エピローグ~もう一つの進展~
アクセルベルク首都アクスルにある城、執行院と呼ばれるこの国の中核を担う若者の養成機関にて、講師を務めてから4か月が経った。
あの日、野外学習をしてから、ヒルダが異常に勉強を教えてと絡んでくる以外には、至って平穏な日々だった。
残念ながらこの期間、碌に魔法や飛行船の研究を行うことができなかった。鍛錬だけは何とか続けているが、レオエイダンに学びに行っているヴェルナーたちに少々申し訳なく思う。
ただこの期間にも平穏ではあったが変化はあった。
それは目の前にいる二人だ。
「そもそもこの部隊の技術はこの世界には合っていない。この技術はいずれこの国の破滅をもたらしかねないものだ。隊長は理解しているようだが、他の隊員はとても理解しているとは思えん。即刻中止、破壊すべきだ」
「それは極端じゃないかな?確かに大きすぎる力は破滅をもたらすことはあるけど、使い方を間違えなければたくさんの人を救うこともできるんだよ」
「それは正しく扱われればの話だ。この力を正しく扱うことのできる人間は多くはいまい。そもそも一人でも扱えないものがでれば甚大な被害をもたらすのだ」
「ならそれを知っているボクたちが正しく管理すれば、被害を出さずに救えるわけだ。そのためのボクたちでしょ?」
「我々が正しく管理したとしても他の者たちは?いつまでも我々が管理することなどできない。国は手中に収めようとし、そうでなくとも我々が死ねば後のものが過ちを犯す」
「そうとは限らないんじゃない?僕たちの後を継ぐ者に僕たちの意志や考えも継いでもらえればこれからも安全で多くの人を救える。そのための方法をこれから考えていけばいいんじゃないかな?」
「過ちとは起こるべくして起こるものだ。1%でも起こる可能性があればいつか必ずその過ちは起こるものだ」
「ならそれこそここで破壊しても意味がないんじゃないかな?ボクたちが作ったことを知った人がまた作り出すかもしれない。そのときに悪さをさせないためにもボクたちが正しく管理するほうがいい」
今、目の前でひたすら言い合っているのは、新しく追加された人員で、俺の副官になったもの達だ。
1人は俺よりもだいぶ年上で、くせのある銀髪に眼鏡、たばこをひげを蓄えた口でくわえた男だ。年齢的には40~50くらいだろう。
名前はカーティス・グリゴラード。細身だが鍛えられた体に軍服は良く映える。
もう一人は女性で、長い金髪を背中に流し、青い瞳をした俺よりも少し年上くらいの女だ。ただ一人称はボクだ。こちらも鍛えられたように見えるが、カーティスと異なるのはスタイルだ。
出るとこは出て締まるところは締まった、理想ともいえるような体型で、厚手の軍服越しでもわかるほど。
名前はアイリス・ミラ・ルチナベルタ。ミドルネームがあるからそれなりの名家の出だろう。
二人が俺の前で、椅子に座って報告書を読みながら口論をしている。
その内容は特務隊が作り出した兵器についてで、この国にはオーバーテクノロジーなものもいくつかある。その扱いを危惧したカーティスと多くの人を救えると感じたアイリスが正反対の意見を言い合っている。
ちなみに今いるのは実験室とは別の、人員の増加に伴い与えられた部屋の一つだ。最近は実験室よりもここにいる時間が多い。
そして問題はもう一つある。
「ねぇ、先生!これ教えて!」
「ヒルダ……ここには来るなと何度も言ってる」
「でも聞かないと今度の試験に落ちちゃうもの。それに私も未来の特務隊員なんだからいいじゃない。勉強だと思って!」
「それは隊員になったら教えてやるからとっとと出てけ。それとその問題はマリナがわかるから彼女のところに行け」
「わかるなら今教えてよ!」
「わからん、行け」
ヒルダがこうして俺の部屋にまで来るようになったことだ。最初は追い返していたがあまりにもしつこく聞いて来る。仕方なく相手しているが、最近は軍の話もすることがあるので本当に困る。
しかも他の講義のことも聞いてくる。そんなもん知るか。わかることには答えるがわからんものはわからん。
そういって追い返そうとすると、ヒルダが聞きたいことがわかるのか、アイリスが丁寧に教えていた。
「……ということだよ」
「なるほど!わかったわ!ありがと!」
知りたいことがわかってすっきりしたのか、ヒルダが元気よく出ていく。
それをアイリスは笑顔で見送ると、こちらを向いて言った。
「隊長は慕われているね。いい講義をしているのかな?」
「当たり障りのないことをしてるだけだ」
「そうかな?それだけであんなに慕われるとは思えないけど。それより、隊長は今の話についてどう思う?この技術を隊長はどう使う?」
今の話とは、俺が作った時代錯誤の技術の扱いについてか?
