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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第三章《移り変わり固まる決意》
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第十五話 問題児


 授業初日。

 割り当てられた教室に入るとそこにはすでに2人の学生が座っていた。

 教室自体は学生が数人しかいないということで手狭な部屋だ。だが問題は部屋ではなく、やはり学生だ。


 部屋の後ろの方には、暗く燃えているような赤毛で釣り目の苛烈そうな少女、もう一人は部屋の最前列に座る利発そうでやさしそうな茶髪の少年だ。


 竜の仮面をつけた俺が部屋に入ると、さすがに驚いたのか、2人がびくりと体を震わした。


 ちなみにマリナとベルは今回はお休みだ。今日は初歩の初歩をやる予定だし、彼女たちには退屈だし、同じ年頃の二人が講師側に立っているのを見て、問題児らしい2人がどう反応するかわからない。


 2人の前で自己紹介をする。


「初めまして。俺は南部軍所属特務隊隊長のウィリアム・アーサーだ。よろしくお願いする。君たちは?」

「僕はアルドリエ・リヒャードマン。よろしくお願いします」

「フン!」


 自己紹介を促すと茶髪の少年は礼儀正しく返してくれたが、赤毛の少女は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


 さっそくかい。


 どうしたものかと思っていると茶髪の少年が優しく諭した。


「ほら、先生に自己紹介しないとなんて呼べばいいかわからないよ?」

「……ヒルダ・イアンガード」


 アルドリエに言われると彼女はしぶしぶではあるが自己紹介をしてくれた。

 今のやり取りでなんとなく関係性がわかった。

 理由はわからないがヒルダはアルドリエと親しくしているんだろう。他のいうことは聞かないが、彼がいうことは比較的いうことを聞きそうだ。


 彼女が問題児と言われるのはなんとなくわかったが、アルドリエが問題児と言われる理由がわからない。ヒルダと仲良くしているからかと思ったが、ちゃんと二人を見ていれば彼がまじめなのは理解できる。


 だから他に何か問題があると考えて、気を引き締めて授業をする。まずは電気についてだ。


「俺が教えるのは電気についてだ。電気を見たことある者は?」

「ありません」

「……」

「ではまず見てもらおう」


 2人とも見たことがないということなので、まずは少し大きな道具を取り出す。四角形の箱の上に2つの塔が立っているようなものだ。そしてその塔の先端にはちょっとした金属膜が巻かれている。

