第五話 加護と魔術②
翌日、朝食をとろうと食堂へ行くとオスカーとソフィアがいた。なので一緒に食事をとるついでに二人の加護について聞いてみることにした。
「加護ぉ?そういえば言ってなかったか。俺の加護は戦闘になると時々発動するな。変わるとはいえ、心の底から望むものが形になるからな。そうそう変わらねぇよ。」
「じゃあオスカーの加護は戦闘で役立つような力なの?」
「そうだな。俺は体が頑丈になる。だから攻撃が利きにくく、またこっちの拳が強力になるという優れモノだ!」
「元ボクサーのオスカーらしいね。どれくらい硬くなるの?」
「安い刃物なら傷つかないくらいには硬くなるな。といっても効果は常に一定ではないし、一つとは限らないぞ。もちろん強さも種類も人それぞれだ」
思った以上に加護は凄いらしい。生身の人間が刃物を防ぐレベルなら十分強力すぎる。殴っただけでも相手を倒せるのだからオスカーの加護は戦闘においては攻防一体の優秀な加護だ。
ただ気になるのは効果が一定ではないということだ。同じ人でも効果が安定しないならあまりあてにしすぎるわけにもいかない。意志によるものだからか不変とはいかないようだ。
それにしても2つも効果があるとは驚きだ。オスカーの加護の効果と同等のものがもう一つというとかなり強い。しかもすべての人間がそれほど優れた力を持つというのはなんというか、すごい。
僕が驚いているとソフィアも自分の加護について説明してくれた。
「オスカーは頭で考えるってことしないから加護も戦いの方向になるのは想像通りよね」
「おい、俺が脳筋だって言いたいのか?」
「そりゃ何解決するにも力づくなんだから僕でもオスカーは脳筋だと思うよ」
「なんだとこの野郎!」
「やるか!言い返せないから脳筋なんだよ!」
オスカーをからかっているとオスカーにヘッドロックされた。男二人でじゃれあっているとソフィアが微笑みながら自身の加護について説明してくれる。
「私の加護は2つあるわ。1つは研究をしているときに発動するの。効果としては集中力とマナ操作の精度が上がる感じで。もう一つは自分の作った魔法を放つときの威力が上がるわ」
「なるほど、ソフィアは魔法の研究家らしい加護だね。オスカーとは正反対だね」
「殴りあうことしか考えてないオスカーと机に向かって常に考え続けてきた私じゃ全然違うわ。ねぇ、自称頭脳派のオスカー君?加護が証明してくれたけどなにか反論あるかしら」
「……ぐぅの音も出ねぇよ」
3人で笑いながら、朝食を終えた。2人に加護を教えてくれた礼を言って別れる。今日は1日鍛錬の時間だ。加護については現状どうしようもないので今後はいつも通りの鍛錬と、魔術の勉強を頑張ろう。
ということで今日も今日とてアティリオ先生にぶたれに訓練場に行く。
はぁ、憂鬱だ。
「あれ?なんで秀英がいるんだ?それに他の担当の教官もいる」
「なんだと?聞いてないのか?お前がやっと魔術について学んだから我々も一緒にイサーク教官から魔術を交えた戦闘について学ぶのだ。精々へばらないようについてくるんだな」
今日は1日鍛錬の日なのでいつも通りに訓練場に行くと何人か見慣れない人がいた。それについて疑問を持っていると僕の1年先輩の強秀英が答えてくれた。この人は口調が高圧的で苦手だ。
「今日の鍛錬は強秀英と合同で行う。またソフィアの教官であるイサーク・マルコ殿にも参加していただく。イサーク殿には魔術も交えた戦い方の指南を担当する。傾注し、少しでも多くのものを身に着けろ」
いつも通りの鍛錬かと思ったら、強秀英とその教官、そしてソフィアの教官であるイサーク教官も参加するらしい。
イサーク教官は優れた剣士でありながら、魔術使いでもあることからソフィアの担当教官になった。しかしソフィアが扱うのは魔法であったため、今は教えることがなくなり、時間があるのでこうして鍛錬に顔を出してくださるらしい。
「よろしくお願いします!」
「フン、ウィリアムといったか。魔術についてはどの程度覚えている?」
「昨日、いくつかの基礎的な魔法陣を覚えた程度であります!」
「その程度か。ならばこの後、教官同士で魔術込みの模擬戦を行う。そこで魔術とはどう使うか、どう対処するか学べ」
「はっ!」
なんというか、鼻で笑われた。あまり気分のいいものじゃないな。確かに知ったばかりでこの先生からしたら子供のようなものなんだろうけど。
とかく体を全員でほぐした後、教官同士の模擬戦を見学するため、秀英と一緒に少し離れたところに移動する。
「昨日魔術を覚えたばかりでもう演習か。随分とお粗末なカリキュラムだな。お前の呑み込みがいいのか、それともいい加減なだけか」
「なんだよ。これでも今まで必死にやってきたんだよ。魔術だって昨日教わった魔法陣全部覚えて作ってきたんだよ」
