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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第三章《移り変わり固まる決意》
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幕間7:ウィルベル散財記③


「マジはらたつ……あのハンターたち4人……」

「ベル……落ち着いて」


 ギルドから一つ依頼を受けたウィルベルとマリナは、人気のない近くの森に向かっていた。

 その道中でも、ウィルベルは歯を食いしばりながら怒りの声を漏らす。


「あんなやつら、このあたしの手にかかれば一瞬でぼこぼこにできるのに~」

「それをやったら、騒ぎになっちゃう……お金稼げなくなる」

「はぁ……あたしもウィルみたいに電気の魔法もっとちゃんとやろうかな。あれなら静かに相手を倒せるし」


 怒りを逃がすためにため息を吐いて、ウィルベルはつばの広いとんがり帽子を被りなおす。

 そして、手にした依頼書に、瑠璃色の瞳を向ける。


「地竜モドキより単価は劣るし、数も少ないけど、このカルカリアスの討伐も悪くないかな」

「でもちょっと遠いよ?……帰るのギリギリになりそう」

「そこはほら、ちょちょいっと飛んでいけばいいのよ」


 ウィルベルが周囲を見渡し、人がいないことを確認する。帽子を取ると、そこからほうきが飛び出した。


「久しぶりに空を飛べるわね。さ、ちゃっちゃと終わらせましょ!」

「魔法ってばれないようにしないといけないんじゃなかったっけ……大丈夫かな?」


 魔法は秘密にしなければならないはずなのに、結構適当なウィルベルを見て、マリナは心配する。しかし、ウィルベルは気にすることなくほうきに跨り、自身の後ろのスペースを開けてマリナを誘う。


「姿消すからだいじょーぶ。普通の人からは見えないよ。それじゃあいっくよ~」


 マリナが乗ったことを確認すると、ウィルベルは中位の悪魔が使っていたような姿隠しの魔法を使ってから、ほうきを浮かせ、大空に飛び立った。



 *



 ギルドからは少し離れた、それほど深くない山の中。

 そこには少し高い地点から湧き水が出ており、それが川となって下流に流れている。そんな川のそばにはいくつもの村や憩いの広場が存在していた。


 しかし、当然川の近くにいるのは人間だけではない。


「カルカリアスが繁殖期でして、上流から流れてくる小魚の卵を狙って遡上してくるんですよ。おかげで漁師は仕事になりませんし、凶暴になったカルカリアスに襲われることもあるので、退治をお願いしたいんですよ」


 ウィルベルとマリナは依頼を出した村の漁師長に話を聞いていた。

 カルカリアスとは、鮫のような海の動物であり、大きなヒレのほかに小さな四足があり、陸上でも素早くはないが活動することができる。

 鋭い牙を持ち、表面はざらざらとしており、安易に触れると怪我をするほどのサメ肌。

 肉食で獰猛であるために、村人たちはハンターに依頼を出した。


 やってきたのがまだ幼い少女二人とあって、漁師長は疑っていた。

 しかし、2人はそんな疑惑の視線もなんのそのと、話を聞いてどうするかを話し合っていた。


「川の魔物……いや、動物ね。それなら水の中を爆破すればいけるんじゃないかしら」

「でもそれだと、他の生物にも影響が出そう……漁師長さん、他に生物はいる?」


 眠たげな瞳をしながらも、とても容姿端麗なマリナに問われ、漁師長は少しどもりながら答える。


「あ、はい、え、とですね。今はカルカリアスが増殖しているので、他の生物はみんなこぞって隠れていますね。いるのはほとんどカルカリアスです。周囲が荒れない程度に好きにやっちゃってください」

