幕間8:ウィルベル散財記④
初の依頼を受け、ハンターたちを助けた翌日。
ウィルベルとマリナは再びハンターギルドに訪れていた。早朝に行けば、またあの4人組のハンターに会えると思ったからだ。
しかし――
「来ないわね……」
すでに日は昇り切り、西の空に傾こうかという時。
待てども待てども4人は来ない。
今日は来ないのかとあきらめて、ウィルベルはため息を吐きながら立ち上がろうとしたとき、壮年のハンターが2人がいる机にやってきた。
「嬢ちゃんたち、元気してるかい?」
「あ、おっちゃんじゃん」
「おっちゃんじゃない!お兄さんと呼べ!」
呼び方にこだわりのある男性をほどほどになだめる。
2人のいる席に座った男は、昨日のことについて話し出した。
「2人は昨日のハンターたちを待ってるのか?」
「そうよ。お金返してもらわないといけないし、様子だって気になるし。最悪の場合も考えたら、今日は来ないかもしれないけど……」
「それなんだけどな――」
男の話に、ウィルベルはギルド中に響き渡るほどの叫びをあげることになった。
*
数日後、城のある一室で。
ウィリアムはウィルベルとマリナの部屋に訪れていた。
普段ならウィリアムが部屋にくれば、ウィルベルと何かしら口げんかのようなものが起きて、騒がしくなるのが日常だったが、この日は違った。
「……なあ、ベルはどうしたんだ?」
「ちょっと……いろいろあって」
ウィリアムが戸惑うほどに、部屋にいるウィルベルに元気がなかった。
いや、むしろ普段よりも真面目に研究や魔法の修行に取り組むようになり、行動だけ見れば以前の叱責から学んだのかと思えるほど。
問題は、いつもはうるさいくらいのウィルベルの声に活気がないことだった。
「ベル、どうしたんだよ」
「……別に、何もない……真面目に仕事してるでしょ?文句ある?」
「いや、ないけどさ……」
いつもと違い過ぎるウィルベルに戸惑うウィリアム。
そのあともウィルベルは何を言うでもなく、寝室に戻っていった。
マリナと2人きりになったウィリアムは、何があったのか尋ねる。
マリナは言いづらそうに、朴訥に語る。
「実はこないだお金を稼ぐためにハンターとして活動したの……私もいい鍛錬になると思って」
「ふーん、それはまあいいことじゃないか。あ、もしかして依頼に失敗したのか?」
ハンターとして活動して落ち込むことなんて依頼失敗くらいしかないと、ウィリアムはアタリを付けたが、マリナは首を振る。
むしろ依頼自体は順調だったと。
それを聞いてウィリアムは首をひねる。
「依頼自体はむしろとても順調だった……報酬もたくさんもらえた。問題はそのあと」
「報酬もらった後?」
マリナが頷く。
「怪我したハンターに出くわして……いろいろ嫌がらせしてきたハンターだったんだけど、ベルは助けようとした……報酬が入った袋を渡して、助けようとしたの」
それを聞いて、ウィリアムは仮面から唯一除く目を見開いて、声を上げて驚く。
「ベルが金を渡したのか!?嫌がらせしてきたやつに?」
「そう……嫌いだったとしても、お金が欲しかったとしても……命には代えられないって、助けないとって」
「そっか……それで金が無くなって落ち込んでると」
「ううん、そうじゃないよ……」
マリナが首を振り、そしてウィリアムを見る。
その目には、確かな怒りの色が宿っていた。
彼女の小さな口から発された言葉にも、存分にいら立ちが含まれていた。
ウィリアムはそのマリナの様子に驚く。
しかし、次に出てきた言葉に、ウィリアムはさらに驚くことになった。
「その人たちはね……詐欺師で、ベルからもらったお金を持って、逃げたの」
「ああ!?」
声を上げて、仮面の奥の目を見開き、開閉式の仮面の口元が開くほど口が開いていた。
数瞬、その状態で固まるも、すぐに冷静さを取り戻して、ウィリアムは息を吐いた。
「……そりゃまた、災難だったな」
特に心配することもなく、いつも通りのウィリアムとは対照的に、マリナは眠たげな眼を細め、眉を険しくしていた。
「ひどいよ……せっかくベルがいろいろ考えて頑張って稼いだのに……我慢して人のためにって上げたのに……」
「……」
静かに怒るマリナから視線をそらし、ウィリアムは上を向く。
そのまま沈黙の時間が流れる。
落ち着いたマリナが、ウィリアムにどこか期待するような視線を向けた。
