第七話 新たな爆発魔
初日の講習を終えて、しばらくはおとなしく学べと言ったのにすぐさま初任務だ。雰囲気同様、この中将はわりと脳筋だ。
飛行船開発を文官が予算で止めると言っていたが、結構な無理難題を言っているのではないだろうか。
今は午後で、ディアークの案内で飛行船の研究をしている錬金術師のもとへ向かう。馬車は今、中将含め4人で乗っている。中将は体がでかいのでだいぶ狭く感じる。
「いや、あの錬金術師は非常に有能でな!ただ性格に若干の問題があって、西領の学校ではうまく馴染めていなかったのだ。そのせいでちょっとした事故が起きてからは、燻っていたので引っ張ってきた!仲良くなって飛行船を完成させてくれ!」
そして興奮しているせいか、声がでかい。早く着いてくんねぇかな。
馬車が走っているのは随分と町から離れた郊外だ。ポツンポツンと家があり、大きすぎるほどの庭がある。土地が余っているんだろう。
南は交易も目立った危機もないために開発が遅れているというのは本当らしい。
ただおかげで飛行船といった大型の乗り物の実験には適していそうだ。
「お、見えたぞ。あそこだ」
窓から見えたのはなかなか大きな建物だった。
二階建てで石造りの頑丈そうな家。その建物の前で馬車を止めて一人ずつ降りる。
すると馬車から降りている時に、耳を劈き、地を震わす大きな爆発音が聞こえた。
条件反射で耳を抑えてしゃがみこむ。
「なんだ!?」
周囲を見渡すと建物の裏側から煙が立っているのが見えた。
まず間違いなく爆発だ。となれば……
「ベル……」
「何よ。あたしじゃないわ。馬車の中でストレスたまったからってぶっ放してないよ」
ぶっ放したかったんだな。
それよりいったい何が爆発したんだ。
ディアークを見ると慣れたように建物の裏側に進む。
急いでついていくと、建物の裏手に一人の男がいた。
白髪で碧眼、いまだ燃え上がり煙を上げている裏手の実験場に立っており、爆発痕を恍惚とした表情で見ている。
口は横にいびつに引き裂け、ひどく笑っている。
不気味だった。
だが中将はお構いなしに、その男に友人のように語り掛けた。
「ヴェルナー、また爆発させたのか。今度はいったい何をやったのだ」
男は呼ばれるとゆがめていた笑みを引っ込め、中将の後ろにいる俺たちを見て一転して不機嫌そうに眉をしかめる。
「アァ?なんでぇ、ディアークかよ。随分と連れて来たもんだなぁ」
「この者達は特務隊だ。これから君の飛行船づくりを協力する。仲良くしてくれ」
「特務隊だぁ?別に誰だろうが構いやしねぇけどよ。オレのやってること理解できんのかよ」
「さてな、ただ飛行船づくりに興味があると来た。錬金術にも多少なりとも精通していてな。なかなか面白い人材だろう」
「知らねぇよ。まぁとにかく入れよ」
なんというか不良みたいなやつだ。目つきも悪い。
火がだんだんと小さくなっているのをほどほどに見送ると、男はそそくさと踵を返す。
彼に案内されて、建物の中に入る。
建物の中は店のようになっており、目の前にカウンターのような台があって、その奥には鍛冶に使うような窯や台、あと何かわからないでかい円柱状のものがあった。紙や図面も乱雑に置かれており、よくわからない物体が落ちていたりする。
前いた世界の大学の研究室を思い出した。たしかこんな風に雑多な感じだった。こんなに汚くなかったが。
屋内に入る前、ディアークは公務があるということで途中で帰った。
もう帰るのか、なんで来たんだ?