僕と秀英は仲が悪い。だから秀英とも少し離れた位置についたのに絡んできた。
「覚えただけで使えるなら誰も苦労はしない。必死にやるのも当たり前だ。自慢げに語るな。馬鹿が」
ムカつく。
「1年早く来たからって偉そうにするなよ。オスカーとも一緒に鍛錬して強くなってきたんだ。いつまでも見くびるなよ」
「あの脳筋と一緒の時点で魔術などからっきしだろう。人付き合いは見直したほうがいいぞ」
「オスカーに勝ってないくせによく言う」
秀英がといると口喧嘩が絶えない。彼は唯一の後輩である俺に対して高圧的に接してくる。彼は前の世界でも武術を修めていたらしく、かなり自信家だ。
こっちの世界に来てからもしばらくはオスカーに何度も挑んだそうだ。かなり食い下がったそうだが、オスカーも元ボクサーだから、こっちの世界での年季の差で勝てなかったそうだ。最近は戦っていないらしいから今はどうだろうか。
そんな話をしていると教官たちの模擬戦が始まった。いったいどんな戦いになるだろうか。
「魔術が使えると言っても戦闘に使えるものはそう多くない。魔術が使えるもの同士の戦いは使い手の力量に大きく依存する」
イサーク教官がそう言いながら剣を構える。剣には火の魔法陣が刻まれている。一方で相手のアティリオ先生が持っている剣と盾はいつも通り、何も刻まれていない。
装備の違いを確認していると、イサーク教官がまず仕掛けた。剣で切りかかるも先生が盾で防ぎ、受け流しながら踏み込んで剣で切り込むがイサーク教官はガントレットで剣をガードする。普通アティリオ先生の力であれば、手首が折れるかガントレットごと切られるはずだが、平然と剣を握り振り回している。
「アティリオ先生の剣を受けても平然としてるな。あのガントレットに何か刻んでるのか」
「あの部位には様々な仕掛けが施してある。臨機応変に魔法陣を展開できるような仕掛けがな」
「そんなことができるのか」
「できなければ魔術師などとは名乗れない」
隣にいる秀英の言う通り、装備にいくつも魔法陣を刻んでいるようだ。頑丈になる以外にも途中で光ったり、火を出したりしていた。左右のガントレットで刻んでいる陣も異なる。おそらく剣にも何かしら刻んでいるのだろう、先生の剣は刃こぼれし、盾にも無数の傷があるが、イサーク教官の剣は刃こぼれもしていない。
「秀英も自分の武具に陣を刻んでいるのか?」
「当然刻んでいる。今は魔術を交えた戦闘訓練を行っている。いつまでも片手落ちの鍛錬ばかりはしてられん」
遠回しに自分の行っている鍛錬を片手落ちと呼ばれ、イラっときたが事実なのでここは飲み込む。今の戦いを見ていると確かに魔術がないと片手落ちで、武術を修めていても生半可な力量差では勝つのは魔術を使ったほうだろう。自分ならどう魔術を活用するか考えながら戦いを見守る。これからは魔術の勉強を本気でやろうと決めた。とにかく横で偉そうにしている奴に勝ちたい。
教官同士の戦いも剣が折れた先生が降参し、勝負を終えた。模擬戦とはいえ勝ててイサーク教官は嬉しそうだ。達成感でも味わっているのだろうか。
アティリオ先生が強かったのかな。
「見ての通り、戦闘技術が同じでも魔術がなくては魔術師には勝てん。頭を使わなくては棒切れを振り回す猿と大して変わらんのだ。」
随分と尊大だ。確かに魔術は凄いが、戦技を鍛えた人を猿呼ばわりと随分な言い草だ。正直な話、見た感じではアティリオ先生なら本気を出せば勝負はわからなかったのではないかと思う。まあ僕のひいき目もあるし二人とも今回は見せるための模擬戦ということで手を抜いていたのだろうからやはり教官たちは底知れない。
「魔術を使った戦闘はわかったか?次はお前ら二人で戦ってみろ。魔術抜きでな」
次は僕と秀英の戦いらしい。
秀英が僕に対して絡んでくるのは後輩だからということもあるがもう一つ、お互いが槍使いということも関係しているのかもしれない。昔彼に一度挑んで負けている。僕自身、彼に勝つことは目標の1つにしている。
「こうして戦うのは久しぶりだな。どれくらいできるようになったか見てやろう」
「言ったな。目にもの見せてやるさ」
今回の戦いは槍同士の戦いのため、間合いはお互い似通ってくる。もちろん間合いをごまかす技術もお互いあるため、細かな駆け引きも発生する。何よりも秀英は攻めを得意とし、僕は防御を得意としている。攻撃は最大の防御とばかりに攻めてくるスタンスの彼に対して、こちらは防ぎ勝つスタンスだ。前回も彼の攻めに翻弄され、防ぎきれずに負けてしまった。今回は防ぎきって、相手のスキを逃さずにいく。
「それでは……はじめ!」
「は!!」
秀英が一気に距離を詰めてくるがこちらも距離を詰める。槍を使う以上足を止めてはいけない。間合いを詰められて隙を見せてしまいかねないからだ。
