幕間6:ウィルベル散財記②
「うぅ、全身ひどい筋肉痛だわ……」
ウィリアムのしごきを終えて、ウィルベルたちはシャワーを浴びてから部屋に戻った。
久しぶりの激しすぎる運動で体がぼろぼろになったウィルベルは、ソファにうつ伏せに寝そべり、力のない息を吐く。
同じく疲労困憊のマリナが椅子に座りながら自身の足を揉んでいた。
「今日はウィル……気合入ってた。明日に響きそう」
整った顔を痛みにゆがませるマリナを見て、ウィルベルは駄々をこねだす。
「明日はもう何もしない!一週間分頑張った!」
つかれているにもかかわらず、手足をばたつかせるウィルベルに、マリナはクスリと笑った。
「それもいいかもね……動いた後は、しっかり休まないと」
「なら明日は一緒に遊びに行きましょ。ウィルも明日は講義だし、誰も邪魔しないし」
「でもベル……お金ないんでしょ?」
「あ……そうだった」
途端に落ち込むウィルベル。
丁度その時に、2人の部屋の扉が叩かれる。マリナが立ち上がり、扉を開けると、そこには仮面をつけたウィリアムがいた。
その手には小さな小袋が下げられている。
部屋に入ったウィリアムは、だらしなく寝そべっているウィルベルを見て、軽く笑いを含んだ息を吐いて、その頭に手に持っていた小袋を置く。
置いた瞬間、袋からは固い金属がこすれる音がジャラジャラと鳴り、固い感触がウィルベルの頭に落ちる。
「はっ!?この感触は!」
袋の感触から、その中身を察したウィルベルは鍛錬の時以上の速度で起き上がり、その勢いで上に跳ね上がった袋を見事にキャッチする。
袋を開けたその中身は、彼女の想像通り、硬貨だった。
しかし、ウィルベルは固まった。
「こ……これだけ?」
袋の中にあったのは、ほとんどが銅貨、たまに銀貨。彼女が欲しい金貨はどこにもない。
落胆したウィルベルを見て、ウィリアムは呆れる。
「これだけって、たった一日でどれだけもらえると思ったんだよ。日当としては妥当な額だぞ」
「だってあんだけ頑張ったのよ!?明日動けないくらい!それなのにこれだけ!?」
「今までさぼってきたツケだ。逃げようとしたしな。ちなみに明日休んだら、その分の給料は渡さないからな」
「あんだってー!?」
ウィルベルはこの世の終わりのような声を上げ、後ろに糸が切れた人形のように倒れる。
口から魂の抜けたウィルベルを見て、ウィリアムの仮面の口が開き、その下のいびつに横に裂けた口が露わになる。
「はっ、いい気味だ。金のありがたみがわかったか。この金食い虫め。理解したら前に貸した俺の金を返せ。いや、その手元にある金を返済に充ててもら――」
「やーだぁーーー!」
ウィリアムの言葉に、ウィルベルは寝そべりながら手足をばたつかせて抵抗する。
「あ?お?借りてる分際でそんな口きいていいのか?」
「これはあたしが必死に汗を流して稼いだお金!あんたにはあげないわ!」
「俺が必死に頭抱えて稼いだ金を、お前は一瞬で溶かすだろうが!いいからよこせ!嫌なら自力で金稼げぇ!」
ソファの上でもみ合い暴れる2人。
それを眺めているマリナは止めることもせず、笑みをたたえながら見守る。
結局二人の攻防は、ウィリアムが回収をあきらめるという形で収まった。
「とにかく、これ以上の額が一日で欲しいなら、自力で稼ぐことを覚えろよ。隊のためになることなら、成果次第じゃボーナス出してやるから」
「ホントに!?」
「といっても俺は講義があるからな。指示を出してもいいが、指示通りやってるだけじゃその袋の中身より渡すことはないからな」
それだけ言って、ウィリアムは部屋を後にする。
基本的に2人がいる女子部屋にウィリアムが長居することはない。何か連絡があっても、手短に済ませてすぐに出て行ってしまう。
残ったウィルベルは歯を食いしばって、悔しそうに低くうなる。
「クッ……こうなったら意地でも稼いでぎゃふんと言わせてやるわ!あの仮面の下の顔をゆがませてやるんだから!」
そんなウィルベルを見て、マリナはため息を吐いた。
「ベル……ウィルがくれたそのお金も、少なくない額じゃないよ。このまま普通に働いても、不自由なく暮らせると思うけど」
マリナの言葉に、ウィルベルは小さく首を振る。
「あー、地道にちまちま稼ぐのって性に合わないんだよねぇ。稼ぐなら、こう一気にバーンと稼ぎたいじゃない?」
「そうはいうけど……当てはあるの?簡単に一攫千金なんてできたら、苦労しないと思うけど」
