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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第三章《移り変わり固まる決意》
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幕間5:ウィルベル散財記①


 ウィリアムが首都アクスルの王城で講師をしている間、ウィルベルたちは各自で魔法の研究や修練、鍛錬、勉強をする。この間はアインハード中将の計らいで比較的自由に行動できるように取り図られている。


 有体に言えば……ウィルベルは暇を持て余していた。


 もともと彼女はじっと勉強するような質ではなく、外で魔法を使いたい性分であり、南部とは違い、王城では派手に魔法を使うことができないことから退屈している。


 割り当てられた実験室でも特に何かの研究でもなく、手から炎や風を発生させていた。

 それを横で見ていたマリナがウィルベルに苦言を呈した。


「ベル、暇なら勉強か鍛錬でもしたら?……ウィルに呆れられるよ」

「そうはいうけど暇なのよね。マリナは何を勉強してるの?」

「軍医になる勉強……最近はわかるようになってきたから、楽しい」

「ふ~ん、よく飽きないわね。あたしは机に座ってお勉強は苦手なのよね」

「ベルは少しは落ち着きを持った方がいいと思う……爆発ばかりで困るってウィルが」

「少しくらいいいじゃない。ていうかマリナ、ウィルのことばかりね」

「今だってウィルはお仕事してるし……ウィルのおかげで私たちはこうしていられるし」


 彼女たちも軍属であり、こうしている間にも給料は発生している。ウィルは執行院講師というアクセルベルクでは大変名誉な仕事をこなしており、給料はかなりの額だ。彼女たち二人は軍に貢献する活動を行っているという名目で給料が発生している。


 勉強や研究は当然の仕事だ。マリナは真面目に勉強しているが、ウィルベルはあまり真面目にしていなかった。


「ていうかなんでウィルはあんなにいろいろ知ってるのかしら。雷は確かに知ってるけど、電気として利用するなんて聞いたことないもの」

「……ベルでも聞いたことないの?雷は時々起こるから、電気はみんな知ってると思ってた」

「そんなわけないよ。雷は当たったら死んじゃうのよ?そんなの研究しようなんて誰も思わないもん。火みたいに強弱がわかりやすくもないし、小さい雷の存在なんて誰も知らないんじゃないかしら」

「じゃあ……なんでウィルは知ってるの?」

「知らないわ。もしかしたらウィルの秘密の一つかしらね。あいつ、どうにもまだ隠し事してるみたいなのよねー」


 ウィルベルには、ウィリアムが何か隠していることを薄々感じていた。軍に入隊する際に旅の目的と理由を話してくれたがそれですべてとは思えなかった。


 まず故郷に帰れない理由がわからない。通常の方法ではいけないということだが、そんなことがあるのか?


 そしてそんなところに行く方法がグラノリュースになぜあるのか。あの国は外部と隔絶しており、技術や文化で言えばアクセルベルクを始めとした国々に到底かなわない。


 彼があそこまでの知識を身に着けていることも、なぜあの歳で魔法が使えるのかも謎に包まれていた。何よりもあの歳でほぼ聖人になっていることだ。

 

 そんな人間は長い歴史の中でも存在しない。伝説に残る英雄達でも、聖人になったのは20代後半が精々と言われている。


 何よりもあの顔だ。仮面をずっとしていて、いまだに一度も顔を見ていない。


「なーんか隠し事ばかりで信用されてない感じがするわよね」

「きっと理由があるんだよ」

「理由って何よ。せめて顔ぐらい見せてくれてもいいと思わない?」

「それは、確かに……顔に傷があるとか?」

「それならそう言うと思うんだけどね。それにそんな繊細な奴じゃないと思うし。あ!そういえば思い出したんだけどね」

「?」

「あたしとウィルと会う前の、マドリアドっていう町のハンターギルドに行った時の話なんだけどね……そこの受付嬢がウィルの顔を見たらしいのよ!」

「!……どんな顔だったの?」

「聞いた話じゃ、結構男前らしくてあそこの受付嬢には人気だったのよ。顔立ち的には優しそうな印象だったらしいけど、今の感じを見ていたらちょっと疑わしいわよね」

「そう?……ウィルはいつも優しい」

「それはマリナだけよ。あたしにはいつもうるさいわ。爆発させるなとかちゃんと勉強しろとか」


 マリナから見ればウィリアムはウィルベルに当然のことを言っている。軍で働いているのだから、研究も鍛錬も仕事の内だ。むしろウィルベルにはもともと魔法の修行という目的があると聞いていたから、それをやればいいというウィリアムの計らいは優しいと思っていた。


