第一話 勇敢なるドワーフ
本格的に春になり、暖かな気候になったころ、ウィリアムの部屋だった場所はきれいに片付けられて、廊下には荷物が運び出されていた。
廊下に出された荷物を特務隊員たちが近くの出入り口にある馬車に積み込む。
その様子を見て指示を出していたウィリアムのもとに、二人の少年少女が駆け付け、大声で詰め寄った。
「ちょっと先生!どこいくのよ!」
「先生!もう講師やめてしまうんですか!早すぎますよ!来期は先生の講義を聞きたいという人も増えてきたというのに!」
駆け寄ったのは燃えるような赤毛の少女ヒルダと柔和で利発そうな茶髪の少年アルドリエだった。
2人はウィリアムが執行院の講師を務めた際に教えることになった学生。
かつては問題児として扱われていたが、ある時を境にそんな扱いを受けることはなくなった。
詰め寄ってくる2人に対し、ウィリアムは半ば呆れたように言った。
「こないだ言っただろうが。これで俺の講義は終わりだって。仕事が終わったから次の仕事に移るんだよ」
「今期の仕事が終わったってことじゃないんですか?来期はもうやらないんですか?」
「やらねぇ」
「ちょっと!それじゃあ私が特務隊に入るための勉強をどうすればいいのよ!」
特務隊に入るという新たな目標を見つけて邁進していたヒルダは、その隊長であるウィリアムがいなくなることに文句をつけた。
ウィリアムは小さく息を吐く。
「自分で考えろ。それができないなら特務隊に入っても仕事なんかないぞ」
「でも……」
心底困ったように、しおらしくなったヒルダを見て、ウィリアムは諭すように言う。
「お前ら二人はこの半年で随分と変わったな。もう誰も問題児とはいわないだろ。最近は他の講義にも出させてもらえるようになったんだろ?」
「でもそれは先生がいたから!」
「少し助言をしただけだ。それだけで俺に依存されても困る。アルドリエ、お前は王になりたいんだろ?なら俺以外の意見も流れもちゃんと聞け。以前にも言っただろ?」
「はい……」
かつては好奇心旺盛で、気になることがあればとことん質問して講義を止めていたアルドリエだが最近はかなり落ち着いた。
その様子を見た他の講師が参加させてくれるようになった。
ヒルダも同様に当初あった傲慢さもだいぶなくなり、元の努力家に戻った。それどころか自分の夢をちゃんと見つけたために以前以上に意欲的に学ぶようになり、他の講義にも積極的に参加するようになった。
ウィリアムは二人を見て、ここを去るのに心残りはないとばかりに鷹揚に頷く。
「ヒルダ、精々あがけ。自分を信じて、力を尽くせば道は自ずと拓ける」
「わかった……」
ウィリアムは泣きそうになっている二人を見て、困ったように仮面の下で眉を顰める。
彼からすれば大したことをしたつもりはなかった。
一方で二人はウィリアムがやってきた当初、執行院に居場所がなく、折れかけていた。それがウィリアムによって立ち直ることができた。あまつさえ、大きく成長するきっかけをくれたのだ。
だからこそ、二人にとってウィリアムは大切な恩師になった。
本人は自覚がないが、彼が電気やグラノリュースについて教え終わった後、他の講義について聞かれたときに答えた内容は、まだこの世界では明らかになっていないものも多かった。
2人にとって、ウィリアムは世界一の、唯一無二の偉大な先生だった。
「心配しなくても今生の別れじゃない。そもそもたった半年しかいなかったんだ。以前に戻るだけだ」
「「いやよ!」です!」
自分が来る前に戻るだけ、ウィリアムが言うと2人が声を揃えて言う。
その言葉を聞いたウィリアムはけらけらと笑う。
彼はもう二人が以前から成長し、前のようにはならないとわかっている。
それでも不安そうな二人を見ておかしくて、笑った。
どう考えても、今の2人ならどこに出ても恥ずかしいわけがないのにと。