マリナもアクセルベルクに来たばかりで、仕事に関して詳しいわけではない。
それでも軍人として働くうちに、士官である自分たちが世間一般よりも高収入であることは経験則的に知っており、ウィリアムに聞いて一般の人は毎日しっかり働いていることも知っている。
毎日しっかり働いているにもかかわらず、ウィルベルよりも稼げていない人はたくさんいる。
そもそもウィルベルが今、自力で稼いでいると胸を張って言えるかは微妙だった。
そんなマリナの心配とは裏腹に、ウィルベルは笑う。
「ふっふっふ、実はあるのよ。普通の人じゃ無理かもしれないけど、あたしにはできる一攫千金の方法があるのよ!」
「それは……?」
「それはね――」
ウィルベルの話を聞くために耳を近づけるマリナ。
そして彼女から聞いた話に、マリナはぽんと手を打ったのだった。
*
「一攫千金と言えばハンターよね!」
ウィルベルは意気揚々と、早朝にアクセルベルク中央にある大きなハンターギルドの門を開け放った。
その横にはマリナもいる。
「一攫千金……そういえばウィルも、活動に必要な資金をハンターで貯めたって言ってた」
「ま、ウィルはハンターとして活動する以前からそれなりにお金は持ってたみたいだけどね。ハンターが一攫千金って言われるのは、危険な魔物を狩る仕事だからね。時折悪魔も現れるこの国じゃ、ハンターだって命がけ。王都とあって物価も高いから、報酬も高いのよ」
「そうなんだね……でもそれなら危ないんじゃない?大丈夫?」
マリナの心配に、ウィルベルは人差し指を立てて、左右に振る。
心配いらないとばかりに不敵な笑みを浮かべる。
「あたしにかかれば、どんな魔物だってイチコロよ。魔境にいたときに、ウィルから一通りハンター活動に必要なことも教わったし、一日で終わるくらいの依頼にするから大丈夫だよ」
ウィルベルの話を聞いて、マリナは納得したようにうなずく。
ハンターに必要な野営やしとめた獲物の始末に関しては、マリナもやったことはないが教わっており、大丈夫だと感じたからだ。
ギルドに入って受付に並ぶ。
まだ幼い少女二人がギルドに入ってくるのは珍しいのか、ハンターたちが次々と声を掛けてくる。
「おい嬢ちゃんたち。ここは子供が来るところじゃないぜ」
「それともご飯食べに来たのかい?おじさんが奢ってあげようか?」
声を掛けてくるハンターに、ウィルベルは煩わしそうに適当に相手をする。
「あー、違うの。ここにはハンターとして活動するために来たの。言っとくけど、こう見えて軍人だから」
「えぇ!?」
軍人だというと、ハンターたちはそろって驚きの声を上げる。
マリナはウィリアムに教わり、歩き方から身のこなしまで、ある程度鍛錬しているために納得できる。それでもまだ違和感はぬぐえないが、それ以上に軍人らしからぬウィルベルを見て、誰も本当に軍人だとは思わなかった。
その後も適当に話しかけてくるハンターをあしらいながら、2人は受付にたどり着き、ハンター登録を行った。
身分としては、軍人であることを示す従軍記章を見せることで、身分の保証付きの責任ある依頼が受けられるハンターであることを示すギルド証が発行される。
国や町をまたぐ依頼を受けることのあるギルドは、安易にハンターに依頼を任せることはない。もし国をまたぐ依頼で何らかの不手際があれば、国際問題になりかねないからだ。
そのため、責任ある依頼を受けることができるハンターかどうかを見定めるために、ギルド証には身分の保証があるかどうかを明確に記述される。
当然、身分の保証付きのギルド証があれば、責任ある依頼を受けることができるため、高額な報酬をもらえる依頼を受けられる。
そうしてウィルベルとマリナは、軍人として身元が明らかなことからしっかりとしたギルド証が発行された。
戦闘に関しては、軍人だからということで免除された。
軍服も着ていない二人に、受付の職員は疑っていたが、規則にのっとり、2人は短時間でハンターとして活動できるようになった。
あっという間に証明書をもらったウィルベルは、足取り軽く依頼がある掲示板に行く。
「うーん……プラントハント……ハナイカダ、うーんこれはレアすぎるから難しいなぁ」
「レアなの?」
ウィルベルが掲示板の中で最も高額な依頼を手に取り、悩まし気な声を出す。
気になったマリナがウィルベルの手元を覗き込む。
「ハナイカダっていうのは、珍しい食用の植物でね。珍味なの。普通、植物の実は花のある場所になるんだけど、この植物は葉っぱの真ん中に実をつけるの」
