第十九話 目指す先には
「うぅ、嘘よ……あんな地竜がこんな美味しいなんて……」
「解体した甲斐があったな。飛竜よりうまい気がするぞ」
「胡椒と塩があるからじゃない?」
解体した地竜を合流した4人とともに食べる。もとから持ってきた食料もあるが、解体した地竜の内臓はすぐに傷んでしまうから先に食べることにした。
地竜は大きくて5人で分けてちょうどいいくらいだった。
味もよく、先ほど解体するところを見て気分を悪くしたベルでさえ、箸が進んでいる。この世界には箸がないから手づかみかバーベキューで使っていたような串だが。
隣で食べているアルドリエとヒルダも驚いている。
「先生、これ本当に地竜なんですか?ちょっと信じられないです……」
「なんだっていい。うまいから食う」
「地竜食べるなんて聞いたことないんだけど!というか普通軍が出る地竜を倒せるとかこの武器どうなってるのよ!」
「お前の目の前にいるのは軍人だ。軍が出てるじゃないか」
「そういうことじゃないわよ!」
キャンキャン喚くヒルダにはすでにレールガンの説明はした。研究中の電気を利用した武器っていうすごくざっくりした説明だ。それでも納得いかないのか、それとも食事をして元気が出たからか小型犬のように吠えてくる。
といっても軍用のものだから、あまり丁寧に原理を説明するわけにもいかない。しても実現できるとは思わないが。
しかし、どうして竜の肉はこんなうまいのだろうか。牛のように脂がのっていて濃厚だが、不思議とあっさりしている。しつこくないからいくらでも食べられる。これで白米があればよかったが、残念ながら見かけていない。
食べたいが探している暇もない。それをするくらいならさっさと元の世界に帰る方法を探す。帰れば好きなだけ食える。
「もしかしたらこれだけ魔物を食べれば魔人になれるかもね」
「あぁ?どういうことだ?」
「だって魔物の肉よ?マナを豊富に含んでるんだからそれを食べたら私たちの身体もマナになると思わない?」
「思わねぇな。魔物じゃなくてもマナを含んでるだろ?」
「まあ、そうなんだけどね」
聖人も魔人も人類が進化したものだと言われているが、具体的にどうすれば進化できるのか明らかになっていないらしい。聖人は今何人か確認されており、その誰もが軍人といった、数々の戦場を潜り抜けてきた人がなっているから必要なのは戦いだと言われている。
ただマリナに関しては戦場を潜り抜けたわけじゃない。ひどい目には合ったが軍人とは別だし、また何か違いがあるんだろう。
魔人は聖人以上に数が少なく、現存していないらしいから聖人以上に謎に包まれている。ただベルの一族は魔人が多いらしいから何か知っていそうだが、彼女は何も知らないらしい。
聖人つながりで先ほどあったことをベルに聞いてみることにした。
「ところで動物が加護を持つことはあるのか」
「動物が?さあ、聞いたことないわね」
ベルも知らないようだ。なら先ほどのはいったい何だったのだろうか。
しかしここで、比較的静かだったアルドリエが心当たりがあるらしかった。
「動物が加護ですか、まるで神獣ですね」
「神獣?」
「はい。太古の昔、この世界の人々を導くために神々が遣わしたものと言われています。通常の動物よりも神々しく、人語を解するそうですよ」
「神かよ……胡散臭いな」
「あんた、それ絶対町で言わないでよ。絡まれても知らないから」
ベルに注意され、鼻を鳴らして黙る。
アクセルベルクにもちゃんと宗教はある。いくつかの宗派があるが、宗教戦争などない。
多神教であることは共通で、その中で信仰する神が違うだけらしい。聖騎士はそれぞれの宗派に所属するし、その聖騎士は民からの人気がある。
露骨に神を遠ざけていると周囲から反感を買う恐れがあるから、それを危惧しての注意だろう。
だが俺は神なんて信じない。前の世界でも宗教勧誘なんて利権がらみのものが多く、胡散臭いものも多い。何かを信じ縋るのは悪いことじゃないが、それを他人に押し付けるなという話だ。
「それでこれからどうするの。あん……先生、帰るの……ですか?」
横にいたヒルダが落ち着いたからか今更ながらに丁寧に話そうとするのを見て、少しばかり苦笑しながら答える。