 大きさは大体50センチほど。そこに二人に見えないように手を触れる。


 すると塔の先端の金属部分、二つの塔の間にバチバチと大きな音が鳴り、青白い電気が走った。


 何もないところから急に見たこともない電気が走ったことで二人とも驚いたようだ。電気が見えた瞬間、わずかにのけぞった。


「え、え?」


 アルドリエが驚いている。興味なさそうにしているが、ヒルダも目を丸くしている。


 よしよし、つかみはいいな。


 この道具はただの張りぼてだ。電気を発生させるのに魔法を使えば早いが、あまり魔法は見せびらかすわけにはいかない。

 だからごまかすためにわざわざこんなものを作った。


「これが電気だ。実際に目に見える電気はかなり強力だから、大の大人が触ってもしばらく動けなくなることもある。ではこの電気で何ができるか見てみよう」


 次にやるのは磁気についてだ。

 これは一見目には見えないが、今回はこれからの授業を進めるにあたってやりやすくなるように、あるもののお披露目も兼ねている。


 それは研究所で作った黒板だ。ただチョークの代わりに色を付けた鉄粉で記述する。


 魔法が使えるならこのほうが手っ取り早い。

 ただの鉄板が宙に浮き、鉄粉が舞って黒板に図柄を描く。描いた図柄は電気回路だ。やることは中学生と同じだ。


「電気をうまく使えばこんなこともできる。不思議だと思わないか?」

「思います!ではなぜこのようなことが起こるのですか?いえ、そもそも電気とはなんなのでしょうか?」


 アルドリエが返事をしてくれる。ただこれから説明しようとしたことをすっ飛ばして、いろいろ聞いてくるので少し困った。


「この現象については今後説明する。電気とは何かというのは先ほど見せたのでは不満か?」

「不満というよりわかりません。なぜあのような現象が起きたのか。どうして起こるのかがわからないのです」


 電気がどうして起こるのか、か。電気というか雷というべきか。でもそれを説明すると電子とか、いろいろ段階をすっ飛ばすから面倒だな。


「それを説明するとなると話が複雑になる。電気とも話がそれてしまうが?」

「!説明できるのですか?」


 聞いておいて疑うとは失礼な奴だな。


「馬鹿にしてるのか?」

「い、いえ!そうではありません。複雑でもいいので教えていただけますか!?」

「構わないが二人に渡す教材を準備していない。それにこの授業にはもうひと一人参加者がいる、それでヒルダは構わないか?」

「……別にいいわよ」


 ヒルダに振ると今度はちゃんと答えてくれた。相変わらずそっぽを向きながらだが話は聞いているようだ。


 だが、電気の成り立ちから教えるとなると一気に高校レベルだ。この世界の人間は理学なんてやらずに工学がほとんど。物質の成り立ちがどうなっているとかの研究は二の次だ。

 だから彼らがこれから話すことを理解できるか不安だ。


 だが望まれたなら応えようと原子の説明からこのあとは入っていった。



 *



「しかし先生!そもそもなぜ物質が原子からできているとわかったのですか?」

「どうして電気が流れると痺れるのですか?」

「なぜ電気と電子で流れる向きが違うのですか?」


 アルドリエが問題児だと言われる所以がわかった。

 彼は真面目で好奇心旺盛すぎる。何より聡明だ。質問が多すぎて思うように授業が進まない上、質問が高度な知識を必要とするものがあったりするため、正直答えるのが億劫だ。


 授業を始めて数時間たったが、いまだに質問攻めだ。

 ちゃんと答えているが少し休憩したい。

 ヒルダなんて寝てしまっている。


「アルドリエ」

「先生!そもそも――」

「アルドリエ!」


 少し強めに名前を呼ぶと彼は話を止めて、残念そうな顔をする。

 気になるがとにかくヒルダを起こさないといけないし、少し休憩したい。昼も抜きでぶっ続けでやっているのだ。


「少し休憩しよう。ヒルダも寝ているから、食事でもして来い」

「わかりました……先生、僕はこのまま参加してもよいですか?」

「?当たり前だろう。というか他の授業はとってないのか?ずっとこの授業を受けているが」


 いくらでも授業を受けられるとはいえ、一つの授業にばかり集中していたら、ほかの必要な勉強ができない。そうなると卒業が怪しいと思うんだが。

 そう思っていると、アルドリエの視線が下を向き、落ち込んだ様子を見せた。


「……お恥ずかしい話ですが、実は叱責を受けました。他の授業にも参加していたのですがヒルダと一緒にもう参加させないと言われました」


 それを聞いてなんとなく理解した。


 恐らく、あの質問攻めが問題だろう。講師が話をしようとしているのに遮ってまで質問をぶつけてくるのだ。ましてや聞いてくるのは高度なうえに、この世界の人からして聞いてどうするのと思われるようなことばかり。理解できないし、非常に邪魔だ。


「そうか、今みたいなことをしたのか?」

「はい、気になったことがありまして質問をしていました。わからないから教えてほしいと言っても、そうなるとしか教えてくれませんでした。わからないなりに私の仮説を話しても、どこがどう違うのかを話してもくれません」


 講師としても質問によってはそういうものだからとしか答えられなかったのかもしれない。

 それがアルドリエにはたまらないんだろう。


 幸い、この講義は二人しかいない。ヒルダは聞いてないからほぼ彼とマンツーマンだ。他の学生のことなど気にしなくていいし、答えられるのだから問題ない。


「講師自身が知らないんだろう」

「やはりそうなんでしょうか。僕がそう思って学友たちに相談しても他の誰も先生のいうことは絶対だとばかり」


 アルドリエの言葉、ここは少し違和感を感じる。ただ俺がこの世界の人間の感性を知らないだけかもしれないが、しっかり学んできた人が自分に知らないことはないなんて無知なことを言うだろうか。


