第十三話 次の仕事は
「講師をしろと?俺に?一体上はなにを考えている?」
手紙でディアーク・レン・アインハード中将に呼び出され、告げられたのは国が抱える優秀な子供たちに勉強を教えろというものだった。
俺の疑問にディアークは困ったように肩をすくめる。
「俺とて当初は断ったとも。だが向こうは諦められないようだ。革新的な技術をもたらした貴官の教えを、将来を担う子供たちに教え込みたいらしい」
「お断りだ。こちとら今忙しいんだ。魔法の研究も鍛錬も飛行船開発も通常の業務もある。他のことになんか構っていられない」
講師なんてやってる暇はない。人にものを教えてる暇があったら、自分が学びたいくらいなのに。
「向こうは教わる気満々らしい。それに悪いことばかりじゃない。向こうでも鍛錬はできるし、魔法の研究だってできる。むしろ書類仕事がない分集中できるだろう」
「代わりに講師としての仕事が増えてるじゃないか。そもそも研究所を長期間空けるわけにはいかない。今危険だが大事なことをやってる最中なんだ。邪魔しないでもらいたいな」
今は水素ガスや酸素ガスを使って実験している最中で非常に危険だ。そんな状態でのんきに講師をしていられない。
「ほかにはユベールの巨大図書館。そこへ紹介状を書いてくれるらしいぞ。東方の大将直筆だ。これならこの世界有数の知識の宝庫に入れるかもしれないぞ。そこには普通の人は入れず、極一部の者しか入れない」
多少のメリットはあるかもしれないが、だからといって――
「あぁ、あと西方と北方の大将も貴官たち特務隊を招待したいそうだ。西方は電気や溶断、北方は飛行船に興味津々だ。行けば四方の大将に恩を売れる。さすればグラノリュース侵攻に力添えをしてくれるかもしれん」
……話を聞いて思わず舌打ちをした。
単純に言えば面倒、ただ魅力的な話なのも事実だ。
北方は軍事が発達していて精強、西方は技術、東方は知識が手に入る。それを城に行って講師をするだけで得られるのだから行くべきだ。
だが良い話には裏がある。
「まさか本当に講師するだけで協力してくれると?」
「当然だろう。貴官が教える若者たちは正真正銘、今後この国の中核を担うもの達だ。彼らの影響力は非常に大きくなるのだから、そんな彼らに優れた技術を教えることができれば今後、各領は大きく発展することもある」
「随分と先のことを考えているんだな」
「当然だ。我らは聖人。時間などいくらでもある。だから今のため、未来のためにできることはすべてやるのだ。それに貴官の技術を学べば、自らの手で思うように研究できるのだからその機会を無駄にはせん」
俺を含め、各領の将軍たちは聖人だ。聖人は体の多くが神気で構成された人種で、寿命が大きく伸びる。
だからだろうか、ずいぶんと長期的な計画で動いているらしい。
……仕方ない。
「……わかった。受けよう。特務隊を連れていくことは?」
「許可しよう。追加の人員は講師をしている期間に城で合流させる」
「この話の流れからするとその人員は」
「無論各領の技官たちだろうな。中には貴官に取り入ろうとするものや見初められたいものもいるかもしれんな」
「何を馬鹿なことを」
結局、話は受けることになった。特務隊の連中にも準備させないといけないな。
また落ち着かない日々の始まりか。まあ、うまくいけば一気に目的に近づけるかもしれない。
前向きに考えるとしよう。
*
特務隊の研究所に戻ると夕方になっていた。
研究所は飛行船の実験場であるため、町とはかなりの距離がある。そのため朝一で屋敷に行っても帰ってくるのは夕方になってしまう。
中に入ると、実験場のほうから騒いでいる声がした。防音になっている部屋で、入口まで聞こえてくるということは相当だ。
もしかしたら何かあったのかと思い、急いで実験場に向かうとそこには5人が大喜びしている姿が見えた。マリナまで一緒になって喜んでいる。
「どうした、何があった?」
