第九話 三人の錬金術師
入隊式を終えて。
以前とは変わったことがある。
俺の苗字だ。軍人となり、フルネームを呼ばれることも増える中で、姓がないというのは格好がつかない。
ということで、アーサーと名乗ることにした。
決してアーサー王が好きだからという痛い理由ではない。全くないとは言わないが、それはあくまで考えた後に思ったことだ。
姓とはその人物の家柄や出自を表すものが多い。
そして俺はこの世界の人間じゃない。
それを示すために、元の世界の地球という意味のアースに住むものとして、アーサーと名乗ることにした。
もっともこの世界では、この大地のことを地球というのか言わないのかは知らないが。
そして変わったことは他にもある。
今いる部屋は俺たちのために用意された場所で、ヴェルナーの研究所と近接した場所に俺たちの拠点として建設されたこと。
そして正式にヴェルナーが特務隊として配属されることになった。一応軍属ではあったが、これからは特務隊専属技官として行動することになる。
以前は小尉だったが現在は中尉に昇進している。
理由としてはこの一か月の間の研究成果によるものと、新たに配属される隊員たちのまとめ役になるためだ。
そしてその新隊員たちだ。
「特務隊所属となるシャルロッテ・ヴァン・グリゼルダ技術小尉。本日より着任いたします」
「ライナー・ネーヴェニクス技術小尉。同じく着任いたしました」
特務隊技官、錬金術師のシャルロッテとライナーだ。
女性のシャルロッテは青みがかった銀髪を肩まで伸ばし、耳のあたりで一房ほど編み込んでいる。顔立ちは端正で整っているが、性格は真面目で頑固、融通が利かないらしい。
もう1人のライナーも同じく技官でこちらは男だ。見た目はとても優しそうな男だ。ニコニコ笑っているが油断してはいけない。ものすごい毒舌らしい。根は悪くないらしいがおかげで友達がいないとのこと。
悲しい奴らめ。
彼らは以前、中将に頼んだ新たな錬金術師だ。飛行船の開発が本格化するにあたって、予算を下ろすことに成功したらしく、今日から参加することになった。
軍属の錬金術師は数が少なく、貴重だ。
それが三人もなんて、文官たちもよく納得したもんだ。
あの時渡した資料と紙飛行機が役立ったのかもしれない。ヴェルナーやベルでもあれほどだったから、文官たちも驚いてイケると思ったのか。
ただ人員のほかにも必要なものがあるため、連れてくる人は少し問題のある軍人になったらしい。
幸いなのは、ヴェルナーとこの二人が知り合いなこと。
西領にある錬金術を教える軍学校にて、3人とも際立った成績らしいが、性格に難があり、友人がいなかった。
いない同士で仲良くなり、卒業後は別の配属先になったが結局、人間関係で問題を起こしてここに飛ばされてきたらしい。
ヴェルナーが最速で大きな問題を起こしたが、2人も大概らしい。問題児を押し付けられただけではないだろうか。
中将曰く、優秀なのは間違いないから、型にはまった部隊ではなく、特務隊で自由にやらせたほうがいいと言っていたが、御するこっちの身にもなってほしい。
「それで貴官がこの隊の隊長ということですが、実力はあるのですか?聞けば最近この国に来たばかりらしいではないですか」
結成式後の部隊ミーティングで、早速ライナーが皮肉交じりの質問をしてきた。
「入ったばかりで特務隊隊長など異例です。何か賄賂でもしましたか?」
「なんだと!?少佐、それは本当ですか!?賄賂など公正かつ正義でなければならない軍人に許されることではありません!」
仮面をつけた俺の怪しさ満点の風貌経歴のせいか、ライナーのいうこともあり得ると思ったのか、シャルロッテまで加わる。
ため息をこらえて、説明するために静かにさせようとすると――
「うるせぇな。少し黙れ」
「上司だからとそうやって黙らせるのは感心しません。上官としてふさわしくないと考えます」
「やましいことがなければいえるはずでは?はっきり言っていただきたい。どうやって特務隊隊長になったのですか?」
