第三話 海洋の異変
アクセルベルクからレオエイダンに向かうには船に乗って海を渡る必要がある。
アクセルベルク王国やグラノリュース天王国の存在する大陸本島は南北に長く伸びている。東西に存在するドワーフの国レオエイダンとエルフの国ユベールはどちらも海を隔てた大きな島に存在しているために船による移動が必須だ。
気球で移動することもあるが少人数しか乗れないので、一般的にはあまり使用されない。
そんな船に、俺たちは今乗っている。
「あぁ、船はいいな」
「邪魔ものがいなければな」
俺の気の抜けた声にカーティスが答えた。
船に乗った俺たちは今、海から現れる魚の魔物の群れに襲われていた。
この船には俺たちだけでなく一般の人間やドワーフが乗っていて、多くの目があるために魔法は使えない。そのため久しぶりに魔物との肉弾戦をしている。
もっとも魔境でたくさんの飛竜や魔物と戦っているので、獣より多少強い程度の魔物が来ても苦戦することはない。
しかも今回は以前にライナーに作ってもらった装備がある。苦戦しないが数は多いために試すには絶好の機会だった。
「はっ!」
今も目の前の魔物の首を蹴り飛ばす。
新しい装備はグリーブにつけられている。
グリーブ、すなわち脛当てに、以前開発したアーク切断とガス切断モドキを複合したプラズマ溶断技術をつけた。
それにより脛より少し浮いた部分に超高温のブレードが発生し、金属だろうが蹴り切ることができる。
とても強力だが問題点もある。
「熱で本体のほうが駄目になりそうだ。脛が熱い」
「それだけの高温を発生させているのだ。そうもなろう。当たる一瞬だけ生成しているようだが、それでもこれだけの敵の数だ」
「多用はできないな。ここぞって時に使うか、もしくはライナーに相談だな」
近接戦闘において、攻撃手段が多いということは大きな利点になる。手だけでなく足でも攻撃できればとこの武器を考案したが、思った以上に使い勝手がいい。
要改良だな。
新装備やらいろいろと考えたいことはあった。
だがそれ以上に興味深いものができた。
カーティスだ。
錬金術を使っているのか、手や足に炎や氷を発生させながら格闘を行ったり、目に見えない速度の光の攻撃を放ったりして縦横無尽に戦っている。
マナの流れがわかる俺が見てもわからないような攻撃なので、彼は非常に高度な錬金術を使っているようだ。
今もその辺に落ちていた小指大の魔物の鱗を手に取り、指で弾くと、それだけで鱗が信じられない速度で飛んでいき、船員に襲い掛かろうとしていた魔物の頭を吹き飛ばした。
すげー、やってみてぇー。
思わず、そんな小学生みたいな感想しか言えなくなるほどの戦い方だ。
そんな感じで、俺とカーティスで魔物を圧倒していると、残り少なくなった魔物たちが海へ降りて逃げていった。
戦闘が終わる。
他の場所からも戦闘の音が止んでいた。
俺たちのほかにも何人か魔物と戦っている者たちはいる。
船の船員で護衛を担当している者たちだろう。俺たちが倒した数のほうが圧倒的に多いが。
船員の一人が安全を確認すると、甲高い鳥の鳴き声のような音の笛を鳴らす。すると他の船員が船内に入りアナウンスを流す。魔物の襲撃を無事凌いだ旨の報告だ。
笛を鳴らした船員が俺のところにやってきて挨拶をする。
「お手伝いありがとうございました。おかげさまで短時間で終えることができました」
「そりゃ結構で」
慇懃に礼をしてきた船員に適当に挨拶をする。
それにしても今ので短時間か……
甲板を見渡せば、あちこちで魔物の死体が転がっていて、甲板を赤い液体が染め上げていた。もはや染まってない部分を探すのが難しいほどだ。
これだけの魔物を討伐するのにかなり時間がかかった。
それなのに短時間とは、普段はもっと大変なのか?