「そんなのは決まっている。必要だから使う。どのみち今の段階では俺含め、2人しか使えん」
「だが、いずれこの研究を続ければ誰しもが使えるようになる。現時点でレオエイダンに向かった者たちはこの研究を続けるだろう」
「そうなればもはや俺のあずかり知るところじゃない。俺の隊の下、研究するなら管理するが、この隊を抜けて研究を続けるならそれはそいつの責任だ」
「開発しておいて後のことは放置か。無責任極まりないな」
「そもそも俺がそこまでの責任を負う必要があるか?この隊で研究し、運用するなら何かあれば俺の責任だが、止めていた研究をよそで勝手に行って問題が起きてもそれはそいつの責任だろう」
「だが隊長が開発しなければそのような事態には陥らなかった。今すぐ研究を中止すればそのような事態を防ぐこともできる。人が死んでからでは遅い」
「そんなものはこれに限らず、すべてのものに言えることだ。気球も銃も、日常で使われるものとて扱いを間違えば事故になる。その責任をすべて考案したものに擦り付ける気か?」
2人も増えると、隊の運営について意見が多くてまとめるのに時間がかかる。
しかもややこしいことに二人とも俺と階級が同じだ。おかしいと思うだろう?俺も思う。
カーティスもアイリスも中佐だ。カーティスは軍属の技官らしいが錬金術師として相当な腕前で、自分用に作ったもので戦うためにかなり強いらしい。
結構な歳で能力もあるのにいまだに中佐なのは、少し前までは軍人ですらなかったからだ。俺と同時期くらいにスカウトされて、渋々入隊したらしい。
一方、アイリスは単純な剣と指揮能力で中佐まで上り詰めたらしい。
2人とも俺の副官としては過剰すぎるのではないだろうか。
「つうか、なんで中佐の二人が俺の副官なんだよ。おかしいだろうが」
「それだけこの部隊に国も注目しているのだ。この俺もこの部隊の技術や研究に興味があったので志願した。まさか隊長がこんな若造とは思わなかったが」
「ボクもそうだよ。この部隊の隊員はとても強いと聞いてね。興味がわいたんだ。でも隊長が顔を隠しているとは思わなかったな。声からして若そうに思えるけど実際の年齢はいくつ?ボクより上?」
アイリスが俺の歳を聞いて来るが無視だ。俺の個人情報は秘匿だ。
2人とも中佐ということは本来、部隊を率いる立場だが、聞いたところによると、転属願を出したら通ったらしい。
普通なら中佐が特務隊とはいえ、同格の中佐の下に二人もつくなんてありえない。
だが意外なところから答えが返ってきた。
「ウィル~。あんたに中将から伝令が来てるわよ~」
「ベルか。ちゃんとノックしろ。城内とはいえ軍属なんだから礼儀はちゃんとしろ」
「わかったわよ。めんどくさいわね」
俺一人なら全然いいが、今この場には中佐が二人もいる。あとから何を言われるかわかったものではないので、悪いがちゃんとしてもらう。
ベルが持ってきた手紙を受け取り、見てみると納得の事実が入ってきた。
「特務隊規模拡大で大佐に昇進?なるほど、だから中佐が二人もいるのか」
「え、なになに?ウィル、大佐になるの?じゃああたしたちも上がるかしらね!」
「じゃあ、これで隊長はボクたちの隊長として階級的には問題なくなるね。アインハード中将もこれを知っていたからボクたちの転属を認めてくれたのかな?」
「残念ながら上がるのは俺一人だ。ベルたちまで上がれば佐官が4人だ。率いる部隊もないのに多すぎる」
助かるが随分と早い昇進だな。まだ入隊して一年足らずで、少佐から大佐だ。功績としては技術的貢献と今回の執行院の講師としての活動で無理やり上げたのだろうか。
執行院の講師が具体的にどれだけの功績になるのかわからないが、あれだけで階級が一つ上がるとは随分と安い。
だが問題は副官2人の扱いだ。欲しいとは言ったが、実態はただの書類仕事や雑務を手伝ってくれるものを希望した。そのこともちゃんと伝えたのだが大層な人間をよこしたもんだ。それだけ期待されているのか?