 まあ執行院の講師は大変名誉らしく、どの人物もその分野では第一人者らしいから本当に知らないことはないのかもしれないが。だがそれをだれも疑わないのは単純に学力レベルが低いから視野が狭いのか、それとも思考停止しているのか。


 何にしろアルドリエの問題はわかった。問題とも言えないがまあ分かった。さきほど残念そうな顔をしたのは、この講義でも切られると思ったからか。


「質問をしても何も答えてくれませんでした。でも、アーサー先生は答えてくれました」

「そりゃ知ってるからな。知らないことは俺も教えられん」

「でもちゃんとそう言ってくれます。言ってもらえれば、この国のレベルがちゃんと知れますから」


 彼は思った以上に優秀なようだ。

 この国のレベルも調べて、より発展させる指標にしたいらしい。

たとえば錬金術といえばレオエイダンだが、その国の錬金術に対する知識と自国の知識を比べれば、それだけで彼我の差を理解でき、改善するための方策も具体的に出すことができる。


「僕は平民の出ですから、必死に勉強して家族に恩返ししたいんです。ここはこの国のすべてを知れる場所と聞いていて、とても楽しみにしていました。だから知りたいのに答えてくれません」

「講師にだってプライドぐらいあるだろうさ。少なくとも俺は本職じゃないから、講師としてのプライドなんかない。2人しかいないし、好きに質問しろよ」

「っ!ありがとうございます!」


 そういうと彼は目に見えて明るくなり、嬉しそうに礼を言ってくる。

 アルドリエはいいとして、問題はもう一人だ。


「それよりも彼女をどうにかしたいんだが。どんな子なんだ?」

「あぁ、ヒルダはですね……」


 アルドリエ曰く、彼女は名門の出身で勉学よりも武芸に秀でていた。周りからも囃し立てられて傲慢になっていたが、執行院に入ってからは周りのレベルについていけなくなったそうだ。


 それ以来、ふてくされたのか授業はまともに受けず、指摘すると暴れだすらしい。


「傲慢ではありましたが、その分努力家でした。勉学は確かに苦手でしたが武芸に関しては執行院の中では上位です。でも勉学が駄目だからと馬鹿にされてから、変わってしまいました」


 苦手な勉強を頑張っても周りは軽く超えてくるうえ、武芸を頑張っても馬鹿にされたからふてくされたと。まあ、名門の出で甘やかして育てられたからへこたれたんだろう。


 自信を無くした彼女が悪いとは思わない。全く悪くないとは言わないが、どちらかといえば悪いのは周りだ。


 甘やかされてばかりなら傲慢になるのは当然だし、馬鹿にされれば自信を無くすのは当然だ。むしろそんな状況でもかつてはちゃんと努力していたのだからいい方だろう。


「理由はわかったが、2人が仲いいのは?お前が言えば治るんじゃないのか?」

「そんなことはありません。彼女にとって僕が唯一話しかけてくれるから仕方なく言うことを聞いてくれるだけですよ。僕と話してくれるのは、初めて会った時から態度が変わらなかったかららしいです」

「アルドリエは他の連中と違って、彼女に絡んだりはしなかったんだな」

「彼女の言葉に少し救われたからですよ」


 2人の関係性について聞いてみるとなかなかに複雑なようだ。2人ともお互いを救ってくれたから一緒に行動することが多いらしい。


 しかし気になるのは彼女の言葉に救われたということ。彼女は勉学があまり得意ではないということだが、その彼女にいったい何を言われたのだろうか。


「僕は王になって国中の人たちを幸せにしたい。国を豊かにしたいんです。この国の辺境にはまだ貧しい人がいますし、教育を受けられない子だってまだたくさんいます。その子たちにも僕たちのような教育を受けられるようにしたいんです。そうすればちゃんと働けるようになって人も国も豊かになります」

