第八話 特務隊発足
帰りの馬車の中で、2人に折り紙を教える。紙飛行機1つでこんなにはしゃぐのは、この世界じゃ紙は高価だから遊びに使うということがないからだろう。
紙飛行機以外にも鶴やカエルを作った。はしゃぐ二人を見てほほえましいと思う。
騒がしい馬車に揺られて、ディアークの屋敷に着いたときは夜になっていた。
屋敷に入り、荷物を置いた後に三人で屋敷の食堂で夕食を取る。
その後、2人には先に部屋に戻ってもらい、俺は報告のために中将の執務室へ向かった。
「ご苦労だったな。してヴェルナーとは仲良くなれたかな」
「ああ、それなりにな。新しい飛行船の案もできた。後はひたすら実験の繰り返しだ」
報告を聞いて、ディアークの目の色が一気に変わり、机から身を乗り出す。
「ほう!さっそく新しい飛行船か!どんなものだ!?強いのか?」
「うまくいけば気球よりもはるかに強いだろうな。ただ俺の想像してる飛行機を作るのは難しそうだ。実現可能なレベルにまで落とし込む見通しもな。問題は山積みでまだまだかかるだろうけど、予算と人材がいればもっと早くできあがるかもな」
「そうか!それは楽しみだ!予算と人手か。予算は文官たちを説得してみるとしよう。人手だがそれはすぐにでも手配する!」
「文官を説得するなら、この資料と紙で作った模型があるから使うといい」
「なんだこれは?」
中将に紙飛行機を見せたら絶賛された。
大声で騒ぐもんだから、何人かの使用人が入ってきて、俺が問題を起こしたのかと疑われた。
だがディアークは構わずに入ってきた使用人に紙飛行機と資料を自慢し始めた。よほどうれしかったようだ。
彼のためにもできるだけ早く、何らかの形にしてやろう。
翌日も午前中は講義だった。ただ教えてくれたのはディアークではなく、部下の軍人だった。
午後は許可を得て、三人一緒に町に出る。
昨日と同じく、ヴェルナーのところに行くと思っていたベルが町に出た理由を聞いてきた。
「ねぇ、どうして町に出るのよ?てっきりまた昨日の不良のところに行くんだと思ってたわ」
「あのヤンキーのところに行く前に素材を買っておこうと思ってな。ベルもいい加減箒何とかしないとな」
「そうね。早く作らないと魔法使いと言えないからね」
「ウィル……わたしは?」
マリナに関しては正直悩んでいる。
彼女はだいぶ回復して、一般人くらいになってきた。ただ軍人としての訓練を受けるのはまだまだ早い。こないだ走ってみたが、全然だったからだ。
とはいえ、せっかく錬金術で作れるんだから、何か探してみよう。
「マリナは自分に合った武器をまず探す。武器じゃなくてもほしいものがあればそれでいいぞ」
「……わかった」
ひとまず、三人で鍛冶屋に行く。予算はいくらか中将に融通してもらったが、大した額ではない。まだ俺たちは発足したばかりで実績もないために、あまり文官たちも予算を割こうとしない。
それでも出るだけありがたいし、今までの貯蓄だってあるから、よほど選り好みしなければ何とかなる。買うのは材料だけだしな。
そんなわけで材料が欲しいと、この町で一番大きな鍛冶屋に赴き、店主に頼むことにした。
店で面会を希望すると、しばらくしてからある部屋に通される。
軍人だから、この手のことに関して、それなりの優先順位で通してもらえるのは便利だな。
部屋に入ると、ある男が向かいに座っていた。体格のいいその男は親方で、坊主頭を掻きながらいう。
「素材だけ売ってほしいですか。そりゃ構いませんが、どういったものをご所望で?」
「あたしはマナとの親和性のいい金属と宝石が欲しいわ。少量でもいいから種類が欲しい」
「俺は重くてもいいから頑丈な金属。あと彼女と同じマナと親和性が高いのと電気をよく通す金属、鉄も欲しいな。」
「……私は剣が欲しい。あと盾。軽くて丈夫なのがいい」
俺たちの注文を聞いて、親方が近くの弟子か店員に資料を持ってこさせる。
受け取ると、それはどうやら仕入れと在庫の一覧らしい。
そこにはたくさんの種類の金属や宝石、木材なんかもあった。