「ねぇ、ウィル……どうにかならないかな……見てられないよ」
マリナの願いに対して、ウィリアムは興味なさげに答える。
「そうはいうが、その4人を俺は見てない。どんな奴かも知らないし、そもそも俺には関係ない。まあベルにはいい薬になったろ。人助けにも限度があるってな」
「でも……ウィルは私を助けてくれた。助け合うのは大事だよ。私もウィルの助けになりたい」
その言葉には、さすがのウィリアムも困ったように溜息を吐いた。
「いったろ、俺がマリナを助けたのは打算ありきだ。それがなきゃ助けない。今回も一緒だ。俺は助け合いなんて高尚な精神は持ってないんだよ」
頑として動こうとしないウィリアムに、マリナは瞳を曇らせ、泣いてしまいそうな顔をしていた。それを悟られたくないかのようにうつむいた。
また沈黙が流れる。
誰もが居心地が悪いと感じる雰囲気――
すると、今度はウィリアムが口を開いた。
「まあ、そんだけ大っぴらに詐欺なんて働いて、一般のハンターにも詐欺師ってばれてるんだ。直に捕まるだろ。そうなりゃ金だって取り返せるかもな」
「でもそれは――え?」
直に捕まる――
その言葉が望み薄なことをマリナが説明しようとしたとき。
ウィリアムの手のひらがマリナの頭に置かれる。撫でるでもなく、ただ置いただけ。
ウィリアムの人差し指と中指がマリナの額に触れた。
たったの数秒だけ置いて、すぐにウィリアムは手を引っ込める。
そのまま立ち上がり、部屋を後にした。
「まあ、ベルのことだ。すぐに元気になるだろ」
帰り際に楽天的な言葉を残して――
*
ウィルベルたちが行ったギルドとは違うハンターギルドにて。
下品な声を上げて笑う4人の男がいた。
「アッヒャッヒャ!いやぁもう笑いが止まらないぜ!やっぱハンターになりたての奴とガキは騙されやすくていいな!」
「しかもあいつらかなりため込んでたみたいだな!これなら数週間は遊んで暮らせるぜ!」
ギルドに併設された酒場で、浴びるほどの酒を飲み真っ赤になった顔をだらしなくゆがめていた4人。
机の上には、ウィルベルたちが稼いだ報酬が入った袋。いや、入っていた袋。
その中身はすでにほとんど無くなっていた。
ギルドの入り口で怪我をして、変な汗を流していた弓を担いだ男も、今は青かった顔を真っ赤にして、椅子に片足を乗せて豪快に酒を煽っていた。
「どうだった!?オレの渾身の演技!あのガキども本気で心配してやがったぞ!」
「軍医すらだますおれ等の芝居!これで食ってけるかもしれねぇな!」
「もうすでに食ってんじゃねぇか!」
「そりゃそうだった!アハヒャヒャ!」
バカみたいな声を出して騒ぐ4人に、周囲の人間たちは迷惑そうな視線を向ける。
しかし誰も4人を注意しようとしない。
ギルドの一角で騒ぎまくっている中――
ギルドの入り口で、豪快に扉が開かれ、木製の扉が壁にぶつかる音が鳴り響く。開いた扉から一人の男が入ってきた。
すると酒で騒いでいるハンターとは別の騒ぎが巻き起こる。
「誰だ、あの仮面男は……」
「軍人?それも結構な階級だけど」
「ただものじゃない……ギルドに何の用だ?」
入ってきた黒髪の、竜を模した仮面をつけた男を見て、周囲のハンターたちはこそこそと騒ぎ出す。
そんな周囲のことなどお構いなしに、男はずんずんギルドの奥に進む。
固い軍靴が木製の床を踏み鳴らす。
そしてある地点で、その音が止む。
「お前らだな?」
そこは騒いでいたハンター4人の場所。
ウィルベルとマリナから金を巻き上げた、詐欺師4人。
突如現れた軍服を纏った仮面の男、ウィリアムに対して、4人は宴に水を差されたとばかりに不快な表情を浮かべる。
「あぁ?誰だテメェ。軍人が俺らに何の用だよ」
「アクセルベルクの軍人さんは、ハンターを見下してるんじゃないですかぁ?」
「それともあれか!俺達を軍にスカウトしに来たのかなぁ?でも残念!俺達はあなたのもとにはつきませぇーん!」
酔っ払い、下品な大声で笑う4人に、仮面の奥の目が徐々に細まっていく。
4人とは対照的に、ウィリアムは静かな落ち着き払った声で問うた。
「この間、2人の少女から金を巻き上げたと聞いた。事実か?」
その問いに、4人は一瞬呆け、顔を見合わせて、再び笑い声をあげる。
「巻き上げた!?人聞き悪いな!もらったんだよ!」