「いい夢じゃないか」

「でもみんな無理だって言います。全員を幸せになんて無理だ、全員に教育を受けさせるよりもすぐに働かせるほうが国のためになるって」


 なるほど、確かに難しい夢だ。

 彼は聖人でも魔人でもない。短い人の一生で国全員に教育を受けさせ、幸せにするのはとても難しい。それにこの世界はまだ発展途上だ。

 教育を子供たち全員に受けさせる余裕なんてない。とくに貧しい農村なんかは知識なんかより人手が欲しい。


 これに対してヒルダは何て言ったのだろうか。


「わかりやすくて、とてもいいと、言ってくれました」


 なるほど、わかりやすい言葉だ。


「僕は自分の夢がただの夢だと考え始めていましたが、彼女のおかげで頑張ろうと思ったんです。だから彼女が困っているなら、今度は僕が助けようと思って。まだ大したことはできていないですけどね」

「そういうのはやろうとするのが大事だ」

「……先生。何とかなりませんか?このままでは彼女は来期、ここから出されることになります。彼女の武芸は本物ですから、もったいないと思うんです」


 これはまた厄介なことを頼まれたものだ。


 問題児の更生だと?自分の部隊の問題児たちも更生させられないのに、知りもしない問題児の更生なんてできるのか。

 あの爆発魔たちを何とかするのにずっと失敗しているのにできるのか。


 あれ、ふと思えばふてくされた子供と爆発魔の軍人。どっちが厄介かと思えば爆発魔じゃね?


 話は逸れたが、まあ彼女の面倒を見るのは今回の仕事の内だ。

 給料だけ見れば十分すぎる額をもらっているのだから、これくらいは仕事の範疇だ。

 やれるだけやってみよう。それでだめなら彼女の問題だ。俺は知らん。


「とにかく今は休憩だ。昼でも食ってこい」

「わかりました。では先生、またあとで」





 その後もアルドリエからの大量の質問をさばいていたがヒルダは寝たままだった。

 今は講義も終わり、研究室に戻ってきている。


「どうしたのよ、なんか悩んでるみたいだけどうまくいかなかったの?」

「いや、講義自体は問題ないんだが問題児の一人がな」


 部屋に入ってきたベルに今日あったことを伝えると呆れたように答えた。


「なんだ、そんなの簡単じゃない。自信を無くしたなら取り戻させればいいんじゃない」

「簡単に言うなよ、どうやって自信を取り戻させるかが難しいんだろうが」

「それこそ簡単じゃない。武芸に秀でてるんでしょ?外に行って戦えばいいじゃない」

「俺の仕事はあくまで電気とグラノリュースについての講義だ。外に出るなんてしないし、許可が出ないだろう」

「やって見なきゃわからないじゃない。それに理由なんて実践的な電気の使い方とでもいえば、出してくれるんじゃない?許可出す人だって、電気のことなんてよくわかってないんだし」


 ふむ、なるほど。

 確かにベルの言う通りかもしれない。講師だからあの教室内で何とかしようと思ってしまったが、外で戦わせれば自信を取り戻すかもしれない。電気の実戦練習も見せれば、武芸に秀でるヒルダも少しは話を聞いてくれるかもしれない。


 だが問題もある。


「だが危険な目に合わせることになる。何かあれば大問題だ」

「あんたはいつも慎重すぎるのよ。あたしとマリナも行けば安全でしょ?そもそもあんたが勝てないような魔物なんて元から行けるところには出ないわよ」

「わかった、考えてみよう。だがその前に彼女の実力を確認しておかないとな。ベルはマリナと一緒に近くで手頃な獲物がいるところを調べてくれないか?」

「しょうがないわね、やってやろうじゃない。ウィルがいない間暇だし、久しぶりに暴れたかったところよ!」


 まさかそれが目的だったわけじゃないよな?一気に不安になってきたぞ。

 まあ、しっかり準備すれば死にはしないだろう。以前に戦えないマリナを連れてグラノリュースから出たんだ。それに比べれば簡単だ。



 ――今思えばこの時は慢心していた。

 研究も実戦もうまくいっていたから怖いものなどないと思い込んでいた。

 まだこの世界を大きく脅かす存在に出会ったことがないのに。





次回、「楽しいピクニック」

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