「ああ、とっとと帰る。悪魔が出たと報告が必要だ」
低中高とある悪魔の位の中で中位は軍が出張るほどの脅威だ。高位となれば数を当てても無意味で、東西南北の領を統べる将軍レベルの存在だ。
実はその上に王位と呼ばれる悪魔がいるが、それは歴史上でも現れるのは非常にまれで、現在はまだ確認されていない。だがその存在は高位の悪魔とは比較にならないらしく、もし現れれば大陸総出ででも対処できるかわからない。
今回の建前の目的である電気を使った演習も、レールガンで達成できたからここで帰るしかない。
ヒルダがこれからどうなるかわからないが、今回は彼女の身の上が聞けただけよかったろう。地竜を倒して自信をつけさせようと思ったが、さすがにあの武器では強すぎて逆に無理だったか。
「食い終わったな、なら荷物まとめてとっとと帰るぞ」
そうして俺たちの野外学習は終わり、遺跡に来ても戦闘でほとんど更地にしただけで帰ることになった。
*
帰りの馬車で御者台に座って馬を走らせていると、馬車の扉が開き、器用に御者台にやってきたものがいた。
ヒルダだ。
御者台と馬車内を繋ぐ覗き穴を見ると中にいたマリナとアルドリエは眠ってしまったらしい。
「危ないぞ。慎め」
「落ちなかったからいいでしょ。それより聞きたいんだけど」
少しは先生扱いしてくれるのかと思ったが二人がいないところではこの感じで行くつもりらしい。
「……私は今までお父様のようになりたくて、頑張ってきた。でも今はお父様はいない。先生は意志を継げって言ってたけどお父様は私にどうしてほしいのかな。私はどう生きればいいのかな」
「知らねぇよ。軍人になるでも騎士になるでもいい。どちらも人のために戦っている。この二つじゃなくても人のためになることなんていくらでもある……自分がやりたいことをやれ。他の人の意見で決めるな」
自分が進む道は自分で決めるべきだ。他人の意見を参考にするのはいいが、委ねてはいけない。だから冷たいようだが俺にはこう言うしかない。
「……先生はなんで軍人になったの?」
「なりたくてなったわけじゃない。やらなきゃならないことがあって、そのためには軍人になるのが早かっただけだ。特務隊なんてものもその目的のためだ。必要がなきゃ今すぐにでもやめてやるさ」
「やらなきゃならないことって?」
「俺のことはいいんだよ。ヒルダ、お前はどうなりたい」
「私はやっぱり悪魔が憎い。でもお父様のようにもなりたい」
「ならその為の道を探せ。憎いからでも憧れからでもいい。自分のためになることを探せ」
「自分のため……」
俺から言えるのはこれだけだ。自分のために生きることだ。他人のために生きるのも、結局は他人が喜べば自分も嬉しいからだ。それはまわりまわって自分のためになる。
俺なんか人のためなんて考えてない。元の世界に帰るために、利用できるものはすべてするつもりだ。人を蔑ろにしたこともある。
そんな俺が人のために生きろ、なんて言う資格はない。
「迷うようなら他の人にも聞いてみろ、ただ最後はちゃんと自分で答えを出せよ」
「……わかった」
そう締めくくって会話は終わった。馬車内に入ろうとするので次の休憩に入るまでは御者台にいるように言ったが、その後も二人の間に会話はなかった。
*
帰路は何事もなく城に着き、それから数日は休みとした。
そうして再び講義が始まるとなったとき。普段とは違うことがあった。
「先生、どうすれば電気を操れるようになるの!?」
「魔法のことか?残念だが普通の人には無理だ」
「じゃあどうすれば戦いに役立てられる!?」
「それはだな……」
ヒルダが今までになく積極的に講義を聞くようになった。以前は狭い室内の後ろの席に座っていたが今はアルドリエと同じく、一番前の席に座って質問をしている。
質問の内容は今までに説明したものも含まれていたがそんなことはどうでもよかった。
きっと彼女の中で何かしら答えが出たのだろう。
気になったのかアルドリエがヒルダに質問をした。
「ヒルダ、どうしたんだい?以前とはまるで違うじゃないか」
「別にいいじゃない!やりたいことができたのよ!」
「やりたいことって?軍人じゃなかったの?」