鍛冶は金属の加工全般を担うから、アクセサリーなんかも作る。だから宝石もある程度は仕入れているようだ。木材は剣や槍の柄だろう。
「お、ダイヤがあるじゃないか」
「なに?ダイヤって」
「ダイヤは非常に硬い物質で加工ができません。取れたものの中から形がいいものを使うので数が少なく高価になります」
気になる名をあげると、親方が解説してくれた。
「形が悪い物は安くなるのか?」
「そうですね、利用できない上、きれいでもないので安くなります」
「ならそれをもらうか」
「いいの?加工できないんじゃないの?」
「大きさがあれば大丈夫だよ」
目には目を、ダイヤにはダイヤをだ。削るくらいならできる。きれいにはできないだろうが問題ない。
他にも大量に注文した。おかげで貯金が大きく目減りしてしまったが、加工はヴェルナーにやってもらえる。錬金術は形状も性質も変えられるから、鍛冶の上位互換のようなものだ。
ただ理論や工程が複雑で難しいために使える者は少なく、作られるものも高価になる。
それをただでやってもらえるなら、この程度の出費は必要だろう。その分これから働かされることになるだろうが。
注文をして、ヴェルナーの家に届けてもらうことにした。
その後は、各自行きたいところに行くことにして解散する。
俺は特に用もなかったので2人に小遣いを渡して、屋敷に戻ることにした。
あれ、思えば俺は二人を養っていることになるのだろうか。2人とも軍属ではあるが、給金はまだだし、ほとんどの生活費は俺が面倒を見ている。
といっても食と住は支給されるので大した負担じゃないが、それでも服やおやつぐらいは買っている。
まあ、まだ幼いし、俺自身金の使い道なんてそう多くない。これくらいは別にいい。
屋敷に戻ってからはひたすら魔法の研究をする。
ベルは電気系の魔法を知らないから自分でやるしかない。他にも空を飛ぶための魔法や帽子に物をしまうみたいな空間系の魔法も練習する。
最近は空を飛ぶほどではないが、念力魔法でモノを動かすくらいはできるようになった。あとは練習あるのみだ。
夕方までひたすら魔法の練習をしていたら、ベルたちが帰ってきたらしく、廊下から話し声が聞こえる。
帰ってきたし、食事しに行くかと思ったら扉が勝手に開いた。
「じゃじゃーん!どう?すごいでしょ!」
ノックをしろと真っ先に思った。
――でもベルと一緒に入ってきたマリナの姿を目にして、そんなことは細かいことはあっという間に吹き飛んだ。
そこには、今まで見たことがないほどの美女がいた。
服を一新しており、化粧もしたのかとても綺麗になっていた。
服は長袖肩だしのワンピースのような服の上にひらひらした装飾があって、スカートも長く、足首まで隠していた。
色は白青紫の三色で品がいい。
……正直、ドキッとした。
化粧によってか、頬には健康的な赤が差し、伸び放題だったからと適当に切っていた髪も綺麗に切りそろえられ、艶もキメもあった。
マリナはこんなにも美人だったのかと、本当にびっくりした。
動揺を悟られないように、平静を装って近寄る。
「随分と気合が入った服だな。どこか行くのか?」
「……どこにもいかない」
「気が利かないわね。マリナはどう?かわいいでしょ?」
「よく似合ってるよ。趣味がいいな」
「ふふ~ん、このウィルベルさんが選んだんだから当然よ!」
誤魔化すためにそういった。
ベルは結構センスがいいのか、初めて知った。普段彼女が来ているのは魔法使い然としすぎているが、考えてみれば俺の知っている魔法使いの服はもっとシンプルでおしゃれではなかったかもしれない。
「マリナ、血色良くなったな。太くなったし、背も伸びたか?」
「さすがにそんな伸びてない……でも太った」
「もう少し太れ。そのほうが健康的だ。それにしても肩出すぎじゃないか」
「父親じゃないんだから。これくらい普通よ」
マリナの頬をいじって確認する。会った時は本当にがりがりで触っても柔らかさなんてなくカサカサだった。
それが今はどうだ。顔色はよくなって、顔も腕もふっくらしてきた。
今までの栄養失調だった分を取り戻そうとしているかのように、いろいろなところが大きくなっている。