「よしきた!それじゃあおっちゃん!朗報待っててね!」


 ウィルベルがまかせろとばかりに、拳を掲げて意気揚々と現場に向かって言った。マリナは軽く会釈をしてからウィルベルの後を追う。


 残された漁師長は一言。


「……かわいい……大丈夫かな……」



 *



 現場に向かった2人。

 結論から言えば、すこぶる順調だった。


「あ、そっちにいった!マリナ!捕まえて!」

「わかったっ……えい!」


 ウィルベルがカルカリアスがいると思われる川辺で、爆発を起こす。

 水中では衝撃が伝わりやすい。

 爆発が起きた周辺にいたカルカリアスは、なすすべもなく水面に浮き上がったり、弱り動きが鈍くなったりしていた。

 足のついた鮫のような姿のカルカリアスは決して小さくはない。体長は一メートルほどある。


 しかし、それが少女二人に容易く退治され、陸に打ち上げられていく。


「ふー、これなら、結構な報酬がもらえそうだね」

「思ったよりたくさんいたね……鍛錬にもなっていいかも」


 爆発が起こる前に、川に近づいた2人を襲おうとしたカルカリアスはすべてマリナが倒していた。

 新しく作った剣を振るい、瞬く間にカルカリアスの頭を切り落としていく。

 初めてマリナが戦うところを見たウィルベルは、その姿に感動していた。


「マリナ……強くなったね、うれしいわ、ほんとに」


 どことなく大げさなウィルベルにマリナは苦笑する。


「2人にはまだまだかなわないよ……それに私は、斬ることしかできないから」


 マリナは聖人であり、優れた膂力を持つ。

 しかし、半年ほど前までまともな生活を送ってこなかった彼女が、どうしてここまで短期間で強くなれたのか。

 それは、マリナが相手の攻撃を防ぐことは一切考えず、ひたすら斬ることだけを念頭に鍛錬を行っていたからだった。


「ま、確かにこいつらはただ真っ直ぐ向かってくるだけで、そんなに速くないからね。初陣にはちょうどいいんじゃない?」

「そうだね……足運びとかの練習にはなる」


 話しながら、また一匹の鮫の噛みつきを回避して、すれ違いざまに首を切り落とす。


「人と戦うのは、まだ早いかも……どう防げばいいのか、よくわからない」

「それはまあ、ウィルに聞けばいいんじゃない?防ぐのなんて、あいつの十八番だし」

「でも、ウィルと同じことしても仕方ない……三人一緒なら、役割変えたほうがいいし」


 マリナが斬ることに専念した理由。それはウィリアムが防ぐことに特化し、ウィルベルは遠距離攻撃に特化しているためだった。


 近距離で攻撃するものがいない、という理由から、彼女は剣を握った際、まず最初に斬ることだけを練習するようになった。


 一方でウィルベルは、困ったように肩をすくめる。


「そんな考えなくてもいいと思うんだけどなぁ。そもそもマリナは軍医なんだし、前に出て戦わなくていいんじゃない?」

「でも2人はあまり怪我しないし……ずっと見てるばかりになりそう」


 話しながらも大量のカルカリアスをしとめ、もう近くにいないことを確認した2人は、しとめた死体をまとめて討伐を証明するヒレを回収し始める。


「ひいふうみい……大量ね。よっしゃ、これで結構な額になりそうね!」

「お肉も食べられるらしいけど……どうする?」

「うーん、解体はめんどくさいなぁ。ここの漁師の人に売れば荷物も減っていいんじゃないかしら」


 ウィルベルの言葉にうなずいたマリナは、先ほどの漁師長の元に向かった。


 こうして、いたって順調に、二人のハンターとしての初の依頼は完了したのだった。



 *



 無事にギルドに戻り、依頼が完了したことを示す依頼主のサインをギルドの受付に提出した2人は、そこで報酬を受け取った。


「ふっふっふ~、これでウィルに自慢してやろーっと」


 ずしりと重たい袋を持ったウィルベルの足取りは軽い。マリナはそんなウィルベルを見て楽しそうにしていた。


 そのまま2人がギルドを後にしようとしたその時――


「おおい!!誰か!!助けてくれぇ!」

「仲間が一人やられちまったぁ!!」


 ギルドの入り口で、倒れている仲間を引きずって助けを求めるハンターたちが現れた。


 そのハンターたちは、朝に2人に絡んできた4人のハンターだった。

