第十二話 順調に
翌日は朝起きるのが本当につらかった。
起きてやらなきゃならないことがあるから起きるが、ほとんどの奴は寝たままだ。
起きているのはライナーだけ。こいつ、ずっと実験してやがったな。
「少佐、おそようございます。発足して間もないのにもう怠惰になるとはさすがですね」
「誰のせいだと思ってんだ。そもそもまだ始業前だ。遅くねぇ」
そんな挨拶をしながら、研究所の小さな食堂へ行ってライナーと食事をとる。彼は育ちはいいようで食事中は静かにしていた。食事を終えると片しながら話をする。
「それで本日のご予定は?」
「技官たちは引き続きエンジンの開発だ。その出力をみて外装や形状を決定する」
「了解しました。求める出力はいかほどですか?」
「それはな……」
ライナーは毒舌というか皮肉屋なんだろう。
一言多いのは確かだが優秀で真面目だ。おおらかな心で行けばちゃんと付き合える。むしろこちらも気を使わなくていい分楽なくらいだ。
ただベルとは相性が悪そうだ。彼女は気にするタイプだから、それさえなければ仲良くなれると思う。
「なるほど、我々の役割は理解しました。それで少佐やファグラヴェール中尉、ノーナミュリン中尉はどうされるのですか?」
「彼女たちは勉強だ。ノーナミュリン中尉は軍医としての勉強と鍛錬、ファグラヴェール中尉は俺と一緒に新技術や魔法の勉強だ」
「新技術ですか、ファグラヴェール中尉にできるのですか?とてもそうは見えませんが」
「めんどくさがりで興味のないことに関してはとことんやる気がないからな。地味なことも嫌いだし、年相応だよ。ただ頭の出来自体はいいほうだから、この機会に学ばせるさ」
「そうですか。それは楽しみです。それに新技術ですか。面白そうですね。私も見に行ってもよろしいですか?」
「一日の終わりに報告会をやるからその時に見せるさ」
食事を終えて全員を起こしに行こうと思っていると研究室の呼び鈴がなる。来客だ。
ライナーに全員を起こしに行かせ、俺は来客対応するために門に向かう。
門の前にいたのは、若干泣きそうな顔をしたシャルロッテだった。
その後ろには見覚えのない中年の男性。
そういえば中将のところへお使いに行かせたまま忘れてた。
申し訳ないと思いつつも泣きそうになるほどか?打たれよわ、と思っていると、上から野太い叫び声が聞こえてきた。
「うおおおお!」
徐々に叫び声が大きくなり、目の前に大きな何かが爆音鳴らして降ってくる。
何かが門の前に着弾すると土煙が舞った。
一瞬見えたのは俺たちが作ったパラグライダーだ。シャルロッテが持ってないと思ったが誰かが乗ってきたのか。
まあ誰が乗ってるかはだいたいわかるが。
「ディアーク、無事か?生きてるか」
「いやはや!ウィリアム少佐!早速凄い物を作ったな!こんなに手軽で速度が出るものを作れるとはな!」
土煙漂う落下地点から姿を現したのは、顔まで土だらけに汚したディアーク中将閣下だった。
ホントに子供みたいな上司だな。
呆れたような息を吐きつつ、シャルロッテにどうなったのか尋ねる。
「中将が予算をくれたおかげでな。それで小尉、話はどうなった?」
「それが、この飛行船を見せて予算の増額をお願いしたら、こちらに来てから考えると言われまして……」
「うむ!これだけでも十分だが、どれだけの予算を割くか決めるにはやはり監査だ!というわけで何をしていたのか、洗いざらい見せてもらうぞ」
そういうことか。
ということはもう一人は文官とかそういうたぐいの人だろう。
まあ恥ずかしいものはないので快く引き受けて中に入れる。精々うちの隊員のだらしないところが見られる程度だ。
ディアークへの説明ついでに、昨日いなかったシャルロッテも一緒にレールガンや溶断、他の技術を見せる。すると二人とも大興奮だった。
「少佐!これはすごいぞ!正式配備することができれば一気に軍が精強になる!」
「少佐!どういう仕組みなのですか!?明らかに普通の威力じゃありません!」
本当に、我ながら時代に合わないものを作ってしまったもんだ。
どちらも電気を使っていると説明し、魔法が使える俺しか使えないというと2人ともがっかりしていた。溶断はともかくレールガンは危険すぎる。オーパーツだからあまり広める気はない。
ただプラズマ切断は加工に使うものだから教えた。錬金術があれば十分に再現できるだろう。ただ電気の理解が必要なので普及はまだ当分先になる。
すべてを聞き終えたディアークは子供のようなひどく満足そうな笑顔を浮かべ、頷きながらこれからのことを聞いてくる。
「なるほど、興味深いものばかりだ。して、予算を獲得し、次は何をするつもりだ?」
「あとは俺がこの世界の金属や宝石に詳しくないからな。その辺の調査と錬金術の勉強。残りは全部飛行船のエンジンに回す」
