第十四話 執行院
錬金術師3人と別行動をとると言っても、王都までは同じ道のりだ。
そこに新しい技術系の人員がいるはずだし、そこで3人と合流してもらう。
あと驚いたことに俺たちが開発した飛行船の雛形、あのパラグライダーや兵器、技術が評価されて全員階級が一つ上がった。
俺は中佐で、ベル、マリナ、ヴェルナーが大尉。シャルロッテ、ライナーが中尉だ。今後、新たな特務隊メンバーと指導してもらう立場になるから妥当なところだろう。あらたなメンバーも優秀な者達と聞いているから、今いる隊員たちには頑張ってもらわなきゃならない。
俺としては副官が気になる。仕事のできる男だと助かるな。ただヴェルナーたちの例もある。また問題児を押し付けられたりしないだろうな。
「何険しい顔してんの?やっぱり行きたくないなんて言わないわよね」
馬車に揺られながら考え事をしていると、目の前に座るベルに話しかけられる。それにしても仮面をしているのによくわかるな。
「あんたは結構わかりやすいわよ。仮面をしていてもわかるんだから、外したらすぐ悟られるわよ」
「ならなおさら外さないように気を付けないとな」
仮面をしててもわかりやすいとは、これは少し困ったな。ポーカーフェイスの練習でもしようかな?
「それで何考えてたのよ」
「新しい隊員が問題児じゃないかと思ってな。ヴェルナーたちの例もあるからな」
「確かにあの3人は際物よね。まあでも慣れれば平気じゃない。根はいい人たちなんだし。ライナーはむかつくけど」
「慣れろよ。あいつに悪意はないんだ」
王都行きを知らされて一週間後、俺たちは今、馬車に乗って王都へ向かっており、ほか3人ももう一つの馬車に乗っている。
彼らも一度王城で関係者に挨拶してからレオエイダンに行く。
西方の将軍に紹介状でも書いてもらいたいし、その代わりにパラグライダーの技術を提供する手はずだ。エンジンの図面も一緒に渡せば共同開発をしてくれるかもしれない。
そして彼らには王都へ出発する前に一仕事こなしてもらった。
それは俺たちの新しい武具の作製だ。その武具や防具には開発した新技術や製法をこれでもかと盛り込んだ試作品だ。
いいよね、試作品って響きが。
さきほどから一緒にいるマリナが静かなのはこの新装備にうっとりしているからだ。
「……きれい」
「マリナはずっとその剣を見てるね。きれいなのはわかるけど」
「思った以上にいい出来だな。ライナーはいい仕事をする。でも危ないからしまってくれ」
この武器だがライナーがほとんど作った。
ヴェルナーの専門がエンジンであるように、ライナーの専門は鍛冶だそうだ。もちろん錬金術なのでただの鍛冶とは違い、特殊な力や効果を発揮するものだ。
マリナの持つ武器は俺が徹底的に監修した。趣味も多少入ってはいるが、彼女は武器に詳しくはなかったので、彼女に合うように形状から材質、効果まですべてこだわった。
「それにしても変わった形よね。サーベル?」
「そうなるな。俺としては刀モドキって感じだがな。丈夫だからマリナが使ってもそう壊れないし、切れ味もいい。効果も期待していいぞ」
「どんな効果なの?」
「それは見てのお楽しみだ」
マリナが持っている剣は、形状だけなら日本刀と同じだ。ただ違うのは片刃ではないこと。
刀で言う峰の部分に小さくわずかに刃がついている。峰の切れ味も悪くない。さすがに波紋のあるほうには勝てないが、その辺の数打ちの剣より圧倒的によく切れる。
材質もこだわっていて、刃の部分は銀色だが鎬の部分は瑠璃色だ。これは包丁のように刃となる鋼を両側から軽量かつ頑丈な金属で挟んだからだ。こうすることで切れ味はそのままに頑丈にできる。
ただし重量が増すから、使いこなすには時間がかかる。マリナは半聖人、もう少し鍛えれば十分に使えるようになるはずだ。
刃には鋼とミスリル、鎬にはミスリル、ダイヤ、サファイアを混ぜたことで実現した。だからこういった配色になった。ダイヤを入れたのは硬度を上げるため、サファイアはマナとの親和性を上げるためだ。
純度の高い宝石は魔力を持ち、マナを多く含むといった特徴がある。それを武具に使用することで、錬金術の効果がより一層強化される。
なかでもダイヤは粉末にして各金属と錬金したらしく、光が当たるとほのかに輝く。
デザインもセンスがいい。
刀以外にもベルの箒や俺の武器防具もどれもセンスがいい。
「……思ったより軽いね」
「本当か?結構重いと思ってたんだが」
「最近、力がついてきた……ウィルにはまだ及ばないけど」
マリナは日に日に健康になってきた。今まで栄養が全く足りなかったことを取り戻そうとしているかのように、背も伸びて肌も筋肉もみるみるよくなった。
ここ最近は鍛錬も俺が出したメニューを十分にこなせるようになっているみたいだ。
アクセルベルクにきて半年しか経っていないが、訓練や食事に気を付けているからか、もうすでにかなり力がついてきた。
……それにしても力が強いと思うが。
まだこの剣を振り回すのは早いと思っていたのに。
それに俺には及ばないって、こんな短期間で及ばれたら俺が困る。
聖人だからか、ここが異世界だからか、前の世界ではありえないような変化の速さだ。
「マリナも聖人に近いし、身体もだいぶ大きくなったからかもな」
「ならもっと重くてもよかったかも」
「そんときゃ、また作ればいいさ」
「……ううん、これでいい。大切にする」
そうやって武器を抱える彼女を見て、初めてプレゼントをもらったみたいな反応にほほえましくなる。
ただ年ごろの少女が武器をもらって喜ぶというのはどうなのだろうか。
