨拶をした。
「特務隊所属ヴェルナー・シュトゥルム大尉であります」
「特務隊副隊長、カーティス・グリゴラード中佐である。錬金術師であり、貴官の直属の上官となる」
カーティスは凄腕の錬金術師であり、経験も豊富だ。そのため技官たちの取りまとめをしてもらうことにした。ヴェルナーたちの方にもすでに十数人の追加の人員がいるのでこちらも顔合わせをした。
これで全員かと思っていると、二人ほど足りないことに気づく。
「ヴェルナー、シャルロッテとライナーはどうした?」
「ああ、あの二人なら他に研究したいもんがあるっつって別室にいるぜ。シャルロッテは手紙にも書いた気体の応用で、ライナーは金属だとよ」
「そうか、悪いがカーティス、呼んできてくれ」
カーティスに二人のいる部屋を伝えて呼んできてもらう間に、ヴェルナーから研究成果を聞いた。
成果としてはまずエンジンの出力が上がったこと。
以前は爆発にも似た推力を実現するたびに、エンジンそのものがボロボロになっていたが、レオエイダンで学ぶうちにより頑丈な金属を発見し、使用したところ、出力が大きく上昇したらしい。
頑丈な分、重量も増したが、出力はそれを補うほど上昇したとのことで、ヴェルナーはここ最近はずっとテンションが高いらしい。
連日、エンジンが爆発するギリギリを攻めて楽しんでいるそう。
頼むからやめてほしいが、ギリギリで爆発させないだけ成長したのかもしれない。
エンジンごと、ではなくエンジン内で爆発させているから満足しているのかもしれないが。
「それで出力の調整はどうやっているんだ?以前は気体の流量を変化させていたが」
「あぁ、それならドワーフたちがすでに研究してやがったから、真似してやったら行けたぜ」
ヴェルナーがそういうと、周囲に集まっていたドワーフたちが立派な髭を撫でたり、胸を張ったりした。
「然り、このエンジンは我らの共同開発と行ってもよい!」
「ちげぇよ、ほとんどオレらが作ったろうが。お前らがやってるのを横で見て真似したんだよ」
「我らの技術が入っているではないか!?」
「すべてのパーツがオレらの手作りだろうが。それを共同開発とは言わねぇ」
事情はわかった。
そしてエンジンをよく見たところその構造もおおよそ分かった。そう難しい構造ではなく、地球で言うバルブのような構造だ。
水素や酸素が入っているタンクから細いパイプがいくつかエンジンに繋がっており、パイプの始まりと終わりにはバルブがついていて、そこで流量を変化させるようだ。
水素と酸素のタンクは前よりも大型化している。出力の上昇に伴って大型化したのだろうが、飛行船のサイズはどれくらいを想定しているのだろうか。
ロケットエンジンの噴出孔も大きくなっている。
ヴェルナーが背の低いドワーフたちと騒いでいる間に、カーティスが部屋に入ってきた。
その後ろにも懐かしい2人。
金髪で柔和そうな顔をした毒舌男のライナーに、凛々しい目つきをした堅物優等生のシャルロッテ。
久しぶりの再会で、シャルロッテもライナーも礼儀正しく敬礼をしたので、こちらも返礼をする。
「お久しぶりです。アーサー中佐。失礼、もう大佐でしたか」
「久しぶりだな。二人とも。健勝そうで何より」
「はっ!こちらでも有意義な時間を過ごすことができました。隊長にも我らの成果を見ていただきたく!」
この国関連のことになるとイライラしていたが、こうして隊員に会うと安心するな。
なんとなく、彼らとほっと一息つきたい気分になった。
前は問題ばかり起こすから大変だったのに、不思議なもんだ。
次回、「成果報告」