頭が痛くなってきた。
説明するから黙れという意味で言ったのだが、違う意味で捕らえられたようだ。
これをどうしろというんだ。知り合いであるはずのヴェルナーを見るが見ないふりをして、手元の紙飛行機をいじっている。
おいこら、知り合いだろ、止めろや。
2人の言い分を聞いて、横にいるベルとマリナが怒った顔をしている。マリナは我慢しているがベルは我慢ならなかったらしい。
「ちょっと、さっきから聞いてれば失礼じゃない?仮にも上官なんでしょ?もうちょっと礼儀ってもんがあると思うんだけど」
「上司だからといって無条件で従うわけではありません。おかしなことがあれば忠言する義務があります。それに戦えそうもない小娘がどうしてここにいるのです?」
「むっかー!誰が小娘よ!表に出なさい!ボッコボコにしてやるんだから!」
「……ベル、落ち着いて」
「なぜ、こんな少女がここにいるのですか?戦う力のない少女を戦わせるのが特務隊ですか!?」
「はぁ……」
余計火に油を注いだ。
溜息が止まらないな。
見るからにベルとライナーは相性が悪いし、頭の固いシャルロッテはマリナを見て軍人にふさわしくないと判断したようだ。
「全員、黙れ。説明が欲しいならしゃべるのをやめろ。そんなこともわからずに技官とは笑わせるな」
「説明する機会ならあったではありませんか。第一……ッ!?」
「うわっ!?」
説明しようとしてなおもしゃべろうとしたライナーの前に、魔法で空気が破裂するような音とともに火花を散らせる。
さすがに驚いたようで静かになった。
「順に説明してやろう。まずこの特務隊の目的はグラノリュース天上国侵攻のための足掛かりを作ることだ。この特務隊の設立にはアインハード中将が関わっている。これでも贈収賄を疑うか?」
「アインハード中将への報告者を買収することもできます!」
シャルロッテがお手本のような姿勢を保ちながら声を上げるが、俺はそれを鼻で笑った。
「はっ、よくもそこまで不正方法を思いつくものだ。俺からすれば貴官のほうが怪しく見える」
「そんなことはしていません!」
「知っている。いいか、この隊の発足は俺の出自ありきのもんだ。贈収賄なんてない。俺がグラノリュースに詳しく聖人に近いこと。先ほど見せたような変わった力が使えるからだ。はっきり言うが、俺ならここにいる全員を一歩も動かずに戦闘不能にできる」
これは事実だ。魔法さえあれば、魔法を使えない人間を一歩も動かずに制圧できる。
ベルだけは制圧できないが、彼女はこの際カウントしない。
ライナーは今の発言に納得できないのか、柔和な顔の眉間を険しくして、俺を睨んだ。
「信じられません。我々とて軍人です。技官ではあれど戦闘訓練は受けています」
「なら試してみるか?」
「当然です」
次の瞬間、ライナーがとびかかってきた。
そんな見え見えの攻撃にうろたえるものか。
とっさに魔法を発動させる。
目の前に電撃を発生させるとすぐに痺れて地面に倒れた。はた目からは一瞬バチっと音がしただけだ。
「がっ……」
「こういうことだ。納得したか?」
一瞬で倒れたライナーを見て、静観していたシャルロッテが目を見開き、口を開けて顔全部で信じられないといった感情を存分に表していた。
だがすぐに平静を取り戻すと、今度は俺ではなく、ベルやマリナに目をやった。
「……では彼女たちはどうなのですか?一見したところ、戦えるようには見えません。軍人としての訓練も多少は受けたようですが、階級に値するような人間には見えません」
へぇ、多少訓練を受けたことはわかるのか。2人も軍人らしくなったと見るべきか、それともシャルロッテの見る目があるというべきか。
「半分正解だ。事実、彼女らは軍人としての訓練など大して受けていない」
「では、なぜですか」
「まずノーナミュリン中尉に関してだが、事情が特殊でこの若さですでに聖人に片足を突っ込んでいる。まだ体ができていないが軍医として現在学んでいる」