 逆にウィルベルから見たら、ウィリアムはマリナにだけやたら優しい。自分には魔法を教えろ、勉強しろ、考えろ、爆発させるなと小うるさいと思っている。ただそれでもウィリアムから離れないのには訳がある。


「ベル、最近はあまり外出しないけど……お金使ったの?」

「ギクッ」


 マリナの指摘に明後日の方向を向いて吹けもしない口笛を吹いている。

 実はウィルベルは暇だからと言って町に繰り出してはいろいろ買ったり食べたりしている。しょっちゅう出かけていて時折、マリナやウィリアムにお金をせがんでくるが断られている。たまにマリナは貸すことがあったが最近は貸さなくなった。ウィリアムにやめろと言われたからだ。


 彼女の買い物には計画性というものが皆無だった。


「お願い!マリナ、お金貸してぇ~!」

「ダメ……ウィルからお金の貸し借りは大問題になりかねないからって」

「またウィルかぁ!いいじゃない!あいつなんて働いてばっかりでお金使ってないんだから!」

「ベル、さすがに酷い……人のお金で遊んでばかり」

「うぅ、だって町のごはんはおいしいんだもの。きれいな物だってあるし、しょうがないじゃない……」

「ならベルはしばらく町に出ないほうがいい……ウィルにばれたらまた怒られる」

「誰に怒られるって?」


 その声を聴いた瞬間二人は声のした方向に勢いよく振り向いた。

 そこには仮面をつけた黒髪の男が立っていた。


「ウィ、ウィル。おかえり。きょ、今日は早かったわね?」

「あぁ、ただいま。今日はヒルダもアルドリエも他の講義に出るらしいからな。早めに終わった」

「あの二人……他の講義に出られるようになったんだね」

「ああ、最近は二人とも分別が付くようになったからな。ヒルダは相変わらず喧しいままだけどな」


 アルドリエは以前のように気になったことを執拗に質問することもなくなり、ヒルダは傲慢さが身を潜め、努力するようになった。そんな二人が落ち着いたのを見て、ウィリアムが他の講師に掛け合って一度だけ参加させてみたところ、他の講師もこれならと参加できるようになった。


 話をしながらウィリアムは座っているウィルベルの後ろにゆっくりとまわる。


「あの件からしばらく様子を見たが、2人とも随分と成長している、誰かさんとは大違いだ」

「そ、そう。それはよかったわね!ところでウィル、あなたの席はそっちよ?」

「そうだな、教えてくれてありがとう。ウィルベル。だけど今はかわいらしいベルと少しばかりお話をしたかったんだ」

「あ、あら。ウィルにしては珍しく嬉しいことを言ってくれるわね。でも大丈夫、あなたの心配するようなことは何もないから、お話ししなくても大丈夫よ」


 ウィリアムがウィルベルに対して怒るとき、決まって最初は普段は言わないような優しい口調だ。ただそれが嵐の前の静けさということもわかっているのでウィルベルも同じように返しながら、なんとか逃げようとする。


 助けを求めるようにウィルベルがマリナに視線を向けるが彼女はそっと目をそらす。


「そう言うな。付き合ってくれればお小遣いを上げよう」

「本当に!?あ、いえ、どうしたの?何かいいことでもあったの?」

「嬉しすぎて泣きそうなことがあったよ……なあ、ベル。なんでマリナからお金を借りようとしたんだ?」

「な、な何のこと!?聞き間違いじゃないかしら!」


 目を泳がせながらも誤魔化そうとするウィルベルの耳元に顔を寄せて、ウィリアムが小声でつぶやく。


「正直に言え。言えば、恵んでやるぞ……金、もう使いきったのか?」

「……は、はい。使い切りました」

「前回の給料日からまだそんなに日が経ってないんだが?そんなに町は楽しかったか?」

「うぅ……楽しかったです……」


 ウィルベルの返答を聞いて、ついにウィリアムがキレた。ウィルベルのこめかみを拳で挟み、ぐりぐりする。


「てめぇは!俺が働いてる間、どれだけ遊び惚けてんだ?あぁ!?」

「いやぁぁぁ!痛い痛いたい!ごめん!ごめんなさい!謝るからぁ!」


 ウィルベルが自分の知らない拷問を受けて涙目になりながら謝る。

 しばらくウィルベルの悲鳴が響いた後、解放された彼女にウィリアムが言った。


「ベル、これからお前の給料制度を見直す」

「うぇ、どういうこと?」

「部隊員の給料は今別れている者たちを除いて、一度俺のもとに入ってから分配することになってる。当然だが俺がそれを横領することもできない。給料は全員決まっているからな」