規模拡大は中佐が二人も来たことに関係しているのかもしれないな。部隊を2つ編成できるほどの人員をよこす気か。
ベルもマリナも指揮官としては力不足だから、確かにそういった面では二人が来てくれたことはとても助かる。
俺が今後のことについて考えていると、ベルがもう二通手紙を渡してくる。
「ほかにももう二通あるわよ。1つはヴェルナーからで、もう一つは知らない人」
「知らない人?面倒ごとじゃないだろうな」
先にヴェルナーからの手紙を開ける。
そこにはここしばらくの研究進捗と今後のことについてだ。彼らのいる場所にもカーティスたちと同じく追加の人員が合流している。
どうやらその追加の人員が来たが少し困っているらしい。教えるにも研究するにも手が足らないそうだ。まさか人員を追加したせいで手が足らないことになるとは思わなかった。
というか3人で教育すれば足りるだろう。そうでないなら恐らくヴェルナーやライナーが教えるのも渋って研究しているにちがいない。
そしてその研究の方だが、なんでも空気よりも軽い気体がレオエイダンにはあるそうで、それが気球にも使われているらしい。それを使えば船体を軽くできるのではないかと書かれており、相談がしたいとのこと。
地球でもバルーンに空気よりも軽いヘリウムや水素を使うガス気球と空気を熱する熱気球があった。普通の熱気球なら火による熱で球皮がボロボロになるが、この世界では球皮に錬金術で作った頑丈で軽いものを使っているから安全でコストも安い。
ヘリウムや水素は火を使わずに飛べるが軍用としてはどうだろうか。引火すれば爆発するし、天上人が空を飛んで攻撃してくる可能性があるならガス気球は危険だ。
あれ、ヘリウムは燃えたっけな、どうだったかな。ま、いいや。
熱気球に必要な火や熱は魔法や錬金術、魔法陣で簡単に発生させられる。この世界でガス気球は前の世界よりも使いづらい気がするのは俺が素人だからか?
とはいえ、件の気体が空気よりも軽い気体で、可燃性でない可能性もあるからここは要相談だ。
ヴェルナーからの手紙は置いて、次の手紙を取る。
差出人はクローヴィス・デア・コードフリード。
確かエルフの国ユベールと深く交流のある東部の司令官兼領主だ。
「東部の大将が何の用だ?」
「あら、東部の大将からだったの?大物じゃない」
「そんな人からも手紙が来るなんてうちの隊長は大物だね」
「この部隊の技術を手に入れたいといったところだろう。あの地方は技術力はさほどでもないからな」
ベルやアイリス、カーティスが近づいてくるので読み上げてやる。
「カーティスの読み通りだな。どうやらエルフの国に俺たちが作ったものを紹介したいらしい。以前作った飛行船の雛形に興味があるらしいな」
「あぁ、あのぱらなんとかいうやつね。でもエルフたちがああいうのを欲しがるのかしら」
「さぁな、単純に東部の大将が俺たちと仲良くなりたいだけかもしれないな。以前顔を合わせたときも巨大図書館とやらを使って呼びたそうにしていたからな」
首都アクスルに招待されて、各領の大将と宰相たちに試問されたときに興味を示していたし、単に俺たちに会いたいだけかもしれないな。エルフに紹介というのも図書館の利用を頼むために必要なことだろう。
「それでどうするの?東部に行くの?」
「どうしようかな。東部の図書館は確かに興味あるけど、ヴェルナーたちの方も気になる。飛行船の研究には時間がかかる。先に済ませないとこれからの工程にも支障がでるからな。課題を解決して技官たちが実証実験や建造をする間に東部に行きたいな」
「なるほど、確かに飛行船の建造は時間がかかる。技術的な問題を解決しても工期の関係で待たなければならないならその方が良いだろうな」
「確かにそうかもしれないね。でも東部の司令官を後回しにして先方の機嫌を損ねないかな?」
確かにアイリスの言い分ももっともだがなんとかなるだろう。そもそもただのお願いという話で、お互いに職務があるから多少の遅れは事前に伝えておけば問題ないはずだ。
とはいえ、カーティスは納得してくれたがアイリスのような意見も必要だ。
この二人がいれば、複数の視点で考えられる。これは重要なことだ。
「こちらにも事情がある。丁寧に説明すればわかってくれるはずだ。アインハード中将にも連絡は入れておく」
アイリスもうなずいてくれたので理解してくれたようだ。
仮面の奥で溜息を吐きながら、椅子の背もたれに体を預けた。
「どうにもゆっくりできないな……」
ここ最近は講師の仕事もあるし、新しい隊員に仕事を教えたり、指示を出したりで大忙しだった。
講義の時間でもないのにヒルダやアルドリエが部屋に来てずっと質問してくることもある。質問がなくてもたむろしに来るが。
結局、城にいる間に俺は碌に研究ができなかった。
ベルやマリナは時間があったので魔法の修練や鍛錬、勉強をすることができて有意義に過ごせていたのに、なんだこの差は。
「先生~!聞きたいことが~!」
ノックもなしに大声を上げながら入ってきたヒルダを見て、頭痛がした。
他の隊員たちも苦笑したり、苦い顔をしたりしている。
季節はもうすぐ春。そうなれば半期が終わり、俺の講師としての仕事も終わる。
彼女の面倒を見るのもあと少しだ。
溜息を吐きながら、少しくらいは大目に見てやろうと、今日もまた騒がしい一日を送る。
次回、「幕間5:ウィルベル散財記①」