「軍医……なるほど、それで高めの位なのですね。それにしても聖人……わかりました。それで特殊な事情とは?」
「それは個人の事情だ。次にそこの銀髪のファグラヴェール中尉は先ほど俺が見せたような変わった力を使える。ゆえにその辺の軍人など相手にならない。使う力が他人とは異なるために特務隊に所属している。理解したか?」
「……わかりました」
まだ完全には納得できないという顔だが、今絡んでこないなら問題ない。前途多難だが今日は顔合わせとこれからの方針を伝えなければならない。
「ではこれからの俺たちの行動方針を伝える。まず目下の目標はグラノリュース侵攻のための移動手段の確保だ。シュトゥルム中尉。説明を」
ヴェルナーの姓はシュトゥルムという。
呼ばれたヴェルナーはいじっていた紙を飛行機を適当に放り投げ、前に出て二人に部隊の状況を説明しだす。
「オレたちがやるこたぁ、まずあの国への侵攻方法の確保だ。その手段は空から。そのために新たな乗り物を開発する必要がある。今は新たな乗り物、飛行船の開発に取り組んでんだ」
「よろしいでしょうか。ヴェルナー……シュトゥルム中尉の飛行船はすでに実現可能な段階でありますか?以前見たときは到底実現不可能だと言われておりましたが」
「フッハ!もちろん可能だぁ!とはいえまだ実用化どころの話じゃねぇ。まず飛行船の飛ぶ原理を実証するところからだ。まだまだ先は長いが最初の一歩はすでに踏み出した」
飛行船の話になってテンションの上がったヴェルナーが説明する。すると倒れていたライナーが復活しながら質問をした。
「飛ぶ原理とは?中尉は気球にエンジンをつけて速度を向上させる研究をしていたのでは?」
「確かに、オレはその研究をしていたが別の方法が見つかった。これだよ」
ヴェルナーがその辺に置いてあった紙飛行機を手に取る。
この紙飛行機だが、ヴェルナーが大層気に入って部屋中いたるところに落ちている。
その紙飛行機をシャルロッテのほうへ飛ばす。一度浮いた後に降下していくのをみて、二人が目を剥いた。
「なんだこれは!?」
「なぜ浮くんだ?」
驚く二人を見てヴェルナーをはじめ、ベルやマリナも誇らしそうに笑っている。先ほど散々こちらを非難していたから、その二人が慌てる姿を見てすっきりしているようだ。
「これは紙で作っただけの模型だ。これが実現すれば気球よりはるかに速い飛行船が作れる。まず紙でできたことが実際にできるかを検証する段階だ。そして喜べよ!ついにそのひな形が完成したぜぇ!」
「「おぉ!」」
そう、ついに飛行船の雛形ができたのだ。
非常にシンプルで簡単に作れるものだが、俺も詳しいわけではなかったために時間がかかった。
だがその分喜びもひとしおで、出来上がった瞬間は本当に感動した。
ヴェルナーも思い出したのか、説明の最後は普段の口調に戻った。
思ったが3人は顔見知りで、ヴェルナーと俺たちは付き合いがある。公務はともかく普段は砕けた口調でもいいだろう。こういうのは上司が実行するものだ。
「百聞は一見に如かずだ。ヴェルナー、見に行こう」
「そう来なくっちゃなぁ!さっさと外に出るぞ!シャルロッテ!ライナー!」
「ちょっと待て!まだ会議中だ!」
「話も聞けないのは相変わらずのようだね」
そういいつつ、ヴェルナーの後についていく彼らは仲がいいのだろう。シャルロッテは連れ戻そうとしたのかもしれないが、ライナーは皮肉を言いながらもついていった。
それを見て、俺が声を出して笑うとベルもマリナもおかしなものを見たような顔をした。
「変な連中ね。悪口とか皮肉の言い合いじゃない」
「ああいうのが楽しい連中なんだろう。俺がベルに冗談言ってからかうのと同じだ」
「そういうもんかしら。ていうか、からかうのやめてほしいんだけど」
「ほらさっさと行かないと遅れるぞ。軍は時間厳守だぞ」
「ねえ!からかうのやめてほしいんですけど!」
ベルが何か言っているが無視だ。急がないとヴェルナーが勝手に始めてしまうからな。
次回、「空を飛ぶ雛鳥」