「魔物の襲撃は多いのか?」
聞くと船員は困ったように笑った。
「もともとそれなりの頻度であったんですが、最近は多いですね。どれも対処できる程度なのですが、このあたりでは見られない魔物も現れるようになって困っているのです」
物騒な航海だこって。
道理で一般向けの船なのに頑丈なわけだ。最初にこの船を見たときは軍艦かと思うような装いだった。
それよりも気になるのは、最近になって魔物の出現が増えていることだ。
「魔物の増加の原因は?」
「まだ明らかにされていません。大きな魔物が出たという情報もありません。ただアクセルベルク全体で悪魔の出現が相次いでいます。何か関係があるかもしれません」
悪魔の出現が増加、ねぇ。
それに魔物も悪魔に釣られるように増加しているらしい。
確かに以前、ヒルダたちと演習に出かけたときも悪魔と一緒に地竜が出た。少し魔物が出るくらいの安全な場所のはずだったのに。
あの一件も国に報告したが、他の地点にも現れていたらしい。
「以前は全くと言っていいほどに悪魔が現れていなかったのですが、最近になってレオエイダンにも悪魔が現れるようになりました。国内も荒れていますし、お気を付けください」
「そりゃどうも」
気のいい船員に挨拶をして別れた。
彼から聞いた情報を整理すると、レオエイダンに最近になって悪魔が現れるようになったらしい。
それに伴い、魔物もより出没するようになり、レオエイダンは荒れていると。
気にはなるが、どの程度荒れているのか。
聖人に関して異様なほど欲するようになったのもその影響なのかもしれないが、今の魔物の脅威度的には、外交問題に発展するほどに固執する必要があるとも思えない。
悪魔の襲撃が酷いのかもしれないがそんな噂は聞こえてこない。
そもそも悪魔はどうやってレオエイダン周辺に来ているのか。
今までレオエイダンに悪魔が現れなかったのは、島の沿岸部は粗方開拓されており、近づくだけで気づかれ沈められるから。
それに悪魔に航海技術なんてない。武具をまとうくらいはするが、ドワーフの作る船に匹敵するほどの技術はない。
魔法を使えばできるのかもしれないが、中位程度の悪魔では難しい。ならば厄介な魔物かと思ったが、そんな情報は聞いていない。
「情報がまるで足らないな」
ここに来て悩みがまた増えた。
船員から聞いた話を整理していると、カーティスが俺の下にやってきた。どうやら彼も他の船員から似たようなことを聞いたらしい。
「想像以上に事態は動いているようだ。行動に変更は?」
「ない……といいたいが、行動する中で情報を集められるようなら集める。悪魔の動きが気になる。もしそれがレオエイダンが異常なまでに聖人を求めている理由なら手の打ちようはある」
俺がそういうと、カーティスが仏頂面を少ししかめる。
「国で悩んでいることを我々が解決できると?聖人を欲しているのは悪魔が原因とも決まっていないし、他国のことに首を突っ込むのはあまり感心しない」
「あくまで希望的観測だ。やることは変わらない。情報収集はついで程度だ。巻き込まれでもしない限りは俺達から動くことはない」
行動に変更はない。優先すべきは飛行船開発だ。そのために技官に合流する。聖人であることで関心を買い、国が関わってくるならまず情報を聞き出すことにする。
王族と会話したことはないが、話が通じることを願いたいな。
会話が一番不安だな……。
ドワーフがハードヴィー大将のような話し方なら、口より先に手が出てしまいそうだ。
「悪いがカーティス、ドワーフとの会話はお前に任せる」
「立場ある者との会話に横から口を挟むなどできん。想定問答には付き合ってもいいが、本番では口を挟めん」
「ちっ、面倒だな」
慣れていそうなカーティスに頼もうと思ったが礼儀上難しそうだ。わかってはいたがやはり自分が対応しなければならないか。
まあ、慣れているカーティスが手伝ってくれるならいいほうか。
一人だったと考えると、ストレスで禿げそうだ。
「……見えてきたな」
カーティスが小さくつぶやいた。
カーティスの視線に釣られるように、俺もそちらを見る。
そこにはいくつもの山がそびえる大きな島が、水面の揺らぎの向こう側に堂々とたたずんでいた。
まるで、どんな敵でも恐れるに足りないとばかりに、その勇猛さを来るものに知らしめるようだった。
「飛行船作り……楽しみだったのにな……」
そんなレオエイダンがある島を眺めながら、これからの面倒ごとに頭を痛めるのだった。
次回、「ほっと一息」