俺たちは彼の家の机を囲って自己紹介をする。
「俺はウィリアム。特務隊少佐だ」
「ウィルベルよ。小尉」
「マリナ。小尉」
「そぉかい、オレァ、ヴェルナー。ディアークに連れてこられて、ここで飛行船の研究してんだ」
乱暴な話し方だな。まあいい、それより気になるのはさっきの件だ。
「それで、さっきは何を爆発させたんだ」
「飛行船のエンジンだよ。出力上げるために暴走させてぶっ壊したんだ。すっきりしたぜ」
……こいつは何を言ってるんだろうか。
エンジンなんて爆発させちゃいけないものの代表だろうに、それが爆発してすっきりしたって。
こいつは本当に錬金術師か?
疑問は残るが、とりあえず飛行船のエンジンとは何かと思って聞いた。めんどくさそうな口調ながらも教え方は丁寧だった。
「飛行船ってのはな、もともと速度の遅い気球にエンジン付けて速くしようって考えでできたもんだ。ただそのまんまつけても、気球のバルーンが速度に耐えられねぇ。かといって補強すれば重量が増して浮かなくなる。エンジン強くしよォにもそもそも浮かないじゃ意味がねぇってんで、今行き詰ってんだよ」
ヴェルナーが机の上にあった概略図を使って説明してくれる。
飛行船に使われるエンジンはロケットエンジンのようだ。火を噴射して逆方向に推進力を得ている。
この世界ではマナと魔法陣なんてものがあるから、火や風を起こすのが非常に容易い。
鉄板に魔法陣を刻めばそれだけで勢いのある炎が永続的に生まれる。だからあまり電気や機械は発達していない。
代わりに刻印技術が発達しているようだ。
この飛行船の概略図では、操縦系統は非常にシンプルでエンジンの向きを手で変えるという方式だ。直接触るわけではないが、速度が上がると危険そうだ。
飛行する乗り物はとても難しい。元の世界でさえ、飛行機ができたのは実は最近だ。1900年ごろだから、百年程度しか経っていない。
だから中世レベルのこの世界ではできていなくても仕方ない。
ましてや飛竜がいるような世界だ。危険だろう。
まあとにかく、そんなレベルだから簡単な飛行機ぐらいなら提案はできる。
「じゃあいっそバルーン無くせばいいじゃねぇか」
「何言ってんだぁてめぇ。話聞いてたか?それじゃ飛ばねぇだろが」
「強いエンジンがありゃいけんだよ。ちょっと紙あるか」
ヴェルナーが信じられないというので、再現してやろう。
近場にあったよさそうな紙を長方形にする。
全員が見てる前でやるのは少し恥ずかしいが、今から作るのは俺の自信作だ。この紙は前の世界のものより若干重いが問題ないだろう。
作ったのは紙飛行機。
「ほら、こんなんでいいんだよ」
「何をし始めたのかと思えばよぉ。おふざけなら他でやってくれよ。紙だってただじゃねぇんだ」
「まあ待てよ。ほらマリナ」
これがなにかわかっていない3人はまだ怪しんでいた。
そこで一番遠くに座っていたマリナに向かってゆっくり投げる。
すると紙飛行機は水平に投げたはずが、一度浮き上がってから降下して飛んでいく。まっすぐ飛んでマリナの手元に着陸した。
それをみた3人は目を丸くした。
「こんな感じで横方向に強い力があれば浮き上がるんだよ。これならバルーンがなくても飛べるだろ」
「ちょっと待てや!そいつ貸せ!今のは上に投げただけじゃねぇのか!?」
「やってもいいけど、下に叩きつけるなよ」
余裕綽々で説明してやると、ヴェルナーが目に見えてうろたえだした。ウケる。
ヴェルナーも投げてみるが結果は同じだ。むしろ俺より強く投げたので高く浮いた。
他の二人も投げてみるが結果は同じ。
ただベルは本気で投げたので、一回転してその場に落ちた。
「わかったか?強く投げすぎると浮きすぎて一回転するぐらいだ。調整すれば問題なく飛べるだろ」