「そうそう!怪我しちゃってさ!やさしーい女の子が助けてくれたんだ!」
「ほら見てくれよ!おかげでこの足はすっかり元通りだ!」
矢筒を背負った男が、ズボンのすそをめくって傷があった部分を見せる。
だがもともとそこには傷などない。ただのメイクだったからだ。
「だからあいつらに怪我を見せなかったわけか」
「なんだ?お前はあの女の子たちの保護者ですか?あーその節はどうもありがとうございました!命を助けてくれてありがとう!」
「なら金を返せ。あれは貸した物だろう。こんな風に飲んだくれる暇があるなら、通すべき筋ってもんがあるんじゃないのか」
ウィリアムの言葉に、また男たちはキョトンとした顔をする。そして今度こそもう耐えられないとばかりに腹を抱え、机をたたき、あまつさえ瞳に涙を浮かべて笑う。
リーダー格の男が仮面をつけたウィリアムの顔に鼻先触れそうなほど近づく。
「そうだな、返さなきゃな。でも金は酒になって俺たちの腹に入っちまったから……これで勘弁してくれ!」
そして男がウィリアムの顔に向けて唾を吐いた。
びちゃりと、粘度が高く酒の異臭がする唾液が仮面を伝う。それを見てまた4人が笑う。
ウィリアムは頬についた唾液を見て、不快になる……ことなく、笑った。
仮面の口が大きく開くほどの笑みを浮かべて。
そして次の瞬間――
ギルド中に今までにないほどの轟音が響き渡った。
「ぎゃああ!!」
「げぶッッ!」
「いぎゃ!?」
「ブッ!」
四つの叫び、呻きがこだまする。
なぜか。
男4人の髪を強引にひっつかんで、顔を机ごと地面に叩きつけたからだった。
木製の床が割れるほどの力で押さえつけられ、声にならない叫びをあげる4人。ところどころに赤い鮮血が舞っていた。
それでもウィリアムは笑っていた。
「なぁ、お前たちは自分が何をやったか、理解しているのか?」
「て、てめぇ……お、おれたちにこんなことして……ただで済むと――ぐああっ!」
リーダー格の剣を背中に背負った男が脅そうとするも、最後まで言わせずにウィリアムは押さえつける力を強める。
仮面の下、露出した口がさらにいびつに引き裂ける。
「なんだ?国のお偉いさんのパパにでもいいつけるのか?ガキかお前は?」
「っ!?」
ウィリアムはマリナの記憶を一部除き見て、そして調べた。
詐欺を働く男4人について。
一般のハンターにも詐欺師と知れ渡っているにもかかわらず、どうして捕まっていないのか。
それはこの国の軍部にこのリーダー格の男の父がいるからで、その父によって罪がもみ消されるからだった。
下手につつけば、その軍人である父が出てくるかもしれない。そうでなくても、すぐに釈放された4人に報復されるかもと。
だから周囲は手を出せない。
だがそんなこと、ウィリアムには関係ない。
軍部に伝手のないハンターたちならいざ知らず、ウィリアムは特務隊の中佐、直属の上官は南部の将軍。
わかってしまえば、ひねりつぶすことは造作もない。
「お前たちがしたこと……頭のついてないお前らにもわかりやすく教えてやるよ」
「て、てめぇ……」
「お前らがしたことは詐欺。それも命の危機に瀕した人を救おうとした、善良な人間を裏切った。それがどういった事態を引き起こすのか、考えたことはあるか?」
4人は抵抗するも、聖人であり鍛えられたウィリアムの膂力の前になすすべもない。
周囲も何をするでもなく、ただ見ていた。ウィリアムが発する圧倒的な雰囲気にのまれ、息をするのも忘れて。
平坦な声が滔々と続く。
「それはつまり、本当に苦しんでいる人間を救おうとする者たちをけなすことと同義だ。真に死にそうな人を助けさせない、救助妨害と同義だ……人殺しと同義だ」
助けようとしたのに、助けた人間に裏切られれば、助けようとした人やそれを見ていた人は、もう人を助けようとは思わなくなる。
そうなれば、本当に死に瀕した人が現れた時、裏切られた経験が邪魔をして人を助けようとはしなくなる。
それは、人を殺すことと同義だと。
――ウィリアムは怒っていた。
「お前たちがだました2人の少女は軍人だ。つまり公務だった。それをだまくらかして金を奪った。それをしたお前らがただで済むわけねぇよなぁ?……俺に唾吐いて、ただで済むわけねぇよなぁ!!」
*
――数日後。
いつも通り……とはいえないものの、実験室でウィルベルは真面目に研究と魔法の修行に打ち込んでいた。