まあその横には箒をもらって喜ぶ少女もいるから、それより外聞はましかもしれない。
外を見れば王都が見えてきた。着いたら馬車に乗ったまま城へ入る。今回は研究道具その他をいろいろ持ってきているので荷物が多い。積み込むのさえ一苦労だったし、城に着けば広い城内でひたすら搬入だ。恐らく全部終わるころには夜になっているだろう。
「とっとと終わらせたいもんだな……」
始まる前から終わることを考えるのは良くないなと思いながらも静かに溜息をついた。
*
城に入城したのは昼過ぎで、荷物をすべて運び込むのに時間がかかり、夜になった。
部屋は研究できる部屋に直結していて、その部屋を囲むように各人の部屋がある。研究室といっても他より広くて多少頑丈なだけだ。
その荷物を運びこんだばかりの研究室に、一人の役人が来てこれからのことを説明してくれた。
「これからアーサー中佐には電気と呼ばれるものの講義とグラノリュースという国について子供たちに教えていただきます。子供たちは全部で五十人ですが全員が受けるわけではありません。他にもいくつも講義をしており、受けたい授業を好きなだけ受けることができます」
「好きなだけ?講義の時間は決まっていないのか?」
「そうです。学生たちが続けたいという限りは基本続けます。もちろん準備もあるでしょうから、その旨を学生に伝えて中断するのは構いません」
大学の選択講義のようなものか。自分がこれからどういった分野で活躍したいのかによって、必要な講義を考えて受ける。
好きなだけ受けられるというのは日本の大学と違って満遍なく学ぶ必要がなく、長所をひたすら伸ばせるようにするためらしい。途中で抜けることもできるし、かなり自由度が高い。
その分育つ学生の質がばらける気がするが、国の中核を担う以上、各人が同じ勉強をするよりも各分野に特化した学生を育てるためにこの方式をとっているようだ。
こんな方式じゃ、途中参加なんてできないんじゃないかと思った。
そう思ったが、どうやら学生の数がおよそ50人、一方で講義の種類はそれに匹敵するほどあるらしい。一つの講義に集中することもあるが、ほとんどの講義は数人程度だから、ほぼほぼマンツーマンとなって、進度の違いは都度対応しているらしい。
軍人になるならそのための授業だけを受け、文官になるならそのための授業を受けるというものだ。ちなみに王になるには、優秀な成績と人格を持った者のみがなれる。この人格とは学友たちの評価と講師たちの評価によって決まる。
王になる基準は明かされておらず、選出される時もされない時もある。
そして意外にも王を目指す学生は少ないらしい。なんでも王なんて激務だし、責任は重い、花形ではあるし、金も多くもらえるが争いごとが多いこの国で、一度でも失敗すれば責任を取らされるからだ。
金をもらっても衣食住は十分に支給される。女性に関してもきれいな人を嫁にもらえるが外聞もあるので節操のないことはできない。そもそも休みが少ない。
その点、軍人や大臣、技術者になればその道のプロだ。責任は当然伴うが王ほどではないし、王とは違って代わりができる者がそれなりにいるので、休みもとれる。
いわゆるワークライフバランスが取れているから人気がある。
「私の講義を受講するのは何人ほどかわかっているんで?」
「二名ですね。電気を知らないということで興味がないこととグラノリュースという無害な国を放置してもいいだろうとのことであまり希望者がいないようでした」
「二名か……まあ楽な仕事になってしまいますね」
「それはどうでしょうか」
「?」
役人が含みを持った言葉を発した。
「実は受講を希望している学生は変わり者でして……いわゆる問題児です。一人は粗暴すぎていうことを聞かない。もう一人は優秀すぎて、いえ、熱意があり過ぎて講師の手に余っているのです」
「それはまたなんとも……なぜその二人だけ?」
「おそらくこの二人がいるから他の学生はとらないのでしょう。この二人がいると講義が進みませんから」
「参ったねこりゃ」
ここでも問題児の面倒を見なきゃいけないのかよ……
用件は伝えたと役人が部屋を出る。
講義が始まるのは一週間後。それまでに準備をしなければならない。
準備といっても二人だけだし、教材を作るだけならそれほど時間はかからない。2人だけでよかったとも思うが、それが問題児じゃなければなおよかった。
ま、問題にならない程度に適当にやってればいいか。問題児なら適当にあしらっても誰も文句言わないだろうしな。
ベルとマリナは一緒に俺の講義をしても、研究をしていてもいいとのことだ。自由度が高いのは研究でちゃんと結果を出しているからか。
「一週間後までどうするの?準備といって荷解きとか?」
「それもあるし教材の準備だ。なんでも優秀らしいから下手な授業をすると絡まれそうだ。時間かけて適当にしっかり作るさ。2人には生徒役として手伝ってもらうからな」
「わかった……頑張る」
「できるだけ問題児になり切ってくれよ」
「わかったわ。徹底的に困らせてやるんだから」
「そんときゃ教育的指導してやる。合法的にな」
それから一週間は念入りに準備をした。教科書と教材、実験機材。あと研究所から持ってきた成果物もある。これでダメなら仕方ないだろう。
昔、塾講師をしていた経験を活かされるとは思わなかった。その時学んだのは、成績が上がるかどうかは結局学生次第ということだ。これだけやって駄目なら仕方ない。
気楽に給料分の仕事をするとしよう。
次回、「問題児たち」