俺も気になったので、興味ないふりをしながらも耳を傾けていると驚きの答えが出てきた。
「私は特務隊に入るの!」
「特務隊?」
「はぁ!?」
アルドリエが首を傾げ、俺は驚きのあまり声を上げる。
一体何がどうして特務隊に入るなどと言い出したのか。
ヒルダが笑顔でこちらを見て言った。
「何よ。別にいいでしょ!ウィルベル先生から聞いたのよ。特務隊は好きに暴れられる場所だって。研究成果を爆発させたり、実験場爆破してもいいらしいわ!しかもどの部隊よりも技術力が高くて強いって!だから私は特務隊に入るの!」
ベルの馬鹿野郎め、将来のある若者に何てこと吹き込んでやがる。しかも特務隊はそんなところじゃない、変なイメージを植え付けてんじゃないぞ。
「それにマリナ先生は苦しんでる人を救う部隊だとも、人々の生活を豊かにするための部隊だとも言ったわ。そんなすごい部隊なら入りたいじゃない!」
逆にマリナはいいように言いすぎだ。苦しんでいる人を救う?グラノリュースを落とすのが目的で、そこに住んでいる人を救うのは二の次だ。人々の生活を豊かにも侵攻に必要な技術を研究しているおまけでそうなっているだけだ。
というか2人を先生と呼んでいるのか。俺はようやく先生と呼んでくれるようになったのにあの二人とは打ち解けるのが早い。
「そうなんだ。でも特務隊って確か先生が隊長なんだよね?先生、入れるんですか?」
「知らん、人事は俺の管轄じゃない。というかやめろ。どっちも間違いだ、爆発させてもいけないし、人々の生活を救うのが主目的の部隊じゃない」
「じゃあ、何が目的の部隊なんですか?」
「それは軍の情報だ。そう話せるもんか」
「でも、技術力も強さも指折りなんでしょ!」
「まあ、それは確かにそうかもしれないが」
「なら入るわ!」
安直すぎると思ったが、傍から見て特務隊を見れば確かに精強で技術力もある部隊と採られるかもしれない。そもそも軍属とはいえ、技官と軍人が一緒に活動しているのも少々珍しい。地球のときのたいしたことのない知識では、軍の研究機関にバリバリの戦闘を行う軍人が共同だなんて聞いてない。試験要員として参加することはあるだろうが、一緒に研究となると異なるはずだ。
ヴェルナーが軍属の技官とはいえ、戦闘の訓練を行っているからこの国の軍人の扱いや範囲はかなり前の世界のものとは異なるようだ。
まあ、特務隊は特殊中の特殊だから他の部隊はさすがにちゃんと通信兵や整備兵、技官、教官は分かれているだろう。
そう考えれば俺はだいぶおかしい。武官であり技官であり、教官だ。技官に技術を教えたり、訓練をしたり、挙句の果てに補給や予算の維持管理をしている俺は階級がわけわからなくなる。
今はまだ人数が少ないからいいが、これがこのまま人数が増えたら俺は過労死する。設立した理由がグラノリュース侵攻に必要なこと全部やるとかいう、非常にあいまいだから仕方ないのかもしれない。まだできたばかりで整理できてない。
しかしせめてもっと階級を上げろと言いたい。給料をよこせ。
まあ、もうすぐ追加の人員が来るから人手不足は解決するはずだ。
話はそれたが、そんな特務隊だから彼女が入りたいと思うのも仕方ないのかもしれないが入りたいと思って入れるものじゃない。
現時点で優秀なものに限られている。今から彼女が特務隊に入るには相当努力しなければならない。
「まあいい。特務隊に入りたいなら死ぬ気で頑張れ。優秀になれば入隊したときに歓迎しよう」
「言ったわね!じゃあ先生!さっさとこれ教えて!あとなんで気球が飛ぶかも!あ、あと他の講義が聞けてないからその分もお願い!」
しまった。もっとはっきり夢を叩き折ってやるべきだった。この講義は時間が決まってないから俺の時間が無限に吸われる。
まあ元気になり、こうして前向きに学ぶようになった彼女を見て悪い気はしない。
だがどれだけ頑張って特務隊に入ったとしてもその先に待つのは戦場だ。アルドリエも王を目指すのは並大抵の苦労ではない。
2人の未来に責任を持つわけではないし、俺には関係ないことだ。
それでも願わくば。
2人が目指す先に幸多からんことを。
次回、「エピローグ~もう一つの進展~」