「大丈夫。今のお前らなら心配いらない。わからないことがあって誰に聞いてもわからなければ、そんときゃ一緒に考えるくらいはしてやるよ。だからアルドリエは執拗以上に聞きまくらないことだ」
「もうそんなことしません!」
「前のお前に聞かせてやりたいな。ヒルダ、自分をしっかり持て。母親も祖母も関係ない、お前の人生だ。好きに生きろ、ただもう少し落ち着けよ」
「わかってるわよ!」
ウィリアムが話を締めようと一人一人に声をかける。
――2人は耐え切れず、涙を流した。
アルドリエは俯き、流れる涙を腕で拭う。
ヒルダは唇をかみしめながら顔を上げ、大きな瞳から涙を一筋流しながらウィリアムを見る。
ウィリアムはそんな二人の頭に軽く手を置く。
仮面から除く目を細める。
「隊長、準備ができました」
部下から荷物の積み込みが完了したと報告を受ける。
ウィリアムは今行くと、短く返事をした。
そして2人に向き直り――
「じゃあな。頑張れよ」
たったそれだけ言って、後ろを向いて歩き去っていく。
去っていくウィリアムへ、二人は頭を下げる。
「「ありがとうございました!」」
想いよ、少しでも多く届けと。
湧き上がる想いを、抱えきれない感謝を、その大声に乗せて。
2人の声にウィリアムは振り返らずに、軽く手を振ってこたえた。
ウィリアムの姿が見えなくなるまで二人はずっとその背中を見つめていた。
*
「随分と慕われたね。いったいどんな授業をしたのかしら」
「あの二人が大げさなだけで知ってることを教えただけだ。たいしたことはしてない」
馬車の中でベルに先ほどのことを掘り返される。
ヒルダとアルドリエ。
実際、あの二人は大げさだ。
講義だって普通に知っていることを教えただけだ。
問題児と聞いていたが、昔に塾講師をしていたころにはもっとひどいのがいた。それに比べれば二人はやればできるから大した苦労はなかった。
俺の時間はかなり持っていかれたが、まあ悪意があるわけではないし許してやろう。
そうこうしていると、東西に分かれる岐路が見えてきた。
「さて、そろそろだ。ベル、マリナ、失礼のないようにな」
「わーってるわよ。子供じゃないんだから平気よ」
分かれ道になっている広場に着くと、俺は馬車から降りる。
降りたところで、マリナが小さく手を振ってきた。
「じゃあね、ウィル……次はいつ会える?」
「さぁな、研究開発は時間がかかる。半年以内には向かいたいけどな。何かあれば手紙をよこせ、指示くらいは出す」
「わかった……手紙は毎日書く」
「毎日はいらん。俺はそんなに筆まめじゃない」
ベルとマリナ、そしてアイリスもここで別行動だ。
3人は東部方面に向かい、俺とカーティスは西部に向かう。ここでしばらくお別れだ。
そういえば、二人とこれだけの期間別れるのは初めてだ。アイリスもいるから大丈夫だろうがなんとなく心配だ。
だからといって一緒に行動するわけにもいかないので、俺はカーティスとともに馬車に乗って西部に向かった。
2人しかいない馬車の中、カーティスは持っていた本を読み、俺は窓の外を眺めていた。3人の時と違い、とても静かだった。
しばらくして、カーティスが本を読み終わったのか、閉じてしまいながら話しかけてくる。
内容は当然これからのことについて。
「これからレオエイダンに向かうとのことだが具体的な行動計画は?」
「まずは西部の司令官に挨拶だ。レオエイダンに向かう旨の報告と相手国で活動するための書類を準備してもらう。その際にヴェルナーたちにも連絡する」
西部軍の大将エデルベアグ・グス・ハードヴィー。西部の領主でもあるその人物に会えれば、レオエイダンに渡るのもスムーズになるだろうし、いろいろ協力してもらえるかもしれない。
代わりに特務隊が作った、特に渡しても問題ない技術を提供するつもりだ。