「なるほど、あいわかった。しかしこれなら南部からももちろん、国からも予算を引き出せるかもしれんな。そうすればもっと人と予算をくれるかもしれんな」
「そこまで欲張らないな。たとえなくともやることは山ほどあるんだ」
そうして中将たちはいくつか、参考に研究成果のいくつかを持ち帰っていった。
昼頃にようやく静かになり、それからはシャルロッテはヴェルナーとライナーに合流してもらった。
俺のほうはようやく起きだしたベルと一緒に魔法について練習する。ちなみにマリナはとっくに起きて勉強している。
それから一週間ほどは全員が一生懸命に日々を過ごした。エンジンも少しずつだが改良を重ねている。
再確認だが、この世界のエンジンはロケットエンジンだ。
錬金術で作った装置で強烈な風を発生させ、火で燃焼させて推進力を得る。この推進力のほとんどが風だから、飛行船に必要な推力は得られていない。
この世界にちゃんと使えるガスがあるのかわからないから、推進力を強化するためにはもう一つ要素が必要だった。
どうしようか、何か使えるものがないかと必死に考えていたがついに思いついた。
「そうじゃん、電気分解すりゃいいじゃん」
そう、ひどく簡単なこと。
燃えると言えば水素だ。激しく燃やすと言えば酸素だ。
中世並みのこの世界では、水素や酸素の研究はさほど進んでいないうえ、気体の管理はしていない。
気球には熱した空気を詰めているだけだし、鍛冶も空気を送り込んでいるだけで、空気中の成分を気にすることはない。
もちろん電気に関しても進んでないから水の電気分解なんてない。だがそれをやればエンジンは改良できるかもしれない。
というわけで、器具を作って水を入れて電気分解を見せることにした。
場所はいつもの実験室。錬金術師三人にベルも一緒だ。マリナがいないのは寂しいが、彼女は必死に本気で頑張っているようで毎晩遅くまで勉強している。
「ねぇ、今度は何をするのよ?」
「もしかしたらエンジンの改良に役立つかもと思ってな。ちょっと水を分解することにした」
「?どういうこと?」
まずは見せようということで二つの筒の中に水があり、陰極と陽極で電気がかかるようにしたものがある。そこに魔法で電気を通すと、徐々にそれぞれの筒の中の水位が減っていく。
「水が減ってるわね。足したほうがいいんじゃない?」
「なんで減ってんだよ。口閉じてんじゃねぇか」
ベルとヴェルナーが疑問に思うが、まだ何も答えずに酸素がでている筒を開けて、そこに魔法で発生させた火を近づける。すると一気に火が燃え上がった。
「おおー」
「なんか燃えたな」
そしてもう一つの水素がある筒に火を近づけると、ポンっという音とともに、一瞬火が大きく膨らみ、破裂したかのような現象が起きた。
「なに?今の音」
ベルの疑問に答えて、ここで中学生で習う電気分解について説明をする。
水が酸素と水素という二つに分かれていること。
助燃性と可燃性があること。
今回注目するのはこの電気分解で水素ガスと酸素を作り出すことだ。
原子なんてまったく馴染みのない4人は最初は驚いていたが、段々と慣れてきたのか、リアクションが薄くなってきた。
ちぇ、つまんない。
まあとにかく、この二つがあればエンジンを大きく改良することができるかもしれない。
すべてを聞き終えると、ヴェルナーが興味深そうに不気味な笑顔を浮かべていた。
「そいつぁ面白そうだな。その二つを使えば火の勢いをずっと増やせるわけか」
その通り。しかし何もいいことだけじゃない。
「ただ問題もある。酸素はともかく水素は本当に危険だ。ベルの起こす爆発がもっと規模が大きなものと思ってくれ。管理は厳重にな」
そういうと、胸に手を当てながら、意気揚々とシャルロッテが前に出てきた。
「ヴェルナーといれば危険なんてしょっちゅうだ。あの二人に危険物を任せるなんて怖くて仕方ない。少佐、危険物の扱いなら私に任せてほしい」
進言通り、火力爆発馬鹿のヴェルナーに対して、シャルロッテは真面目で頑固な優等生だから、危険物の取扱は彼女に任せることにしよう。
水素ガスと酸素ガスは電気分解で作り出すが、管理には厳重に密閉された頑丈なボンベを使用する。
作成したボンベは水を流したり、風を送ったりして密閉性を確認したので恐らく大丈夫だろう。取り付け部分にゴムを挟むなど前の世界のボンベを忠実に再現したつもりだからきっと大丈夫。
念のため置き場も屋外にした。
これからはこのガスを使った開発をしてもらうが、最初に使う量は少しずつ、エンジンもミニチュアのような模型で行ってもらう。
危険だがこれができれば大きく性能が上がる。地球のロケット並みとはいかないが、少量の水素と酸素だけでも性能が上がるだろうから、無理せずに行ってほしいもんだ。
