第十六話 楽しいピクニック
初授業の翌日。今日も今日とて講師のお仕事だ。
「昨日は電気の正体について説明したが、今日は少し違うところから入ろう。電気を使えば強力な武器を作ることができる」
そういって見せたのはスタンガンだ。
手ごろだし、これで相手を数分無力化できる。
ただ昨夜急いで準備したので、例によって俺しか使えない。いわばパチモンだ。ガワだけスタンガンで電気は俺が発生させている。
だがスタンガンを見せても驚いただけでヒルダは大して興味を見せなかった。
これではだめか、では次だ。
「これはヒートソードと言ってな。刃の部分が非常に熱くなっていて、相手の武器を溶かし斬ることができる」
今度は剣だ。武芸といえばこれだろうと、パチモンではなくちゃんと作ったものだ。これなら2人が持ってもちゃんと使える。
だがこれを見てもヒルダは興味ないとばかりにそっぽを向いた。
その後もいくつか紹介したが、この日は一日ヒルダがまじめに聞いてくれることはなかった。
*
ただ予想外のところで彼女の興味を引くことが見つかった。
「二日間電気のことを話したので今日はグラノリュース天上国についてだ」
この日はグラノリュース天上国について、軍や政治体制を中心に講義を行った。すると驚いたことにヒルダがまじめに授業を聞いた。つまらなそうな顔はしていたが、それでもわずかに興味のありそうな顔を何度かしていた。
「ということだ。グラノリュースの政治体制は王の一強だ。この国のように大臣や将軍がいるわけでもない。王が軍を指揮し、政治を行っている」
「しかし、先生。それでは王の負担が大きすぎるのでは?」
「そうだな、だがそれはアクセルベルクも似たようなもんだろ。東西南北を軍人が治めている。領主としても軍人としても活動しなければならないなんて、王と同じくらいに激務だと思うけどな」
アクセルベルクは東西南北に分かれた領を軍人が治めている。地球での知識からすれば、軍人が政治に携わるなんて危険すぎると感じるが、この国ではそれが普通だ。
各領は非常に広大、それを治める軍人はいわば一国の王だ。
王をしながら軍人なんて激務だと思うが、王を目指すアルドリエにとってはそうではないらしい。
「ですが、アクセルベルクは領主のもとに多くの文官や補佐が付きます。負担は分散するようにできていますから、現状はうまくいっていますよ」
「それならわざわざ軍人が治める理由が薄いと思ってしまうけどな。話を戻そう。実際グラノリュース全体で見れば国の運営はうまくいっていない。政治が乱暴すぎて、中層にある交易とハンターの町マドリアドに反乱を起こされた。つい最近のことだ」
「乱暴と言いますが具体的には?」
「あの国にとって大事なのは重要な施設や人材がある上層のみ。そのため、中層及び下層は上層を拠点としている軍からの、徴税という名の略奪に合っている。そのおかげで上層と城は裕福だが中層以下は苦しい生活だ。中層はハンターを中心とした武力があるため、この間までは比較的平穏だったがな」
「どうしてそんなことを……民のための国家ではないのですか」
アルドリエが放つ言葉は民を導くものとしては素晴らしいものだ。
この国の情操教育はしっかりしていて、王とは何かということを執行院でこれでもかと叩き込まれる。
ゆえに王はその責務を正しく全うし、その苦労を理解する軍人や大臣になった元執行役員は王のためにと忠実に働く。
アルドリエはこのあたりしっかりと身に染みているようだ。
そんな彼にとってグラノリュースの王の考えは理解できないのだろう。
俺にだってできない。
「そんなことを彼らは考えていない。自分のために民がいると思っている連中だ」