しかし、その表情は優れないまま。
マリナもそんなウィルベルを気にしながらも、声を掛けられずにいた。
そんなとき、部屋をノックする音が鳴る。
マリナが対応して扉を開けると、そこには手に袋を携えたウィリアムがいた。
「よっ、相変わらず間抜けな面してんな、ベル」
「なによ、ちゃんと仕事してるわよ。それなのに文句言ってくるの?」
「そりゃいうさ。そんな辛気臭い顔されたらこっちの気が滅入る……だから、ほら」
どさりと、ウィルベルがいる机の前に、重くジャラジャラと硬貨がこすれる音がなる袋が置かれた。
それを見て、ウィルベルが目を見開く。マリナでさえも驚き、席を立った。
わなわなと口を震わせ、ウィリアムを見る。
「2人がハンターとして稼いだ金だ。あとは俺からも少し色を付けてある。それで足りるか?」
「……え?」
耳から入ってきた言葉が理解できなかったのか、ウィルベルは目をしばたたかせるだけ。
ウィリアムは懐から一枚の紙を取り出して、ウィルベルに見せる。
「あの4人は捕まったよ。詐欺に窃盗、恐喝だったりいろいろと。運よく捕まったから、こうして2人が稼いだ金も取り返せたんだ。よかったな」
4人が捕まったことを示す逮捕状をウィルベルに渡して、なんでもないことのように告げる。
マリナもその紙を覗き込む。
落ち込んでいたウィルベルの表情がみるみる明るくなり、その瑠璃色の瞳に再び光が差す。
すぐさま袋の中身のお金を確認する。
そこには2人が依頼で稼いだ以上の額があった。
「い……やったーーー!」
「やった!……ありがとう!ウィル!」
ウィルベルが椅子を後ろに倒すほど勢い良く立ち上がり、両手を上げて喜びを露わにする。
マリナも声を上げて喜び、ウィルベルとハイタッチしながらウィリアムに礼を言う。
しかし、礼を言われたウィリアムは肩をすくめるだけ。
「俺は何もしてねぇ。俺が打算もなしに人のために何かすると思うか?たまたまだ」
「でもヒルダとか、アルドリエのためにいろいろしてた」
「あれは仕事の内だ。これは仕事に関係ない」
ウィリアムはあくまで何もしていないと言い張る。それをマリナは食い下がることはせずに微笑んでいた。
そんなマリナの視線を受けて居心地の悪くなったウィリアムは、咳ばらいを一つして、いまだにはしゃぐウィルベルにもう一つ労うことにした。
「というわけだから、まあ人を助けようとしたんだ。いろいろあったが、明日くらいはゆっくり遊んで来い。死んだ顔で仕事されてもかなわないからな」
それを聞いて、ウィルベルはまた喜びの声を上げる。
こうしてはいられないと、すぐさま部屋を出て自室に戻っていった。マリナもそのあとを追って部屋を出て行く。
残ったウィリアムは小さく息を吐く。どことなく機嫌が良さそうだった。
「ま、あのままいられても辛気臭くてかなわないからな。たまにはいいか。金のありがたみもわかっただろうしな」
そうして誰もいなくなった実験室で、ウィリアムは研究をしようと自分の席に足を運ぼうとしたとき。
「ウィルーー!」
ウィルベルが大きな声で名前を呼びながら部屋に戻ってきた。
どうしたのか、と声を掛けるその前に――
「ありがとう!ウィル!大切にするね!」
満面の、太陽のような笑顔を浮かべるウィルベル。
「え……」
それだけ言って、ウィルベルは再び部屋を後にする。
残ったウィリアムは、困ったように頭をかいた。
「……ま、たまにはいいか」
そうしてまた、いつもの3人に戻る。
お金の大切さを身に染みて理解したウィルベル、そしてマリナ。
ウィリアムもこれで大丈夫だと、安心していつも通り仕事に打ち込んでいく。
心なしか、仮面の奥の目は細まっていた。
……帰ってきたウィルベルがまたお金を全部溶かしてウィリアムに怒られるのは、また別のお話。
次回、第四章《鉄火の国の王女》
これで第三章は終了です!
様々な人の考えや願いが交錯し移ろっていくこの章で、ウィリアムがどう変わっているのか。
新たな仲間たちとともに何を為すのか、これからのウィリアム、もとい特務隊の活躍をどうかお楽しみに!
また感想やレビューを頂ければ、今後の執筆活動に活かしていきたいと思うのでお気軽になんでもどうぞ!
評価やブクマにもご協力をお願いします。いただければ飛び跳ねます!
それではまたお会いしましょう!