「あ!ウィル!……おかえりなさい!」
「ただいま、マリナ。なにがあった?」
「ついにエンジンが完成したんだって!」
「なんだって!?」
奥に進むとヴェルナーとシャルロッテ、ライナーの三人が非常に騒がしい。
「いいからとっとと作ろォぜ!我慢なんてできるかよ!」
「賛成だ!だが実際に作るとなると材質はなんだ!」
「錬金術で作りましょう!飛び切り頑丈な奴ならいけますよ!」
こいつら、俺に全く気付いてくれない。
はしゃぐ三人を放っておいて、机の上を見ると、黒く煤けたロケットエンジンとその後ろに長く伸びた机の焦げ跡があった。
よく見るとエンジンは印をつけた最初の位置よりかなりずれている。
動かないように重りをつけて、動いたら合格ということでやっていたのだ。
それが動いたということは、飛行船に必要な推力の目標値に届いたということになる。
「おいお前ら!ちょっと見せてみろよ!」
「あらウィル!おかえりなさい!ちょっと待っててね!凄いんだから!」
そういってベルがガスを準備する。ヴェルナーも併せてエンジンの準備をする。
「せっかくなので重りを増やしてみましょう」
「そうだな。どこまでいけるか試してみよう!」
ライナーとシャルロッテが動きづらいように重りを増やす。
そして準備ができて着火すると、一気にエンジンの尾から長い青みがかった火が後ろに伸びていった。音は大きく、空気が震えているのが肌を通して伝わってくる。
重りを増やしたにもかかわらず、じりじりとエンジンがずれていく。
ガスの流量はどうなっているのかとみてみるとボンベに触れたベルが風の魔法で流量を制御している。そのおかげで最適な量に調整できているようだ。
――このエンジンをみて、否応にも鳥肌が立った。
「これは凄いな……十分に使えそうだ」
「フッハー!早く外でぶっ飛ばしたいぜ!」
いつも以上に興奮したヴェルナーのいうことに、今回ばかりは心の底から同意したい。
だがまだまだ課題は多い。
それはまず操縦系統だ。
エンジンがあるから飛ぶにしても、人が乗るのだから操縦できなければ意味がない。
それにエンジンの出力の調整の仕方だ。今は小さいし、調整はベルの風魔法頼みだ。それでは結局俺とベルしか乗ることができない。
着火する方法も外装の形も形状もすべて課題は山積みだ。
でも、朗報には違いない。それもとっても大きな。
さて、朗報の返しに彼らに面倒なことを頼まなければならないのは少し気が引けるが、仕方ない。
エンジンの興奮冷めやらぬといった5人を落ち着かせて、ディアークからの要件を伝える。
「結果を出してくれた諸君には申し訳ないが、俺は別の仕事でここを離れる」
「あぁ?どこ行くんだよ。隊長いねぇと進まねぇだろうが」
「俺だって行きたかねぇよ。だが国に呼ばれた。実利もある。行くしかねぇだろ」
「それでどこに行くのですか?」
「王都アクスル。そこの子供の講師をしろってよ」
「なんじゃそりゃ。そんなもんに特務隊隊長呼び出すんかよ」
ヴェルナーはそういうがシャルロッテとライナーは違った。
「何を言ってるんだヴェルナー。少佐が呼ばれたのは恐らく執行院の子供たちの教育係だ。これは大変名誉なことなんだぞ!」
「執行院だぁ?」
「無知もここまで来ると大笑いだね。執行院というのはこの国の中核を担う子供を育てるところだよ。非常に優秀な子供たちが集められて、国政や軍事といった様々なことを学ぶんだよ。そこを出た子は優秀な軍人や大臣、宰相になる。なんでも国王もその中からふさわしいものが選ばれるんだよ」
「へぇー」
「興味なさそうだな」
「どうでもいいからな」
三人の話を聞いて納得した。
そういえばこの国は国王すら実力主義で、平民だろうが軍人だろうが国王にふさわしいならばなれるらしい。
その国王になれるような子供たちの講師に選ばれたということだろう。
別にこの国に骨をうずめる気はないので、俺もヴェルナーと同じくどうでもいい。