「そんな……」
腐った連中だよ。あの国の中は。
……オスカーとアメリアは生きてるかな。
「先生はなぜグラノリュースにそこまで詳しいのですか?私は今までグラノリュースから出てきたものはいないということで、謎に包まれた国と聞いていたましたが」
「それは俺があの国から来た人間だからだよ」
この言葉にはさすがのヒルダも、もちろんアルドリエも驚いたようだ。
そして次に質問を発したのはヒルダだったことに今度は俺が驚くことになった。
「じゃあ先生は軍と戦ったことがあるの!?」
「あ、ああ。戦ったよ。なんせ俺は元軍人だ。略奪はしていないがな」
「じゃあ天上人に会ったことは!?」
「ある」
「どうだったの!?強かった!?」
「ああ、全員強かったよ。俺が敵わないくらいにな」
ヒルダがここまで食いつくとは、もしかしてグラノリュースと何かあったのか。
それとも単純に軍に興味があったのか。
「どうしたの、ヒルダ。珍しいじゃないか」
「べ、別に!ちょっと興味があっただけよ!」
アルドリエに珍しがられたヒルダは恥ずかしくなったのか、そっぽを向いてしまうが注意はこちらに向いている。まだ何か聞きたいようだ。
彼女は天上人に興味があるのか……
「天上人は最大でも10人。だが俺がいた時と変わっていなければ現在は5名だ」
「なぜ少ないんですか?ふさわしい人がいないんですか?」
「そうじゃない。今少ないのは最近になって死んだ者が一人、離脱したものが二人いるからだ」
「なぜ?この国とは戦っていないのでは?」
あの時のことを思い出すと、いまだに胸が痛くなる。
「内乱だよ。先ほど話した中層の町、マドリアドが反乱を起こした時だ」
「天上人が死に、逃げ出すほどだったのですか?」
「いいや、違う」
ここまでのことを聞いて、他人からはそう考えるのか、と少し意外に思った。
あの国の人間なら天上人が反乱に協力したことが自明になっていたから、他国の人間がどう考えるのかを聞くのは新鮮だった。
「あの反乱に天上人は協力した。自らが所属する軍に歯向かった。結果的に一人は死亡したが残りの二人はそのまま軍を離脱したんだ。勝敗は痛み分けといったところだ」
「先生はその時そこにいたんですか?」
――アルドリエのその質問に、俺はなぜか正直に答えてしまった。
「ああ、居たよ。俺がその天上人の一人だ」
「ッ!?アアアアア!!」
「んあ!?」
突如、叫び声をあげながらヒルダが殴り掛かってきた。
小さいとはいえ、部屋の後ろのほうに座っていたのに、一瞬で俺のもとまで距離を詰めてきた。
驚いた。
だがそれだけだ。
迫ってきた小さな拳をよけて手首を握り、彼女の後ろへひねりながら回す。
「イヤッ!?」
「なんだってんだおい。急に殴り掛かってくんな」
護身術の要領で、ヒルダを床に押し倒す。
防御術を叩きこまれた俺に、まだ若い少女が不意打ちとはいえ勝てるとは思わないことだ。徒手での戦い方も文字通り体に叩き込まれている。
「フーッフーッ!」
腕をひねられて立てなくなってなお、ヒルダは荒い息を吐きながらこっちを睨みつけてくる。
「なんだって暴れだしたんだ。こんなことすれば問答無用で退学だぞ」
「どうでもいい!アンタさえ殺せるなら退学だろうが死刑だろうがなんだっていい!」
「ああ?そんな恨まれることをした覚えはないぞ」
「嘘をつくな!わたしたちにしたこと!忘れたとは言わせない!」
「知らないよ。もっと具体的に言え」
説明を求めてもヒルダは目を血走らせて獣のような息を吐くだけ。まさに噛み千切ろうとしてくるかのようだ。
講義に食いついてほしいとは思ったが、物理的に食いつけなんて思ってない。
まあでも、無反応よりましか?