なんにしろ順調に育っているようでなによりだ。
そうだ。せっかく2人が来たのだし、魔法を少し試させてもらおう。
近くにあった盾を魔法で浮かす。今回は単純に動かす念力魔法と磁気で浮かす魔法を両方使っている。
修練のおかげで単純な魔法なら同時に使うことができるようになった。
「ちょっと乗ってくれ」
「久しぶりね、それ。よいしょっと……あら、いい感じじゃない。全然沈まないわ」
「じゃあマリナも乗ってくれ」
「どこに?」
「盾に」
盾は大きくないから、ベルの膝の上に座るように言うと素直に従った。ベルも特に嫌がらず、楽しそうにしている。
2人乗っても、盾は衝撃で軽く動いたくらいで沈むことはなかった。
「よし、重くなった二人でも問題ないな。これは使えるな」
「マリナも健康になったもんね……待って、2人って言った?あたし太ってないよ?」
ともかく、これでやりたいことができるようになった。これで俺単体が強くなるということはないが、人を守れるようになる。この二人に死なれるのは困る。代わりなんてそうそう見つからないからな。
その後はいつも通り3人で夕食を取って睡眠をとった。
それからの約一か月間はとても充実したものだった。
午前中はこの世界について知り、午後は鍛錬とヴェルナーの研究所で武器と兵器開発だ。
自分たちの装備もすでに受け取り、全員が張り切って鍛錬に励んでいる。飛行船開発も小規模な物の試作が進んでいて順調だ。
そしてこの間に一つ、大きなことがあった。
マリナがやりたいことを見つけた。
「ウィル、ベル……私、医者になりたい」
「医者?」
「うん、私たちは一緒にいるでしょ。ウィルは守ってベルが攻める……なら私は二人を助けるの。だから医者になりたい」
「マリナ……!」
そう言ってくれたのが嬉しかったのか、ベルがマリナに抱き着く。
俺はなるほどと頷く。
「つまり軍医ってことか。ただこればかりは俺では決められないな。上と相談してみよう」
俺たちの部隊は現状3人、その中で役割を見つけたようだ。ただ軍医となるとたくさんの勉強が必要になる。そしてそれは俺たちには教えられない。
この世界には不思議な力がいくつもあるが、意外にも身体を癒す力は多くない。
加護にはそう言った力を持つものがあるが、不安定だ。
魔法はといえばなぜか、回復魔法というものが存在しない。
ベル曰く、人の体内のマナの流れは非常に複雑かつ強固で、理解して操作できる人がいないからということだ。理解できれば問題なくできるかもしれないとのことだが、あいにくそんな人はいないらしい。
俺自身も自分の体内のマナを感じることはできるが、絶えず変化しているし、危険だと思い手を出していない。
だから彼女の軍医になりたいという案はとても助かった。
そして彼女の要望に応えて、ディアークがマリナに教師をつけてくれた。
普通なら軍学校に通うらしいが、特務隊ということで無理を言ったらしい。
その代わり現役の教師でも医者でもないようだ。まあ、身元は保証されているから大丈夫だろう。
――そして、気づけば仮入隊から一か月。
今日から正式に俺たちは軍人だ。そして今日は俺たちだけの入隊式だ。
「本日より、ウィリアム・アーサー少佐をアクセルベルク南部軍、特務隊隊長に正式に任命する」
「謹んで拝命する」
新たな軍服に身を包み、ディアーク・レン・アインハード中将の言葉に敬礼をして答える。
この世界の敬礼は帯剣している時は、左手で剣に手を添え、右拳の親指側を心臓に当てる。
ロイヒトゥルム基地内、青空のもとに俺たちは特務隊となる。
俺だけじゃなく、ウィルベル、マリナ、さらにヴェルナーを始めとした錬金術師数名も、新たに特務隊所属となる。
これから俺は、この背中を見る部下の命を預かることになる。
俺の目的のために、彼らには死んでもらうことになるかもしれない。
だがこうしてここにいる以上、彼らも覚悟の上だ。心置きなく、その命、使わせてもらう。
「頼んだぞ、我が国のため。何よりこの世界のため。諸君らの奮闘を切に期待する!」
何よりもこの俺のために、あの国を必ず落とす。
次回、「三人の錬金術師」