 朝の余裕綽々の表情がみな青く染まり、そのうちの一人は血の気のない土気色、異常なまでの汗をかいていた。


「あぁ、あいつら……またか」


 ウィルベルたちの近くにいた壮年のハンターが呆れたようにつぶやいた。

 誰に吐いたわけでもない言葉は、ウィルベルの耳に入ると、彼女は気になったのか尋ねた。


「おっちゃん、またって?」

「おっちゃんじゃない!……て、なんだ、朝騒いだ嬢ちゃんたちか」


 年齢を気にしているのか、ハンターはウィルベルの呼び方を条件反射のように訂正する。

 そのあとは騒いでいるハンターについて丁寧に教えてくれた。


「あいつらは口だけ達者な奴なんだ。偉そうなこと言って実力も何もない、見てくれだけの連中さ。だから朝あいつらに言われたことはなんも気にする必要ないぞ?」

「別に気にしてないわ。あたしたちの方が強いし。でも……」


 話を聞きながら、ウィルベルは怪我をしているハンターたちを気にしていた。

 怪我をして助けを求めているにもかかわらず、周囲にいる人間たちは彼らに見向きもしなかった。

 無視されても、ハンターたちは仲間のためにと必死に叫んでいた。


「気にすることはない。あいつらは日ごろの行いが悪いんだ。それに――」

「あたし、行ってくる!」

「あ!ちょっ!」


 ウィルベルは朝のことも忘れて、ハンターたちのもとに駆け寄った。そんな彼女の後ろをマリナがついて行く。

 4人のもとに駆け寄ったウィルベルとマリナは即座に状況を確認する。


「あんたたち!どうしたの!?」

「こいつが――ああ!?お前は朝の!」

「そんなことどうでもいいから!早く見せる!この子は軍医だから多少の怪我なら診れるから!」

「軍医だって!?」


 マリナが軍医だと聞いて、ハンターたちは目の色を変える。

 ただそれは安堵といったものではないようにも見える。

 ハンターたちはひそひそと話をするが、放ってマリナが倒れているハンターに近づこうとした。


「足を怪我してるだけなら、命に別状はないはず……でも毒や病気が入っていたらその限りじゃないから、すぐに処置を――」

「いや!応急処置ならすでに俺らがやってんだ!勝手な事すんな!それよりも頼む!この怪我を治すには教会に行って癒しの加護持ちの神官に頼むしかないんだ!」


 マリナが信用できないのか、それとも朝方の件で負い目があるのか、処置をしようとしたマリナを遮って、リーダー格の剣を携えた男が2人に頭を下げる。


「すまねぇが金を貸してくれ!絶対に返すから!朝の件もちゃんと謝るからさ!」


 1人が頭を下げたことで、他の2人も頭を下げた。

 ウィルベルとマリナは戸惑う。


 そうしている間にも、倒れている弓を担いだ男はおかしな音を口から立てていた。


 一刻の猶予もなさそうだった。


 ウィルベルは手元の報酬が入った袋、そして頭を下げているハンターと倒れているハンターを交互に見る。


「ベル……」

「……人の命には代えられないもんね」


 心底手放したくなさそうにしながらも、ウィルベルは頭を下げているハンターたちの前に報酬が入った袋をどんと音を立てて置く。


 袋を目にしたハンターたちは血相を変えて、先ほどの焦りが嘘のように顔を綻ばせて袋を手に取る。


「ありがとう!このことは忘れないぜ!じゃあな!」

「あばよ!有望な少女たち!」

「助かったぜ!」


 口々に感謝の言葉を放ち、倒れているハンターを器用に担いであっという間に4人は姿を消した。


 その場に残されたウィルベルは、残念そうにも、しかしどこか誇らしげな表情を浮かべていた。

 横にいたマリナはそんな彼女に声を掛ける。


「ベル……よくお金渡したね」

「しかたないでしょ。人の命には代えられないし。確かにあいつらは腹立つけど、だからって死んでもいいとは思わないしね」

「ふふっ……ベルもやっぱり優しいね」

「まーね」


 ふたを開けてみれば、何の収穫も無くなった2人。

 それでもどこかやり切った顔で2人はギルドを後にし、帰るのだった。



 ――それを見ていた、ウィルベルにハンターについて教えた壮年の男性はまたつぶやいた。


「やっちまったな……あの嬢ちゃんたち」




次回、「幕間8:ウィルベル散財記④」

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