「そうね、それは知ってるけど」

「つまりベルの財布はこれから俺が管理する」

「えぇ!どういうことよ!?」

「給料日に全額渡すと頭の足りないベルはすぐに使い切る。働かずにな!そもそも俺の隊にごく潰しはいらん。というわけでベルがちゃんと働いたと確認したら、その都度ちゃんと給料を渡してやろう。心配しなくても次の給料日の前にはちゃんと全額渡す」


 つまり疑似的な歩合制だった。結局次の給料日までには全額渡すようにするのであまり意味はないかもしれないがこれで少しは勉強なりなんなりしてほしいと願ってのことだった。

 だがこれにはウィルベルも反論をする。


「そんな!そんなのウィルのさじ加減一つであたしは極貧生活じゃない!」

「ここは食事も寝床もつくんだから極貧じゃねぇ。そもそも外に出なくても生活できるんだから、金が足らないなんて普通ないぞ」

「ずぅっと城の中なんて退屈だもの!首都になんてなかなか来ないんだから、しょうがないじゃない!」

「おいこら、こちとらずっと働いてんだ。それにずっと城の中って言ってるがお前はずっと城の外だろうが」


 言い返せずに上目遣いでウィルベルが睨む。先ほどのウメボシが残っているのか瞳がうるんでいたために普通の男が見れば思わず許してしまいそうな表情になっている。

 だが残念ながらウィリアムには通じず、マリナも見かねたのかウィルベルに苦言を呈した。


「ベル……さすがに擁護できないよ」

「マリナまで!?」

「というわけだ。働け、怠けモンが……ていうかお前」

「な、何よ」


 何かに気づいたのか、ウィリアムがウィルベルの顔を凝視して、徐々に下に視線を下げていく。恥ずかしいのか不快に持ったのかウィルベルが体をねじって手で隠すようなしぐさをする。


「お前……太ったろ?」

「な!?」


 顔を赤くしながらウィルベルが自分の腹と顔を触る。言われて気づいたのか、赤くなった顔が今度は青くなっていく。


「ベル、軍隊に入っておきながら太るとは大したやつだ。これからは時間が空くから、その分しごいてやるぞ」

「やーだー!」

「ウィル……私も一緒にやりたい」

「マリナはいいんじゃないか?筋肉もついて随分と健康的になってるし」

「でも最近は鍛錬、見てもらってない……もっと強くなりたい」

「軍医だからいいと思うんだけどな、まあ向上心があるのはいいことだし一緒にやるか。誰かさんと違ってな」

「あたしだって前いた研究所ならちゃんとするよ!」

「爆発させるだけだろうが!」


 ウィルベルの修行といえば魔法だが、彼女が得意とするのは火と風、その二つからなる爆炎魔法だ。魔法の修練と言って爆炎魔法の練習しかしないために彼女の修行は基本爆発がつきものだ。土や水も基本は完璧だが本人の好みであまり使われない。