突き出される槍を体に当たらないように最低限の払いで防ぐが、秀英が素早く槍を引き、フェイントを交えながら次々と攻撃を繰り出してくる。
そのすべてを弾き、避けながら牽制したり、攻撃を誘導したりして反撃の機会をうかがう。
「少しはやるようになった!」
「言ってろ!」
前よりはずっと動きが見えるようになった。とはいえ悔しいがなかなか隙を見いだせない。だが今はひたすら我慢だ。
「相変わらず防ぐばかりで芸がない奴だ!」
「突っ込むことしか能のない人に言われたくないな!」
最小限の動きで防ぎ、足を動かしてかく乱しようとしているが位置取りや間合いの取り方は秀英のほうが上手だ。そのせいか隙を攻めきれず徐々に押されている。
どうしたら勝てる?オスカーはどうやって勝った?オスカーは剣を使えるし、殴り合いもできる近接戦がかなり強い。きっと間合いの内側に入っていったんだ。
なら互いに槍を持ってるが故、これ以上間合いを詰めないと思っているだろう相手に対して武器を捨てて殴り合いをしてやる。
「何かしようとしているな?相変わらずわかりやすい奴だ」
「何やるかまではわからないだろ!」
秀英が槍を頭上からかち割らんと振り下ろす。それを槍を横に構えて防ぐ。
間合いを詰めるために普段は穂先や石突で防ぐが今回は柄で攻撃を防ぐ。柄で防ぐことで穂先よりも体に近い部分で受けることになるため、危険は増すが間合いを詰められる。柄で受け流すやり方も今まで何度も練習してきた。攻撃を予見できれば問題なくできる!
「はぁ!」
「ちっ!」
間合いを詰めて槍が使えなくする。自分も使えなくなるがこっちにはオスカーと戦って培った殴り合いの経験がある。うまく間合いを詰めることができ、今までの悪態への恨みも込めて秀英の顔に向けて殴ろうとした。
「間抜け」
勝った!と思った次の瞬間、信じられないことが起こった。
気づけば槍を手放し、地面に伏しており、秀英に抑えられていた。
「嘘だろ……今何をした?」
「俺が槍だけだと思ったか?オスカーとやって敗北してから俺とて学んでいる。ましてやこちらは以前の世界で拳法も学んでいる。基礎だけではあったが」
「なんでもできるのかよ……なんでオスカーに負けたんだよ」
「殴り合いであの脳筋の喧嘩馬鹿と比べることがおかしい。しかもこの世界に来たのは奴のほうが先なんだ」
秀英がここまでオールラウンダーだとは思わなかった。僕も素手での格闘は学んでいたためか、侮ってしまったこちらの落ち度だ。
「くそ!」
「フン。俺に勝つなどまだまだ早い。力だけで勝てるほどこの強秀英、やわな鍛え方はしていない。所詮前の世界で大した経験もしていないのだ。夢を見るのはやめるんだな」
「なんだと!?」
確かに負けた、だがそこまで差があったとは思わない。あと少し鍛えればもっといい勝負ができる!いや、勝てる!なればこそここまで言われる筋合いはない!
売られた喧嘩を買ってやろうとするとアティリオ先生に止められる。
「そこまでにしろ。双方担当の教官のもと、先ほどの戦いを踏まえた鍛錬を開始する。魔術の組み込んだ戦闘に関してはイサーク教官に相談するもよしだ。各自休憩をはさんだ後に再開する」
その後も数秒にらみ合うが、お互い鼻を鳴らしながら教官のもとに移動する。
マジムカつく。頭の血管が切れそうだ。
どうにかして勝てないかと、アティリオ先生に先ほどの模擬戦と今後の戦いについて相談しようと先生の顔を見た瞬間。
僕の脳の血管が一気にキュッと音を立ててしぼんだ。他の人が見れば僕の顔は青ざめていただろう。
先生がめちゃくちゃ睨んでいる。すごく怖い……
「ウィリアム。先ほどの戦いはなんだ?」
「は、はい!防御に徹し、相手のスキを伺っていましたが、押され始めてしまいました。そのため、間合いを詰めての攻防に切り替えようと実践しました!」
「誰がいつそんなことを教えた!防ぎきれないからと武器を捨て殴りかかるなど言語道断!相手を殴れたとしてその後は!?相手が槍を持ったままでどう勝つつもりだ!」
「はい!申し訳ありません!」
「問答無用!!」
「ゲフ!?」
「先ほどの戦い、隙がないと言ったが実際は攻めきれる隙が何度もあった!魔術はまだ早い!反撃に関して鍛えなおしてやろう!」
「あああぁぁぁーーーー!!」
畜生!確かに甘いところはあっただろうけども!問答無用ってなにも答えてないのに殴られたよ!魔術はまだだめ!?せっかく覚えたのに!
こっちが怒られている最中、休憩に入った秀英がこちらを笑いながら見ていた。笑いながら優雅に休憩をし、上機嫌に担当教官と話をしている。
マジ腹立つ!
次は絶対に勝ってやるからな!
「どこを見ている!すぐに始めるぞ!」
「はいぃ!」
今日生き残れたらの話だけどな!!
次回、「中層見学」