特にヴェルナー、爆発と聞いて目を輝かせるのはやめてほしい。
いくらこの世界の人間が前の世界の人間よりも頑丈とはいえ、不死身じゃないんだ。
お前らが死んだら、別の人間にまた一から教えなくてはならないじゃないか。
*
そうして新たにできたやることに、毎日を費やしていると来客が来た。
全員には待機を命じて俺が対応するために門に出ると、そこには見知らぬ軍人がいた。
「アーサー少佐でありますか?」
「そうだが、貴官は?」
「はっ!小官はアインハード中将より伝令を預かってまいりました!読み上げますか?」
「いや、いい。読ませてくれ」
中将からの手紙は俺たちの研究成果の反響について書かれていた。
どうやら視察の報告書といくつかの成果物を国に提出したところ目に留まり、追加で予算や人員を派遣してくれるとのことだった。
またそれに伴い、何度か訪問者が訪れるので見学させるといった対応をよろしくとも。
もう一つの紙には、その訪問客の予定と人数が書かれている。
やれやれ、人が増えるのはいいが管理が大変だ。
一見してとても順調だが、順調すぎて少し困る。
今の時点でも部隊の運用に関して、俺の時間がかなり吸われている。
俺自身のやるべきこともあるから、代わりに部隊を管理する副官が誰か欲しい。
マリナが書類仕事や管理の仕事を手伝ってくれればいいが、彼女もやっぱり忙しい。
やはりここは追加の人員に書類仕事が得意な人を呼ぶしかない。
「では中将への手紙を書くから少し待ってもらえるか」
「はっ!了解しました。上がっても?」
「ああ、茶くらいだそう」
この後は予算のお礼と追加の人員の内容や欲しいものについてつづった手紙を預け、訪問客の予定を確認して今後のスケジュールを決め直した。
メッセンジャーが帰ったのを見送って、実験室に戻ると、ベルが水を電気分解してガスを発生させて、そのガスを利用して技官たちが小さなエンジンの模型でいろいろ試していた。
「何の用だったの?」
「なんでも追加の予算と人員が国からもらえるそうだ。それに伴って見学に来る客が何度か来るから、その対応をよろしくだとよ」
ヴェルナーが、不服そうに眉をしかめる。
「また客かよ。あいつら来るとこっちの作業が止まるから嫌なんだよ」
「そういわないほうがいい、ヴェルナ―。何もわからない素人達でもお金と人手をくれるんだ。態度くらいは相応のものにしないと」
「ライナー、予算と人手をくれるのだ。ちゃんと感謝もしなければいけないぞ」
「どうでもいいけど、結局のところ、ウィル以外はいつも通りってことよね」
「そうだよ、まったく仕事が増えて鍛錬も修練も研究もできやしない。書類仕事のできる副官を呼ぶことにしたよ」
「ちょっと待ってよ!この隊の副官ってあたしじゃないの?」
ベルは自分が副官だと思っていたらしい。
確かにこの研究所には俺を除けばベルしか使えない機材は多いし、しょっちゅう俺と一緒にいろいろいじっているからそう思うのは仕方ないかもしれない。
俺としても気心知れたベルが副官というのは助かるが、彼女は書類仕事を手伝ってくれない。
やればできるのにやりたがらないので、彼女には魔法に注力してもらっている。
「ベルは魔法に関する副官でいいがな。やるのは書類仕事、管理だよ。それができるか?」
「あたしは魔法の副官ね。それでいいわ。ていうか魔法のほうはあたしのほうが上なんだけど?」
「そんなことはみんな知ってるよ。そう気にするな」
適当におだててやれば納得してくれるから、ベルは扱いやすい。
そうしてこの話は終わり、各自やるべきことに戻った。
*
それからまたしばらくは来客の対応、予算申請書の作成、隊員たちのスケジュール管理と目まぐるしいものだった。おかげで魔法について研究が全然進んでいない。
身体が鈍らないように鍛錬だけは怠らないようにしているけど、最近は実践を積んでいないから、勘が鈍っている気がする。
そうした日々を過ごしていると、予算の申請も人員の派遣も来客の対応もすべて終わった。追加の人員が来るのはまだしばらく先だから、ようやく落ち着いて研究に入れる。
「やるべきことがたくさんある……早く終わらせて帰りてぇな」
研究所の自室で、独りごちる
この生活もただ生きるだけなら悪くはない。むしろいいものだ。
でも俺はこの世界で生きたいわけじゃない。だから一刻も早く帰る準備をしないといけない。
そのためにも早く魔法も飛行船も完成させなければならない。他のことなんてしている暇はない。
――ただ、この国は俺にそれを許してくれるほどやさしくないらしい。
それを思い知ったのは翌日、中将から屋敷に呼び出されたときのことだった。
次回、「次の仕事は」