「正直信じられねぇが……だがやってみる価値はあんなァ」
ヴェルナーと検討していると、紙飛行機にマリナとベルが目を輝かせる。
「ね、ねぇウィル……これ頂戴?」
「あたしも欲しい!他にはないの?」
紙飛行機でこんなにはしゃぐから少し申し訳なく思う。俺の発明じゃないからな。
マリナとベルに一つずつ折って渡しながらもヴェルナーと話す。
この世界じゃ気球で浮いていくというイメージが強いから、あまり思いつかないのかもしれない。
「こんなもんよく思いついたな、即興か?」
「俺の故郷じゃ、こんなのよりもっとすごいのが飛んでるよ」
「どんな故郷だよ、遠い大陸か?」
「普通の方法じゃいけねぇのは確かだよ」
「あぁそぉ。それで?この飛行船を作るには何が必要だ?」
顎に手を当てて、必要なものを思い浮かべる。
「まず軽量で丈夫な金属だ。これで船体を作る。次は出力が調整可能なエンジンだ。正直こっちは専門外だ。俺の知ってるエンジンと仕組みが違うからな」
「まぁそっちは任せろよ。エンジンは俺の専門だ。ほかには?」
「あとは……操縦系統はもっと見直さないとな。ガラスも必要だ」
「なるほどな、操縦系統はちょっと骨が折れそうだな」
ヴェルナーと二人で図面を書きながら必要なものをまとめていく。正直俺はアイデアを出すだけだ。実現はほぼヴェルナー頼りだ。
ベルとマリナは話が分からないからか、紙飛行機が楽しいからかずっと遊んでいる。
あんなにはしゃぐなら、あといくらか折り紙を作ってみてもいいかもしれない。
それにしても久しぶりにこんなふうに工学的な話ができて、正直テンションが上がっている。
元居た世界で、ロボットを作ろうとした時と同じくらい、いや、今までできなかった分、それ以上に楽しい。
――超楽しい。
「フッハー!楽しくなってきやがったなぁ!特務隊って聞いてなんじゃそりゃって思ったがぁ、テメェみてぇなのがいるとはなぁ!」
「ハッハー!久しぶりにこんなことやったなぁ!錬金術ってなんだって思ってたがぁ、こんな面白いもんやってるとはなぁ!」
一緒に話しているとなんだか口調が移ってしまった。
といっても最初から少しだけ似てた気もする。あれ?俺って不良っぽい?いや、そんなことはないはず……
「ウィルが壊れたわ……」
「……変な喋り方になってる」
だから二人とも、そんな目で見ないでくれ。
さて、一段落ついたところで錬金術について改めて聞いてみることにした。
「錬金術ってのはな、物質の力を引き出す学問だ」
ヴェルナーがそう切り出す。
物質の力?それは単なる物理的性質とは異なるのだろうか。
「例えば、この石には暗闇で発光する性質がある。この性質を他の物質に付与したり、組み合わせて全く違う性質を生み出すこともできる。形状だってある程度変えられるんだよ」
ヴェルナーがその場にあった小石を持って説明する。
その内容に俺は口をあんぐり開けた。可動式の仮面の口も開いて俺の口元が露出する。
これは非常にすごい技術だ。地球で言うなら鉄に水のような流動性を付与するということだ。全く別の性質や形状を生み出すことができるなら、鍛冶にも使える。
「そうか、ならそれで剣とか作れるのか」
「たりめぇだ。材料がありゃ、立派なもんを作ってやるよ」
「いいのか?」
「飛行船の礼だ。それにこれからも協力してくれんだろ?なら持ちつ持たれつで行こォぜ」
「そうだな。なら今度材料を持ってくるとしよう」
この日はもう帰る時間だったので、いくらか紙をもらって帰った。
なんでって?ベルとマリナがせがんだからだ。ちなみにヴェルナーにもほかの種類の飛行機を作って渡した。
次回、「特務隊発足」