「そんなわけで俺はしばらく城に行く。エンジンが一段落ついたなら次の段階に行くためにも様々な課題をクリアしなきゃならない」
「確かに人手も設備も足らねぇな。じゃあどうすんだぁ?」
「人手も設備も予算案に組み込んである。ただ俺がいないんでな。そのタイミングで本格的なエンジンの開発は危険だ。安全に関してはシャルロッテが管理してくれているが、模型とはけた違いに危険だ」
「でもそれでは飛行船開発が進みません。少佐が臆病なのは知っていますが、だからと言って何もしないわけにはいきません」
臆病といわれたのは心外だ。
確かに過剰なほどに安全には気を付けているが、それはヴェルナーがしょっちゅう爆発なんてさせるから感覚がマヒしてるだけだ。
今やってることは本当に危険で、一度事故が起きればいろいろ言われて研究が中断させられるかもしれない。それなら多少は遅くなっても安全に進めていくほうがいい。
とはいえ、なにもしないわけにはいかないという、ライナーの言葉ももっともだ。
それにこれから新しい人員が来る。そんなときに俺がいないでは、教育不足で事故が起きる可能性がある。
俺がいないときでも責任を取るのは俺だ。そんなことは断じて認められない。
どうするかは考えているが、その前に聞いておくことがある。
「手は打つさ。だがその前に俺と城に行くものは?講師をしている時間以外は好きに研究と鍛錬をしていいそうだ」
「ついていったらオレたちも講師する羽目になんのかよ?」
「さぁな、ないんじゃないか。連れて行ってもいいとは言われたが、講師をさせるとは聞いてない」
「どちらにしてもあたしは残らなきゃだめよね。ウィルがいないならあたしがいないと使えないものも多いもの」
「いや、ベルは強制参加だ」
「なんで!?」
「でないと俺が学べん」
ベルは強制参加だ。そうじゃないと俺が魔法の勉強ができない。やることはあるが向こうにいる期間は短くない。なら彼女には来てもらいたい。
どのみちここにいても、次にやるのはエンジン以外の部分の開発だ。具体的には魔法なしでエンジン制御をするシステムの開発だ。そこに魔法の出番はない。
「それで他に来たいものは?」
「……私、行きたい」
ベル以外にはマリナが来てくれるようだ。確かに向こうに行っても軍医の勉強はできるだろうし、場合によっては向こうのほうがいいかもしれない。
他はあまり来る気がないようだ。
「そういえば言い忘れていたが、新たな人員は向こうにいるそうだ。だからここにいても何もできないぞ」
「はぁ!?」
「少佐、それはいくらなんでもあんまりではないでしょうか」
「私たちにただ飯ぐらいになれというのですか?」
途端に慌てだした3人に思わず笑いそうになるが、仮面のおかげでばれずに済んだ。
「落ち着けよ、ついてこないなら別の任務を与えてやるよ」
新たな任務、それは、彼らには錬金術の総本山、ドワーフが暮らす鉄と技術の国レオエイダンで、本格的な鍛冶と錬金術を学んでもらうことだ。
そこは鉱山が数多くある。ガスといった危険物の扱いも心得ているはずだ。
「レオエイダンに行ってもらう。あそこは最近、丈夫な金属製の船を作ろうとしているらしいから、彼らに頼めば飛行船の外装も目途が立つかもしれない。他にもお前らに学んできてほしいものがいくつもある。それまで飛行船開発はお預けだ」
「チッ、わかったよ。つまりまたこいつらと学生生活に逆戻りかよ」
「ははっ、ヴェルナーと学生生活なんてごめんだよ。すぐに爆発させたがる」
「同感だな。頭でっかちと爆発魔と一緒に国外なんて、問題しかないじゃないか」
口ではいろいろ言ってるが、なんだかんだ楽しみにしてそうだ。
これでしばらくの間、この研究所とはお別れだ。
管理は中将に任せているが、まだ王都へ向かうまで時間はある。
それまでにできること、伝えておくべきことをやっておかなくては。
次回、「執行院」