「珍しいね……確かにそれは土地勘がないと難しいかも」
「この植物は魔法にも錬金術にも使える貴重な触媒になるから、もしあったら普通にあたしが欲しいのよね。だから他のにしようかな」
ウィルベルが依頼を掲示板に戻し、代わりの依頼をさがす。
すると今度はマリナが依頼が書かれた紙をはがし、ウィルベルに見せる。
「これは?……地竜モドキの討伐。地竜をしとめられるならいけると思うんだけど」
見せられた依頼を手に取る。そこに書かれた内容と報酬にウィルベルは笑顔を浮かべる。
「うん!これならいい感じね!場所も書いてあるし、討伐数も歩合制で一頭当たりの単価もいいから、これなら一日でたくさん稼げるわ!」
ウィルベルは頷き、マリナとともに依頼を受けようと受付に向かう。
だがその直前に――
「おいおい、ガキがこれ受けるってのか?ハンター舐めんのも大概にしろよ」
荒々しく、明らかな侮蔑の声が2人に降りかかった。
ウィルベルは振り向くことなく無視しようとしたが、彼女の手にある依頼書が強引に奪われる。
「ちょっと!」
「ちょっと見てくれがいいだけの小娘が。ハンター舐めんじゃねぇ。物見遊山で来るとこじゃねぇぞ」
依頼書を奪ったのは、4人の男たち。
その4人は大剣を背負っていたり、弓矢を手にしていたり、丈夫な防具に身を包んでいたりした。
一見して装備がばらばらな4人。しかし、その誰もが下卑た笑みを浮かべ、ウィルベルとマリナをあざ笑うかのように見下していた。
背の低い2人を見下ろし、馬鹿にするように腰を曲げて視線を合わせる。
「困るんだよなぁ、遊び半分でこんなことされちゃあ。こっちは命がけでやってんだよ?それなのにこんなガキが、こんな難易度の依頼をろくな準備もなしに受けようなんざな。ハンターの信用にかかわるぜ」
「金だけ見て相手を見ねぇなんてな!なんなら俺たちと来るかい?見てるだけでいいぜ?代わりに俺たちの相手してもらうけどなぁ!」
揃って下品な笑い声をあげる。
不快に思ったウィルベルは整った眉を険しくして、男が奪った依頼書を取り返そうと手を伸ばした。
しかし、男はひょいっと依頼書を彼女の手から遠ざける。見せびらかすように頭上でひらひらと動かしながら、煽る。
「欲しいならとってごらんよぉ、これもどうにかできないなら地竜モドキなんて到底倒せませ~ん」
「――!!!」
背の小さいことを気にするウィルベルは、相手の煽りに一瞬で頭が沸騰するほどの怒りを覚えた。
声を上げることもなく、歯を食いしばって右手にマナを集める。
お望み通り、目の前のハンターを吹っ飛ばして依頼書を取り返そうとした。
しかしそれを、隣にいたマリナがウィルベルの腕をつかんで止める。
「ベル」
「……っ、マリナ」
ギルド内で魔法を使って暴れれば、いくら身分の保証付きとはいえ、ハンター資格の剥奪もあり得る。
ウィルベルは下唇を噛みながら、仕方なく右手に集めた発動寸前のマナを落ち着かせる。
するとあきらめたと思ったのか、ハンターたちが2人にさらに嘲った。
「ヒャハハ!ほらな!これも取り返せないんじゃ、ハンターなんて向いてねぇって!」
「やめろよ、こんな子供にそんなことしたら泣いちゃうぞ?ほら!もう泣きそうだ!」
「へっ、これが嫌ならおうちに帰って絵本でも読んでもらうんだな!」
2人がやり返さないのをいいことに、ハンターは奪った依頼書に痰を吐き、くしゃくしゃに丸めて二人に放る。
丸められた紙はウィルベルを抑えていたマリナの額にぶつかり、落ちる。
「……」
「眠いならおうちに帰っておねんねしてな!」
去り際に下品な笑い声をあげて去っていく。
その刹那――
「ベル!ダメ!」
「っ!?」
ギルド内に鋭い少女の声が響く。
声に反応し、ハンターが振り向いた。
その瞬間に、ハンター全員に向かって屋内ではありえないほどの突風が巻き起こった。
「……」
「な、なんだ?」
ありえない突風に、ハンター人は思わずたたらを踏んだ。
ハンターたちのすぐ後ろには、うつむいたウィルベルがこぶしを振りかざそうとしていた。ハンターたちに当たる直前にその小さな拳は止められ、静止していた。
ウィルベルの顔は、前髪に隠れて見えない。
「ごめん、マリナ。いこっか」
何事もなかったかのように、ウィルベルは踵を返してマリナのもとに戻った。
何が起きたのか理解できないまま、ハンターたちはその場に立ち尽くしていた。
次回、「幕間7:ウィルベル散財記③」