「なるほど、では西部の中心地リーズバラフォードにまず向かうということか。滞在期間は?」
「準備ができ次第だ。向こうの手際によるな。まあ、西部はレオエイダンとの結びつきが強いからそう時間はかからないだろうがな」
「個人で行くなら身分証があれば、あとは船賃だけだ。そう時間はかからないのだがな」
「行ったことがあるのか」
知ったような口を利くカーティスに、思わず聞いた。
「無論だ。あの国はエルフと違い、閉鎖的ではないし、技術交流も行っている。錬金術を学ぶものなら必ず行くものだ」
カーティスは錬金術をかなり深く学んでいるから、レオエイダンに何度も来ていたらしい。
これ幸いと、レオエイダン、ひいてはドワーフについて聞くことにした。
曰く、ドワーフたちはエルフと正反対のようで似ていることが多いらしい。ただ文化が違いすぎるから、アクセルベルク以外でこの二種族が出会うと十中八九喧嘩に発展するとのこと。
「ドワーフたちはどうしようもないほどに頑固者でわからず屋だ。疑い深く気難しい。礼儀の欠片もないが、その反面、人間やエルフよりも誠実で忠実、何よりも勇敢だ」
「なんでも優れた戦士が多いらしいな」
「それは誤りだ。優れた戦士がドワーフに多いのではない。ドワーフが優れた戦士なのだ」
カーティスのその言葉に首をかしげる。どう違うのだろうか。
「そもそもドワーフは体型からして戦闘に向いている。樽のようにがっしりとしていて、背が低いために重心が低いからな。何よりもドワーフという種族は聖人を祖とする。故にその体は聖人に近く、頑丈で力強い。鉱山を住みかとするために熱や火、金属の扱いに長ける。文化的に見ても彼らは過酷な環境で生きているために強き加護を持つことも多い」
「なるほど、ドワーフにとっての一兵卒は人間にとって強者というわけか」
ドワーフには多くの聖人が生まれたらしい。
その理由は生活する環境によるものが大きい。
種族の特徴として、鉱山で生活するために背は低いがその分力強い。幼いころから過酷な環境で育つために全員が強さに誇りを持ち、戦が起きても勇敢に戦う。
そのような文化を持つために多くのドワーフが強き加護を持つことから、他の種族よりも聖人が多い傾向がある。その聖人が子を成すと、その子は純粋な聖人には劣るものの常人よりは聖人に近い存在になる。
いわば俺と同じ半聖人のようなものだが、そんな半聖人同士がまた結ばれて、といった具合に徐々にドワーフの体は聖人に近くなり、長寿な種族になったという。
もちろん、体を作る神気の量は徐々に少なくなり、純粋な聖人に比べれば多少見劣りするらしいが、一般的に見れば十分すぎるほど精強で長寿とのこと。
「ただ近年は開発も進み、戦もほとんどアクセルベルク頼み。そのせいか聖人が近年は多くない。今は国王と将軍の2人のみと聞いている」
聖人になるのは非常に難しい。激しい戦いの果てに辿り着くと言われているが、実際にどうやってなるのかはまだ未解明だ。
「ドワーフとしては聖人が増えてほしいところだろうな」
「そうだ。事実レオエイダンは聖人を優遇する措置を取っている。そんなもので聖人になれるほど容易い存在ではないがな」
「優遇する措置とは?」
「いけばわかる。自分で確認することだ」
俺も聖人一歩手前の身だから、ドワーフという種族に興味がないわけではない。
だがドワーフも聖人になるのに苦労しているということは、聖人のなり方を知らないだろうな。
しかし、優遇措置とはなんだろうか。ドワーフは聖人を大事にしているということは、聖人になったら一夫多妻制とか?
わかりやすいのは軍や社会的地位の保証だけど、聖人に至るまでにすでに手に入れていそうだな。
カーティスは自分の目で確認しろという。行けばすぐにわかるものだろうか。
まあそんなことはどうでもよくて、無事に研究に集中できればそれでいいんだけどな。
次回、「聖人崇拝」