話す気がないなら、話題を変えるとしよう。幸い、今ので彼女の実力は少しわかった。
なら次だ。
「さて、ヒルダ。君に聞きたいんだが武芸に秀でていると聞いたがどうだ?」
「誰がいったのよ!どうせ馬鹿にしてるんでしょ!?自分たちが勝ったからって、わたしたちを馬鹿にしてるんでしょ!」
「実力も知らないのに馬鹿になんてするものか。で、どうなんだ実際」
「剣なら多少使えるわよ!それが何!?」
「せっかくだからピクニックだ。天上人とはなにか、実践で知るといい」
後ろ手に押さえつけられて、膝をついているヒルダはそれでも気丈だ。
このまま離すとまた暴れだしそうだ。先に手を出してきたのはそっちだし、俺が手を出してもいいよな?体罰ってことにならないだろうか。
ま、正当防衛ってことで。
「ついでだ。電気について実演してやろう。お前の体でな」
「なにをッ!?あばばばッ」
「先生!?なにをしてるんですか!?」
ヒルダが突如痙攣して白目をむいて倒れる。
呆気に取られて傍観していたアルドリエも我に返ったのか、制止してきたが、もう時すでに遅しだ。
といっても死んでるわけじゃないから、すぐに目を覚ますだろ。
ヒルダが気を失って倒れたので、手を放して立ち上がる。
なんとなく踏みたくなったので、うつぶせになっているヒルダの背中に足を乗せる。
あ、なんかいい気分。
「すこし手荒だが寝てもらった。このままじゃ講義にならない。といっても今日はもう終わるつもりだが」
「彼女は無事なんですか?」
「無事だよ、心配するな。あとこれ、ちゃんと読んで彼女に説明してやってくれ」
アルドリエに用意していた冊子を渡す。
それは昨日大慌てで作った遠足のしおりだ。持てる限りのユーモアを振り絞って読みたくなるように、行きたくなるように、遠足と称した野外演習について説明している。
「えんそく?実演?」
「楽しい楽しいピクニックだ。こうしてヒルダもとびかかってくるくらいうれしくて、元気に参加してくれるみたいだし、楽しみだな」
「ヒルダ、もう元気無くして死んだように倒れてるんですけど」
「はしゃぎすぎて疲れちゃったんだな。年相応でかわいらしいじゃないか」
「ホントにそう思ってるならその足をどけてあげてください」
こうして二人に野外で活動することを告げ、準備をするように言った。期間は来週末の3日間使う。
遠足のようにしおりを配り、準備をしておくようにと言ってその日は終わった。
*
「ベル、準備はどうだ?」
「順調よ、ちゃんと聞いた通りぐらいの魔物がいるところを選んだわ」
「場所は南東にある森。魔物が多くて危険……ただ一体一体は強くない」
「遺跡もあるな」
研究室に戻り、遠足に適した場所を調べていたベルとマリナの報告を聞く。
目指すのはアクセルベルク中央から少し離れた場所にある遺跡。
演習にはちょうどいい魔物が湧く場所。遺跡の状態も悪くないから、寝泊まりするにも便利そうだ。
「なら遺跡を目指していくとしよう。往復にかかる時間は二日。調査に1日だ。2人も準備しておけ」
「わかったわ、ちゃんと許可はとれたの?」
「無事取れた。他の授業でも野外演習とかあるらしいから、あっさり通ったな」
往復には馬車を使う。それなりに遠いので魔物も出るが強くないから俺一人でも十分だ。万全を期して2人もくれば安全だろう。マリナは軍医だし戦うこともできるようになった。どちらもまだつたないが自衛はできるし、応急処置くらいなら完ぺきにこなせるらしい。
これならそろそろ俺が直接戦い方を教えてもいいかもしれない。
「久しぶりに三人で外に出るのね」
「二人ほど混じってるが」
「それでも外に出るのは久しぶり……楽しみ」
今回は出てくる魔物は弱いから安全だと2人も思っている。俺だってそう思ってしまっていた。
あの魔境から生きて帰ったのだから安心しきっていた。
だから必然だったのかもしれない。遺跡に行く途中で事故にあったのは。
次回、「他の誰かにとっての君を」