 ウィリアムは電気に専念していたが、最近は他の属性にも手を出している。ウィルベルが教えることもあるが、火と風以外は大して変わらない


 魔法の修行に来ているのに、現在はウィリアムのほうが魔法の修行に積極的だった。


「なら久しぶりに3人で鍛錬と勉強だ。楽しみだな」


こうしてこの日は一日中、鍛錬に使われることになった。



 *



「ほら走れこら!ベル!マリナに負けてんじゃないぞ!」

「ひぃ!」


 城の周囲は星形をした堀に囲まれていてかなり広大な敷地がある。その中には兵舎を始めとした基地もあり、今はそのなかの訓練場の片隅を借りて3人は鍛錬をしている。


 ウィルベルは基礎体力が足りないので走りこみ、マリナも走り込みをしているがウィルベルよりもペースが少し速かった。


 マリナは毎日、地道に鍛錬と勉強を続けているので、すでに体は一般的な人間よりも出来上がっている。聖人に片足突っ込んでいるので膂力も大きく上がっている。


 一方でウィルベルは最近、町で遊んでいたので体力も落ちてしまった。


 ちなみにウィリアムはすでに走り込みの周回を終え、近くにいた兵士と模擬戦をしていた。ほぼ聖人のウィリアムにかなうものはそうそういないので胸を貸す側になってしまっているが、時には思わぬ攻めをしてくるものもいるので気は抜けなかった。


「はぁ、はぁ。お、終わったわ……」

「お疲れさん。次は筋トレだが……アップのつもりだったのに、思ったよりきつそうだな」


 ウィルベルはひとまず体を絞ることで、アップをしてから筋力トレーニング、有酸素運動というメニューを考えていたが、アップの時点でへとへとだった。


 ただこれはウィルベルに体力がないだけではない。彼女は軍人としては確かに体力がないが、同世代の平均と比べれば多い。それでも準備運動でこれだけ疲れているのはウィリアムのメニューがきついからだ。


 ウィリアムは前の世界にいたときは陸上のやり投げを専門としていたから、トレーニングに関してはそれなりの知識がある。しかしこの世界にきて自分自身が聖人となり、生半可なトレーニングでは鍛えられなくなったために感覚がマヒして、かなりきついメニューを組むようになってしまった。


「あんた、鬼ね。よくマリナはついていけるね」

「はぁ、最近やっと……それでも、きつい」


 マリナは背中まで伸ばした白髪交じりの黒髪をポニーテールにしており、顔や首筋に玉のような汗を浮かべている。ウィルベルも同様に銀髪を縛って滝のような汗を流している。


「考え直した方がいいか?……いや、ベルはいいか」

「どうしてよ!?」

「たるんだ心も鍛えなおしてやろう」

「やーー!?」


 傍からみればウィリアムがウィルベルをいじめて喜んでいるようにしか見えない。実際にウィリアムは楽しんでいるので間違ってもいない。


 マリナはその様子を見てクスっと笑う。

 最近はウィリアムも忙しく、ウィルベルは本当に暇そうにしていた。口ではいろいろ言いながらもウィリアムにもう少し一緒にいてほしいのだとマリナは思っていた。本人が気づいているのかはわからないが。


 ほほえましいと思いながらも、このままではウィルベルが泣きかねないので、助け船を出すことにした。


「ウィル……あんまりやりすぎても効率落ちちゃうよ?」

「一日くらいなら平気だ。むしろ超回復おきて強くなるさ……多分」

「多分!?」


 ウィルベルが騒がしくしていると、そこに意外な人物が入ってきた。


「先生!ここにいた!」

「ヒルダ?なんでここに来たんだよ」

「だって講義でわからないところがあったから聞きに行こうと思ったらいないんだもの!城の人に聞いたら訓練場に向かったって聞いたから!」


 もともと騒がしかった訓練場がさらにうるさくなる。

 普段は男臭い訓練場に若い少女たちの大声がこだましていた。

 同じ敷地内とはいえ城から訓練場まではそこそこ距離がある。わざわざヒルダがここに来ることにウィリアムたちは驚いていた。


 来てしまったものは仕方ないと、ウィリアムがわからないところを聞き、それについて答えるとヒルダは納得したようにうなずいた。


「なるほど!そういうことだったのね!先生は電気以外もできるのね!」

「ほら、わかったらとっとと帰れ。わからないことがあったらまた明日聞いてやる」

「そんな邪険にしなくてもいいじゃない!というか何やってるの!?」

「訓練だ」

「私もやる!」

「帰れ!」


 ウィリアムがヒルダの相手をしている間に、ウィルベルはこれ幸いと忍び足でその場から去ろうとする。

 しかしそれが当然ばれないはずもなく……


「……ヒルダ、ちょっと付き合え。マリナと手合わせしてやってくれ」

「先生は?」

「俺は逃げようとしてるそこの金食い虫の相手をする」

「やあああ!?」


普段は男臭い訓練場に、甲高い少女の叫びが響き渡るのだった。

次回、「幕間6:ウィルベル散財記②」

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